英雄を殺す
それが彼と彼のチームが母国から受けた指令だ。
彼らは長年日本に潜伏し情報収集及び裏工作を行う精鋭チームだった。だった、と過去形なのはここ数年最重要視されていた任務を達成できず、精鋭から使い捨てにまで格下げされたためだ。
彼らが帯びていた任務は山岸恭二・鈴木一郎両名の篭絡と、ヤマギシへの影響力確保。楽な任務ではないが不可能ではない。そう思っていた任務だが、日本内部の協力者による助力をもってしても彼らに近づくことは出来ず、またヤマギシという企業へ食い込むことも出来なかった。
一度は新興企業であるという隙をつき直接的な手段を用いたが米国の介入によって不発に終わり、結果としては逆に日本国内での影響力を減じてしまう始末。
事ここに至って本国は彼らを見限り、彼らに対して最後の機会という名の片道切符を切ったのだ。
英雄を殺す。それが、彼らが本国から受け取った最新の――そしておそらく最後となる任務。
『特定完了しました。この倉庫で間違いなさそうです』
『対象は現在長耳のガキに戻っています』
部下の報告に耳を傾け、装備の点検を始める。魔鉄を弾頭にした対法師用の銃弾は母国の反乱分子相手に開発された。これならばたとえ“防壁”があろうと貫けるし、それなり以上のダメージを与えることが出来るだろう。
それなり以上、だ。脳天を粉砕しない限り恐らく致命傷にはならない。相手は同じ人間ではないと仮定して彼らは対策を施している。
そうだ。彼らと標的は同じ人間ではない。あれは、もっと別の何か。それこそ英雄と呼ぶべき存在だ。
彼の母国に対する忠誠心とは別に持つ、自身なりの価値観・矜持において鈴木一郎という男は英雄足りえる存在だった。親友と共に命の保証もない魔窟に潜り、人類最速で40層までの攻略を成し遂げ比類なき名声を手に入れた男。
篭絡任務に就いた当初はただただ幸運な一般人だと思っていたが、鈴木一郎について知れば知るほどに彼は自分が鈴木一郎に惹かれていくのを感じていた。男であるならば憧れないわけがないとすら思っていた。
『母国からの報告では鈴木一郎はかなり弱体化しているとの予測だが』
『本来の姿に戻らなくなったから? それは鵜吞みにするべきじゃないな』
『鵜呑みにもしたくなる。斉天大聖並みの化け物なんだろう、奴は』
銃の点検を終えた彼の部下たちが軽口を叩きあう。普段ならば咎めるところだが、彼らの震え声を耳にしてしまうとそうする気も失せた。彼らは今、賢明に自分と戦っているのだ。
――いや。恐らく、自分もだろう。
『英雄だ』
だから、声に出した。
部下たちの視線がこちらに向けられる。全員の目を一人ずつ見つめて、もう一度言葉にする。
『鈴木一郎は英雄だ。それこそ我が国が誇る伝説の武人にも勝るとも劣らぬ英雄だろう』
だから、殺す。
祖国のために。隣国に二人も戦略級の英傑が居る。それは、母国にとって非常に目障りな状態だ。
味方につけられるならいい。もしくは。自国で暴れている手の付けられない化け物と潰しあってくれればありがたい。
だが、そのどちらも失敗した以上は殺す。
それが、偉大なる母国のためなのだ。
彼が立ち上がると、彼の部下たちは静かに頷いて立ち上がる。恐らく彼らの顔を見るのはこれが最後になるだろう。彼らの体には爆弾が埋め込まれている。生命活動を停止したら爆発するというたぐいのものだ。もしも無力化された際は奥歯に仕込んだ毒を用いて自決し自爆するように指示もされている。
失敗すれば死。成功しても恐らく逃げ切ることは出来ないだろう。仮に逃げ切れたとしても待っているのはまた使い捨てにされるだけの未来。どちらにしても長くはないだろう。
それでも彼らは死地へと向かう。母国への忠誠心、そして母国に残された家族のためにも母国のためにこの命を費やす。それが彼らの生き方なのだ。
