『最近さ。これで良いのかって良く思うんだよ。周りの人とかが僕を見る態度がどんどん変わるっていうかさ。そりゃ最初は楽しかったけど、段々時間が経つと共に……』
『怖くなってきた?』
『そう、それ! 自分は変わったつもりがないのに周りからはどんどんこう、プレッシャーをかけられてくるというかさ。もちろん自分の選択に後悔はないけど、ずっと違和感みたいなものが付きまとってくるのはさ。やっぱり怖いんだ』
『そうか……わしには想像もできんが』
老人は自分の人生を振り返る。そこそこ運動が出来て要領が良かった少年時代。なにも怖いものなんてないまま軍に入隊し、それまでの自信を根こそぎへし折られ根性を叩きなおされた青年時代。サウジアラビアで戦傷を負い除隊。貯金をはたいてフードカーを購入し、帰国後に結婚した女房と二人三脚で歩いて店を持つまでに至った自分の足跡を振り返る。
思い返しても平々凡々とした人生だ。彼に比べればどれだけの人物でもそうなってしまうだろう。そんな平凡な人生を歩んできた自分が、彼に対してなにか役に立てるとは思えない。
『誰だって変わるもんだ。立場が変われば、見方も変わる。それはどんな人間だってそうだろうし、アンタだって周りの人間だってそうだろう』
だから口から出た言葉は、これまた平々凡々とした言葉だった。
『わしは今年で60になる。今じゃ誰も彼も爺さん呼ばわりさ。そりゃあ間違ってない。どこからどう見てもわしは爺だ。そうだろ?』
『うん、そうだね』
『だが20年前まではわしはフードカーのおやじさんだったし、そのまた20年前は鼻たれの一等兵じゃった』
『軍人だったんだ?』
『そうさ。もう当時の知り合いは誰も軍には居らんがね』
ツン、と。鼻の奥をなにかが刺激する。年を取ると駄目だな、思い出が頭をよぎるだけで涙が出そうになってしまう。スン、と息を吸って気分を落ち着けて自分の言葉を待つ青年――赤と青を基調にしたコスチュームに身を包んだスパイダーマンに視線を向ける。
『4年前のアンタの事をわしは知らん。わしが知ってるアンタはニューヨークを空中散歩してタコライススティックを買っていくアンタだけだからな。だからわしはアンタをタコライススティックが好きな客として見ている』
『うん』
『アンタにとってわしはタコライススティックを売りにしているタコス屋の爺だろう』
『うん、そうだね』
『だがわしの40年前を知っている奴は1か月で5丁もM16をおシャカにしたウィリアムズがタコス屋をやっている! いつコンロをおシャカにしてもおかしくないぞ! って具合になるのさ』
『……5丁?』
『色々あったんだよ』
半笑いの口調でそう訊ねてくる逆さづりの彼に首をすくめてそう答えると、彼は『OK、色々ね』と愉快そうな声音で納得した。
『アンタの昔を知ってる奴だってそうさ。4年前、まだ鼻たれ小僧だったアンタが今じゃテレビ画面の向こうに居る。アンタの事をよく知らない奴はこう言うだろうさ「わぁ、あの子がこんなに立派になって!」。でもアンタをよく知ってる奴はこう言うだろう「どんなに有名になってもあの鼻たれだからなぁ」ってな』
『4年前の僕を知らないんじゃなかったっけ?』
『16の男なんざどの国だろうと鼻たれだろ?』
わしの言葉に彼は『違いない!』と大きな声を上げて笑う。
『そろそろ行かないと。タコライススティック、美味しかったよ』
『おう、また食いに来いよスパイディ。アンタが来るときは休みでも天窓を開けてやる』
その言葉に「ありがとうおじいさん!」と声を上げて、彼は彼専用に開けておいた天窓から外へと飛び出していった。随分と忙しないな、と苦笑を浮かべながら席を立ち、店舗の入り口に張り付くようにして中を覗き見ていた観衆に視線を向ける。
彼が来るたびに大量に押し寄せる観衆対策として頑丈な強化ガラスにしているのだが、この様子だともう少し強化した方が良いかもしれないな。
そう独り言ちながらドアにかけていたロックを解除し、ドアを開けて大量に押し寄せた客の群れへと声を張り上げる。
『さぁウィリアムのタコス&チーズ、開店だ!』
しかしわしはただの縁もゆかりもないタコス屋の爺なんだが、なぜ彼は毎回ニューヨークに来るたびにわしの所へ来て雑談をしていくんだろうか。
