『ダンジョンという存在はすでに我々の生活と密接な繋がりを持ちつつある事は、賢明なる米国民であれば誰もが理解しているだろう。今まで治療できなかった難病がたったの数秒で治療された、工事現場の事故に巻き込まれても無傷だった、歩くことさえままならなかった老人が矍鑠と動けるようになった、電気代とガソリン代が安くなったでもスーパーパワーを持ったヒーローがニューヨークの街を飛び回るでもいい。これらはすべて、たった4年の間に起った出来事であり、これまでは物語の中でしか起きえないような奇跡ばかりだった』
世界一と呼ぶに相応しい国力を備えた国家、米国。そのかじ取りをする大統領と呼ばれる男は、多数のカメラに囲まれたこの場においてもその肩書に相応しく堂々とした態度でマイクに向かう。
民主主義という政治形態において、もっとも影響力を持つ力――言論の力を用いて世界のトップに立った彼は大衆が飽きない程度に言葉にユーモアを織り交ぜながら場の空気を整えていく。表情は笑顔を浮かべているが、就任演説の時に匹敵する緊張感を持って彼は今日という日に臨んでいるのだ。たった一言ですらも気を抜くことは出来ない。
なぜなら今日は彼にとって一世一代といっても良い舞台であるからだ。商売人としても、政治家としての勘も声高にここだと叫んでいるのだ。隣国から流れ込んでくる薬物の取り締まりや貿易協定で自国製品を他国に売りつけるといった手は抜けないがさりとて大きく評価をされる事もない、誰が大統領でもできただろう仕事ではない。
自分だからこそこの場を用意できた。日本国ではまだ出来ないだろう。かの国では政権がなにか大きなことを起こそうとすれば野党が主義主張を超えて潰しにかかるという悪癖がある。それこそ人類史上初と言っても良い偉業を、歴史に名を遺すチャンスを棒に振ってしまうほどに強烈な悪癖だ。だからこそ日本国首相はこの件を米国に譲り渡した。米国が口火を切ればそれに乗ることは出来ただろうが日本国単独では難しかったのだろう。
『そしてダンジョンはまた一つ。いや、一人の
彼の名は世界に刻み込まれることとなる。
『我々の新しい友人――エルフと呼ばれる種族の姫君であるフタバ・スズキ嬢と、その保護者である
とはいえ手柄を譲られた形になる。かの国の首相とは懇意にしているし、なにかしらで礼をしなければいけないだろうな。
「くー、疲れました。これにて終了です」
「疲れたのか、イチロー。ほらこっちにこい、姉が良い子良い子してやるぞ?」
「嬉しい。嬉しいんだけど反応が違うんだ」
米国で上から100番くらいまでに偉いだろう人達との握手会は非常に疲れた。物理的な意味ではそうそう疲れないんだが、魔力で上がった身体能力も気疲れには対応してくれないのだ。だからついつい古き悪しきネタを使ってしまってもしょうがないんだ。
頭の上に?を浮かべる二葉に気にしないでくれと伝えると、二葉は首を傾げながらも了承を返してくれた。おそらくよくわかっていないが、二葉は仕方がない、姉が一肌脱ごうとばかりに自身のふとももをぽんぽんと叩く。
膝枕をしてやろう、姉に甘えるがいいという無言のサインだ。俺は兄だからこの手のサインには詳しい。
そしてこういうサインが出るときには逆らえばひどい目に合うのだ。例えば申し出を断られた際に相手が浮かべる表情を直視して精神的に死ぬ、などの被害は深く考えなくても予想できるだろう。
Q:つまり?
A:膝枕を謹んでお願いするしか道はない。
「それでイチロー。このカードがあると何かいいことがあるのか?」
「けっこういい事があるよ。この国の国民として認めてもらえたりするんだ」
「税も義務も果たさずにか? この国は随分と気前が良いんだな」
「まぁ、そうだな」
俺の頭をふとももに乗せ、二葉は大統領から手渡されたばかりのカードを右手で弄びながら感心したかのようにうんうんと頷いている。彼女の常識では民と認められるには国や里などの共同体への貢献が必要であり、そう簡単に民として認められる事はなかったのだという。
遮るものもなくはっきり見える二葉の顔を眺めながら、相槌を返す。実際は大統領側も打算まみれのグリーンカード発行であるが、世界に先駆けてダンジョンから出てきた生き物の人権を認めたというかなりの冒険であるのは間違いないだろう。
「とは言っても思い出せる記憶は虫食いだらけだし、この記憶が正しいかも分からないがな」
「きっと良い国だったろうな。お前や戦士長さん達を見ていたら、そうなんだって思うよ」
二葉は俺の言葉にどこか遠くを眺めるように目を細めて、寂しそうに笑った。
「そうだったら……いいや。きっと、そうだったんだろうな。家族の顔も民の姿も思い出せないけれど……きっと」