奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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ちょっと遅くなり申し訳ございません。

誤字修正、244様ありがとうございます


第三百六十三話 初仕事

 ペラリ、ペラリと原稿をめくっていく。印刷された紙の原稿。そこに描かれた話は、ある日本の片田舎の町に新しいコンビニが出来るというものだった。

 

 彼は山ばかりの地元の日常に辟易しており、代わり映えのない日常に変化を待ち望んでいる中学生の少年だ。物語は彼の視点で、ある日地元の駅の前に出来た聞いたことのない名前のコンビニエンスストアが出来たところから始まっていく。

 

 変化を求める少年は、そのコンビニエンスストアに惹かれるように足を向ける。なにか飲み物を。学友との話のネタに。そんな誰に向けたかも分からない言い訳じみた考えを頭の中で流しながら自動ドアの前に立ち、特徴的な来店音に出迎えられながら店の中へと足を踏み入れ――

 

『イィラッシャイアセエエエエェェェッッ!!!』

 

 音の壁が物理的な衝撃を伴って彼に襲い掛かった。

 

 筋肉質という言葉が裸足で逃げ出すかのような圧倒的筋量の。制服なのだろう赤地に黒い縦縞が入った衣服をぱっつんぱっつんにしたナニカに出迎えられ、少年は踏み入れた足を引っ込めて後ろへ駆け出していった。

 

 ――普通万歳!

 

 そう心の中で叫び、頬を流れる水滴を風になびかせる少年の姿を目で追いながら、レジカウンターに居た小柄な少女が常人と異なるとがった耳をピクリと振るわせて口を開く。

 

『のう、弟よ。客がまた逃げてしもうたの』

『おかしいな、妹よ。客商売は元気が大事なはずとヤマギシさんが言っていたのに』

 

 ポン、と音を立てて筋肉だるまが小柄な少年に変わり、少女と同じくとがった耳をぴくぴくと振るわせながら解せぬ、と言いたそうに首をかしげて、そしてそこで原稿は途切れる。

 

 だいたい4ページ前後の文量のそれを読み終わり、もう一度頭から読み直し。トントンと読み終わった原稿を整えて封筒に入れなおして、テーブルの上に置く。

 

 スゥっと息を吸って、吐き出し。

 

「なんだこれ???」

「題名は『町のコンビニエルフさん』が第一候補らしいよ」

「題名聞いてるわけじゃねぇんだよなぁ」

 

 広報部のお姉さんが自信満々の表情で封筒を持ってきたときから怪しいとは思っていた。思っていたのだが、先日の会議から1週間もたたずにこんなものが用意されるとは思っていなかったから不意を打たれてしまった。

 

 確かに見たことあるよこの絵柄。いつも週刊少年飛翔で追っかけてるよアメコミチックな日本漫画ですごく面白いなって思ってる。でもその人の絵柄で自分をモチーフにしたキャラが描かれると色々恥ずかしさがこみ上げてくるというか、本当にこれで良いのかと自問自答したくなるのだ。

 

「え、今更でしょ? お兄ちゃんモチーフのキャラなんてここ1年どの雑誌にも居るじゃん」

「公式と非公式だと気分が違うんだマイシスター!」

 

 非公式であればそれは確定していないのと同じ。つまり実質居ないのと一緒だ。だがこの作品はヤマギシ公式で作られているもの。つまり見て見ぬ振りが出来ないのだ。

 

「ところでこれ、4ページって大分短くないか?」

「うん。短い話を空いた時間に書いてネットに上げるスタイルらしいよ。ほら、ツブヤイターの短い漫画みたいな」

「ああ、なるほど」

 

 週刊連載の傍らもう一本連載増やすとなると大変だろうしな。まぁ普通に考えて販促用の宣伝漫画なんだから、これくらいのさらっと読めるものが良いだろう。むしろこの状況で週刊連載の方と同じ熱量の作品が投げられたら正直困惑する。

 

「このくらいのページ数なら週1くらいで出来るかも、らしいよ」

「この先生はヤマギシに何か弱みでも握られてるのか???」

「むしろ向こうから申し込んできたらしいんだよね!」

 

 週刊連載って普通に体壊すくらいの激務だって聞いたんだが……あ、いや。世の中には某有名ギャンブル漫画の作者さんみたいに同時連載5,6本とかいう化け物も居るらしいし、やろうと思えばできるんだろうか。

 

 とはいえ忙しくなることには変わりないのだし、仕事を依頼する側の責任者(笑)としてはあまり無理をしてほしくない。締め切りみたいなものは設けないようにして時間があるときに書いてくれればいい、と担当の人には言っておこう。

 

 

 

 新しい仕事を始めるというのは忙しいものだ。なにせノウハウってものを一から作っていかなければいけないからだ。物は用意すればいいし人も雇えばいいかもしれないが、効率的にそれらを動かす組織はそうそう簡単に作ることは出来ない。

 

 ヤーマギシいーちーばーん 

 

「なんで俺、そこそこ忙しいんですが」

「奇遇ですな、私もです」

 

 お飾り社長とはいえそこそこ忙しく走り回っていたのを無理やり引きずられ、なんの説明もなくやたらクオリティの高い謎の替え歌を聞かされたら半ギレぐらいは許されだろう。

 

 このシルクハット、ウェブで天井に張り付けてやろうかと真剣に考えながら訪ねると、発明王ヤマザキはいつもどおりに真面目腐った顔でそう答えた。

 

「実はこの度、就職をしまして」

「ちょっと予想外の言葉できた。ご就職、おめでとうございます」

「ありがとうございます。これからお世話になります」

「あ、もしかしなくてもウチですか。はい」

 

 予想外の方面から連続で殴られ続け、思わず丁寧語でそう言葉を返すとやっぱり発明王ヤマザキは真面目腐った顔で頷いた。

 

「魔導エンジンが売れすぎて色々な方面から特許に関しての圧力を受けまして。正直身の危険を感じたので国内一安全な場所に逃げようかな、と」

「思った以上に重たい話だった……えっと、それ俺が聞いちゃって大丈夫な奴ですか?」

「構いません。動画でもう発言してますので」

 

 シルクハットのふちを指で弄りながら、なんでもない事のようにヤマザキは言った。思った以上にストロングスタイルな回答が返ってきたな。これどう反応すれば正解なんだ?

 

 俺の反応をどう思ったのか。ヤマザキさんはシルクハットを弄るのを止めてこちらに視線を向ける。

 

 ヤーマギシいーちーばーん 

 

「ところでこれ、いい出来ではありませんか? 関係各所に回って許可をもらい、ご本人に歌っていただけたんです。ヤマギシストアーのテーマソングという奴になるのでしょうか。ヤマギシに入社した私の初仕事、という事になりますな」

「これが初仕事で良いんですかヤマザキさん」

「…………………?」

 

 いや、そこで怪訝そうな顔をされても。前にも似たような経験をした覚えがあるがこれ、もしかして俺の感性が間違っているんだろうか……?

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