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第二十一話
「これアカンくね?」
「アカンね」
「かなり不味いな。公表できんぞ」
俺と一花の呟きに真一さんが頷いた。
俺達としては正直助かる機能だ。一々1層から降りていかなくて済むのだから。
ただ、手軽に10層に行けることが良いことだとは思えない。
余り深く考えない俺でももしそんな事が公表されたら面倒くさいことになると分かるのだ。
社会人のシャーロットさんや大学生の真一さんならもっと深い所まで予想出来ているだろう。
「ええと、不味い、と言いますと?」
「シャーロットさんって所々残念だね?」
「ざんね・・・残念です?」
こちらに振られても困るけどちょっとこけそうになりましたよ。
「欧米って確か報道は表現者責任だよね?この転送室の存在を一般の人が知ったらどう考えてどう行動すると思うか本当にわからないの?」
「いや、そこが日本と欧米の違いだよ。報道した内容の取捨選択を個人が行う欧米と違って、日本は報道側に非難を集中させて責任を負わせる事が多い。本来は欧米のように読者や視聴者が取捨選択をして真実を見極めるべきなんだ」
真一さんはそこで一度言葉を切る。
「シャーロットさん、貴女達CCNの報道によってダンジョンの情報は世界中を飛び交っている。いずれ俺達のようにダンジョンに挑戦する人物も現れるだろう。それは良い。その人物は俺達のように準備を進め、情報を集め、そして1層1層攻略をするだろう。それなら良いんだ」
「でもそんな時にこのショートカットの存在を知っていたら、どうなるかな?1層や2層で自信をつけて、軽い気持ちで10層にショートカット!絶対居るよね。そんな迷惑な馬鹿」
真一さんの言葉を一花が引き継ぐ。
シャーロットさんは真一さん達の言葉を聞きながら、徐々に顔を青ざめていく。
これは日本でも欧米でも起こりえる事態だ。どんな所にだって馬鹿なことをやらかす人間は居るし、それで迷惑を被る人間もいる。
「で、そんな馬鹿な真似をした奴の家族はさ。口をそろえて私達にこういうんだよ。人殺しって!」
「勿論そうはならない可能性もあるが、見えている地雷をわざわざ踏みに行く必要はない。特ダネを一つ潰してしまう形になるのは悪いと思うが・・・俺たちは自分の安全を重視するべきだ」
「いえ・・・当然の危惧だと思います。最初にリスクを考えるべきでした」
すみません、とシャーロットさんが頭を下げてカメラを真一さんに手渡した。
カメラを真一さんが受け取ると、シャーロットさんは深く息を吸って、吐き出す。
「中に入っているSDをお預けします。この情報に関するデータは全て真一さんに判断を任せます」
「ありがとうございます。データは確かにお預かりしました」
SDカードを抜き出して真一さんがそう答えると、場の空気が穏やかになる。
無事収まって良かった。折角ここまで一緒に来たんだからトラブルの芽は早めに摘むべきだよな。
そのまま俺達は山岸家に戻り、今日の結果を山岸さんに報告。
不味い情報についても一度伝えると、山岸さんも情報の秘匿に賛成してくれた。
「今のうちは殆ど義捐金で賄われているからな。世間様を敵に回せば首も回らなくなる。今度こそ全てを失っちまうぞ」
俺達が何も言えずにいると湿っぽくなった場を察したのか、山岸さんがいつもの調子で「いつになったらダンジョンに行けるんだ」と真一さんに絡み始める。
この人には本当にお世話になってる。いつか山岸さんにも暇が出来たら一緒にダンジョンに潜りたいな。
一先ずその日は解散となり、明日また今後の対処について話すので集まろうという事になった。
そのまま俺はトランスフォームを使い大学生風の優男に変身して一花と家に帰る。
「お兄ちゃん」
「なんだ?」
