「ブモオォォ!」
『ふんぬ!』
2mを超えるオークの突進を、イギリスの警官が受け止める。明らかに体格に差がある相手の全力のブチかましを受け止めた警官は、そのままオークの腕を取って投げ飛ばした。
「一本背負いかー」
『体格に差がある相手に柔道。良い選択だね』
ウィルと周囲の警戒をしながら観戦していると、彼はそのまま足で顔を踏み潰して止めを刺した。オークは一瞬グロ画像にのようになった後、煙のように消えた。
欧米の人の思い切りの良さは、たまに本当に怖くなる。他のメンバーもウィルも平然としてるから、これが基準なのだろうか。
『相手はモンスターだよ? きっちり止めを刺さないと誰かが殺されるんだ』
「うん。ただ絵面が怖いなって」
『……まぁね』
俺の言葉に少し黙った後、ウィルはこくりと頷いた。やっぱりお前もちょっと引いてたのか。あれが国際基準なのかと少し身構えてしまったじゃないか。
一先ず、今のオーク討伐で今日のノルマであるチーム全員の素手でのオーク討伐は達成した。リポップも大分遅くなって来たので、今日はここらで仕舞いだろう。全員にこのまま走ってダンジョン外まで出ると告げて、先行して走り始める。スパイダーマンだと少し早すぎるから、ここは堅実にライダーマンで行こう。
途中に出てくるモンスターに関しては基本スルーして後続にぶつける。これも訓練だからだ。彼らが相手するのは冒険者。街中だけではなくダンジョン内まで追いかけなければいけない事もあるだろう。
その時、ダンジョンでモンスターに邪魔されたから追いつけませんでした、では意味が無いのだ。まぁ、流石にまだ一対一でようやくオークを倒せるレベルの彼らに無茶は押し付けるつもりはない。道中でそこそこの規模の群れが居るときはマシンガンアームで間引きをしておこう。
「あー。それならあの人が一番凄いよ。ほら」
「あの人?」
待機所に戻ってきた俺とウィルにお茶を差し出しながら、沙織ちゃんがある方向を指差す。目で追うと、柔軟体操をしている女性の姿が有った。服装からしてカナダの警官だと思われる。今回の警官教育では各国最低でも4名は女性を加えて参加している。彼女もその内の1人なのだろう。
「あの人、カナダの実習1位だよ」
「……マジで?」
「うん。アリアさんって言うんだけど、昔オリンピックに柔道選手として出たことあるんだって。オークを巴投げ一発で倒しちゃった。具体的に言うと股間に」
「やめてくだされ」
笑顔で話す沙織ちゃんに懇願するようにそう言ってこの話を打ち切った。しかし、アリアさんね……ヤマギシなんかが顕著だが、魔法が普及した結果男女の体力差は大きく縮まったと言われてきている。何せ魔力が多ければその分身体能力が活性化し、筋力も体力も、反射神経すら強化されるのだから。
勿論、元になった体の筋量に差があればそれはそのまま反映される。冒険者キャンプの時、ロシアのセルゲイさんとフランスのカミーユさんが力比べをした時の結果がそれを物語っている。
だが、今までのように圧倒的な差ではなくなったのも、あの力比べの結果は物語っていた。
何せセルゲイさんとカミーユさんの体重差は50から60kg。カミーユさんは自身の体重の約2倍の相手に負けずに接戦を繰り広げたのだ。この結果を見て、これまでのように男性が体力的に優位だ、等と言い切る奴は早々居ないだろう。
今回の警官教育でも、その様な事例は出始めている。他の並み居る男性を押しのけて1位に登ったアリアさんは別格としても、他の国の女性警官達も決して男性に劣るような結果は出していない。彼女達も全く同じようにオークと取っ組み合い、問題なく撃破している。
この事をケイティと、恐らくはウィルも注意深く見守っているように感じる。二人は時折、翻訳を切って英語で熱く弁論を交わしている時がある。漏れ聞こえた内容は、撤廃・ジェンダー・差別といった内容だった。ケイティは、今回の結果も今後の冒険者協会にとって重要な要素になると捉え、それに対してウィルは発表のタイミングが重要だと考えている。どちらも今の流れを決して悪いとは考えていないのだろう。
「そこまで上手くいくかなーとも思うけどね?」
「お。お疲れ」
「ただいまー。いやー、やっぱり初代様の訓練は辛たん」
運動着姿で大量の汗をかいた一花が待機所に入ってくる。スポーツドリンクをペットボトルごと渡すと、ごくごくと美味しそうに飲み始めた。対人戦闘術の相手役として、ヤマギシチームは交代で初代様に格闘術を学んでいる。空手、柔道と徒手格闘技に精通している初代様の手助けは、今回の警官教育では必要不可欠なものだ。本当にお世話になってしまっている。
何かで返せないかと相談した事があったが、この間のダブルライダーで十分すぎる位に返してもらっていると言われて肩を叩かれた。
「いや、あの動画すっごい役に立ってるよ? 今度撮る映画の一部に使いたいって言ってたから」
「……あれ映画になるの?」
「うん。九州に行ってる間に一応シャチョーともお話してたよ。昭夫君も良いって言ってるし、すっごい宣伝効果だからスポンサーもガンガンついてるんだって!」
そう言って一花は飲みきったスポーツドリンクをゴミ箱に片付けた。ラベルにキャップも外して分別してある。几帳面な所は本当に俺と同じ血が流れているのか疑問に思うほどだ。ウチの家系、一花以外は皆ずぼらだからなぁ……
「まぁ、初代様に頼まれれば撮影に付き合う位の覚悟はしといてね? 忙しい中、何だかんだ本当にお世話になってるんだから」
「それは、まあ……やらなきゃだめだよなぁ」
ジト目で俺を見る妹から目を逸らす。1人なら兎も角、初代様と競演するの本当に恐れ多すぎるんだよ。でも初代様に肩を叩かれて頼まれたら、二つ返事ではいって言う、だろうな……
スタントマンで収まる事を祈り、俺は待機所を後にする。昼を食べたらまた午後の訓練だ。このもやもやは運動で発散しよう。
八つ当たりでは決してない。
アリアさん:カナダの女性警官。オークの股間に足を置き巴投げの際に思い切り蹴り飛ばしたらしい。怖すぎる。