銀色に輝く鍵の剣。それを知るものならばキーブレードと呼ぶ剣を構えると、剣先に佇む彼女は心底楽しそうに笑っている。
初めて遊園地に連れてこられた幼子のようなというべきか。それとも、大好物の山を目にした食いしん坊な子供のような、と評するべきか悩んでしまう表情を浮かべながら、彼女は一歩、また一歩と歩み寄る。彼女が纏う翠色に淡く輝く光が、彼女の歩みと共に少しずつ、けれど確実に輝きを増していき――。
『はい、ストップ』
そんな彼女の邪魔をするように、エルフの青年は彼女に背を向けたまま進路に立ち塞がった。彼女の視界を遮らないよう、しかしそのまま進むには邪魔になる絶妙な位置取りだ。
『興味のある事が出来るとすぐに我を忘れる。悪い癖だ、お嬢様?』
「……戦士長は、すぐに私を子ども扱いする」
こちらに視線を向けたまま、というよりどちらかというと恭二を警戒しながら、戦士長と呼ばれた青年は背後の少女と軽口を交わす。
割と助かった、という感覚がある。今のあの子、俺の部屋に入りこんだあと後ろ手にドアのカギをかけたアガーテさんみたいな表情をしてたから。正直、苦手なんだ。女性のそういう表情は。
啖呵を切ったとはいえ、ちょっと今はガス欠だし、少しでも時間が稼げるならありがたい。
「所でその後それどうなったん?」
「窓があるじゃろ?」
分かり切った事を聞いてくる恭二にそう答えを返すと、奴はハンッと鼻で笑って両手に魔法を展開し始めた。
「なんだそれってまぁ言いたい処だけど、うん。そんなモン出したんだから、前は任せていいんだよな? 素の戦闘は久しぶりだからできませんでした、なんて言いやがったらダンジョン外に蹴りだすぞ」
「おん。大丈夫だろ、俺バッティングお前より上だったし」
「は? 通算打率3分も俺より低かったブンブン丸くんが何か言った?」
「俺、4番でお前3番。もう格付け終わってるから」
「お兄ちゃんたち、いい加減真面目にやって!!!」
「「すんませんっした!!!」」
一花の怒りの声に男二人で謝罪の声を張り上げる。一花の足元には俺たちに向けて放たれたであろう矢が散らばっている。俺たちがダベってる間も、こちらへの弓手の射撃を遮ってくれていたのだろう。
ありがたい。本当にありがたい事だ。困ったときに助けてくれるのは家族だってはっきりわかんだね。
「で。一花に庇ってもらってるお兄ちゃん。もうイケるか?」
「魔法撃つのはちとキツいが、動き回る位には」
少しの呼吸の後。気休めであるが回復した魔力を使って、バリアとアンチマジックを張りなおす。
自分で作り直してみてわかったんだが、あの青年が持ってる剣、やはりアンチマジックと恐らくだがアンチバリア的な能力を持っているようだ。おかげで作り直しの際、アンチマジックが邪魔をしてきてただでさえ文珠の連発で枯渇しかけてた魔力が一気に無くなってしまった。
正直、立ってるのもキツイ状況だったんだが、一花の援護と恭二の牽制、そして
『あ、もういい?』
「わざわざ待ってくれてありがとうございます?」
『いいよいいよ。面白いものを見せてもらったし。同じダンジョンの被害者同士楽しくいこう!』
「なんだこの緩さ」
ケラケラと笑う青年の言葉に毒気を抜かれたように恭二がそう呟き。
間髪入れずに恭二に向かって飛んできた空気と魔力が織り交ぜられたような斬撃を、キーブレードで弾く。
『ありゃ』
小首をかしげて自分の剣を見る兄ちゃんに向かって、トン、トンと二歩で距離を詰め、キーブレードを振るうと兄ちゃんは光を放つ自身の剣でそれを迎え撃った。
『おかしいな。多分、俺を斬った技はこんな感じだったと思うんだけど。思ったより威力が出ないや』
「気軽に他人の技を真似しないでくれます?」
ギィンと金属同士がぶつかり合う音を響かせて、キーブレードと兄ちゃんの魔剣が交差する。
鍔迫り合いをしながら互いに言葉を交わし、言葉の度に剣が離れ、そしてぶつかり合う。
一閃、二閃、三閃――刀身が煌めくたびに火花と星が散り、ライトの光で包まれた広間を照らす。