目的とされる倉庫にはすぐにたどり着いた。周辺は倉庫が立ち並ぶ区画だからか人通りもほとんどない。監視カメラに気をつけながら目星をつけてある倉庫へと接近する。
『状況は?』
『今は額に目のある黒髪のガキになってます。知らないキャラクターだ。右手は……包帯を巻いている』
『飛影だ。チッ、戦闘力の高いキャラだな』
配信をチェックしている部下の言葉に舌打ちを打つ。出来れば戦闘力の低いキャラクターで居てほしかったがやむを得ないだろう。元々対応される前に削りきるしかなかったのだ。どれだけ危険なキャラクターであろうとやることは変わらない。
覚悟は決めている。あとは、やるだけだ。
英雄を殺す。それが彼の――――
彼の思考を埋め尽くす轟音が倉庫周辺に響き渡る。硬直した彼と彼のチームが見ている前でガラリと倉庫の扉が開き、中から両手の中指を立てた金髪と青髪のキャラクターがプリントされたシャツを着た欧米人が飛び出してきた。
「違うよイッチ! 飛影ならもっとこう、ツン9デレ1くらいに対応しないと甘すぎるヨ!」
目の前に居る彼らの事が目に入らないかのように叫び、蹲ってダン!ダン!とコンクリートの床を叩く。
「『乾パン、支援物資か。……九州に送っておく。感謝する』じゃダメだヨ! いや、言わないといけないのは分かってるけどそうじゃない、そうじゃないんだヨ!!!」
嘆きの声を上げる欧米人の顔には見覚えがあった。ベンジャミン・バートン。ヤマギシに所属する元米軍のエリート。彼とは対極に位置する経歴を歩んでいる男。最も警戒するべき相手の一人。
呆気に取られてしまい反応が遅れた。失態だ。彼はそう思考した瞬間に声を張り上げようとして、そしてそれに失敗した。
何故ならば、彼の意識はその瞬間に刈り取られてしまったからだ。
『ベン、制圧完了だ。もう道化をやらなくても良いぞ』
気絶した彼――中華が日本に潜伏させていた特殊部隊の隊長を担ぎ上げて、ヤマギシ冒険者部が誇る陽気な黒人枠、マニー・ジャクソンがそうベンに声をかける。
『マニー! 君もこの嘆きを分かってくれないのか!?』
『分かんねぇって。それ素かよ』
元は上官と部下という間柄だった彼らは、年が近いのもあって今では気安い関係を築いている。休日に家族と一緒に出掛ける程度には良い関係なのだが、そんな間柄のマニーですらベンジャミンのこのある種一線を越えたオタク趣味には呆れるような感情を抱いている。
『じゃぁ、作戦終了を伝えてくれ。米軍の車両が回されることになっているからそれまで倉庫で待機。彼らが目を覚まさないよう見張っていてくれ』
『そりゃ構わんが今回は日本政府との協力作戦じゃないのか?』
『その日本政府側に向こうの国のシンパが紛れてるからね。引き渡したが最後、証拠隠滅を図られて終わりになるだろう。これは日本政府のトップからの要請でもあるんだ』
『……政治ってなぁ怖いもんだなぁ』
『そうだな。そしてそんな政治からヤマギシを守るためにも、僕らが頑張らないとね』
そう言ってポン、とマニーの肩を叩き、ベンジャミンは他の同僚に声をかける。この場に居るメンバーは米軍出身のものばかりで彼にとっては元部下のような存在ばかりだが、こういった細かい配慮をベンジャミンは決して欠かさない。
まぁ、仕事は出来るんだよな。この陽キャナードは。
そう考えながら空いた左手でポリポリと頬をかいて、マニーは囮用に用意された倉庫の中に足を向ける。
がらんとした倉庫の中は中心部にだけベンジャミンが持ち込んだのだろうパソコン一式に大きなモニター、ゲーム一式が置かれてあった。共に作戦に従事していた筈なのにいつの間に持ち込んだのだろうか。
仕事は出来るんだ。本当に。もう一度心の中で呟いて、マニーは倉庫の中に入っていった。