奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

65 / 358
誤字修正、ハクオロ様、、244様、kuzuchi様ありがとうございました!


第九十三話 動画にメッセージを込めて

『とても残念な。残念なお話があります』

 

画面の中。素顔の俺はそう言って目を伏せ、静かに語りだした。

 

現在、自身が所属しているヤマギシチームは後進の教育を行っている事。

昨年、冒険者の教官になる為に奥多摩を訪れた各国の冒険者達を教育した事。

その内の数人が脱落し、彼等の内一人が精神に異常をきたしダンジョン内部で女性に襲い掛かった事。

その女性が・・・自身の妹だという事。

 

画面の中の俺は再び目を瞑り、少し間をあけたあと、カメラに向かって語りかけた。

 

『幸いな事にその場には他の冒険者が居ました。また、妹は僕に匹敵する冒険者です。不意の行動にも対応が出来ました。けれど、仲間だと思っていた冒険者から襲われたそのショックは大きい。とても、とても大きなものです』

『お兄ちゃん・・・』

 

画面外から現れた一花を優しく抱きしめ、俺はカメラを見る。

 

『冒険者の力は両手をハンマーのように強くし、体を羽根の様に軽く動かしてくれます。ですが、その力に溺れないで下さい。その力の使い方を誤れば貴方も隣人も不幸になるでしょう・・・貴方の心の中のヒーローを見失わないで下さい』

 

そう言って、俺は頭を下げる。少しづつ画面が暗くなり、画面が消えていく・・・

 

 

 

「お兄ちゃん、意外と演技上手くなったね!」

「もうちょい余韻に浸ろうぜ?」

 

画面が消えてすぐのやり取りである。

若干クサい台詞が多かったって?これ位が外国だと受け入れやすいらしい。脚本は外注してあるので、最後の一言以外は俺の言葉じゃないんだよな。

もうお察しだろうが、今のやり取りは撮影した動画の中の出来事だ。

 

ブラス老からの一言をヒントに、一花はまず一番影響力のある俺の動画の利用を考えた。少なくとも数千万人が一日で観る事になるからだ。

タイトルも通常と違い深刻な内容で有る事を匂わし、マスクも付けず素顔の俺の言葉として話をした。

勿論字幕は各国の物を用意してある。

俺としてもロックマンの時は晒してるし素顔は知れ渡っているので構わない。

 

一つ問題があるとすれば、一花を被害者としてクローズアップする事で余計な騒動が起きないかという点だが、ここは飲み込むべきリスクらしい。

この動画を撮った目的は、最低でも一花(ヤマギシ)は被害者で、冒険者としての力を悪用した結果こうなるリスクがある。という事を知らしめる為の動画だ。

この動画が消えた画面にはとあるリンクアドレスが白文字で書かれており、コメント欄にもこのリンクアドレスが載せられている。

 

ポチリ、とリンクアドレスをクリックすると、少し後に世界冒険者協会の総合HPに繋がった。

このページでは事件の詳細な内容を実名だけ避けて載せられており、S(佐伯の事)が一花に襲い掛かって反撃を受け、拘束された事が載せられている。

また、ダンジョン内部では持込み物にも制限があり、また常に複数での行動が義務付けられて居るため、上記のような事が起こっても取り押さえる事は可能であるとも。

しかし、ダンジョン外部ではそうではない。

魔法を使える者と使えない者では明らかな戦力差が出てしまう。

この為、世界冒険者協会は支部のある国家から要請があれば警官等の治安維持組織の職員を訓練し、治安維持活動に貢献していく予定である、と。

 

この動画と世界冒険者協会からの発表は、その日の夕方には世界中を駆け巡る事になる。

直ぐ様特集が組まれ、事件の有った西伊豆と日本冒険者協会には取材陣が詰め掛けているらしい。

勿論ヤマギシにも取材陣は殺到したそうだが、父さんと下原の小父さんのコンビが上手く捌いてくれているそうだ。

 

後、何故か女性の人権団体がヤマギシを口撃してるらしいが、意味が分からな過ぎてマスコミもまるで取り上げてないらしい。一応ヤマギシのHPにはこういう意見があった旨を載せてあるらしいが・・・・・・

 

「あ、これ。この代表名、佐伯さんを推薦してた協会の幹部と一緒だ」

「・・・・・・ああ!」

 

騒動の後に急速に発言力を失い、近々協会の席が無くなりそうな人だ。そう言えばケイティが名指しで文句言ってた時に聞いた名前だな。

女性の権利団体が何故、と思ったらそう言う訳か。

 

「要約すると兎に角いちゃもんつけて魔石を寄越せって言いたいらしいけど、これ公表するとか母さん鬼だね」

「お前が襲われた件で襲われた側に文句つける奴に母さんが遠慮するわけないだろ」

 

文章を見るだけで苛ついていた俺がそう言うと、少し考えた後に一花はポン、と手を叩いた。

 

「・・・・・・だよね。何か謎理論過ぎてちょっと混乱してた。女子高生の人権は守ってくれない団体なのかな?」

「何の権利団体なのかな?」

 

二人して首を傾げるも答えは出ない。

その他にも隣国の冒険者協会を名乗る組織から冒険者教育の受け入れ要請、日本には冒険者を教育する力はない為ヤマギシは他国に移るべき、中にはストレートに国際裁判を起こされたくなければ自国の冒険者を教育しろといった脅し文句まで。

この事件を機会と捉えたのか数多くの怪文書がヤマギシ宛に送られており、しかも幾つかは正式な文書であるのが笑えない。

 

しょうがないのでちゃんと法務部にも広報部にも更にケイティ経由で世界冒険者協会にも許可をとり、前回放送の反響という名目で動画を撮り、全て公表した所阿鼻叫喚が起きたのは言うまでもない。

これで暫く大人しくなってくれれば良いんだがな。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。