「今ならアメリカに逃げられるよ?家族一緒で」
「冗談」
「冗談じゃないよ。多分、今日みたいな事はいつか必ず起こる。今日はシャーロットさんが相手だから何とかなった。でも次が大丈夫なんてわからない。今ならヒーローのままアメリカで暮らせるよ!ダンジョンの専門家はどこでも需要があるし、なんならユーチューバーになっても良いし!」
足を止めて一花を見る。
テンションの高い話し方はいつものままだが、一花はニコリともせずまっすぐこちらの瞳を見つめていた。
下手な言葉で誤魔化そうとして、口が止まる。瞬き一つしない一花の瞳は、俺じゃあ誤魔化せそうにない。
だから、思っていることだけを口にしようと決めた。
「恭二を見捨てられん」
「他人じゃん。ただの友達でしょ?」
「あの時俺はあいつを助けられなかった」
「それって、
「そうだ。もう昔の俺じゃない。次は助けるって決めたんだ。俺くらいは傍に居てやるって。あの時決めたんだ」
今でも脳裏にずっとこびりついている。全身をガラスで串刺しにされた恭二の姿が。
うわ言みたいにぶつぶつと唇を動かしていたあいつの姿が。
あの時、俺は間に合わなかった。ドジこいて右腕まで失った。
せめて最後くらいは看取ってやろうとして、それも出来なかった。
あいつは自力で助かった。俺なんてあの時あの場に必要じゃなかった。
それが堪らなく悔しかった。
「それは、さお姉や真一さんじゃ駄目なの?」
「駄目だ」
「人殺しって石を投げられるかもしれないよ?」
「構わない」
「家族に・・・家族が、槍玉にあげられるかもしれないよ?」
「・・・俺が迷惑だと感じたら、縁を」
「それ以上言ったら絶対許さない!」
言葉を言い切る前に一花の叫びに止められる。
「・・・・・・すまん」
ただ謝るしかできない俺を、一花はじっと見つめていた。
数分、そのまま二人で立ち尽くしていると、一花は深く息を吸って、ため息をつく。
「・・・いいよ。お兄ちゃんお馬鹿だもん。私が、一杯考えるのはいつもの事だから」
「すまん。迷惑をかける」
「馬鹿!そこはありがとうって言ってよ!・・・兄妹じゃん」
抱きついてきた一花を抱きしめる。
その日は久しぶりに一花と手をつないで家に帰った。
「CCNを辞めてきました!今日からよろしくお願いします!」
「うわーそうきたかー」
朝。山岸さんの家に行くと開口一番にシャーロットさんがそう言ってきた。
何でも、山岸さん家に出資をして役員として雇用されたらしい。
昨日あの後何があったのか、目線で恭二に問うと肩をすくめて「俺しーらね」と返してくる。使えない奴だ!
その様子を見て何が言いたいのかを察したのか、シャーロットさんが笑顔で事情を話した。
「あのままでは私は企業人とチームの一員、二つの立場に板ばさみになってしまうと考えました。そしてそんな状態の人間を信用する事も信頼する事も難しい。きっとどこかで壁を作ってしまうでしょう」
だからすっぱり辞めて来ました、とシャーロットさんは笑う。
彼女にとってここでの生活はすでにCCNでの立場より高い位置にあるらしい。
そして、彼女の決断に山岸さんが答えた、というのがこの状況らしい。
「貴方の存在も、大きいです」
「へ?」
「きっと貴方と恭二さんは、これから世界を大きく変える事になる。それを間近で見れる機会を棒に振るなんてありえない」
「・・・・・・おい、言われてるぞ恭二」
「お前もだよ!押し付けんじゃねぇ!」
「あはははははは!」
俺と恭二の掛け合いにシャーロットさんが笑う。
そうだよな。仲間ってのはこうでなくちゃいけない。
脇で毒気を抜かれている一花の頭に手をやる。
「もうちょっと頑張ってみようぜ?」
「・・・・・・皆バカばっか」
俺の言葉に、一花は苦笑を浮かべてそう答えた。
第二十二話
