奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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第三百九十四話 あんなのはチェーンソーじゃない

 イチカズ・ブートキャンプは荒れていた。すべてはチェーンソーが問題だったのだ。

 

 山岸恭二がもたらした新魔法、エンチャントチェーンソーは破格の魔法だった。一度発動すれば剣も槍も拳も銃器でさえもが光の回転刃を纏いチェーンソーとなるこの魔法は巨大ザメ(ヒレ歩行)の頑丈なサメ肌すら容易く切り裂いた。決定力にかけていたチームにとっては福音と言っても良い魔法だ。

 

 攻略が遅れていた冒険者チームはこぞってこの魔法を訓練した。この場に居る上澄みの冒険者たちにとって武器にエンチャントをかけるのは出来て当たり前の技術である。当然、その派生であるエンチャントチェーンソーもすぐに覚えた彼らはリスポーンが終わる端から巨大ザメ(ヒレ歩行)を撃破し、42層への挑戦権を得ていった。

 

 だが問題は、そこではない。そこではないのだ。

 

 次々と巨大ザメ(ヒレ歩行)を撃破していく異国の同輩たちを見ながら、イギリスチームリーダーのオリバーさんは嘆いた。

 

 「あんなのはチェーンソーじゃない」、と。

 

 彼の呟くような嘆きに賛同するようにロシアチームリーダーのセルゲイさんは言った。「使っておいて言うのはなんだが、さすがに拳に纏ってチェーンソーと呼ぶのは色々気が引ける」と。

 

 彼らの言葉に答えるように賛同の声を上げるもの。使えるものは使うべきじゃないかというもの。回転刃がついてればチェーンソーなんだよという過激派まで。200名に近い世界中でもトップに位置する冒険者たちが、チェーンソーに対する持論をぶつけ合う時間は半日にも及びそれでも尚結論が出ることはなかった。

 

 場の空気が淀み、互いが出す意見も硬直。その場にいる全員が内心でこう思った。なぜこんな事になったのかと。すべてはチェーンソーが問題だという事に誰しもが気づいていたが、だからと言ってこの場でチェーンソーについて意見を述べてもきっと誰か別のこだわりを持つ者が反対意見を述べて余計に場を混乱させることになる。

 

 ドツボにはまった。ここはそんなどつぼの底であり、そしてこんな状況だからこそ。

 

ヤーマザキいちーばーん

 

 彼は、現れたのだろう。音楽と共に。

 

 

 

「バー長200cm、鋼鉄社製専用魔鉄ソーチェン」

「排気量は?」

「220.9 cm³」

「出力は?」

「20kW」

「重量は? 両手用か? 片手運用も可能か?」

「重量38kg、冒険者であれば片手運用も可能です」

「パーフェクトだウォルター」

「ヤマザキです」

 

 嬉々とした表情で発明王ヤマザキに質問を投げかけるオリバーさんと、淡々とした表情でそれに応えるヤマザキさん。あの二人の間の作品感が違うせいで風邪をひいてしまいそうになる。

 

「というかオリバーさんヘルシング知ってるのか。如何にも陽キャでそっち方面には興味なさそうだと思ってたんだけど」

「外面が良いだけで兄はナードですよ。外面が良いだけで」

「アイリーンさん大事なことなので二度言ったんだね? まぁ、ここにいる人たちって言ってみればお兄ちゃんと恭二兄を見てダンジョンに入ろうとした人たちだし、ケイティみたいな特殊例以外はだいたいオタク趣味が多いんじゃないかな!」

「なんで俺と恭二を見てオタ趣味の人が集まるんですか???」

「お兄ちゃんの動画見て行動力のあるオタクが動かないわけないじゃん?」

「イチローさんの動画を見て、私も冒険者になろうと思いましたよ?」

 

 疑問形に疑問形で返すのは禁じ手だとと知らないのだろうか。一人の兄として妹連合の言葉に答えずに天を仰ぐ。

 

「それではご購入いただけるという事で?」

「もちろんだよ! 言い値で買わせてもらおうじゃないか!」

 

 妹連合の口撃に必死に耐えている間に、オリバーさんとヤマザキさんの商談が成立したらしい。ヤマザキさんはヤマギシ開発部に所属しているが、個人で活動していた頃からの独自の販路を持ってる人なのでこうやって営業をかける権限も持っているのだ。

 

 ちなみに彼が作成したものでも最大のヒット作である魔導バイクは現在、ヤマギシと提携しているバイクメーカーのス○キ社によって一般販売を目指して動いている。以前の魔導バイクは所謂『公道を走れないスーパーカー』と同じ扱いだったから、一般販売される魔導バイクは国の検査を通って公道走行可能なものを目指しているそうだ。

 

 なぜ○ズキ社と提携しているのかというと、ヤマギシに所属して最初に創る魔導バイクは旧サイクロン号とライダーマンマシーンをモデルにしたものだからだ。元になる車種が存在するためすでに試作機も組みあがっており、正式な発売の際には初代様が駆る旧サイクロン号とライダーマンが駆るライダーマンマシーンが砂浜を疾走するCMが放映される予定である。

 

 日本政府としても化石燃料を使わずにエンジンを回す魔導エンジンをもっと積極的に発展させたいようで、発売に向けての検査や試験は非常にスムーズに進んでいる。

 

 こういった諸事情からヤマザキさんは変人ぞろいの開発部でもかなり特殊な立ち位置というか興味の赴くままに開発研究を行っているらしく、目の前で売買されている明らかに通常用途で造られていないチェーンソーもそういった彼の研究成果の一端なのだろう。

 

「研究成果と言われるとヤーマザキいちーばーんな。なにせこのYZ220は既存のチェーンソーに小型のヤーマザキいちーばーんの大型チェーンソーですので」

「申し訳ないんですがちょっと大音量すぎてヤマザキさんの声が聞こえないんで音を消してもらえると助かります」

 

 トレードマークのシルクハットから大音量で流れるヤマザキ一番のせいでヤマザキさんの声がもろにかき消されている。そのことを伝えるとヤマザキさんは悲しそうな顔をしたあと、シルクハットを脱いだ。シルクハットにスピーカーを仕込んいるのだろうが、なぜスピーカーをシルクハットに仕込むという考えに至ったのかが分からない。

 

「研究成果と言われると気恥ずかしいですな。このYZ220は既存のチェーンソーに小型の魔導エンジンを積んで巨大化しただけの大型チェーンソーですので」

「あ、もう一回言ってくれるんですねありがとうございます。既存のチェーンソーより倍くらいデカいように見えるんですが」

「もちろんです。なにせ例の巨大ザメ(ヒレ歩行)を見た瞬間、必要になると思って開発を始めましたので。アガーテさんに独の鋼鉄社を紹介してもらえましてな、開発はスムーズに行えました」

「あのサメみて開発したんですか?」

「あのサメを見てチェーンソーを作らない技術者はいないでしょう?」

 

 俺の素朴な疑問にさも当然という顔でヤマザキさんが応える。おかしいな。異論はいっぱいあるはずなんだがそのまま押し切られそうな迫力と正当性を彼の言葉から感じてしまっているぞ?

 

 そうかな、そうかも……というやり取りを数回繰り返した後、ヤマザキさんは次の商談を行うために近場で聞き耳を立てていたセルゲイさんに声をかけていった。チェーンソー原理主義者にとってもチェーンソー革新論者にとってもチェーンソーにエンチャントチェーンソーを使うのはアリなんだそうな。

 

 チェーンソーにチェーンソーを重ねてチェーンソーを作る。チェーンソーとは一体。

 

 俺の疑問に答えてくれるものは、誰も居ない。

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