けっして狭くはないヤマギシの応接室が、今日はやけに小さく感じてしまう。中にいる人間の数が多いのもある。対面に座る彼の護衛のためにこれでもかと屈強な体格のSPが室内には犇めいているし、こちら側が用意した人員もそれなりの数が居るからだ。
それらの人々の中心で、向かい合うようにテーブルに座るのは社長、真一さん、俺に外務省職員のA氏。そして対面に座るのはただ一人。数多のSPや部下を引き連れてヤマギシに乗り込んできた彼は、上品な仕草でまずは手付に、という言葉と共に一枚の書類をテーブルの上に置いた。
隣に座る外務省の職員がごくりと生唾を飲み込む音が聞こえる。
「これは一体?」
『我が国が保有しているダンジョンの権利書だ』
「ええと、それが」
『これをヤマギシに譲渡しても良いと考えている。受けてもらえるならば原油を我が国内部と同じ価格で提供しよう』
隣に座っている外務省の職員が彼の言葉に腰を浮かし、ストーン、と良い音を立てて腰を落とした。尻で餅つきでもするのかな、と横目で彼を眺めながら権利書を眺めると、そこには英文でつらつらと条件項目が盛り込まれている。
対面に座る交渉相手に許可をもらって、外務省の職員に確認をしてもらおうとすると全身が震えだしたので仕方なく待機してもらっていたシャーリーさんにそれを渡すと、彼女は翻訳魔法を使った後にそれを朗々とした声で読み上げ始めた。
現在、世界冒険者協会が進めているG8以外の国家への冒険者協会の普及及び関連施設、特にヤマギシの諸施設の誘致に全面協力すること。国内への常識的な還元をしてもらえるなら実際の運用に関しては口出ししないこと。
大盤振る舞いと言っても良い内容に外務省の職員がまた尻で餅つきを始める。ダンジョンは最早新しい油田と言っても過言ではない存在だ。それらを譲渡し、しかも原油まで優遇して売ってくれるという。
魔力と言う新しいエネルギー源があるとはいえ、だから原油が必要ないという訳ではない。世界中の大体の車両は内燃機関で動いているし、プラスチックなど様々な加工製品の原料は石油だ。明らかに日本には損のないかなりおいしい話なんだが、美味しすぎるからこそ裏が怖い。
つらつらと条件を読み上げていたシャーリーさんが眉を顰め、言い淀む。そら来たぞ、と周囲の視線を集めながら、彼女は躊躇するように対面に座るディスターシャに身を包んだ某国の王族に視線を向けると、彼は鷹揚に頷いて先を促した。
「……コホン。ただし以上の条項を履行するうえでヤマギシには、当国首都にあるダンジョンの40層までを打通し、かつ当該階層の管理者を木之本桜たんにすることを求める」
『これだけは絶対です。譲れません』
翻訳魔法により全員がその言葉を理解する中。非常に言い辛そうにその言葉を口にしたシャーリーさんに、被せるように対面に座るアーキルと名乗る某国王族の男性は言い放つ。
とりあえず検討するのでと言い含めてその場は帰ってもらった。
「噂は聞いていましたが、思った以上の切れ者ですね」
「あのさくらたんガチ勢さんが?????」
『そこをメインにしてるのは笑うしかないけどさ』
外務省職員に泣きつかれている社長を置いてヤマギシビルの居住エリアに戻ると、当然のようにケイティとウィルが共同エリアのソファで待ち構えていた。俺たちの行動はもしかしなくてもこいつらに筒抜けなんだろうか。世界のセレブ怖いわぁ……
『いや、そもそも
「世界冒険者協会に参加するのは同じなんだが……そんなにさくらたんと会いたいのか?」
「それも関係がないとは言い切れないのですが、そのキャラクターの事はまず横に置きましょう」
俺の言葉にケイティは苦笑しながら首を横に振り、言葉をつづける。
「かの国は今回、我々世界冒険者協会が結ぼうと考えていた条件よりも更に優遇された条件を提示しています。我々が想定していたラインは関連施設は地元企業、一部にヤマギシブラスコ社のもの、冒険者協会自体も現地政府によって組織されると考えていました。しかし、今回彼らはそれら全てをヤマギシと日本冒険者協会に委ねました。しかも所有しているダンジョンの一つと原油に関する最高待遇の権益も準備して。もちろん最低限得るモノは確保しているでしょうが、破格と言っていい待遇です」
「わざわざ自分の国の権益を放棄してるって事? それなら切れ者って評価はおかしくないかな」
『逆だよマスター。ここまでされれば絶対に日本政府は首を縦に振る』
ケイティの言葉に首を傾げる一花に、ウィルが答えを返した。
『日本政府が動けばヤマギシは動く。ヤマギシブラスコではなくね。そしてこの最後の条文。一見ただのCCさくらガチ勢にしか思えないが、この条文がある以上絶対に起きることがある』
「絶対に起きる事。まぁ、確かにさくらちゃんを外国に売り渡すなって抗議デモくらいは起きそうだが」
『……あ、それ本当に起きそう。というか似たような事が米国でも起きかねないわ。お願いがあるんだけどピーター・パーカーをアメリカに』
「ちょっとそれは……俺にとってももう自分の一部になってるから」
『ですよねー』
「デモの可能性は我々も考えていませんでしたが」
俺とウィルのやり取りにケラケラと笑いながらケイティは懸念を口にした。
「ヤマギシの方針では現状、イチローを媒体として作り出したキャラクターにも一社員としての権限を付与すると聞いています。であるならばイチローの渡航。しかも定期的なものがこの条文では確定されます」
「……あ」
そうである。各キャラクターにも働いてもらう以上、週休2日に日当をつけるのが最低限の待遇だというのがヤマギシの方針だし、ずっと働かせ続けるわけにもいかないから定期的に交代は行わないといけない。
下手すれば毎週、そうでなくても月1か2回は渡航する必要が出てくるかもしれないのだ。その事に思い至り一気に渋面になった俺たちに、ケイティはようやっと懸念が伝わったかと何度か頷きながら言った。
「イチロー、貴方自身が思っている以上に、貴方が近くにいるというのは大きいんですよ。特に、今回の40層に関連してその価値はさらに増したと言っても良いでしょう。この条件はすでに冒険者協会に加盟している国々でも望むべくもない特別待遇です。全てを投げ打つように見えて、最速でそれ以上のリターンが見込める鬼手。これが切れ者でなくてなんでしょうか」
「……な、なるほど」
ケイティの言葉に真剣な表情を浮かべるウィルと一花。また、近くで話を聞いていた冒険者部の社員の面々も同じようにうんうんと頷いて小声で話し始めた。
なるほど、そうもう一度呟いて頷きを返しておく。こうやって理詰めで言われると確かに納得できるものがある。対面した時に感じた純粋CCさくらガチ勢だという感覚はもしかしたら錯覚だったのかもしれん。なんとなく同類のようなというか、一つのキャラクターを熱心に調べつくし丹念に丹念にやろうと思えば一秒で細部まで思考だけで再現できるまでに至ってそうな気配を感じたので「あ、これ脊髄反射でこの条件を出してきたな」って思ってたんだが、皆が言うならそうなのかもしれない。
まぁ週1とかで中東にわたるとかは流石に面倒すぎるから、その辺はなんとかしてほしいが。社長だけだと怖いが真一さんやシャーリーさんも居るし、変に負担がかかる契約にはならないだろう。