取り敢えず言える事はシャーロットさんぐう有能。
法人山岸に参加した彼女はまず今まで所属していたCCNとフリーのキャスターとして契約を結びニュースソースとデータの保護を得た。
更に同僚だったジャンさん達3人のエディターやエンジニアを引き抜いて、ダンジョンに潜っているときに収録しているヘルメットに装着したアクションカムの映像の編集とそのデータのCCNジャパンへの送信を担当させる。
この3名は更に俺のコピーヒーロー動画の作成も担当している。スパイダーマンの動画は全世界有数の再生数を誇っているが他のコピーヒーロー動画も負けては居ない。
一花から去年アニメでやっていた寄生獣の主人公を撮ってみたら?と言われたので試してみると、元の顔立ちが近かったのか結構な再現率だったのでこれで行こうと決定。
動画を撮る際にミギーは喋れないのかとジャンさんに言われたので音声器官をつけようとしてみたがこれは出来ず、しょうがないので声優に依頼をして口パクに合わせて声を充ててもらいBGMなどの許諾も得て使用。
その際に制作会社の方に話が流れたのかわざわざ奥多摩まで来て「実写化と聞いて」と言われ困惑する羽目になる。
「ちょっとこっちでお話ししようねおじさん!」
一花がシャーロットさんを交えて話し合いを行い、あくまでもファンが主人公とミギーを再現するだけの動画である事を確認。
実写化する予定の映画を宣伝してもらえないかと依頼されたためシャーロットさんが後日先方と話を詰める事になったようだ。
折角来てもらったのでミギーに変形させて挨拶をすると是非映画のスタントを、と言われた為丁重にお断りをさせてもらう。
あんまり長期間奥多摩を離れるのはな。
それでも諦め切れなかったらしい制作会社の方から後日連絡があり、ロケバスを連れて撮影陣が奥多摩にくる事になる。
一部の撮影の為だけにここに来るって良いんですか?
あ、監督が是非と。そうですか・・・
山岸さん家経由でスタントマンとして契約し、そのまま数週間撮影陣は野外での撮影をして帰っていった。
俳優の人とかも結構年が近くて仲良くなれた何名かとはLINEも交換してある。
ただ、女性陣が殆ど真一さんに目線が行っていたのは悔しい所である。
撮影時間以外はダンジョンに潜っていたりしたのだが、一度うっかりスパイダーマンの格好のまま撮影現場に行って騒ぎを起こしてしまった事もあった。
「一郎くん頼む、あれ見せてくれ。建物から建物に糸で繋いで移動する奴」
「あれ高い建物がないと出来ないんですよねぇ」
代案で樹から樹へと糸を繋ぎ、後は軽量化とストレングスで引っ張って体を飛ばしてみた。
NGシーンやDVD特典等に使って良いかと言われたがアメリカの方に聞いてみてくださいと答えておく。
これは後日の話だが本当に許可を取って映画のラストにNGシーンとして放映。
撮影陣に元気に「おはようございます!」と挨拶をするスパイダーマンという謎過ぎる映像とその後の移動シーンが好評を得たらしくDVDの売れ行きが凄い事になったらしい。
前後編に分かれた作りらしいので、また今度撮影に来るらしい。
「店を開きてぇなぁ・・・」
「再建頑張りましょう社長」
人が大量に増えたのにまだコンビニ再建中の山岸さんは、折角の商機をふいにしてしまいブルーな表情を浮かべている。
次の撮影までには店も直っているそうなので早く元気になって欲しいものだ。
それと、今回の契約の際に俺は正式に山岸さん家の社員として登録されることになった。
家族とも相談し、もうまともに学校に通うことは出来なさそうなので学校は正式に退学。
通信制の学校に編入して高卒資格を目指している。
そんな日々を過ごしていたある日、いきなりシャーロットさんから呼び出しを受けた。
両親と一花も一緒に急いできてくれという内容に何事かと慌てて山岸さん家に駆けつけると、そこには久しぶりに見る下原さん家のご両親と他のメンバー全員が揃っている。
