奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第三百六十四話 CM

 ヤマギシストアー開業計画は順調に進んでいる。

 

 開業予定日は来年の正月明け。全国一斉に開業をスタートするらしい。

 

 そのための下準備として飲食物などの生産・仕入れ等の準備はすでに整っており、現在は各地の店舗で外装工事と並行する形で店員教育を行っている。俺も何か所か視察させてもらったが皆さん熱心に開業へ向けての準備を進めていて、名ばかりの責任者であるが彼らを見ていると身が引き締まるような気がする。

 

 もちろん、俺も暇をしているわけではない。

 

「ああ~いいっすね~」

「すごく不安な感想ありがとうございます」

 

 うわごとのようにカメラを回すスタッフさんにそう礼を言うと親指を立てて返事が返ってくる。褒められていると思ったのだろうか?

 

「一郎、もう喋っても良いのか?」

「あ、大丈夫。お疲れ様」

「うむ。同じ言葉を何度も言うのは疲れる」

「カメラを向けられると疲れるからな。慣れないうちはとくに。こういう時はなにか甘いものでも食べてリフレッシュするのが良いんだ」

「あ、イッチはもう少し続きますよ。今度はパンプアップバージョンで勢いよくいきましょう」

 

 カメラを向けられることに慣れていないのもあるだろうが、疲れたような表情を浮かべる二葉にわかるわかる、と頷きを返す。そのまま便乗して舞台から降りようと思ったのだが、どうやらこちらの魂胆は見透かされているようだ。

 

 何を撮っているかって? CMだよ。ヤマギシストアーの。

 

 ヤマギシは広報部、というかシャーリーさんの方針としてメディアにはそこそこ利益を流してうまく付き合っていくという戦略をとっている。もともとシャーリーさんが記者だったってのもあるが、一時期のバッシングを省みて日本のマスコミは基本的にスポンサーに弱い、という特性を利用しているそうだ。

 

 そのためこれまでにもスポンサーとしてテレビ局やラジオ局と繋がりがあったので、ヤマギシストアーの宣伝としてCMを作成し地上波・インターネットで放映する予定なのだという。

 

 それはいいんだが。俺だけやたらと忙しくないか? もう5パターンも撮ってるしそのうち3つは俺だけが出てるバージョンなんだけど? 毎回筋肉ムキムキバージョンでやたらと威勢のいい挨拶をかましたりエとルとフで名前が構成されたトラックを乗り回すだけのCMを3パターンも撮ってるんだけど?

 

「需要がありますんで」

「この筋肉ダルマがどの辺に???」

 

 俺の言葉に先ほどとまったく同じ様子で親指を立てるカメラマンさんにそう尋ねても返事は返ってこなかった。

 

 

 

 テレビ局での用事を終え、さて次の用事の場所に向かうかと気合を入れなおしていると、見覚えのある女性が滑り込み土下座を仕掛けてきた。

 

「ください……私たちにも……チャンス……くださいよ…………っ!」

「えぇ…………」

 

 ちょっと前にみた映画の逆境無頼のような表情までセットだ。

 

 さすがは本職の女優と言うべきか土下座をする女、ダンジョン動画配信者のロッカー劇女はいっそこちらがしり込みするほどに真に迫った土下座を披露している。もしもここに肉焦がし骨焼く鉄板がありこれの上で土下座をしろと言われてもやり遂げてしまいそうな凄みすら感じてしまう。

 

 そしてそんな迫真の土下座を向けられた俺と二葉はどうなっているかというと呆気を通り越して虚無である。ネットの一部でよく使われる宇宙猫のような表情と言うべきか。

 

 まぁ二葉はこの仕草がどういう意味を持っているかをあまり理解していないかもしれないが、いきなり見たこともない大の大人が恥も外聞もなく目の前でひれ伏したのだから凄い衝撃だったろう。

 

「あの。保護者さん(エセライダー)はどちらに?」

「イッチ、逆! 副音声が逆だよ!!?」

 

 彼女が画面の外だとかなり悲しいことになる人だというのは知っているので、取扱責任者の姿を探すもどこにも見当たらない。役目を放棄したのか。いや、もしかして見捨てられ……よそう。これ以上の詮索は誰にとっても悲しいことになりそうだ。

 

「いや、あいつはあいつで自分の活動を行ってるしいつも一緒にいるわけじゃないからね……?」

「劇女さん一人で色々だいじょうぶなんですか?」

「一郎。これは顔見知りなのか?」

「人をこれと言わない。言いたくなるのは分かるけど口が悪いぞ」

 

 上目遣いにこちらを見る劇女さんにそう訊ねると彼女はすっと視線をそらした。多才な人であるのは知っている。劇団員をやりながら最近人気を上げてきたバンドのフロントを張っている人でもある。それらを全部ひっくるめても私生活というかわきの甘さが凄すぎて今いち羽ばたけないというか、周りから心配されまくっているのだが。

 

「あ、これでも良いです。むしろご褒美というかエルフ姫様のオンリーワンになれるならそれで……」

「用事はないようですね。俺たちの活動になにか問い合わせたいことがありましたらヤマギシ広報部か営業部へお願いします」

「待って待って待ってくださいすみませんふざけましたつい出来心なんです」

 

 二葉の教育に悪いのでその場から立ち去ろうとすると、ロッカー劇女は俺の足に縋り付いて懇願を始めた。はたから見れば事案物の光景だが溺れる者はなんとやらというかロッカー劇女は周囲を気にすることもなく俺のズボンを涙とか色々な体液で濡らしてくる。

 

「……それで、チャンス云々ってなんのはなしですか?」

 

 余りにもな光景にいろいろと口から出てきそうな言葉を飲み込んでそう訊ねると、ロッカー劇女は鼻をズビズビと鳴らしながら上目遣いにこちらを見た。化粧が崩れるどころの騒ぎではない。この人、この後仕事とか大丈夫なのか心配になってくる惨状がそこには広がっていた。

 

「現場犬とダンプちゃんが……」

「はい」

「エルフブーストでエグいバズって、界隈同業者に煽り散らしてるんです……! ください……! 私たちにもエルフブースト!」

「なるほど、お疲れさまでした」

「MATTE!!」

 

 聞きたいことはすべて聞けたな。よし。くだらない時間を過ごしてしまった。

 

 あ、こらズボンによだれつけないでください。これからまだ仕事なんですから。

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