奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第三百四十八話 炎上

「お前これ以上強くなってどうすんの?」

 

 パワーアップキットとやらを腕に着けた俺を見て、真一さんが至極真面目な顔でそう尋ねてくる。なぜ強くなるのか、か。ひどく哲学的な問題だ。

 

 そこにダンジョンがあるから、と返すべきか万能な一言であるそうあれかし、と返すべきか迷っていると真一さんはため息をついて首元に手をやりネクタイを緩める。

 

 最近見慣れてきた動作だ。あれは『ここからはプライベート』という合図で、ここから先はヤマギシ社副社長という立場ではなく山岸真一として話すという意味合いがある。

 

 つまり、大事な話をしたいという合図だ。

 

「なぁ、一郎。恭二に付き合ってるなら、これ以上無理しなくていいんだぞ?」

「いや、別に無理はしていないんですがね」

 

 どんな言葉が飛んでくるのかと少し身構えていたら、予想外の言葉が飛び出てきた。

 

 無理。俺が?

 

 最初は理解できずに首を傾げていると、真一さんはボリボリと頭をかいてもう一度ため息をつく。そんなにため息をつくと幸せが、と頭に浮かんだが流石にボケる空気でもないし、大人しく次の言葉を待つ。

 

「…………お前の体が、そんなになっちまったのは。ダンジョンに関わったからだろう」

 

 たっぷり10数秒ほど間が空いた後、真一さんが気まずそうに俺を眺めながら、そう口にした。

 

「お前も一花ちゃんも、鈴木さんも奥さんも気にしないで良いと言ってくれた。俺たち山岸家に責はない。当時の状況から見ても、これは仕方のない事だと。もし責任があるとするならそれは無理を通したお前にあるってな」

「あ、はい。その認識で当たってると思いますよ。この身体になったのは完全に俺の我が儘通した結果ですし」

「それでも責任を取るのが責任者の役割なんだよ。預かってる息子さんが別人種の子供になりましたって言われて無責任になれるほど俺も親父も割り切れてねぇよ」

「いや、そう言われましてもですね……」

 

 またこの件か、と顔が歪むのを感じる。鈴木家と山岸家は現在、互いに「うちが悪い」と言い合ってる状態が続いている。この言い合いも実は場所を変え人を変え何度も繰り返されている事だ。

 

 恭二に無理に付き合ってる、とかいう切り口は初めてだけどな。

 

「まぁまぁ真一さんも一郎くんも。この話は結論が出ませんし、一旦止めにしませんか?」

「……そうだな。すまん、一郎」

「あ、いえ」

 

 千日手のような会話の応酬になりかけたところで、ここまで黙っていたシャーリーさんが横合いから助け舟を出してくれた。

 

 シャーリーさんは暗くなりかけた室内の空気をパンパンと手を叩くことで入れ替え、明るい声音で話始める。

 

「さて、暗い話はここまでとして。早速ですが一郎さんの写真撮影会について話を進めていきましょう」

「すみません、もう一度暗い話に戻ってもらっていいですか?」

 

 

 

 あ、これ断っちゃいけないか。

 

 シャーリーさんの口から出てきた言葉は無学な俺にも分かる位に理路整然としていて、現状がどういう場面なのか、なぜ写真集を出すという選択肢が出てきたのかを教えてくれた。

 

 つまるところ、これまで自由に活動を行ってきたツケがそろそろ回って来たのだ。

 

 発端はもちろんCCさくらガチ勢石油王騒動とでも呼ぶべき騒動の件でうちの娘自慢をしてくれた某漫画家集団のツブヤイターだ。わざわざ数日かけて丹念に造りこまれたリアル木之本桜は往年のファン、少し知ってるだけの層、更にまったく知らない層まで魅了してしまったらしく投稿後1時間もかけずにバズり、その勢いのまま世界中を駆け巡った。

 

 その速度たるや最初期に動画で各変身を紹介していた頃にも匹敵するほどで、最近はいい加減俺の変身にも慣れてきた世間様やマスコミ様も取り上げてしまいツブヤいた次の日には俺の女装コスプレ姿が全国のお茶の間に届けられることとなる。

 

 ここまでは良い。ちょっと切腹したくなるけどまぁここまでは良いんだ。

 

 問題はこの件で、流石に販売から二十年以上が経ち売り上げもそれなりになっていたCCさくらが書店から消えるほど一気に売れまくった点である。

 

 これは初めてスパイダーマンやライダーマンに変身を始めた時にも起こっていた事だ。だが、その時はダンジョンという毎週のように新発見を繰り返す大きな関心ごとの一部として捉えられていたので割のいい宣伝効果くらいに収まったのだが、今回はもうリバイバルヒットとかいうレベルじゃないらしい。なにせ日本だけではなく世界中で「この少女が主人公の漫画が見たい!」と声が上がったそうだからな。