これはただ事じゃないぞ、と感じていると、父親が口火を切った。
「山岸さん、下原さん。ご無沙汰しております。いつも倅と娘がお世話になっているのに挨拶が遅れて申し訳ない」
「鈴木さん、こちらこそご無沙汰しております」
「鈴木さん、ご無沙汰しております。本日は・・・」
親父達が一通り挨拶を述べると、視線がシャーロットさんに向く。
頃合と見たシャーロットさんは一同を座らせてから話し始めた。
「そろいましたね……では先ほど米軍から私に入った電話の内容をお話しします・・・まずこのお話には時間限定の守秘義務があります。事態の解決までの間、ここで聞いた話は一切口外無用でお願いします。お約束いただける方だけ残ってください……」
シャーロットさんがそう言って周囲を見渡す。誰も立ち上がるものは居ない。
「カリフォルニアの太平洋夏時間22時過ぎ、カリフォルニア州ビッグベアーの西にあるバトラーピークに出現したダンジョンを捜索中だった、フォートアーウィン基地で編成されたタスクチームが消息を絶ちました。現地上層部及び合衆国政府は合衆国単独での解決は不可能と判断。他国人ではありますが山岸家所属の冒険者チームに探索依頼が出されました。この依頼はホワイトハウスから出ています。ここまではよろしいでしょうか?」
「それはつまり、合衆国大統領からの依頼という事で良いんですか?」
「その通りです」
真一さんの問いかけにシャーロットさんが返答する。
合衆国大統領という名前が出た段階で親父達の顔は青を通り越して真っ白になっている。
現在の山岸さん家が世界的に有名なのは知っていただろうが飛び出してきた名前がビッグネームすぎるからな。
むしろ母さん達の方が平然としているのはちょっと意外だった。
「確かキョウジ以外は皆パスポートを持っていたわね?」
「うん。私とお兄ちゃんは今度アメリカに渡る予定だったから一緒に用意してるよ!」
スパイダーマンの件で是非一度アメリカに来て欲しいと懇願されており、一応パスポートだけは用意してある。
まさか最初に使うのがこんな事態になるとは思わなかったが。
「現時点で可能な限り速く決断し、超法規措置を用いてでも招きたい、という政治判断が下されています。もちろん、我々が出動を決めた場合、ですが。横田基地から特別機に乗りグアムの基地で乗り換え、カリフォルニアに向かう空路を設定されています。どうしますか? この依頼、受けますか? 受ける場合はひとつ問題があります」
「そのメンバーの大半が未成年で学生だという事ですね」
「そうです。年齢的にイチカちゃんは最初から除外させていますが問題は残り3名。いえ、最近退学したイチローは別として残り2名の事になります」
そう言ってシャーロットさんは恭二と沙織ちゃんを見る。
「なら俺も退学する」
「私もそれでいいよ」
恭二と沙織ちゃんが揃って頷いた所で一花が「私も行きたい!」と騒ぎ出したがそれは母さんが物理的に黙らせた。
沙織ちゃんはそのまま山岸家に正社員として雇われることにするらしい。
「父さん。俺行くよ」
「・・・わかった。もう止めん」
黙って話を聞いていた父さんにそう告げると、険しい表情のまま父さんは頷いた。
各自の保護者を1人連れて行かないといけないとシャーロットさんが話すと、真一さん、下原のおばさん、母さんがそれぞれついて来てくれるそうだ。
「では、全員この書類にサインをお願いします」
シャーロットさんが一枚一枚英文の内容を説明し、守秘義務同意書、契約書など数枚の書類に全員でサインをする。
この場に居た人間全てが書類にサインをすると、表で待っていた横田基地からの迎えの車に一同乗り込んだ。
三度目の来訪であるが、まさかこんな事態になるとはな。
