「お兄ちゃん、恭二兄、正座」
海から上がると仁王立ちした妹に詰められた。解せぬ。
「いきなりお兄ちゃんたちの反応が消えちゃってどれだけ心配したと思ってるの?」
「マニーさんたちと一緒に捜索に出るところだったんだよ」
「すんませんでした」
「反省してます」
冗談めかして場を和まそうと考えたが表情を一切買えない妹と幼馴染の言葉に男二人で砂浜に額を擦り付ける。思い切り地雷を踏み抜いた、これはもう素直に頭を下げるしか手はないだろう。
反応というのは俺たちのスーツにつけられている発信機の事だ。世界冒険者協会や日本冒険者協会に参加している冒険差はダンジョンに潜る際、必ず装備している防具やヘルメットにカメラと発信機がついている。もし仮に予定通りに戻らない冒険者パーティーが居た場合、この発信機を目標に探索を行うため冒険者にとっては最後の命綱と呼ぶべき存在だ。
とはいえこの発信機は同じ階層に居なければ探知できない。そのため、42層を見に行った際に俺たちの反応が無くなってしまったのだろう。それを監視していた一花たちが慌てるのも無理はない。
つまりこの場で俺たちが出来ることは誠心誠意頭を下げる事だけなのだ!
「力強く言っても誤魔化されないから」
「はい、すみません」
妹のジト目を受け再び額を砂浜に擦り付ける。そんな俺の様子に一花ははぁ、とため息をついて、俺の前に腰を下ろした。
「まぁね? 私もさお姉もさ。お兄ちゃんたちが42層なんて餌に食いつかないとは思わなかったから少しは考えてたよ?」
「待てが出来ない子犬みたいな評価は止めてほしいんですが」
「なにか間違いあった???」
「いえ、ありませんです」
妹から飛んできた正論ドストレートが俺の心に打ちこまれる。やめてくれ一花、その言葉は俺に効く。
「でもさぁ。流石にちょろっと見て帰ってくるくらいだと思ってたのに、10分以上42層に行っちゃうとは思わなかったんだよね」
「その、ご心配をおかけしてしまい……」
「うん。本当に心配したんだから。絶対に許さないからね?」
「分かった。もうやらないよ」
ジト目でこちらを見る一花にそう返すと、一花は俺をまじまじと見た後、「信じるよ?」と呟くように答えた。
「さお姉、こっちは終わったけどそっちはどう?」
「ちょっとまって。今、あと少しでネズミーランドで一日デートに納得させられそうだから」
「あ、それは止められないね!」
「待て、一花! 頼むから沙織を止めてくれ!?」
妹との話が終わったところで隣に目を移すと、恭二が美人な幼馴染に迫られている姿が目に入った。同じことをしでかした俺は妹に詰められ、コイツは沙織ちゃんに遊園地デートを強請られるだと……?
神よ。おお、神よ。なぜこの世にこれほどの格差を生み出したもうたのか。爆発すればいいのに。
一先ず40層に戻り、ゲートを出てすぐの所にある玉座の間へ入る。ここは集められたドロップ品で『そうあれかし』を行うため、外部の人が長居できるように来客用のソファやテーブルなど家具が整えられているのだ。
「ま、一番利用してるのはヤマギシ社員だけどね!」
「なんならこの部屋の改装費とか全部ヤマギシが出してるしな」
40層は他の階層と違い、持ち込んだものが無くなるといったことがない階層だ。他の階層だと、誰かしら人間が居なければ設置した機材が無くなってしまうため1層から10層までの通信網(力業)を除けば設備という設備を整えることは出来なかった。
しかし、40層ではその辺りの法則が変わっているのか完全なセーフエリアとして作られているのか。外から持ち込んだ建築材を用いた建物や家具などを設置しても勝手になくなるという事がないため、冒険者協会から請われたヤマギシは各ダンジョンの40層を居住可能なエリアとして開発している途中なのだ。
まぁ、その中でも奥多摩はヤマギシにとってもおひざ元であるという意識があり色々と手を入れてあるのだが。玉座の辺りは完全に引きこもりが出来るくらいに整えられているからな。ネットがないだけで。
