奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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土日が忙しいので早めの投稿になります

誤字修正、244様ありがとうございます


第三百六十七話 イッチチャレンジ

 夢のようなものだ。

 

 子供の頃、野球漬けの毎日の中でふと手に取った古びた漫画。練習の合間、休憩時間、そんな少しの時間に目を通した淡い記憶の中の出来事。

 

 大人になって、プロと呼ばれる野球選手になってからその漫画を読み返した。思い出の日々が漫画を通して鮮明に蘇ったあの日。

 

 あれからもう、10年近くが経っている。

 

 そして今、本来ならありえないものを、自分は体験している。

 

 この打席は夢のようなものだ。

 

「イッチチャレンジ」

 

 言葉に出す。相手投手は5名。通常のリアル野球盤ルールと異なり、投球はマシンではなく冒険者と呼ばれる彼らが行うことになった。

 

 その投球術は各人独自のもので好きな人物を選んでいいと言われ、それぞれがどういう投手であるかを説明された時から彼が良いと考えていた。おそらく今現在、世界でも有数の著名人である少年姿の青年が自分の言葉に頷きを返す。

 

 彼の事を知らないものはこの場にはいない。いいや、テレビやネットといった情報媒体に触れることが出来るものなら誰もが彼の事を知っている。彼がどのような人物で、どのようなことが出来るかを知っている。

 

 だから、これは夢だ。夢のようなことを叶える、正に夢のひと時だ。

 

「明青学園――上杉達也」

 

 震えそうになる声を抑えて、そう。いつものように気を付けて、言葉を発する。作品名ではなく個人名であるが、イッチくんは自分の言葉にできるとだけ答えてくれた。

 

 取れ高を考えるならば。プロであるならばもっと違った選択肢を選んだ方がいいとはわかっている。それこそ数多の魔球を操る選手だって彼なら再現できてしまうかもしれない。

 

 けれど、駄目だ。自分の夢は、俺の願いはもう言葉に発してしまった。

 

 イッチくんが、マウンドの上に立つ。ざわめくベンチの動きを尻目に打席に入る。奇しくも自分は右打者で、彼の宿敵はまた右打者だった。ちょっとした類似点を思い付きニヤリと口元を歪める。

 

 ボヤけるようにマウンドの上が揺らめき、少年の姿が掻き消える。代わりに現れたMEISEIとロゴが入ったユニフォームを着た青年は、後ろを振り返ってレフト側のスタンドを眺めた。

 

 まるでそこにボールが飛んで行ったかのようにそちらを眺めて、帽子を取り、右腕で額の汗を拭う。

 

「……延長10回裏、5対4ツーアウト2塁」

 

 見覚えのある動作。見覚えのある仕草。雰囲気。土の香り、詰めかける観衆、静まり返る球場。

 

 全ての球児たちが夢見てそのほとんどがたどり着くことすら出来ない場所。夏の甲子園。そこへとたどり着くために行われる最も残酷で最も熱い最後の戦い。かつて自身も通り過ぎたそれが、今、目の前に広がっている。

 

 かつて通り過ぎたはずの場所に自分は立ち。

 

 マウンドの上に上杉達也が、いる。

 

「俺も――」

 

 バットを握り締め。

 

「浅倉南みたいな幼馴染が、欲しかったッ!!!!! 絶対ホームラン打つ!!!!!!!」

 

 天に向かって、今年度ホームラン王を獲得した和製大砲と呼ばれる男は吠えた。

 

 

 

「この流れで、三球三振はダサすぎるでしょ!」

「いや、あそこでヒット狙いこそダサすぎるでしょ」

 

 タカ田中さんの煽りに至極真面目な顔で和製大砲さんが答える。全部フルスイングだったのは潔く感じたが球とバットが一度も触れなかったのは流石にいただけないだろう。エンタメとしては面白いんだがプロ野球選手にはやはり技術的な意味で見せ場を作ってほしい。

 

「イッチの目線が分からん」

「いや、あんまり圧倒しても後にしこりがのこるじゃん」

 

 審判として背後に立つタカバットの言葉にそう言葉を返すと、お前は何を言っているんだという顔で見られた。解せぬ。

 

「ひょーっほっほっほっ。我が魔球ウォーターボールを喰らえぃ!」

「うぉ、水がはじけっ!」

 

 現在はプロ野球選手側の2番手、走攻守に評判の若手外野手が麻呂さんの投球を攻略しようとしている場面だ。麻呂さんはどう見ても前衛って感じがしないし与しやすいと思ったんだろうが、それは麻呂さんを舐めすぎだろうな。

 

 麻呂さんが投げるボールはウォーターボールの応用だ。硬球の周りにウォーターボールを発生させ、それを操る事によって自在にボールを動かしている。しかも水が緩衝材になってまともにボールを打つことが出来ないし、打ったら水がはじけ飛んできて思わず体がビクッとなる。

 

 さすがは国内でも有数の魔法使いというべきだろうか、あれかなり難しいぞ。しかもテレビカメラごしに見てもどういう魔球かが分かりやすい。非常にエンタメ向きな魔球といえるだろう。

 

 結局2番手の若手外野手はゴロとなりアウト。肩を落としてベンチに戻っていき、それに代わって引きつった顔で米国帰りのベテラン内野手がバッターボックスに立つ。

 

「次、誰が良いですか?」

「えーと。イッチ君ダメ?」

「1攻撃に1回ですね」

 

 軽口を叩きあう……いやこれ大分切実に感じるな。まぁ後に控えているのはタカバットにみちのくニンジャ、それに恭二の3名だ。この3名が投球するだけでボールを破裂させたのはここに居る全員が見ているため、しり込みしてしまうのだろう。

 