『なにそれ! 火花じゃなくて星が出るんだ? 面白い剣だなぁ!』
「面白い剣でしょ?」
火花と星が散りばめられた戦場を、紫電と緑色の魔力光が貫く。
俺と兄ちゃんの脇をかすめるように恭二とエルフの姫様の魔法が飛び、互いの魔法を迎撃する。恭二は完全に後衛の仕事に徹することにしたらしい。
正直言って助かる。誰かを纏ってる時なら兎も角、素の状態の俺がこの兄ちゃん以上の近接戦能力を持っているとは言いづらい。勿論恭二よりも俺の方が上だが。チーム内ホームラン王だったし。
とはいえ、だ。恭二よりも上であると言っても、それが目の前の彼よりも上であるという事ではない。というか39層の彼と恭二の闘いは、恭二の反則勝ち的な側面があったからな。
『でも、多分あと23手で俺が勝っちゃうよ?』
「先の事なんてまだ分からないっしょ」
『そうかもしれないね!』
ギィン、と差し込まれるような突きを上半身を横にズラす事で回避し、お返しに横薙ぎの一閃をお見舞いする。だが、兄ちゃんはそれを余裕の表情を浮かべたまま、すっと背後に飛ぶことで回避した。
あかんな、明らかに近接戦の技術じゃ向こうが上か。こちらは一撃一撃を捌くので精一杯なのに対して、あちらさんはこちらの攻撃を余裕で捌き切っている。どちらが優勢なのかなんて、言うまでもない。
じり貧だな。折角現状を打破できる
かといって今現在、俺の内部で2手に分かれてバトってる誰かに変身するというのも難しい。さっきのように横島に頼ろうにも中に戻った瞬間、両陣営の女性陣にボコられてあいつは星になってしまった。無茶しやがって......
つまり、頼れる存在は今、俺の中には存在しないという事だ。
「なら、話は簡単だ」
ギィン、と剣を合わせる。派手に散らばった火花と星のエフェクトに包まれながら、振り上げるようにキーブレードを走らせる。大ぶりのこちらの攻撃に合わせるのではなく、兄ちゃんは背後に飛び退る様に距離を開けた。
予想通りだ。ここまでの闘いでずっと観察していたが、彼はどちらかというとテクニカルな戦い方を好むタイプ。手数と技で相手を崩して戦う戦士だ。力を込めた一撃は受けるのではなく流したり、回避しようとする。それは、見ていれば分かった。
そして、見ていたからこそ、こういう事も出来る。
上段に構えたキーブレードに魔力を込める。淡く発光する剣を上段に構えたまま、兄ちゃんへと飛び掛かる様に一歩を踏み出し、そのまま斬撃を放つように振り下ろす。
兄ちゃんの表情から、笑顔が消える。
振り下ろされた斬撃から迸る、空気と魔力が織り交ぜられたような斬撃を、兄ちゃんは同じく魔力光を漲らせた魔剣で受け止め、散らした。
「できた」
出来ると思っていた。だからやったのだが、実際に結果が伴うのはやはり嬉しいものだ。
つい口から漏れ出た言葉に、頬をひくひくさせながら兄ちゃんが口を開く。
『気軽に他人の技、真似しないでくれる?』
「最初にパクったのはそちらでしょ」
我流ギガブレイク擬きが出来た。なら、他も出来る。大事なのは信じることだ。俺なら出来ると信じることだ。
なぁに、真似するなんて慣れている。なんせたった2,3年で数百人を真似たんだ。しかも実物が目の前にいるなんて恵まれた状況で出来ないわけがない。
今、この瞬間。確かに俺の剣技は目の前の青年に劣っている。このままただの俺で戦えば遠からずこの均衡は破綻するだろう。
だったら、どうするか。そんなもの決まってる。
目の前にいる青年に劣っているのなら、目の前の青年になればいい。
――ヒーローなんて呼ばれて横島から尻ぶっ叩かれたってのに。どこまで行っても俺は
そう口の中で独り言ちて、少しだけ苦笑を浮かべて。彼と同じように剣を中腰に構えて、彼の前に立つ。
その俺の構えに、表情を険しくする青年を眺めながら、息を整える。
闘いは、始まったばかり。ここからが本番だろ。
分かりにくい方のための簡単な例
変身OUT
見稽古IN