「「「「イチローおにいちゃん、おとしだまありがとー!!」」」」
「構わんですたい」
昭夫君の弟妹たちに囲まれ、一斉に頭を下げる彼ら彼女らに鷹揚に頷きを返す。なんて心洗われる光景なんだろうか。日本の新年はやはりこうじゃないと。うちの家は親戚が少ないから、こういう光景にちょっと憧れがあったんだよなぁ。
とはいえそうか。俺も親戚の家で集まって行く先々の家の子にお年玉を配り歩くおじさん側になってしまったのか。少し時の流れを感じながら昭夫君お母さんの作ったお雑煮を食べていると、自衛隊の人から渡されていた無線機がピーガーと音を発し始める。
時刻を見ると午後1時。沖合に停泊する巡視船からの定期報告だろう。
「イッチさん、無線はなんち言うとりますか?」
「世はすべて事もなし、だって」
「……はぁ。いつになったらこの警戒態勢も終わるんですかね」
無線機がなり始めた瞬間、臨戦態勢で駆け寄ってきた昭夫君にそう告げると、昭夫君は気が抜けたような表情でそうボヤいた。潜水艦の一件からこっち、昭夫君は随分と余裕がないというか思いつめた顔をするようになってしまった。故郷が危険に晒されたのだからしょうがないだろうが、四六時中気を張り詰めるのは心身ともに疲れ果ててしまう。
もう少しメリハリというか、オンオフの感覚を持つべきなんだが。生来の生真面目な性格が災いしてしまうんだろうな。
原潜の爆散による広範囲の放射能汚染は、近隣の自衛隊や冒険者たちの協力によりなんとか年内で除去作業を終えることが出来た。だが、その放射能汚染が起きた原因である隣国、華国での内乱は今も盛大に燃え上がったままであり、現状は第二・第三と同様の事件が起きてもおかしくはない状況だ。
このため、日本では緊急事態宣言の解除を行わず、九州・沖縄に展開する自衛隊も有事の体制のまま。更に今後発生しうる事態に対して近隣諸国との協調という名目で日米を主体とした防衛体制の構築を推し進めている。
普段ならこういう事を政府が口にすると軍国主義反対だなんだと声高に叫ぶ有識者の方々が多いのだが、華国が内乱状態に陥った辺りからそういう発言をする方々は何故か元気がなくなっているため、この防衛体制の構築はかなり順調に進んでいる。
のは、良いのだが。
「なぜ俺だけ福岡に留め置かれているのか。これが分からない」
「イッチの力が必要ち、みんな思っとるんよ」
ほかの緊急出動組が次々と地元へ帰る中、なぜか俺だけが冒険者協会からのたっての依頼という形で九州に残る事になったのだ。気分は一時的な出張のはずがそのまま配置換えを喰らったサラリーマンであるが、テレビ等のマスメディアでは九州の復興のために福岡に残り復興作業に従事している……ことになっているらしい。
実際のところは見せ札というか。劣勢の余りマジでとち狂った華国政府の一部が、台湾や尖閣諸島といった非常に政治的にシビアな部分にちょっかいをかけてくる確率を少しでも減らすために、いつでも動ける状態で九州とか沖縄辺りに居てくれればそれでいい、くらいの感覚らしいんだがね。
いや一個人が居るからって国家レベルで躊躇する材料になるわけないじゃん、というのが普通の感覚だと思うし俺もそう思うんだが、今だけはこれがまかり通りそうなのだ。というよりも現状まかり通りそうな状況だから厄介な話になっているというか、下手に俺まで東京に戻ってしまうと逆のベクトルで華国を刺激しかねないのだという。
なにせ、一個人によって戦略級の戦力である大陸間弾道弾を積んだ潜水母艦を失ったばかりだからな。そりゃあ似たような評価の奴が隣国に居たら警戒するだろうし、そいつの動向が分からなくなればパニックになってしまうかもしれない。
現状、自衛隊や米軍のお偉いさん方は華国の一部勢力が自棄を起こして第三次世界大戦勃発、というシナリオが一番怖いんだとか。
「結局、本当に個人で原潜を破壊したんですかね。ほら、華国の英雄さん。斉天大聖とか呼ばれてるんですっけ」
「プロパガンダ入ってるとは思うけど、聞く感じ本当みたいだね。分身したり大きくなったり小さくなったりはするらしいよ」
「原典通りならまんま仙人ですからね……イッチさんや恭二さんみたいな人、本当にほかにも居たんですね」
「それどういう意味で言ってるのか非常に気になるんだけどもちろん驚きの方向だよね? うぇwwwうぇっwww的なサムシングじゃないよね???」
華国からの情報は体制側の情報封鎖のためあまり入ってこない上、フェイクニュースやらも混ざるため信憑性がかなり低いものになっている。だがそんな状態でも陸伝いであるとか色々な伝手を伝って情報を仕入れている人たちはいる。
そういった人たちからの情報では、現状華国は本来の政権主流派と非主流派が主導権争いをしており、その隙間を縫うように各地の軍部が軍閥とでも呼ぶべき小勢力となり、時には連動し時にはぶつかり合って体制側を削るような動きをしているそうだ。つまり華国でよくある権力争いだな。
件の老師とその弟子さん方は非主流派に属した勢力であり、現状最も統一政権に近い位置に居るのは彼らを要した非主流派だ。トップに立つ人物は強硬路線に舵を切った現政権とは不仲な人物で、少数民族に対しても融和的なことで知られている。彼らにとっては非常に担ぎ甲斐のある神輿という事だ。
そしてその担ぎ甲斐のある神輿に、しっかりしすぎるほどの武力を持つ担い手が現れた結果が、現状だろう。華国主流派もかなりダンジョン関連には力を入れていたらしいが、ダンジョンでの初動に関しては本当にセンスがかなり重要なベクトルを占める。
俺たちヤマギシチームも恭二が居なければ、正直どこまで潜れていたかは分からないからな。その点、件の老師一派はとんでもない集団であることは間違いない。なにせ一派のほとんどが雲に乗って空を飛ぶ魔法を使えるんだからな。
おそらく、恭二のように自前で魔法を開発できる奴が居て、そいつが老師とやらが言っていた良い男なんだろう。
そして現状、俺が最も期待されている役割はこの推定恭二並の魔法開発者が矛先を他国に向けた際の対抗馬の可能性が高い、と。
「いやぁ……」
そこまで考えを進めたうえで、雑煮の汁を飲み干した。
「関わり合いになりたくねぇなマジで」
「どげんしたとですか急に」
「関わりたくねぇよ昭夫君……」
「いや、あの。俺、なにか悪い事ばしました……?」
嘆きの声を上げると、昭夫君が気まずそうに尋ねてくるがそういう訳じゃないんだ、と首を横に振る。将来に悲観したうえでの言葉の綾的なものだから気にしないでくれ、昭夫君。
本気でこのまま自国内で全部終わらせてくれんかね。無理かな。
無理か。