『ああ、イッチ! こんな変わり果てた姿に……!』
『そんな満面の笑みで言われてもですね』
久しぶりに会ったスタンさんはスマイリースタンの名に恥じないニッコニコの笑顔で悲し気なセリフを口にした。声音は完全に悲劇を目の当たりにしたアメリカ人男性っぽいのに表情との落差が大きすぎて脳がバグりそうだ。
そういえばこの人、何本も映画に出てるベテラン俳優だったっけ。カメオ出演だけど。
「イチロー、このご老人は」
「フタバが今読んでるコミックの原作者だよ」
「ふむ。この絵巻を書いた方というわけか」
ソファの上に腰を落とし、社会勉強と称して山のように積まれたコミックや漫画を読み耽る二葉の質問にそう答えを返す。厳密に言うとそのコミックを書いてるわけじゃなく原作を書いた人って意味なんだが、流石に今の段階でそこまで理解しろというのも難しいだろう。
『イッチ、彼女が例のエルフかい』
『はい。例のってのがどういう意味かはわかりませんが』
『例のは例のさ。そうか、この娘が唯一本物のエルフか……まさか生きてる間にお目にかかるとは思わなかった』
40層の面々がいるんで唯一本物かどうかは意見が分かれそうだが、現状一般人が会えるエルフは二葉だけと考えればそういう表現にもなるだろうか。40層の彼らは外に出る事ができないしな。
『初めまして、お嬢さん。私はスタン・M・リードだ。気軽にスタンと呼んでほしい』
「……なるほど、これが英語というものか」
スタンさんからの挨拶に二葉はそう呟くと、んんっ! と咳ばらいを一つして口を開く。
『初めまして、スタンさん。弟からフタバ・スズキと名をもらった者です。以後お見知りおきを』
『……これは驚いた。翻訳魔法を使わずに英語が話せるのかい』
『俺が話せる言語は大体話せるみたいです』
初見の時にラーニングされたからか混ざり合った影響か、言語に関しては二葉はマルチリンガルと言っていいくらいに達者だ。俺の場合ミギーや美琴がネットから回収してきた知識を脳内知識班が総動員でかみ砕いて覚えていったのでそこそこ時間がかかったのだが、彼女の場合はその結果だけを受け取っている形になる。正直羨ましい。
翻訳魔法ではなく同じ言語が使えると分かったからか、エルフという希少性に興味を惹かれたからか。スタンさんは矢継ぎ早に二葉に質問を投げかけ、それに二葉が答える形で二人の会話は進んでいく。
異文化コミュニケーションとでも呼ぶべきだろうか。互いに言っている言葉を互いが中々理解できていないのだが、そんな齟齬すらも楽しむように二人は談笑し、手持無沙汰になった俺が手元にあった『マジックスパイダー4 異次元への侵略者』を読み終わったくらいでスタンさんが『
『素晴らしい! 彼女は素晴らしいよイチロー! 価値観が、生き方が我々とはまるで異なるのに理解できる範囲の隣人! これだ、これこそが我々が想像の中で創造しつづけた異人種だ! インスピレーションが、インスピレーションが湧いてくるぞ! これは急いで書き留めねば! ライターは誰が、いや! ここは日本進出を考えて日本の漫画家に依頼するべきか! 確かデッドプールのコミカライズを日本で最も著名な漫画雑誌が』
『スタンさん、ストップです。途中から社外秘とかいろいろありそうな話出てきてます』
『問題ないとも! 契約を交わした話ではないし来月にはヤマギシ・ブラスコがうちの親会社になるし契約を交わす際には社内の話になっているから!』
『なるほど、それならまぁ…………いやいやいや』
勢いに押される形で納得しそうになるが、はたと聞き逃せない単語が出てきたことに気付いた。
『ヤマギシブラスコが親会社ってなんですか。初耳なんですが』
『あー、うん。うちの親会社からヤマギシブラスコに株が売却されてね。今回はその関連で訪日したんだがまぁそんな事はどうでもいいんだ重要なことじゃない!』
『いや重要でしょ』
マーブルの親会社はたしか世界で最も有名なネズミのキャラクターが居るあそこだった筈。あそこにとってドル箱と言えるマーブルを畑違いのヤマギシブラスコに売却するなんて正直考えづらいんだが、それが起きたという事はなにか大きな動きがあったという事だろうか。ヤマギシブラスコは魔力エネルギー事業が主力だからそれに関することか……?
『彼女は素晴らしいぞイチロー! 彼女の助けがあればこの閉塞感漂う米国のコミック界に新風を巻き起こせる! 君と! 彼女が新しい嵐となるんだ! 私の中には今、全く新たなシリーズの萌芽が沸き起こっている! これを早く文章に書き記さなければいけない、勝利の女神の唇はもう目の前にあるんだ!』
『そうですね。新作のマジックスパイダ―面白かったってライターさんに伝えてください』
『うん、ありがとう。このシリーズは日本の漫画を参考にしていてね。順序良く巻数を繋げていってるんだがこれが好評だ! これまでの作品のようにほかの作品を目にしないと分からないという事もないからコミックの間口としてこれまでのファン層以外にもどんどん売れているんだ! 売上としては過去最高と言ってもいいだろう。国外販売も順調だしね!』
少し水を向けるとスタンさんはニコニコとしながらここ最近の業績について語り始める。よし、うまい事情熱の矛先をそらすことができたか。流石に勢いのままに二葉のハリウッドデビューなんてされたらたまったもんじゃないからな。主に日米の移動的な問題で。
しかし話を聞く限りだとコミック部門も好調なようだし、余計にマーブルが売却される理由が思い浮かばない。ヤマギシブラスコの方だと俺に情報が入ってこないんだよな。何も聞かされてないってことは問題があるわけじゃないんだろうが。
まぁ厄介ごとが出てきても困るし、念のためにも真一さんに聞いてみるか。