タスクチームの面々が無事であると良いんだが。
第二十三話
初海外上陸はグァムだった。
と言っても数分だけだったが。一度観光で来てみたいと思ってたんだが、まさか乗り継ぎで通り過ぎるだけになるとは思わなかった。
そして十数時間後に俺たちは目的のカリフォルニアの空軍基地に到着。
ここで母さん達保護者組はゲストハウスに行き、俺たちは軍用ヘリに乗って現地へ急行することになった。
移動の際、機内で状況は説明されている。
ダンジョン探索のために集められた選抜の一個小隊36人が、第一層で待機した通信兵と指揮官を除き、現在死傷、行方不明、連絡不能。
最後の連絡は第7層での物で、通信は各フロアに置かれた無線機による中継で行われていた。
10人程度の分隊が3。
消息を絶った分隊は先行の分隊で、残りの分隊は先行分隊の救援に向かいそのまま音信不通になったそうだ。
「オークとオークジェネラル?」
先行隊が撮影した映像には見慣れたオークとオークジェネラルの姿が映っている。
ここに行くまでの映像も確認したが内部的にはほとんど奥多摩のダンジョンと変わりないようだ。
現場には救援用の物資が山積みされており、これらを恭二の収納に入れる。
付いて来る人員は兵士2名に通信兵1名。全員がしっかりと武装している。
今回は速度重視のため、俺はすでにスパイダーマンに変身している。
ネットでモンスターの出入りする入り口を塞いで最短距離を疾走するという計画だ。
『スパイディ、貴方と共闘できるなんて夢のようだ。こんな状況で無ければどれほど良かったか・・・』
『心中、お察しします。出来る限りの努力はしますよ』
現場指揮官が俺の姿を見て握手を求めてくる。
青白かった顔色に僅かに血の気が戻ってきたように感じる。俺の虚名も役に立つ所はあるらしい。
そのまま俺達は急ぎ足で出発した。先頭は俺と恭二と重火器を持った兵士だ。
俺が進入口を塞ぎ、兵士二人が重火器で敵を殲滅。
手が足りない所を恭二の魔法が焼き尽くし、俺達は過去最速のスピードで6層まで踏破した。
七層に入った俺たちが真っ先にしなければならないことは、通信兵による状況確認だ。
これをしなければ最悪、俺たちは友軍誤射の的になりかねない。
重火器の火力は目にしたからな。あれは流石に食らいたくない。
通信兵が齎した情報は悲惨の一言だった。
8名死亡。10名負傷。無事な兵士は12名だが弾薬も心もとない。すぐさま救援が必要な状況だった。
「モンスタートレイン・・・・・・」
通信兵の聞きだす情報に耳を傾けながらシャーロットさんが暗い表情で呟いた。
モンスターを倒しきれない内に新しいモンスターが襲い掛かってくる事を指すのだが、これが起こるとかなり高い確率で戦線が崩壊してしまう。
この階層の敵はオークとオークジェネラル。接近を許してしまえばほぼ一撃で倒されかねない奴らだ。
恐らくM4等の重火器でも奴らを倒しきれず、また重火器の音を目印にモンスターが集まってしまったのだろう。
このダンジョンのモンスターはリポップする。倒しても倒してもまた出てくるのだ。
殲滅速度よりもその速度が速くなってしまえば、結果はこうなってしまう。
「現在地はボス部屋の手前です。残存戦力と・・・遺体及び負傷者も全てそこに集まっています」
「恭二、先行するぞ。多分俺とお前二人で走った方が速い」
「了解」
軽量化の魔法を唱えて恭二が槍を抜く。
「真一さん、道中の通路はネットで塞ぎますが」
「分かってる。出来るだけ急いで行くから撃ち漏らしててもいいぞ」
3名の兵士を見ながらそう言うと、真一さんは頷いて後を請け負ってくれた。
他の面子なら兎も角この3名に俺と恭二の高速移動に着いて来させるのは不可能だろう。
退路の確保的な意味でも真一さん達が後詰をしてくれるのはありがたい。
