奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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短くて申し訳ありません


第三百六十五話 試合前のひと時

 伝説の男がそこにいた。

 

 199X年単身で海を渡り日本野球界からメジャーリーグへ挑戦。途中加入ながらもカミカゼとも呼ばれるガッツあふれるプレーは低迷するチームを奮い立たせ、優勝へと導いた奇跡の男。

 

 日本で野球をしたことがある人物なら。いいや、大体の日本人ならきっと一度は目にしたことがあるその人が、今。目の前にいる。

 

「お会いできて光栄です……タカ田中さん!」

「お、おう」

 

 興奮して震える体を必死に抑えながら、言葉を絞り出す。そんな俺の様子に少し引き気味に田中さんは返事を返してくれた。

 

 返事を返してくれた。こんなにうれしいことはない。

 

「いやどこの限界オタクだよ。タカさん引いてんだろうが」

「イッチはほんなこつタカさん好きやね」

 

 そんな感動に冷や水をぶっかけるように本日の共演者たちが声をかけてくる。一人は青地に神奈川のKがプリントされたシンプルなデザインのユニフォームを着たプロ野球チーム神奈川マリナーズの若手投手、吉田拓也。もう一人はおそらく所属大学のユニフォームなのだろう、HAKATAと胸にプリントされた白地のユニフォームに身を包んだ動画配信者、タカバットだ。

 

 二人とも同年代であり特に吉田拓也、通称ヨシタクの方は中学野球時代に敵と味方に分かれて争ったことがあるため、たまに飯を食いに行ったりはする。いまだに中学時代俺に打たれたことを根に持つ器の小さい男だが、今回この場に呼んでくれたのもヨシタクなので微妙に頭が上がらない。

 

「ちなみに今のやり取りカメラに映ってるぞ」

「そういうの早く言ってくれない???」

「俺らも商売やけんねぇ。撮れ高ゴチっ!」

 

 二人は俺を挟み込むように立つと、わき腹を指でつついたり頭をガシガシと撫でまわし始める。微妙にカメラも意識した立ち位置をしてるのが憎らしい。こいつらまさに今が旬なエルフ姿の俺をとことん弄って、出番を増やす魂胆だな?

 

 だがおあいにく様と言うべきか、俺たちの目の前には生き馬の目を抜くような芸能界を数十年生き抜いた古強者が居るのだ。お前らのようなポット出が画面に映ろうとしてもタカ田中さんの持つ吸引力じみた魅力にカメラが集中するのが当然というものだろう。

 

 俺の期待に満ちた視線に答えるようにタカ田中さんはきっと視線を鋭くしてヨシタクをにらみつけるように見据える。圧力すら感じる視線にヨシタクとタカバットが怯む中、ビシッと人差し指でヨシタクを指さしたタカ田中さんが口を開いた。

 

「ヨシタクよぉ。うち中学じゃねぇんだけどよぉ!?」

「あ、すんません。この子うちの関係者なんで……」

「どこの中坊連れてきてんだよ。困るんだよなぁこんな、こんな……」

 

 田中さんはヨシタクにがなり立てるように文句を言いながら俺の頭をワシワシとかき混ぜながら俺に視線を向け。

 

「エルフじゃねぇか……!?」

 

 間近で見ている俺の顔を覗き込んだ田中さんは、数コンマの間に怒り心頭といった表情から虚を突かれたような表情へ移り変わり、そしてぎょっとしたように眉を浮かせてそう口にした。まさに絶句という言葉が当てはまる表情の変化に周囲からはドカン、と音がしそうなほどの笑いが飛ぶ。

 

 表情の変化、言葉の選定、声質。なにもかもが自然すぎるほどに自然に表現され、笑いへとつながっていく。信じられないほどの技術だ。

 

「おいゴルフ! ゴルフこっちこいエルフがいるぞエルフ!」

「えぇ~。いやいやタカさんなに言ってるんすかそんなエルフが日本に居るわけ……」

 

 驚愕の表情を浮かべたまま田中さんは近場で素振りをしていた芸人、ゴルフ松本さんを呼んだ。ゴルフさんはまたまた、と表情で物語ながらバットを置き、チラリとこちらに視線を向け。

 

 チラッ。チラチラッ。ギュルンッ!

 

 一度見し、二度見して、そして表情を激変させながらゴルフさんの顔がまっすぐこちらを向く。

 

「エルフじゃねぇか……!?」

 

 一拍、二拍とたっぷり時間を取った後。絞り出すように口にしたゴルフさんの言葉に、また周囲から笑い声が起きる。

 

 ジャパニーズお笑いの奥義、天丼。見事としか言えない切れ味だ。流石は大ベテラン芸人さんと言うべきか。この間の取り方は非常に勉強になる。

 

「さっきからイッチはどの目線でコメントしよーと?」

「ブツブツ言ってるの全部マイクに拾われてるぞ、お前」

 

 両隣からの中傷が耳に入るが、今の俺は世界最強モードなので気にもならない。これから俺はこの人たちと野球をするのだ。有頂天になっても仕方ないだろう。

 

 季節は真冬。野球の全てのシーズンは終わり、あとは年末を迎えるだけの時期。

 

 俺史上最大のイベントであるリアル野球盤ゲームが、これから始まる。

 

 

 

「ところで山岸の奴はどうした? あいつも呼ばれてんだろ」

「あいつは置いてきた。ここからの戦いにはついてこれそうもない……」

「いやいや。撮影開始までまだ2時間あるけん」

 

 ヨシタクの言葉に出来る限り厳かな言葉でそう答えると、タカバットがそう口を挟んでくる。冷静な口調でそう返されると、その。ちょっと困る。

 

 カメラの前だからと少しふざけすぎたな。反省しとこうか。

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