奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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明日は忙しいためちょっと早めの投稿になります。
ゴールデンウイークお疲れさまでした。皆さん、明日も明後日も仕事頑張っていきましょう!

誤字修正、244様ありがとうございます!


第三百七十一話 嫌な予感

『イッチは民間人だ! それがなぜ長期間に渡って一部地域に拘束されなければならない!? 国家のため、他者のため、それは良い事だ! 私はそれを否定しないが、しかし彼が今、置かれている状況はそういったモノではない!』

『彼の行動を束縛する根拠たる法律はなにもない! 彼が自ら自身を縛る理由もなにもない! ただただ国家が己の都合の元に一民間人を利用しているにすぎないのではないか!?』

 

 いつも温厚な表情で笑顔を浮かべているスタンさんが、今はテレビ画面の向こうで怒鳴り声をあげている。繰り返し報道されているこの映像は1月末に米国で人気のあるコメンテーターの番組に彼が出演した際、コメンテーターの静止を振り切ってかました大演説の一部だ。

 

 彼は本来その番組で、4月に放映される予定だった復讐者たちの最新作にして一つの結末とも言える作品の番宣を行う予定だった。実際にカメラの前に現れたスタンさんに向けてコメンテーターが最初に放った一言は『ついに復讐者たちの新作が出ますね』というごくごく普通な一言だった。

 

 だが、この一言がそれまで我慢に我慢を重ねていたスタンさんの最後の堪忍袋をズタズタに引き裂く一言になってしまう。

 

『この場には、居るべき人間が一人存在しない』

 

 コメンテーターの言葉にそう一言返して、スタンさんは自身に向けられているカメラに視線を向ける。その視線を見たカメラマンが動揺して手が震え、画面が一瞬揺れるほどに迫力のある表情を浮かべたスタンさんは、ふるふると人差し指を震わせながらカメラにそれを向け。

 

『イチロー・スズキがこの場に居ないことに、来られなかったことに私は強い憤りを感じている』

 

 そこから先は、火山の噴火と呼ぶべきだろうか。

 

 ツブヤイターのトレンド一位がムカ着火インフェルノになるレベルでスタンさんはテレビ画面でキレまくり、それから一週間がたった今もニュースでは連日この場面が放映され続けている。

 

 つまり、一種の社会問題にまで発展しているのだ。

 

『確かに大変な出来事が起きたのは理解できますがね。彼、民間人じゃないですか。民心を落ち着かせるためってそれ国家が頑張るべき事柄ですよね?』

『自衛隊もそのために現地で頑張ってる。事件当時からの彼の役割は非常に大きかったとはいえ、そろそろ解放すべきじゃないかな』

 

 ここ最近は大人しかったリベラル的な方々も今回に関してはチャンスと見たのか政権への批判を声高に叫び始め、また保守的な意見を持つコメンテーターもこの件に関しては否定的な言葉を口にしている。

 

 この流れは発端となった米国でも同じで、両国の野党は鬼の首を取ったように現政権への批判を強めている。

 

 

 

 

「という訳でそろそろお役御免になりそうです」

「……長い事お世話になったけん。色々言われとーけど、俺らはイッチが居てくれて良かったち思うとる。ありがとうございました」

「こちらこそ、お世話になりました」

 

 ヤマギシ本社からそろそろ戻れる旨の連絡を受けたので宿を借りていた昭夫くんにそう伝えると、彼は改まった表情でそう言って深々と頭を下げた。

 

 実際、俺が九州に居てもやれることなんて何もないのだから帰れるならとっとと帰るのが一番なんだ。現在は自衛隊・米軍共に華国側に対する警戒を数段階引き上げており、仮にまた同じことが起きたとしても即応する体制は整っている。

 

 俺がここに留まっているのも、言ってみれば願掛けのようなものだろう。日本・米国共に最も警戒しているのは追い詰められた陣営がとち狂って馬鹿をやらかす事であり、そのやらかしを抑止するための重しの一つとして俺の名前が役に立つかもしれない、程度のものだった。

 

 だから問題になるならすぐに解除する程度の事だし、スタンさんが言っているように俺が本来縛られるような事柄でもない。なんなら全力であっちの国とは関わり合いになりたくないと本心から思ってるし、恐らくもっと前の段階で俺から言い出していたらそのままスムーズに帰れたかもしれない。

 

 だけど、だ。事ここにきて。とっとと帰った方が良いと理解していたけれど、俺は自分の口からそれを言い出さずに求められているなら仕方ない、程度の熱意でもって九州に留まり続けていたわけだというのに。

 

 予感がするのだ。

 

 ここ数週間。時間だけはあるから日課の変身トレーニングを行っている際、ピーター・パーカーのような勘働きに優れたキャラクターに変身するとひどく胸がざわめくのを感じているのだ。例の彼や老師の事ではない。彼らを思い浮かべるときに感じるそれとはまた別ベクトルのなにかだ。

 

 海の向こうでなにか途轍もなくて、ひどく醜悪な悪意という悪意を鍋に詰めて煮詰めたかのような何かが産声をあげていて、ひしひしと手遅れに向かって突き進んでいるような感覚。曖昧過ぎて言葉にもし辛いそれが、日に日に大きくなっているように思えてならない。

 

「……昭夫くん」

「はい」

「今回の件でも思ったけれど。魔法なんて存在がいきなり世の中に出てきたように、いつ何が起こるかなんて誰にも分らない。一先ず現状は落ち着いたけど、備えは忘れないように」

「はい」

 

 怪訝そうな表情を浮かべる彼に、ここから先を伝えるべきか考える。こんな曖昧な言葉を彼のような責任感のある人間に伝えていいのか。少し考えたあと、伝えない方が後で悔いることになると口を開く。

 

「偉そうな事を言って申し訳ないけど、気を付けて。何かあれば、必ず駆けつけるから」

「……心強かですけど、それって」

「多分、まだ底じゃない。予感でしかないから確度は高くないけど、備えだけは忘れないで」

 

 嫌な予感としか言葉に出来ないなにか思い浮かべながら昭夫くんにそう伝えると、彼は険しい表情を浮かべたまま一つ、小さくうなずきを返した。

 

 これが東京に戻る前の、彼との最後の会話だ。その日のうちに荷物を纏めて東京に戻った俺は、戻ってすぐに、シャーリーさんやケイティといった諸外国に伝手がありそうな人物に嫌な予感がする旨を伝えて大陸側の情報を集めて貰えるよう頼みをした。

 

 忙しい二人に依頼しておいてなんだが、俺の予感が外れているならそれでいい。むしろそれがいい。その時は二人に頭を下げて、なにかで埋め合わせをさせてもらえばいいだけだ。なんでもするとは言わない。何を言われるか怖いからな。

 

 ――いっそ華国に飛んだ方が良かっただろうかとピーターが内部から問いかけてくるが、それはやりすぎというか行きたくない。余計にこじれてしまいそうな気がする。

 

 お隣さんに番宣として言って様子を見に行く……最悪の選択肢としてそれも考えておいた方が良いだろうか。あそこはあそこで訪れるたびに俺を自国民にしようとしてくるからな。正直行きたくない国としては現在の華国を除けばナンバーワンだろう。

 

 それは、まぁ最終手段にしとこうか。何も起きなければ全部問題はないんだがね。

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