俺と恭二は高速のまま通路に飛び込む。その際、通信兵が背後で何事かを叫んでいたが聞こえなかった。
散発的な銃声がボス部屋のほうから聞こえる。
誤射を避けるために手前で大声を張り上げた。
『発砲を止めてくれ!助けにきたぞ!』
念のためバリアーを発動して部屋に飛び込む。
オークは12体か。今まさに1人に大剣を振り下ろそうとしたオークをウェブシューターで邪魔して蹴り倒す。
「恭二!」
「了解。フレイムインフェルノ!」
恭二の魔法に4~5体のオークとオークジェネラルが纏めて焼き払われる。
分散してるせいで一気に殲滅とはいかんか。
俺は通路の一つをネットで封鎖して後続のオークたちを邪魔すると、分かれたオークにウェブシューターを当てて動けなくした後に殴り倒す。
最近、打撃でもオークを倒せるようになってきた。着々と人外になっている気がする・・・
程なく恭二の魔法で残りのオークも殲滅できた。
「恭二、回復魔法を!」
「分かってる。えーと、エリアヒール!」
周囲を白い光が包み、負傷していた面々の顔に血の気が戻ってくる。
だが、一部重傷の人にはそれだけでは足りなかったらしい。
内臓が出てる人もいる・・・よく生きていたな。
「キュア!」
重傷の人には恭二が重ねがけでキュアを唱えている。
『遺体用の袋とストレッチャーを用意しました。重傷のけが人は恭二に。まだ少しふらつく人は俺に言ってください。新しい銃も弾倉も充分補給があります』
俺は無事だった兵士達や、治療を受けて起き上がってきた人たちにそう話しかける。
ふらつく人たちにはウェブシューターにネットの代わりにヒールを装填して発射。
最初は驚かれたが糸状のヒールが継続的に発動しているのを見て納得してくれた。
体力の回復も出来るから、消耗したときには良いんだ。このウェブヒール。
真一さん達が合流したのはちょうどこの位の事だった。
現場の惨状を見て、沙織ちゃんが意識を失う。
シャーロットさんが咄嗟に助けて事なきを得たが・・・・・・
無事だった兵士達と復帰した兵士達は、仲間の遺体を袋につめてストレッチャーに乗せていた。
真一さんたちは邪魔が入らないように周囲を警戒している。
俺もモンスターが入り込まないようにネットを維持しつつ、周辺警戒を行っていた。
恭二は残された物品を兵士の人に記録してもらいながら収納している。
そして、治療と物品の回収が終わった後、恭二は暗い顔でストレッチャーに触れていく。
収納して、回収するためだ。
「これは『モノ』だ」
一言だけ最初に呟いて、恭二はどんどんストレッチャーを回収していく。
俺達はその光景を、黙って見つめていた。
第二十四話
『お会いできて光栄だよ、スパイディ。私も貴方のファンなんだ』
『こちらこそ、お会いできて光栄です。大統領閣下』
にこやかに笑う大統領と握手を交わす。
シャッター音とフラッシュが周囲を埋め尽くしている。
他の4人はそれぞれが礼服を着ている中、俺だけスパイダーマンの格好をしていて目立ちまくってる。
あのダンジョンアタックの翌日。俺達はホワイトハウスで大統領と会っていた。
時間は昨日に遡る。
俺達は無事救出できた米軍兵士22人を伴ってダンジョンから撤退を開始しようとしていた。
気絶していた沙織ちゃんの手当てを恭二に任せて、俺と真一さんは先頭に立って道を切り開く。
帰り道は特に大きな問題もなく脱出は完了した。
地上に帰り着いた俺達はすぐさま彼らの基地にヘリで移動する事になった。
帰り着いてすぐに恭二が収納から遺体を乗せたストレッチャーを出し、引き渡す。
それが終わるとすぐに俺達はシャワーを借りた。
どんなに洗っても血の匂いがこびり付いたままだった。
そしてそれが終わった後に俺達は緑の芝生がある、アメリカ国旗と陸軍旗のはためく公園みたいな場所に案内された。
