奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第三百三十四話 世界一可愛いエルフ耳少年ボーイ

 体を再構築した。

 

 俺の体に起こった事を一言で表すなら、そういう言葉になるだろう。

 

 あの時、カギを用いて扉を開ききった瞬間、扉の向こうから押し寄せてきた奔流。ダンジョンという色がついた魔力の波、とでも定義すべき力の波は、扉を開いた俺とその隣に立っていた恭二を容赦なく押し流そうと、襲い掛かって来た。

 

 形がないはずなのに圧倒的な質量を伴った魔力の津波に襲われて、俺はバラバラになりかけた。比喩じゃない。元々魔力と親和性の高い体をしていたというのも大きな理由だろうが、洪水が土手を削る様に、魔力の波はじわじわと俺の全身を削り崩していった。自分と魔力との境が曖昧になるあの感覚は、恐らく経験したもの以外には理解できないだろう。

 

 最善はさっきまで隣にいた恭二のように、この流れに逆らわず吹き飛ばされることだ。流れが激しいのは出入り口に身を晒しているからで、入口である彼女から手を離して流されてしまえばどうとでもなるのは、分かっている。

 

 だが、手を離してしまえば瞬く間にこの扉は閉じてしまうだろう。そうなれば、恐らく今度こそ俺は彼女を倒さないと(殺さないと)いけなくなる。

 

 だったら手は一つしかない。魔力で体をどうにかする事に関してはこれでもプロだと自認しているから、咄嗟に変身を使う要領で体を保全した後、数秒を開け放たれた彼女()の前に立ち、魔力の津波を耐えきる。耐えきって、そして。

 

 

 

「世界一可愛いエルフ耳少年ボーイが誕生してしまったんだね……」

「美形だとは思いますが世界一は言いすぎじゃないですかね? あ、アガーテさん道開けないと」

「あ、ああ。すまない」

 

 自分と同じくらいの背丈になってしまった俺の頭の上に手を置いて、悲しそうな声音で呟くアガーテさんを、ぐいっと道の端へ引っ張る。バランスを崩しかけた彼女の肩に手を回して、倒れないように手で支えをつくると、プップーッと警笛の音を鳴らしながらそれほど間を置かず、ついさっきまでアガーテさんが立っていた場所を建材を満載したトラックが掠めて行った。随分とゆっくり走っているのを見るにこちらが動くのを待っていてくれたのだろう。

 

 前は特になんとも思わなかったけど、この体になってからだと感慨深いものがある。何を考えてトラックに「森の妖精」なんて名称を付けたんだろうか。

 

「そういえばエルフってドイツ語ですよね。アガーテさんはあのトラックを初めて見た時、どう思いました?」

「……あ、いや……その」

「なにかドイツだと他の意味合いも持ってたりとかするんですかね……あれ、どうしました?」

 

 少し様子が可笑しいアガーテさんに視線を向けると、アガーテさんは稀に良く見る頬を赤く染めて目を爛々と輝かせる表情でこちらを凝視していた。

 

 ああ、これは不味い奴だと頭が認識した瞬間、すっと肩から手を離す。

 

「鈴木一郎さん」

「はい」

「我慢しました。ひどい目にあった貴方を気遣う気持ちが私にもあるから」

「あ、はい」

「私が一路を愛してるのは本当です。顔も内面も顔も体格も顔も何もかもが理想の男性なんです」

「ありがとう、ございます……? 結局顔じゃ」

「今の鈴木一郎さんは、一路の面影を残しつつも妖精のような端正な顔立ちでもし一路が他種族のお嫁さんを貰って子供が生まれたらこうなんだろうなと妄想が捗って堪りませんが一路ではないので我慢できると思いました」

「我慢してください」

「顔が良すぎて、ダメなんです!!」

 

 顔が良すぎてダメってなんだよ。

 

 そう口にしたい気持ちを抑えてアガーテさんに背を向け、トラックが過ぎ去っていった道を駆ける。

 

 様子を見に来た姉を名乗るエルフ耳の少女がやってくるまでの2時間。俺は逃げ切った。

 

 大事な何かを、俺は守り通したのだ。

 

 

 

『そんな情けない台詞を真顔で吐かれてもなぁ』

「男には小さな意地があるっていうかですね」

「弟よ。女子を惹きつける魅力も甲斐性ではあるが、お前はちと受け身が過ぎるな」

 

 作業員が行き交う玉座の間で、エルフの兄ちゃんと姉を自称するエルフ少女に詰められる。おかしいな。悪いのはそこで草木のツタで全身ぐるぐる巻きにされた錬金術師であって俺は欠片も悪くないはずなんだが。

 

「一郎くん、そろそろ上書きお願いしますね」

「あ、はい。これで30分休憩ですかね」

「そうですねぇ。キリも良いですし」

 

 犬型のヘルメットをつけた現場犬さんの言葉に頷きを返してそう尋ねると、彼は顎に手を当てて少し考える素振りをした後にそう返事を返してきた。少し待ってほしいと40層全域につながる通信機に口を近づけて何事かを話した後、現場犬さんはうんうんと頷きながらこちらに視線を向ける。

 

 さて、お仕事の時間である。まだ4,5回しかやったことがない作業なので少し不安感を覚えながら玉座に深く座り、右手を軸に魔力を玉座に伝える。

 

 ここはこの階層の要、司令塔とも呼ぶべき場所だ。この階層の主であればどれだけ離れた場所でもここから全て確認できるし、手を加えることも出来る。今現在行われている作業は39層へ続く道の舗装と出入口付近で行われている伐採基地の建設作業。それに中心拠点となるこの城の内装工事だ。

 

 それらの作業によって行われた変更点を上書きして保存(・・・・・・・)する。ダンジョン内部ではたとえ建築物を建てたとしても人がいなくなれば次の日には跡形もなく消え去ってしまうが、この階層の主であればそれを上書きして保存することも可能だった。

 

 つまり、エルフ耳の少女――巫女姫と名乗る彼女。

 

 そして彼女を扉に見立ててダンジョンの深淵を開き、覗き見て、そして体を再構成し何故か彼女とほぼ(・・)同じ体を持った今の俺ならば上書き保存(それ)を行うことが出来るのだ。

 

 39層が罠だらけだったのは、あの階層の主であったエルフ兄さんが罠漁師が罠を作るたびに上書き保存していたかららしい。そら足の踏み場もないくらいに罠だらけになるわな、と初めて聞いたときには思ったし、彼らはダンジョンが出来た瞬間から延々来るべき日に向けて準備していたという事実には申し訳なさしかなかった。

 

 あの攻略方法で3年余りの努力を一瞬で無に帰してしまったのだ。エルフ兄さんも笑うっきゃなかったろう。

 

「上書き終了しました」

「はい、了解です」

 

 等と考えている間に必要な作業は終わり、俺の言葉に相槌を返した後に現場犬さんは無線で各所への指示を飛ばす。

 

 世界初のダンジョン内拠点。それも町一つと言える規模の未だ名も付けられていない場所の開発は、始まったばかりだ。




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