奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正、244様、青空ハル様ありがとうございます!


第三百二十八話 チートだよな?

 空白、と呼ぶべき瞬間だった。

 

 眼前に映る光景を目にした時、鈴木一郎の内部で争いあっていた者たちは一人の例外もなく動きを止めた。この場にいる全ての者は鈴木一郎の一部であり、それぞれが独自の考えを持つに至った現在でも鈴木一郎が見て、感じたことを認識する能力を持っている。全員が。

 

 もちろん出来るとはいえ彼らも常に一郎と意識をリンクさせているわけではない。実は一郎が思っている以上に彼らは外部の事を見ては居ないのだが、この時ばかりは事情が違っていた。間違いなく過去最大の命の危機。騒動を起こしている側も、それを抑えようとする側も外部がどのような状況であるかは把握している。

 

 いつ、どのタイミングで自らが表に出るような状況になっても行動を起こせるように、仮令それがどのような形であれ。

 

「女の――」

 

 故に、パンと両手を叩き(パン)指を2本立てて(ツー)右手の人差し指と親指で〇を作り(まる)遠くを見るような動作(見え)をする必要がある状況で、迅速に動くことが出来たものは。

 

 脊髄よりも早く反射する煩悩を持ったキャラクターだけであった。

 

 

 

『しりィ! ふとももっ!!! パアアアアアアァァンツッ!!!!』

 

 自分の口から発された叫びに驚く間もなく、体が動き始めた。まず初めに起きたのは噴射である。鼻から間欠泉のように吹き上がった真っ赤な体液が健康的な肌色のおみ足と緑色の清潔そうなスカートを汚した。

 

『ひっ!?』

 

 頭上から本気で怯えるような悲鳴が聞こえ、間を置かずに両足によるスタンピングーー踏みつけ攻撃が始まった。まるで目にも居れたくない害虫に対する情け容赦のない連撃の如く振り下ろされるブーツの嵐を、強引に体のコントロールを持って行った横島忠夫(煩悩)が害虫のような機敏さで避ける。

 

 その動作も含めたすべてがどうやら本気で気持ち悪かったのだろう。頭上の女性は声にもならない悲鳴を上げながら、飛びのくように後ずさってその場を離れた。

 

『おねぇさん! ボカァ! ボカァもぉ!!!』

『来るな寄るないやああああぁぁぁっ!!』

 

 下半身を鼻血で赤く染めた緑色のローブを身にまとったエルフ耳の女性は、かさかさと地面を這うように近づいてくる横島の姿に本気の悲鳴を上げて走って逃げ始める。

 

 彼女は最も近場にいる別の仲間に助けを求めた。彼女と同じように柱があった場所に立つ、小ぶりのナイフを腰に差した筋肉質な体型のエルフ耳の青年だ。

 

 盛りの付いた野良犬のように鼻息荒く仲間を追いかける横島に青年は「うっ」とドン引きを隠さない表情を向け、やれやれと言いたげな表情ですすっと彼女と横島が通る道を開けた。

 

 スルーしたともいう。

 

『すまん、無理』

『罠師おんどりゃあぁ!』

 

 全く悪びれもせずにそう答える青年に、コロンコロンと転がるビー玉を蹴り飛ばしながらローブを着た女性が吠えた。吠えながら、彼女は次の柱――もとい柱から転じて現れた仲間の元へと走る。

 

 視界に映る次の柱――彼女の仲間はポケットの数が多い割烹着のような服を身にまとった女性だった。戦闘に立つ人物には見えないが、この場に立っている以上彼女も何かしらの役割があるのだろう。決して油断するべき相手ではない。

 

『ごめんなさい、私虫が苦手で……』

『素揚げにして蜘蛛食うアンタが、それ言うの!?』

 

 そしてそんな油断するべきではない女性は、必死の形相で助けを求めてきた仲間の声を困ったな、と言わんばかりの笑顔で拒否した。バレバレの嘘で配慮してやったんだぞ、という空気をわざと醸し出す、いっそ見事なまでに取り付く島もない断り方だった。

 

「……なにをやってるのだ、彼奴ら」

「いや、俺に聞かれても」

『ハッハッハッハッハッ!!』

 

 戦闘を中断し、最前線でこの乱痴気騒ぎを眺めていた恭二とエルフの少女の言葉に、彼女の傍らに立つ剣士の兄ちゃんが腹を抱えて笑い出した。ああ、そうだよな。あんたも居るよな、この状況なら。なんせこの広間に合った柱、12本あったんだから。

 