基地の兵士達が総出で整列している。俺達の姿を見ると、全員が一斉に敬礼してくれた。
「ごめんなさい」
恭二が一言、日本語で謝っていた。
やめてくれよ。泣きそうになるだろうが。
日本に帰りたいと心から思った。
「すみません皆さん、このあと、ワシントンDCに行かねばなりません」
「勘弁してくださいよ・・・」
「ごめんなさい。大統領がお会いしたいと・・・・・・」
申し訳無さそうなシャーロットさんの言葉に俺達は互いの目を見合わせた。
そしてホワイトハウスまで、俺達はチャーター便で直行することになった。
家族揃って初めてのワシントンDCである。まさかここに来る事になるとは思わなかった。
そして、場面は冒頭に戻る。
といってもこの後は大統領直々に「陸軍名誉勲章」とやらをいただいて、わざわざ開いて貰ったパーティーで一生縁がなさそうな偉そうな人達と緊張しながら話をしただけだ。
正直何の話をしたのかもよく覚えてない。
帰りはまたチャーター機を使って横田基地まで飛んだ。横田基地でも、大佐以下兵隊さんがずらっと並んで敬礼をしてきて非常に困る羽目になった。
尚、超法規的な措置をとって出入国をしたため日本側はアメリカ政府からの通達により俺達の出国を知り、後日俺達は旭日単光章という勲章を授与される事になったがこれは先の話。
アメリカ側への配慮と言う形で晴れてお咎めなしの身分になった俺達は、無事奥多摩に戻ることが出来たのだ。
アメリカから帰った恭二と沙織ちゃんを待ち受けていたのは退学手続きと会社登記の改定、不動産購入などの事務仕事だった。
ひーひー言いながら慣れない書類に四苦八苦する恭二達を尻目に、すでに通信制の学校に席を移していた俺は空いた時間を使って山岸さん他、下原家、鈴木家の保護者達をダンジョンに連れて行った。
引率役として真一さんと俺と一花、そして真一さんの剣道の師匠である安藤さんにお願いしてきてもらっている。
安藤さん自体はゴブリン相手なら無双できていたのを確認していたため、足りないメンバーの代わりという事で急遽来てもらった形になる。
「前々から真一にお願いしてたんで僕としては嬉しい限りですがね」
そう言って笑う安藤先生の手には藤島さん作の数打ちの刀が握られている。
安藤先生は週何度かの剣道教室の為に奥多摩まで通っており、都合が合うときに刀の扱いを相談していたため、最早真一さんの、というより俺達にとっての剣の師匠になるんだろう。
対モンスター用の剣術についても考えてもらっており、最早俺達の仲間の一員と言っても過言ではない。
さて、常日ごろからダンジョンにいきたいを口癖にしていた山岸さんは兎も角、他の家族をダンジョンに連れて行くのはどういう事かと言うと。
先日総理にお願いして立ち上げたダンジョン諮問委員会の存在がまず前提として出てくる。
このダンジョン諮問委員会はこれからのダンジョン探索者・・・つまり冒険者達の存在をどう認識するのか。
つまり、新たな職業としてこれらが広まるのかや、警察、自治体、刀剣商や刀匠といった各分野の専門家達が、「どうすれば現代社会において冒険者という商売が興ったとき対応できるのか」といったことを真剣に議論し、対策を打つ事を目的に設立された。
先日のアメリカでの出来事は、正直俺達にとってかなり重い出来事だった。
あの時倒れてしまった沙織ちゃんは勿論、女性のシャーロットさん、恭二や真一さんと言った比較的精神的にタフな人間でもトラウマを抱えてしまっていたのだ。
現在、彼らはトラウマの専門家に話を聞いてもらったり診断をしてもらったりして回復に努めている。
俺は・・・・・・元々猟師になる可能性があったから、生き死に対しては多少心構えが出来ていたらしい。
カウンセラーの方にすでに立ち直りつつあると言われた時は、もしかして俺は情のない人間なのかと少し自分に疑問を覚えてしまったほどだ。
