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「42層に行きたいかぁ~~!!」
オオオオオオオオオオオオッッ!!
拡声器を持った一花の言葉に、冒険者たちの雄たけびが応える。
彼らは世界8カ国に存在する冒険者協会から送られた精鋭たち――というか各国の代表冒険者を含む最上位チーム16組。世界中での上位300名に入る96名だからトップランカーたちと呼んでも良い人たちだ。
そんな彼らがちょっとイっちゃった目で「マ・ス・タァ! マ・ス・タァ!」と妹に向かって崇拝の踊りを捧げるシーンはちょっと見ていて辛かったが、捧げられている一花が頑張って耐えてる姿を見てしまうとね。せめてこの光景から目を逸らさず、見届けるくらいは兄としてしなければ。
え、お前らは一体何をしているのかって?
それはもちろんイチカズ・ブートキャンプのお時間ですよ。
42層に行きたければ行けばいい、という一花の言葉は、流石に一般層に向けてはだいぶオブラートに包んで公表された。入手難易度の高さを理由に、ダンジョンに対するスペシャリストが挑んでも拳大の塊しか手に入らないというのは結構な説得力があったらしく。一部、明らかにおかしな主張を繰り返す方々を除けば強硬的な意見は鳴りを潜める事となった。
とはいえ、声が無くならないのは最初から想定内だったが、俺と恭二が毎日潜って対魔水晶を求めるもの全てに無償で配るべき、とかテレビの番組で本気で言ってる奴が居たことには流石に思うところはあったな。その発言後に何故かいきなりCMが入り、CMが明けたらそのコメンテーターが居なくなってたのは……偶然だゾ。
『スポンサーに中指立てるのは凄い勇気だよね。他の国じゃそうそう起きないよ、あんなの』
「日本でも普通は起きないからね???」
『面白いよねぇ、日本のメディアって。うちの国だと各局ごとに「自分たちはこういった思想を支持する」って社説を出したりするんだけどね。だから見る側も自分の思想に合ったメディアを選べるんだけど日本だとどうやってるの?』
「日本はほら、全体的に中立というか反戦思想というかね?(震え声)」
『それ思いっきり偏ってるってことだよね?』
ウィラードのコスチュームを身にまとったウィルの質問に、目を逸らしながらそう答える。ちなみに件の番組は製作費の半分くらいをヤマギシが出しているらしい。それ本当に大丈夫なのかとむしろ心配になるレベルのやらかしだと思うんだが。広報部に詳細を尋ねればどうなったかは分かると思うが正直怖くて聞く気になれない。
ところでウィラードはウィルをモデルにしたアメコミのキャラクターなんだが、この場合ウィラードのコスプレをモデルがしているという事になるのだろうか。むしろ素と呼ぶべきだと思うんだが。
『あんまり気にしたことなかったけど、それがどうかしたの?』
「いや。このまま終わりの見えない論争を仕掛けて開始時間にならないかなって」
『普通にダメでしょ』
目の前に集まるトップランカー冒険者たちのわくわくとした視線に晒されながら、最後の悪あがきを口にしたのだがぐうの音も出ない正論を叩きつけられる。まいったな、正直否定しきれない。
『ほら、みんな待ってるんだから君も覚悟決めなよ。というか今回は僕も学ぶ側なんだから、頼りになる姿を見せてほしいな?』
軽口を言って背中を叩くウィルに無言で頷きを返し、視線を向けてくる100名近い人々の前に立つ。
「あー……今回、水中での護衛兼戦闘訓練を担当する鈴木一郎です。久方ぶりの教導になるので至らない点はあると思いますが、頑張っていきましょう」
オオオオオオオオオオオオッッ!!
……いや、こんな反応貰う挨拶じゃないんだけどね?
『マスターの言葉を伝え聞いたとき、私の頭に浮かんだ感情は“納得”でした』
ドイツ支部のトップ冒険者、オリーヴィアさんは口惜しそうにそう言った。お姉さんであるアガーテさんとは体格や性格などあまり似ていない姉妹だが、感情が表に出るときの表情はどことなく姉妹だ、と感じさせるものだった。
『30層より“下”に潜れるトップ冒険者。その地位に誇りを持っていました。けれどそれはそこで満足しているという事でもありました。心のどこかで現状で良いのではと、思ってしまっていたのです』
彼女たちは冒険者だ。命を懸けてダンジョンに挑み、その対価として金銭を得て生きている。それは事実だ。疑いようもない事実だ。
けれど、では――自分たちは本当に、“冒険”をしていたのか?