 ローブの女性はその場に立つ仲間に助けを求めるように、横島はそれを追いかけるようにして、ぐるりと戦場を柱に沿う形で走り抜けていった。彼女を助けようとする人物はその間一人もいなかったが、これは彼女が嫌われているというよりも横島が外から見たら想像以上に気持ち悪い動作をしているのが原因のようだ。

 

 鼻から血を噴き出しながらドコドコと両手足を動かして女を追いかける生き物なんて、彼らは見たことがないのだろう。一概にこの世の終わりを見たかのような表情を浮かべるあたり、どうも彼ら彼女らは随分とスレていないように見受けられる。ヤマギシチームの「何やってんだこの馬鹿」という視線との落差が凄い。

 

 さて、体の自由を持っていかれてしまった以上俺に出来ることは横島が暴走をやめるのを待つか、唯一問題なく動く頭を動かすか、くらいしかない。というわけで、新たに表れた12人のエルフ耳たちを観察してみよう。

 

 まず言えることは、この人ら半分は戦うタイプの人には見えないって事だ。6対の柱から現れた12人のエルフ耳。恐らくは39層で戦った黒い影たちだろう11人とエルフの剣士兄ちゃんは、奥に位置する、つまり推定指揮官であるエルフの少女に近しい側に戦士やそれに準ずると見られるものがいる。

 

 判断基準は装備だ。エルフの剣士兄ちゃんやその近辺に現れた人物は鎧を身に着けていたりとしっかりした武装をしているのに対し、最も離れた場所に立っていた初老の男性は明らかに軽装で、伐採用にしか見えない斧を持って立っていた。

 

 立ち居振る舞いも戦う者と考えるとどこかちぐはぐな印象を受ける――恐らく、彼の本職は本当に木こりであるとか、そういうものなんだろう。この場にいる以上は、流石にただの木こりという訳ではないだろうが。

 

 どういう基準で彼らは呼び出されたのか。というかここに来て前の階層の敵を複数で出すシステムが復活かよ。少数有利っぽい39層(階層)の後にこれは詐欺だろ。しかも全員明らかにネームドキャラっぽいだろふざけんな。等と諸々ダンジョンに対する不満を心の中で呟いていると、頼れる仲間たちに死んだ目で見捨てられ続けたローブの女性は、ついに最後の砦であるのだろうエルフの剣士兄ちゃんにまでたどり着いた。

 

『戦士長! もう無理、無理! おねがい、だずげでぇぇっ!』

『はっはっはっはっはっ!』

『笑うなデメェ!』

 

 あ、あいつ意外と悪い奴やな。横島と俺の心がシンクロすると共に、体の感覚が戻ってくる。もう十分という事だろうか、最もひどい部分はお前がやれと言いたいのか。

 

『いや、無理やり制御奪ってっから流石に発動までは出来んわ』

「あ、結構無理してたんだ。やっぱり」

『そらあもうやりたくないって位にはキツかったぞ? まぁ我が事ながら』

 

 顔の穴という穴から垂れ流していた体液を手で拭いながら、横島はヒョイっと手に持ったガラス玉状の物をローブの女性に向かって放り投げ――

 

『文珠ってチートだよな?』

 

 追いかけっこをしながらバラまいていたガラス玉状の物が光を放ち、込められた文字(【縛】)がその文字通りの効果を発揮する。

 

『あ、ヤベ』

『ふぇ?』

 

 光を放つビー玉を目にした瞬間、エルフの剣士兄ちゃんは自身に縋りつくローブの女性を振り払うようにしてからその場を飛びのき、突然見捨てられた形になった可哀そうなローブさんはキョトンとした表情のまま光の檻に閉じ込められた。

 

 彼と同じようにその一瞬に対応できたのは、恐らく戦士と呼べる階級にいる者たちだけだった。最初から警戒していた者、横島の進路から大きく避けていた者、そもそも反応が速い者。文珠を無力化した者。

 

 それぞれ理由は違うが、横島とローブさんのやり取りに意識を持っていかれなかった者たちは奇襲とも言える文珠の発動に対応してみせ、それ以外の者たちは、全て文珠の力に囚われる事になる。

 

 まぁ、つまりは。

 

「……お、おお?」

 

 間の抜けたような声をエルフの少女が上げる頃には、彼女が呼び出したエルフの集団は、半数が無力化されてしまった、という訳だ。

 

 いやぁ、文珠ってチートだよな?




なおこのチートを使いこなすには特殊な訓練と勤務先と実務経験と大気圏に突入して生き残る悪運が必要である
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