少し話がそれた。
兎に角、ダンジョン専門の委員会が設立し、話し合われた内容の一つを検証するために俺達は今ダンジョンに潜ろうとしている。
「山岸さん、体力テストお疲れ様でした」
「・・・・・・・・・・・・」
「山岸さん、ちと運動不足ですなぁ」
数キロを走り終わった山岸さんにそっと酸素ボンベを渡す。爺ちゃん、あんたは例外だからな。
万全を期すために一度に連れて行く人数は最大二人までとし、最初の組は山岸さんとうちの爺さんを連れて行くことになっている。
目標は5階までの踏破。
この冒険が終わった後にもう一度体力検査を行い、ダンジョンが齎す人体への効果を検証する。
それが今日の目的だ。
「はい、おじさん。念のためにおじいちゃんもヒール!」
一花が二人に手をかざしてヒールを発動する。
二つの対象に魔法をかける技術を恭二から教わっているらしく、最近では両手で魔法を使い分けることも出来てきているらしい。
こいつも結構器用な奴なんだよな。
体力を回復した山岸さんがバットを手に持ち胴体のみにプロテクターを着けてヘルメットを被る。
爺ちゃんはバットの変わりに猟銃を持っている。
爺ちゃんの猟銃も、米軍のように銃がダンジョン内でどのような効果を持つのかを調べるために持ち込みの許可を取った物だ。
着々と皆が前に進んでいる。それを実感しながら俺は先頭に立ってダンジョンに足を踏み入れた。
山岸恭二:学校を辞めて正式に山岸家正社員になる。今までは学校に吸われていた時間を全てダンジョンに傾けられると実は乗り気。国外では苦い経験を得て一つ成長した。
山岸真一:シャーロットさんがここまで思い切ったことをしてくるとは思わず困惑するも喜んだ。国外では苦い経験を得て一つ成長した。
下原沙織:正式に法人山岸の社員になる。最近は学校でも持て囃されていて面倒だと感じていた為実は渡りに船だった。国外では苦い経験を得て一つ成長した。
下原父:娘が危険な場所に行くことに反対したいがおねだりには勝てなかったよ・・・
下原母:この機に恭二を見事射止めなさいと沙織に発破をかける。
シャーロット・オガワ:安定した生活よりも波乱に満ちた人生を選ぶ。CCNとはフリーのエージェントとして契約しなおしヤマギシ家の広報担当に就任。
鈴木一郎:スパイダーマンの格好をして情けない姿は見せられないと自己暗示を繰り返している。
鈴木一花:山岸家及び鈴木家が排斥される可能性が露骨に見えたため逃亡を画策するも肝心の兄に却下される。ブルーな気分で山岸家に行くと自分よりよほど肝の据わったシャーロットさんに愕然。敗北感と安堵が入り混じった複雑な心境。
山岸さん:苦手な広報担当に見知った人がついてくれて大助かり。ダンジョンに行きたいという回数がやっぱり増えた。また、やっと念願かなってダンジョンに突入できるヤッター!と喜んだがでもその前に体力検査をしないといけなくなり顔面蒼白になった。
鈴木父:現在は観光業経営。猟師としての生業では子供を育てられないと山歩きの知識を使って野山の散策ツアーや狩猟体験ツアーなどを企画運営している。ダンジョンに潜る子供の話を聞きながら銃を持って一度潜ってみたいと思っていた。
鈴木母:息子が死に掛けた原因であるダンジョンに良い感情を抱いていないが、最近の一郎の面構えが若い頃の夫に似てきており最近は肯定し始めている。
大統領閣下:笑顔が素敵なナイスミドル。次の日から暫く、米国の新聞とニュース番組をスパイダーマンと握手をする大統領の姿が騒がせる事になる。
安藤さん:ゴブリンとの戦いを忘れないように日々鍛錬を積んでいる。人外の相手に対する戦闘方法を模索中。
鈴木爺ちゃん:魔物祓いの真似事を猟師の自分がすることになるとは思って居なかったと世の中の不思議を噛み締めている。