「なんか実家の爺ちゃん思い出すんだよなぁ」
『お前ん家の爺さんって猟師だっけ。MATAGIだよねMATAGI』
「マタギはちょっと違うんだけどね」
「耳は駄目だ! そこは軽々しく人にゆだねていい場所ではないぞ!」
『先っちょだけ! 先っちょだけだから!』
スタンさんの質問に一言訂正を入れておく。随分と久しぶりに顔を合わせたときはいきなりハグしてきてぶんぶんと振り回してきたスタンさんも、流石にカメラの前では随分と落ち着いている、あと爺さんは別にマタギ郷の生まれってわけじゃないからな。猟師であるのは間違いないがマタギってわけじゃないんだ。
最近、奥多摩近辺の狩場が開発のせいで使えなくなり、せっかく仲良くなったニールズ大佐との狩猟が出来なくて暇になったとぶつくさ言っていた姿を思い浮かべる。顔だちも口調も何もかも違うのに、どこか似通った空気があるのは何故だろうか。
『お爺さんが猟師ということは、イチローも銃を扱えるのかしら? ああ、銃と言っても卑猥な意味じゃないわよ。当番組はLGBTにも対応してるのよ。司会の私は女だしね』
『エイダ。キミが画面に居れば人権団体もうるさい事は言えないだろうね。素晴らしいコストパフォーマンスだ』
『もちろん。次の映画で呼んでくれても良いわよ?』
『残念なことに完成してしまったんだ』
『あらそう……もしかして貴方たち、映画の宣伝をしにきたの? それなら先月やったじゃない』
『やっと理解してもらえたかな。その時は彼が居なかったからリベンジを、と意気込んでたんだよ! 番組が始まって30分もエルフのお嬢さんを構い倒すまではね!』
俺とスタンさんの会話に乗っかる形で司会者の女性が映画に話を繋げていく。番宣のはずなのに司会者の彼女は始まって数十分間、ひたすら二葉に構い倒し、ようやくの本題である。もしかしたら番組の借り的なものがあったのかもしれない。なにせこの女性コメディアン、エイダ女子のトーク番組では先月に復讐者たちの番宣が行われていたからだ。
いや、行われていたというかスタンさんが感情のままに俺の状況を全世界ネットにぶちまけたのがこの番組だった。放送事故を通り越した放送災害を起こしたスタンさんをひと月でまた呼んでくれる。もしかしてこの人は聖人なんだろうか。
「だが手つきはいやらしかったぞ」
「そこは怒っていい」
「それにこの町は少し空気が悪い。緑が足りていないんだろうな」
延々と耳を付け狙われていた二葉が疲れたような表情でそう呟いた。前回の九州の件で置いてけぼりにされたせいか、二葉は絶対に離れないとアメリカまでついてきたのだが、慣れないことが続いているせいで大分堪えているようだ。
とはいえここに来る前のウェブ式空中散歩では風を切るのが心地いいと大はしゃぎだったんだがな。
そのまま新作の紹介はスタンさんと司会者さんが漫才のようなやり取りをしながら進めていき、俺と二葉は時折振られた話題に答えるだけだった。その内容も俺たちのトークスキルに合わせてくれたのか非常に答えやすいものが多かったり、うまく答えられそうにないときは自然と次の話題へと彼女が誘導してくれる。もうこれ、介護されてるみたいなもんだな。
『今日はありがとうエイダ。助かったよ』
『こちらこそ、最高の話題をありがとう。まさかリベンジに、エルフの娘まで連れてきてくれるなんて思ってなかったわ。米国でマネジメントするならいい会社を紹介するわよ?』
今日の番組で彼女の魅力をみんな知ってくれるだろうしね、とウィンクをする司会者さんに考えておきますと返事を返し、スタジオを後にする。物理的に二葉と距離を取れないために連れてきただけで、実は出演させる気はなかったというのは俺とスタンさんだけの秘密だ。
だが、予期していなかった事だがここで二葉の米国での知名度が上がったのは大きい。
『じゃあ僕は会社に戻るけど、君たちはこの後どうするんだい?』
「……ちょっと大統領に会ってきます」
スタンさんの問いかけにさらっとそう返すと、スタンさんは『ワォ!』と一言だけ驚きの言葉を口にした。まぁ俺も予定組まれた時はそれどころじゃない反応を返したんだが。俺と二葉一緒に会いたいって世界冒険者協会伝手に言われて断れるわけがないんだよなぁ。