「大丈夫ですよ。みんな速球は封印してるんで」

「あ、ああ。それなら……いや、あの速球打ったら腕がもげるからね。銃弾のほうがまだ打てる気するから」

「さすがに銃弾の方がパワーあると思いますよ???」

 

 打席に立ったベテラン内野手は結局みちのくニンジャを選び、彼が投じた分身魔球で空振り三振を取られた。多分これは変身魔法の応用だと思うんだが、自身ではなく物を変身させてしかもそれを投げるというのが凄い。肉体派と思っていた千葉さんにこんな隠し玉があるとは思わなかった。

 

「それをあっさり補ったイッチに言われてもね……」

「や、影は普通に見えたんで」

 

 田中さんに全員三球三振してんじゃねぇと煽られるプロ野球選手チームは可哀そうだが、多分普通に野球してたら絶対に出来ない貴重な経験をした、と思っていただきたい。

 

 さて、通常なら3アウトとなった場合攻守交替となるのだが、今回のリアル野球盤は当初の予定から変更されて投手は冒険者が担当し、帝都チームとプロ野球選手チームはこれに挑戦するという方式になったため俺たちはそのまま続投だ。

 

 まぁ冒険者チームの身体能力が予想以上すぎて番組の体を成すのが困難だったのが原因で、結局俺たち冒険者チームは舞台装置としての役割を求められることになったってわけだ。これに関しては田中さんとプロデューサーさんがカメラの外で頭を下げてくれたし、俺たちとしても今回の魔球縛りは下手に身体能力がクローズアップされるよりはよっぽど美味しい状況だ。対応できれば。

 

「俺の時どうしよ……」

「ファイヤーボール纏わせるとか」

「そりゃつまらんやろう」

 

 ちょっとどうしようか真剣に悩み始めたタカバットを尻目にレガースを外していると、帝都チーム側のベンチから田中さんが歩いてくる。

 

「次。バッター、俺! イッチ出てこいやぁ!」

「いや、目の前に居りますって」

 

 いつもは帝都チームの4番を務める田中さんだが、今回は特別にチームの突撃隊長として一番としての登録だ。チームを勝たせるために自らが先頭に立つ。これぞリーダーシップという奴だな。

 

「田中さんずるい!」

「俺もイッチやりたかったー」

「シャラップッ!」

 

 ブーブーと文句を垂れる自陣営に一喝を入れた後、田中さんはスタンドをバットで差し「アメリカまでぶっ飛ばす!」と叫ぶ。いいね、気合のノリが違う。何度も見た映画のワンシーンが、目の前で再現されているかのような気分だ。

 

 多分、さっきのタッチを見たホームラン王さんもこんな気分だったのかな、と思っていると球場の中をつんざくようなギターの音が響き渡る。

 

 聞き覚えのある。それどころか何度も何度も聞いた曲だ。

 

 もう駄目だ、あいつは終わった。そう言われていた男が、革ジャンを羽織って球場に登場したシーン。テーマソングを背負ったその投手の背中を、何度も何度も巻き戻して見たそのシーンに流れていた曲が、今、この場面で流れている。

 

「クリーブランド・インディアンス。リッキー・ボーン」

 

 困惑して田中さんに視線を向けると、田中さんは悪戯に成功したかのような表情でニヤリと笑い俺が変身するべき男の名を告げる。

 

 ドクンと、胸が高鳴った。

 

「かかって来いよ、ワイルドシング」

 

 そう言って、マウンドを指さす田中さんの姿に、映画の中の彼がダブる。

 

「――ああ」

 

 すべての視線と、球場中の音楽が自分に向けられている。映画の中のワンシーンを眺めていた自分が次の瞬間、そのワンシーンに入り込んでいる。自分の姿に、背中にかつてそれをテレビの前で眺めていた自分の姿を幻視して、そこでようやく思考に現実(リアル)が追いついた。

 

 これは田中さんなりのサプライズだ。恐らく今日、俺とあった瞬間からもしかしたら考えていたのかもしれない。バックネット裏でギターを持つロッカー劇女さんの姿を見るにその可能性は高そうだ。初めて共演する俺への彼なりの贈り物がコレなのだろう。

 

『黙らねぇとはり倒すぜ』

 

 だったら、応える方法はただ一つだ。

 

『全球ターミネーター(ストレート)だ』

 

 カメラに背を向け、マウンドへと歩いていく姿を。かつての自分が憧れた背中を、再現する。カメラの向こうでこの背中に憧れる誰かのために。カッコいいと胸を弾ませた、かつての自分のために。

 

『打てたら名前をつけさせてやるぜ?』

「ハッ」

 

 この場を提供してくれた人への感謝を込めて、全力でねじ伏せる。

 

 振り返り、ドクロの眼鏡ごしに見るタカ・タナカは笑ってバットを構えた。その笑顔に俺も笑って、ボールを握り締め、振り被る。

 

 

 

「この流れで三球三振は恥ずかしいっすよ田中さーん」

「うるせぇ!映画再現だよ!」

 

 なお、勝負は遊び玉なしで終わった。もうちょっと見せ場とかそういうのを作るべきだったんだが……気合が乗りすぎてしまったからしかたないよね!

 

 え、ちょっと展開が早すぎる? もうちょっと間を……あ、はい、すみません。

 

 エンタメって難しい。




明青学園 上杉達也
タッチの主人公。右投げMAX152kmの本格派投手。野球歴2年で甲子園制覇したあだち充作品屈指の化け物

クリーブランド・インディアンス リッキー・ボーン
映画『メジャーリーグ1・2』に登場する剛速球投手。別名ワイルドシング。2ラストの登場シーンはビデオが擦り切れるまで見た人がたくさんいる()
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