奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第三百二十五話 異文化コミュニケーション

 翠色の瞳が光る切れ長の目に忘れ鼻、形のいい唇。

 

 玉座に座る尖り耳の少女は、ぼんやりとした表情でこちらに視線を送る仕草がなければ、まるで精巧に作られた人形が座っているかのように錯覚するほどに整った容姿をしていた。服装は宗教関係者が身に着けるローブとドレスの間のようなものだろうか。上品な緑色を主体にしたゆったりとした布地に金色の刺繍で文様が施された衣服は、日本人ならば恐らく中学前後くらいの年齢である少女を上品に、そして華やかに飾り立てている。

 

 頭部に飾られた木製の冠は、恐らく王冠だろうか。月桂冠とよばれる物によく似たそれは中心部に赤い宝石が埋め込まれており、ライトボールの光を受けてキラキラと光を放っている。

 

 なるほど、これは貴種だ。ただ何も言わず、ぼんやりと座っているだけでそう錯覚させてしまう空気を彼女は纏っている。

 

「翻訳魔法は」

「使ってる」

 

 隣でそう呟いた恭二の声にそう返すと、恭二は黙って頷きを返した。

 

「あー、えっと。失礼します、で良いのかな」

「きょーちゃん、お邪魔しますじゃない?」

 

 絨毯が敷かれた石畳の上を歩きながら恭二が玉座の主に声をかける。ぼんやりと空を眺めていた少女の視線が恭二に向けられた。ついで沙織ちゃん、俺と近い順に彼女はゆっくりとその瞳を向け、そして恭二に視線を戻し――最後に何故か俺に視線を向けた。

 

「……これ言葉は通じてるのかな?」

「わかんね。でも、反応はあったからもうちょい続けるぞ」

 

 ここまで近づいても攻撃されないという事を考えると、いきなり戦闘をという方針はとりあえず捨てよう。

 

 交渉役として前に出た恭二と沙織ちゃんがボソボソと会話を交わした後、恭二はちらりとカメラを持った一花に視線を送る。この会話の様子はすべて一花が持つ高性能ビデオカメラで録画されている。これは御神苗さんとケイティの要請だ。

 

 先ほどの兄ちゃんの事例もあるし、恐らく彼女も知性を有している可能性が高い。であるならば、今回のダンジョンアタックは史上初の地球外生命体……いや。異世界の知性体との邂逅となる、かもしれない。ここからの数分が、もしかしたら世界史に残る事態になるかもしれない。記録は残すべきだ、という二人の主張には、あまりそういう方面に意識を向けることがない俺や恭二でも納得させられてしまう重さがあった。

 

「俺たちは君に対して敵意はない。君がここにいる以上恐らくは階層のボスだと思うが、もし戦わずに進めるなら俺たちはそれを選択したい」

 

 恭二の言葉に反応して、再び彼女の視線が恭二へと向けられる。その小さな、首を動かすだけの動作すらも様になっている。

 

 神秘的、という言葉は、彼女のためにあるのだろう。

 

 ダンジョンに潜る過程で色々な経験をしてきた。普通では目にすることもできないような事も見てきたし、対峙することがないような怪物と戦ったこともある。余人では見れないような光景を見たこともあれば、世界有数といえる美女と出会ったこともある。

 

 だが、ここまでのその全てをひっくるめても、目の前に座る彼女ほどの存在感を放つ存在は――それこそドラゴンゾンビを目の前にした時くらいだろうか。あのようなおどろおどろしさではなく、今感じているものはもっと清涼で、尊いものであったが。

 

 ――王様というよりも、神官と言われた方がしっくりくる気がする。

 

 恭二の言葉を聞いていると、ふと頭の中で結城丈二の声が響く。

 

 なるほどと内心で頷きを返すと、玉座に座る少女がゆっくりとした動作で立ち上がるのが目に入った。背後からカツンとなにか硬いものが石畳を叩く音がする。おそらくはケイティが持っている槍の石突が石畳を叩いたのだろう。

 

 後衛の3名は恐らくいつでも動けるよう準備を終えている。目の前に立つ少女が何をしてもすぐさま行動に移れると考えて、ならば前に立つ俺たちはどう動くべきか。

 

 少女はゆったりとした動きで――まるで舞のように優雅な仕草だと感じた――立ち上がると、一歩、二歩と俺たちに向かって歩みを進める。敵対的な空気は感じられないが、表情が一切変わらず何をしようとしているのかが全く読めない。さっきの兄ちゃんくらいに感情がバリバリ表に出てくれると楽なんだが。

 

 少女は俺たちの前、大体3mほどの所で立ち止まり、ぼんやりとした表情を俺に向けてくる。そう。何故か知らないがずっと俺に視線を向けてきているのだ。

 

 恭二が話すとそちらに視線を向けるのだが、恭二が話し終わったら数回瞬きをした後に俺に視線を向けてくる。もしかしてメンチを切りあうとかそういう文化の出身なのだろうか。ヤンキー文化は異世界にもあった……?

 

 いや、初対面の女の子にメンチ切られるような何事かをした覚えはないんだが。というか近くで見ると本当に顔が良いなこの娘……と途方に暮れていると、少女は瞬きを数回行い――小さく形のいい唇を動かした。

 

「おならぷう」

 

 

 

………

 

……

 

 

 

 

『…………おならぷう?』

「ちょっとだけ作戦タイム良いでしょうか」

 

 小首をかしげて再度そう口にする少女にそう丁寧な言葉で申し伝えると、少女はぱちくりと瞬きを行い、再びその小さな唇を動かした

 

「おならぷうとは其の方らの尊き言葉で挨拶を意味するのではないのかぇ?」

「こちらの言葉でお話しいただき大変恐縮なんですが違います」

 

 そう言って首を横に振ると、少女は「……さよか」と表情を変えないまま、落ち込んだような雰囲気を漂わせて黙り込んだ。

 

 あれ、これ異文化コミュニケーションの最初の一言が――いやよそう、俺の勝手な考えだな。

 




グルグルは良いぞ
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