魔樹が発見されて半年以上が経過し、現在。未だに魔樹の伐採が出来る国は日本と米国と英国くらいのもので、更に言えば纏まった量を採れるのは日本だけ。攻略のペースはドンドン落ちていき、またそれが有能さを示すものではないとはいえ、世界冒険者協会が管理している魔力量ランキングでは上位20名それ以降とは数倍以上もの差があり、それは日を追うごとにドンドン離されていく有様。
別に彼女たちが遊んでいたわけではない。ただ、明らかに前へと進む速度に差が出始めている。自分たちは世界でもトップレベルであるという自負はある。だが、本当のトップ層との差が、彼女たちの心を、前へと踏み込むべき一歩を鈍らせている。
そして鈍れば鈍るほどに、差は広がっていく。必死になって追いすがっているのに、まるで自分だけが鉛を抱えて前へ進んでいるかのような感覚。
だから住み着かせてしまったのだろう。心のどこかで、もういいのでは、十分なのではという、諦めという名の魔物を。
『けれど、マスターの言葉は。そんな鉛を抱えて深い沼の底に沈んでいた私の心を、水面まで引き上げてくれたのです。たった2名しか到達していない場所へ行き、己の手で財宝を掴めと言ってくれたのです――冒険者たれと、私たちに言ってくれたのです』
輝かしいほどの笑顔で、オリーヴィアさんはそう口にする。
「あ、いや。私そこまで言うつもりは」
『堕落しそうな時。本当に苦しい時、私を救ってくれたのはマスターのお言葉でした。マスターは私たちが本当に必要な言葉を口にしてくれます。それは痛みを伴うものだったり、とても苦いものです。けれど、その痛みを、苦しさを乗り越えた時に私たちの前には進むべき道があります。これまでもそうでした。そして今回も、きっとこれからもそうなのでしょう』
キラキラとした目を浮かべるオリーヴィアさんに、一花が何かを言おうとして口を開き、そして口をつぐんだ。
「……ええと、とりあえず、まだ自力で40層にたどり着いていない人は基礎訓練ですね。40層の戦士長とタイマンで5分戦えるようになるまで基礎能力の底上げに努めます。42層への準備はその後ですね」
『わかりました! マスター、私、頑張ります』
「あ、はい」
このままだと延々マスター賛歌を言い募りそうだったので、半ば強引に話を断ち切ると、オリーヴィアさんはキラキラとした輝きを目に浮かべたまま一花に向き直り、そう言って40層へと向かい走り始めた。彼女に触発されたのか、他のブートキャンプ参加者たちも闘志をみなぎらせて、雄たけびを上げながら40層へつづくゲートへと駆け出していく。たったの十秒ほどで41層の砂浜はチームヤマギシのメンバーとケイティ、それにウィルだけとなる。
「……なんか前よりすごくなってないか?」
「言わないでよお兄ちゃん。言葉にされると心に来るんだから」
ガチトーンで返事を返す妹に、なにも言うことが出来ない。現状の世論を踏まえ、各国の冒険者協会も目に見えて42層攻略に取り組んでいるのだと言えるように急ピッチで準備をしたイチカズ・ブートキャンプは、参加者になるだろうトップランクの冒険者がほぼ全員が一花の生徒で特にトラブルは起きないと踏んでいたのだ。
踏んでいたのだが……ちょっとそういうレベルではない問題が出てきてる気がするんだが、そこらへんどう思いますかウィルさん。
『マスターに期待されているって感じたらああなるんじゃない? 残念でもなく当然だよ』
「そういえばお前もそっち側だったな?」
ヤマギシ所属以外の冒険者ではケイティと同じく例外枠となるウィルは、40層行きのゲートに群がっている同輩たちを誇らしげに眺めていた。こいつには今見えている光景がさらなる飛躍へと足を進める友人たちの門出にでも見えているのだろうか。
見えてるんだろうな。
「……ま、まぁこれで冒険者協会への義理立てというか! ちゃんと気にかけてるよ、手伝ってるよって実績にはなるよね! 冒険者全体のレベルアップにもつながるし!」
「お、おう」
なにかを誤魔化すように声を張り上げる妹から目を逸らし、同意の声を上げる。予定外の問題は見えてしまったが、予定からの狂いはほぼないと判断して良いだろう。多分、きっと、メイビー。
あとは冒険者全体の底上げ+42層攻略アピールで世間様の注目を集めている間に、ヤマギシ開発班と恭二が頑張ってくれるのを待つだけだ。
……恭二たちが結果を出す前にこっちが終わりそうな気がしないでもないが、ま、まぁ戦士長チャレンジは早々突破できないだろうし大丈夫だろう……大丈夫だよな?