奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第三百七十四話 ペロリスト

 馬を買う。今まで考えたこともない事態が降りかかってきた。

 

「ふむ、意外だな。君の祖父君は狩人だと聞いていたし馬くらいには触れたことがあると思っていたよ」

「いやぁ。日本の猟師は馬は狙わないんでぇ……」

『ふむ。こちらの馬は随分と線の細いものが多いな。軍馬として帯同するにはちと心許ないか』

「ここで養育しているのはサラブレッドという速く走る事に特化した馬だからね。ダンジョン探索に付き合わせる予定ではないんだよ、エルフの姫君」

 

 とはいえ社命である。社員である以上、社長からの業務命令はたとえ人気動画配信者だろうと息子だろうと拝命しなければいけない。ちゃんと恭二を巻き添えに成功した以上は全力で業務に邁進するのが社員の務めだろう。

 

 と意気込んだは良いものの、馬の目利きなんてどうすれば良いのか皆目見当もつかない。そのため適当な競り市でティンと来た馬を購入しようか……などと考えていたらアガーテさんに待ったをかけられた。

 

「この件、少し私に預けてくれないか?」

「おかのした」

 

 極稀に来る真面目期が来ているらしい彼女に従って任せると、アガーテさんはシャーリーさん経由でJRAに連絡を取り何事かを相談した後、そのまま俺と引っ付いてきた二葉を車に乗せて、気づけば俺たちは競走馬の生産牧場にやってきていたのだ。

 

「セリも悪くないが一路げふんげふん。一郎くんにとって最初の一頭だ。なら牧場に足を運んで、気に入った一頭を選んだ方が思い出に残るだろうと思ってね」

「なるほど……」

「私も最初の一頭の事はよく覚えているよ。結局勝てなくて実家で乗馬用になったんだ。栗毛の大人しい仔だったな」

 

 慣れた手つきで引き合わされた仔馬を撫でながら、アガーテさんがそう口にする。そういえば聞いたことはなかったが、アガーテさんってかなり良い所のお嬢様なんだろうか。ちょっと普段の言動からはその辺が読み取れないんだが。

 

 まぁそんな事はどうでもいいんだ重要なことじゃない。今、重要なのはアガーテさんが競走馬についての知識を持っているという事。そして現在、目の前にいるこの馬についてだ。

 

「ところでアガーテさん、お伺いしたいのですが」

「なんだい一郎」

「コイツ、俺の事を飴玉かなにかかと思ってるのかやたらと舐めてくるんですが、これはどう反応したら良いんでしょうか」

 

 目の前にいる白い馬体の馬は、顔を合わせたとたんに大きく口を開けて笑顔?を浮かべた後、なにが楽しいのか俺の顔中をべろんべろんと舐めまわし始めた。あまりにも行動が早すぎて一緒についてきてくれた厩務員の人が止める間もなかった。

 

「……私にも、分からないことくらい……ある」

「ですよねー」

 

 MMR風に言葉を濁すアガーテさんの言葉に相槌を打ち、唾液にまみれながら必死に馬を止めようとする厩務員さんの頑張りを眺める。凄いなこの馬、二人掛かりでもびくとも動かない。

 

 これは俺が動かなければいかんか。馬の頭を持ち上げるように手を添えて、馬が驚かないようにやさしく力を籠め――ようとするも、その手をアガーテさんがぎゅっと手で押さえてきた。

 

「……あの」

「すまない。私の心には一路が居る。私の最愛の人は一路なんだ、信じてくれ」

「びっくりするほど急にどうしました???」

「けれど、エルフのショタっ子が!! 顔中を粘液まみれにしたエルフのショタっ子はズルいだろう!!?」

「本当にびっくりする理由で草。知らんがな」

 

 頭を煩悩で茹らせたらしいアガーテさんの魂の叫びにそう返事を返して、いまだにべろんべろんと顔を舐めまわしてくる白い馬を押しのける。なんだこいつ人間みたいな顔で笑うな。

 

 

 

「で、結局その仔買ったんだ?」

「なんかビビッと来てだな」

「ふーん。ほんとは?」

「こいつ以外の馬が近寄ってこなかった……」

『うん、うん。こん仔はええ仔だな。肝が据わっとる目ぇしとる』

 

 結局、べろべろ舐めまわしてきた馬を買うことにした。当初はほかの馬にしようと思ったんだが、他の馬は俺が近づくだけで逃げ出したり死んだふりをしてしまったためこいつしか選択肢がなかったのだ。

 

 購入した馬は馬運車という馬専用の輸送車に乗せて奥多摩へ。そのまま40層まで連れて行き、そこで待っていたエルフの牧場長にこいつを預ける。

 

 牧場長は流石は本職と言うべき手際で白馬を促し、馬もその指示に従って大人しく牧場の中へと入っていく。

 

「あ、牧場長。これお代ね」

『ん。あんがとさん』

 

 牧場長の手にコインを渡すと、コインは溶けるように消えていく。銅貨3枚でひと月分の養育費となるらしい。

 

『んで、どういう風に育てるか希望はあるんか?』

「お、システム説明とかあるならお願いしたいかな!」

『説明なんて大層なこったないが。早く走れるように育てたい、丈夫に育てたいくらいは聞けるぞ?』

「予想よりも使い勝手が良い!」

 

 牧場長の言葉に一花が声を上げる。効果のほどがどれくらいになるかはまだ分からないが、これはどこの馬産業者さんも使いたがるだろうな。

 

「父親が全然ケガしないタフな奴だったらしいから、早く走れた方がいいのかな」

『ああ、確かに頑丈そうな足しとるなぁ。分かった、こいつは早く走れるように育てるよ』

 

 俺の要望を聞いた牧場長が、うんうんと頷きながらそう答えた。

 

『ところでこいつはなんて名前なんだ?』

「んー、そうだなぁ」

 

 牧場長の質問に生返事を返して、さっそく我が物顔で牧場の草地を駆け回る白いのに視線を向ける。確か親父さんと爺さんが結構な活躍をしてファンも多い馬らしいから、それにあやかる形が良いだろうか。JRA側も出来るだけ目立たせたいって言ってたし、目立つ名前で――よし。

 

「ゴールドペロリスト。ゴールドペロリストがアイツの名前だ」

「草」

 

 俺の言葉に一花が失笑を零した。

 

 分かりやすくて良いと思うんだがな。




いつも感想ありがとうございます。現在、非常にリアルが多忙で感想を出来るだけ返したいんですが返しきれません。申し訳ありません
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