「まず、改めてすまんかった。42層がどういう階層なのか、ぶっつけよりも偵察した方が良いという判断だったんだが、報連相が出来てなかった。今後はこういった軽はずみな行動は避けると約束する。そのうえで、俺たちが見てきた情報を聞いてほしい」
ソファに座った後、恭二がそう言って頭を下げ、それに沙織ちゃんと一花が無言で頷きを返す。この件の謝罪はすでに先ほど済ませているし、言いたいことも十分に言った後だ。なにか追加で言うこともない、という事だろう。
二人の反応を見た恭二は小さくうなずくと、続きを話し始めた。
「42層は海中洞窟をくり抜いた人造の道路のような場所だった。道路のような場所、というのは一部の道は人工物のように舗装されているが、所々が水たまりのようにぽっかりと空いた水路で遮られている。恐らくは水中道路みたいなものがあるんだろうが流石にそこには入ってない」
「ん。そこまで見てきたとか言われたら流石にもう一回怒ってたよ?」
「一郎は素で入り込もうとしてたからあとでしっかり怒ってやってくれ」
恭二の言葉に一花が般若のような顔でこちらを見る。いや、ちゃんと途中で止まったからね? 流石に仲間が居ない場でそんな無謀なことはほんのちょっとしかやる気なかったから。バイオライダーがイケたらもしかしたら入ってたかもしれないってだけだから。
「お兄ちゃん、あとでお話ね?」
「hai」
内心を見透かしたのか、絶対零度の視線で一花はそう口にした。濡れ衣と主張したいが視線の圧が強すぎて真っすぐに妹の目が見れない。
「兄妹漫才は後にしてもろて」
「やかましい」
茶々を入れてきた恭二に一言文句を伝えると、恭二はゲラゲラと笑って親指を立てたので、親指を下に向けてそれに応える。
「冗談はこのくらいにして、このくらいの偵察ならそれほど時間はかからなかった。俺たちが30分も戻れなかったのにはまた別の理由があってだな」
「うん。5分10分とかなら私たちも慌てなかったしね。何があったの?」
先を促すように尋ねる一花に、恭二は「ああ」と頷くと収納に入れていたこぶし大のなにかをテーブルの上に置く。それは透き通るような透明さを持った、宝石のようなものだった。
「……水晶かな」
「水中洞窟の壁や天井はこれと岩石で構成されているんだ。だからサンプルとして持ってきたんだが、このサイズの破片を削り出すまでに30分かかったんだよ」
「お兄ちゃんと、恭二兄の二人掛かりで?」
目を見開く一花の言葉に恭二は証拠として採掘の際につかったつるはしを取り出す。採取用に用意された頑丈なはずのそれは、先が潰れて使用するのが難しい状態になっている。
「びっくりするくらいに固くてな。そのうえ、魔法も通さないというか。色々試したが一郎のレールガン以外だと目立った傷も付けられなかった」
「え、なにそれ怖っ……」
俺が扱うレールガンはコインを弾頭にするから、魔法というよりも物理攻撃に近い。恭二が使うレールガンっぽい魔法は効果がなかったから、この水晶には魔法に対して強い抵抗力があるのではないか、というのが恭二の見立てだ。この水晶自体がアンチマジックに近い力があるんじゃないか、というわけだ。
魔鋼とはちょっと違うな。あっちは魔力を吸収するが魔法を無効にするわけじゃないから。そして、そんな特性を持ったうえで鋼鉄製のつるはしが潰れるくらいの硬度を持つ素材。
「俺はこれを絶対に兄貴や先輩に見てもらった方がいいと思った。それで、少し無理をしてしまったのは完全なミスだったが、この判断自体は間違ってないと思ってる」
恭二の言葉に、話を聞いていた二人も否定することが出来なかったのだろう。少し考えた後、恭二に小さく頷きを返した。これ見たら開発室の先輩、どんな反応をするんだろうか。楽しみな反面、以前のフロート騒動を思い返すと少し怖いな。