 

 この騒ぎを見て元々ヤマギシに好意的ではなかった某人権派の左翼政治団体さん等は「これこそ性搾取! ヤマギシは女性を侮辱している!」などと鬼の首を取ったように大騒ぎし、ヤマギシビル前のデモに久しぶりに姿を見せたそうだ。

 

 そういえば俺が女性への変身を公表したのはこれが初めてだったな。これだけ大騒ぎになったのはその分の物珍しさがあったのだろう。90年代の大きなお兄さんお姉さんや青少年たちの心を鷲掴みにした木之本桜というキャラクターの魅力も勿論大きいだろうが。

 

 書店はこの異常なまでの追い風に異例の大増刷を慣行。CCさくらの版権を持つA出版社さんは海外からの問い合わせに上から下までの大騒ぎ。

 

 そしてこの大騒ぎを見て、他の作家さん。特に俺が変身できることを明かしている作家さん方が一斉に声を上げたのが今回の写真集という話に繋がっている。

 

 要は「あの人らだけズルいでしょ」って事だ。

 

「と言ってもよほど大きな筋からの依頼でなければ今回のような無理は通せませんし通しませんので、新規で誰かを、という件は断らせてもらっています」

「なるほど。所でこれまで勝手に変身してたんですけど、これって不味かったりしました?」

「いえ、そういう動画を上げる際には著作権者に対して許可を貰っていますので」

 

 俺の変身はその完成度から見ても公衆送信権違反に当たる可能性があるので、始めた当初はシャーリーさんが、法務部が設立した後は法務部が動画投稿前に許可を取っているらしい。ライダーとマーブル関連については別だ。その2者とはヤマギシ経由で契約がされており、なんならもっと派手にやれとも言われてたりする。

 

 つまり法律的には全く現状でも問題ない。問題はないのだが、声を上げている方々はいわば俺の変身元の親に当たる人々だ。力を借りている以上は無下にもしづらいし、彼らに不平等感を感じさせてしこりを残すのも良くない。

 

「じゃぁ、公表してる変身を全部撮影するんですか。ええと、今公表してるのって誰だったか」

「いえ、今回は変身できるもの全部を撮影しましょう。新規のものもそのまま著作権者に許可を貰いに行きますので」

「200とか超えるんですがそれは(震え声)」

 

 さくらたんの撮影会は30分近く掛かったし、それと同規模でやるなら単純計算で最速100時間は必要になる。流石にそれはないだろうが、それでも3,4日はまた缶詰になる計算だ。

 

 え、パワーアップキットで外部出力が出来るようになっただろって。確かに魔石があればダンジョン外でも負担なくもう一人出せますけど魔石バカ食いしますし結局100人は。あ、40層でやる? それなら、まぁ、もう一人出せばなんとかイケるかな……?

 

 シャーリーさんにうまい事乗せられたような気がするが、写真を撮って作者さん方が喜んでくれるなら俺に否やはない。未だに夜間涙を流しながら奥多摩の空にカメラを向ける大きなお兄さん方もいるし外部の騒ぎを考えたら暫く40層に引きこもるのもありだろう。1週間ほどかけて現在変身できるキャラクター達の撮影を行い、そのデータを各作者さん方に送付。あとは写真集として出版する旨も許可を貰いながら年末の発売目指していくそうだ。

 

 表紙はエルフバージョンの俺と姉を名乗るエルフ少女がピースをしてる写真で、裏表紙は案山子になった横島だ。カメラマンの人曰く案山子の筈なのにここまで表情が見て取れる写真なんて他に存在しない、これは凄いものだ! との事で並みいる美男美女を押しのけて裏表紙をゲットする事になった。

 

 もちろんこの写真データも原作の作家先生に送ったのだが、次の日には彼のSNSアイコンが案山子横島になっていたらしくかなり気に入っていただけたようだ。

 

 新規でデモやってる人たち? 写真集の販売を公表されたあたりで話題に上がらなくなり、そのままどこかに消えていったらしい。多分、テレビカメラが居なくなったからだ、と以前座り込みをしていたご老人(現在冒険者・10層挑戦中)が言ってたから、そういう事なんだろう。石油王が持ち込んだ今回のお騒がせな騒動は、彼らの撤退で一応の終焉を向かえたというわけだ。

 

「SNSの祭りはまだ終わってないけどね!」

「流石にそこまでは知らないです」

 

 毎日のように流れてくる作家先生の息子娘自慢に『#イッチに変身してもらいたいキャラ』と付けられてガンガン投稿されるイラストの数々。なんなら作家先生自らが書き下ろしたイラストまである始末。

 

 すみません、新規案件は受け付けてないんです。と何回かツブヤいても収束しない祭りに、もういい加減匙を投げたい気分だ。これが炎上するって事か。

 

 怖いな、炎上。

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