奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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日曜日ちょっと忙しいので早めの投稿

誤字修正、見習い様ありがとうございます!


番外編 鼓膜を破壊する男

『クソがァァァァッァァァァ!!!!!』

 

 ダンッと机に拳を振り下ろしながら、画面内の白人男性が叫んだ。

 

『クソがァァ!! チクショウッ! クソッ! クソッたれッ!』

 

 俗にF言語と呼ばれる英語のスラングを連発して彼は机を叩き続ける。彼はタランチュラというハンドルネームで活動する米国の動画配信者である。主にダンジョン内部での戦闘や冒険を撮影・動画として配信する、所謂ダンジョン配信者であり、米国中心ではあるがすでに100万人の登録者を抱える人気配信者――なのだが。

 

 突如として生配信を始めた彼は、驚きのコメントが寄せられる中でかなり度数の高いアルコールの瓶を一気に呷った後、F言語を連続で叫び始めたのだ。

 

『こんな、こんな事があってたまるかっ! MSが! 俺たちのMSが!! 追放されるなんて!!!』

 

 そう叫んで、タランチュラは手に持ったウィスキーを呷る。飲まなければやってられない、とばかりにそれを飲み干した後、無造作に背後に向かって瓶を投げ捨てる。すでにこの配信中で5本も度数の高い酒を飲み干しているが、ダンジョン配信者である彼はかなり高い魔力と身体能力を持っており、それこそスピリタスを一気しても酔いつぶれることがないアルコール耐性を持っている。

 

 だが、今はそのアルコール耐性が彼を苦しめていた。嘘だと思いたい出来事を目の当たりにして、それを否定できなくて酔いつぶれようとして、出来ない。それは酷くストレスのかかる状況だ。

 

 彼にとってMSは、“MSがアメリカから去る”という事は、そこまでの出来事だった。

 

 何故ならば彼が冒険者になったのも。ダンジョン配信を始めたのも、そのすべてはMS。鈴木一郎がNYの空を駆ける、あの日があったからだ。

 

『ネズミーだ! あいつらがMSを追い出しちまった! 彼は冒険者なんだ! 自由を、冒険を取り上げればそうなるに決まってる! あいつらエリートは、んな事もわからねぇ愚図ばっかなんだ!!!』

 

 心配するコメント。同調するコメント。批判するコメント。それらが画面の端をすさまじい速度で走り続ける。だが、彼の眼にはそれらは映らない。タランチュラと彼が名乗り始めたのも、NYの空を駆けるスパイダーマンの姿に憧れて。空を駆ける事が出来るように願いを込めてハンドルネームをタランチュラとしたのだ。

 

 いつかNYの空を彼と共に駆ける。それが彼がダンジョンに向き合うためのモチベーションだったし、原動力であった。彼は世界冒険者協会が販売しているウェブシューターの愛好家であり、NY郊外に設立されたウェブを用いた移動の練習施設、【スイング・パーク】の経営者でもある。

 

 ここにはいつか彼が再びNYの空を駆ける際、彼についていけるようにウェブ・スイングを学ぶ者たちが集まる場であり、彼は一番の熟達者でもあった。実際に一般人がNYの空を駆けるのには様々な問題がある。それらを解決するために彼は自身が持つ影響力を駆使して行政に働きかけ、“ウェブシューターによる移動”資格を作ろうと活動していた。そしてその活動は、実を結び始めていた。

 

 その矢先に起きたのが――MSというコンテンツの利用停止だ。

 

 つい先ほど、鈴木一郎擁するヤマギシ社とマーブル社を擁するネズミーが今後のマネジメントについて会談を持ったと発表があった。ここ数日の論争にやきもきしていたファン達は期待と不安を半分ずつ抱えながらその発表を確認した。

 

 その結果がこれだ。ほぼ最速でその発表を確認した彼はそのままこの配信を始めた。酒瓶を片手に、管を巻くように。

 

 吐き出したかったのだ。この感情を。無意識のうちに、この激情と呼ぶことすら生ぬるい感情を外に出さなければ、それが取り返しのつかない形で爆発すると感じたのだろう。

 

 彼の配信に集まった人々も同じだった。彼の配信に集まる者たちもまた、彼と同じ志を持った同好の士のようなものだ。だからこそ彼の配信を見ているというのもある。彼が語る言葉も、夢も、彼らにとっては我が事のように感じられたから彼の配信にはいつも同好の士が集まっていたのだ。

 

『頼むよ。神様。嘘だと言ってくれ、神様。俺は、俺たちはただ! あの人と一緒に空を駆けてみたかったんだ。あの人と同じ景色を見ながら、空を駆けたかっただけなんだ……』

 

 MSを演じる鈴木一郎は、この件に関して何も反応を返していない。ヤマギシ側の発表でもネズミー側の発表でも、鈴木一郎が今回の件で快不快の意を発したという事実はない。けれど彼は、彼と同じ同好の士たちの間では、ある悪い予想がまことしやかに囁かれていた。

 

 それは鈴木一郎が公の場でスパイディを演じることは、もう無いのでは、というものだ。

 

 鈴木一郎がスパイディを演じたのは、スタン老の要請であった。これは事実だ。実際にメディアの取材にも彼とスタン老はこう答えている。そして今回、その関係は事実上断たれた。

 

 つまり、もし仮に。本当に仮定としてその予想が当たった場合。

 

 鈴木一郎がNYの空を駆ける事は、もう、ない。

 

 それは彼の夢が、終わってしまう事を意味している。

 

『……ん?』

 

 その事を理解している同好の士たちが彼を励ましたり、茶化したり、ブロックされたりしているコメントの流れの中。

 

 ふと目に入った文字にタランチュラは意識を向けた。普段に比べれば大分ゆっくりな――リスナーたちもまたショックを受けているため、普段よりも書き込みが少ないのかもしれない――コメントの中で、余り見慣れない文字がそこにあったのだ。

 

 日本語。鈴木一郎の母国語であり、彼のファン達がこぞって履修するも挫折する者が多い難度の高い言語だ。タランチュラは元々大学で言語学を学んでおり、他の配信者たちよりも日本語に堪能だ。

 

 ここを見ろ、凄いことが書かれている。そう書き込まれたコメントにはURLが張り付けられている。荒らしかとも思ったが、書き込みをしているアカウントは知り合いの配信者のものだった。

 

 興味を惹かれた彼はそのURLをコピーしブラウザで開く。

 

『……東京の方の、映画会社?』

 

 開いた先のページに書かれた文字を読みほどきながら、タランチュラは首を傾げ。

 

 そして数秒後。本日一番と言っても良い絶叫を上げて、同好の士たちの鼓膜を破壊した。




タランチュラ:米国の動画配信者
普段の配信は新しいウェブ・シューターの使い方を検証!とかやってて日本のダンジョン配信者で言うと魔法を使って現場作業を検証してる現場犬みたいなポジの人
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