奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正。244様、アンヘル☆様ありがとうございました!


第百十二話 魔法の畳

 先輩さんはどうもあの絨毯のイメージが頭に焼き付いたのか、茣蓙(ゴザ)に金属糸にしたエレクトラムを縫い込んで補強と魔法付与を合わせて行い、土台になる板の代わりに二重にした畳にエレクトラムを仕込んで茣蓙(ゴザ)でそれを包むという、見た目が完全に歪な畳にしか見えない物を作ってきた。

 

「取り敢えずエアコントロールによる制御はこれで特許を取っちまおう。見た目は悪いがインパクトがデカい」

「わ、これ本当に安定するね」

「周りを全部制御しちまえば安定するさ。隅に寄りすぎて落ちないでねマスター」

 

 畳?の上に座って茶を飲みながら一花と先輩がノロノロとした低空飛行で工場を移動している。藤島さん達がびっくりしてるな。

 ちなみに俺はエレクトラムをコーティングしたシールドを使ってサーフィンのように後ろに着いて行ってる。これはこれで面白いのだ。風の波に乗るというか何というか。

 

 この畳のようなナニカを車に積んで特許庁の支所に行くと、歓声と戸惑いの声が半々位で戸惑っているのが目に見えて面白かった。傍目だと何故か畳が飛んでてそれに先輩さんと一花が乗って茶をしばいてるようにしか見えんからな。魔法の絨毯スタイルだったらもう少し歓声が大きかったかもしれない。

 

「あの、一度検査の為に乗っても良いですか?」

「どうぞどうぞ」

 

 エアコントロールを使っている一花は降りられない為、先輩が畳?から降りて席を空ける。一畳しかないから3人は流石に狭くなるしな。先輩が座っていた場所に職員さんが乗り込むと、向かい合わせに座る一花が急須でお茶を注ぐ。座布団にみかん入れまで揃えてあるから本当に一休み出来そうな空間だ。職員さん、途中から完全に休憩モードに入って談笑してるし。

 

「じゃあ、そろそろ動かしましょうか。一花」

「おっけー」

 

 当初の目的を忘れていると判断したのか、周囲の特許庁の職員さんの視線が厳しくなったので一花に声をかける。大分和んでたみたいだけど、取り敢えず休憩はこの後にしてほしい。俺等も時間がないしな。

 職員さんの指示通りに畳?を縦横無尽に動かすと、今度は純粋に歓声が上がった。

 

「エアコントロールによる周辺大気の制御ですか……あの、これ、他の分野でもかなり使えません?」

「何にでも使えますよ。暴風雨にも効果があるんで」

 

 その様子を見ていた職員の一人にそう尋ねられたので答えると、慌てたようにメモ書きを始めた。メモをちらりと見ると建築素材と書かれていたので、これはまた魔鉄やエレクトラムの需要が増えそうだなぁ、と増えた報告事項を頭のメモに残しておく。忘れる前に一花に伝えておかないとな。

 

 さて、こんな面白い物はさっさと世界に紹介すべきだろうとの事で、特許の出願が上手く行った後は奥多摩に戻り、兄妹二人でノロノロと畳で茶を啜りながら奥多摩の街を練り飛ぶ?動画を撮り、即日公開。

 結果、世界中から驚きと困惑の声が動画のメッセージ欄に送られる事になった。大体「一緒に観光したい」とか「ついにスーパーマンも視野に入れたのか」とか、中には「これ絨毯だとうわよせやめろ」とかいう怪しい台詞まで寄せられたが概ね面白がってくれてるようだ。

 

「次はコタツかな」

「いや、普通の乗り物飛ばしましょうよ」

「……車か」

 

 それは夢があるから是非応援したい。先輩さんと駄弁りながら研究室に行くと、真一さんが昨日作った絨毯の上で楽しそうにサーフィンをしていたのでそっとドアを閉める。最近忙しそうだったししょうがない。誰だって羽目を外したい時はあるからな。先輩さんも優しい笑顔を浮かべたまま「よし、一郎君。ラーメン食べに行こうぜ!」と誘ってくれた。皆がこれ位優しければ世界は平和なんだろうがなぁ。

 

「ちょっと待て!」

 

 研究室のドアを荒々しく開いて真一さんが廊下に出てきた。若干肩で息をしている。余程焦っているのだろう。

 

「あ、真一さんお疲れ様です。どうされました急に。僕らは今帰ってきたばかりで何も見てませんよ」

「ほんとほんと」

「それ見てるって自白みたいなもんじゃねーか」

 

 ちょっと焦って口調が荒れている真一さんを宥めすかして研究室に入る。食事を取りたいのは本当だが先に報告を済ませるのも良いだろう。

 

「そうか、反応は上々って所か」

「そりゃそうだ。人類の乗り物の歴史が変わるからなこれ!」

 

 嬉しそうに絨毯に乗る真一さんに、興奮した先輩が捲し立てるようにアレがしたい、コレが出来ると騒いでいる。この二人、本当にマジックアイテム作りが好きなんだろうな。

 

「そういえば、これ二つの魔法を使った別々の絨毯を使ってますけど、キャンセルの魔法とかかけたら両方解けるんですよね。浮かしっぱなしなら良いんですがそこは大丈夫なんですか?」

「そっちはもう目処が付いた。エレクトラムを絶縁したらいける」

「絶縁?」

「ああ。前々から幾つかの魔法を組み合わせた製品は考えてたんだが、ゴムで覆ったら互いの魔法に干渉しないんだよ。必要な所にキャンセルの魔法が掛かれば問題ないし、むしろ今の問題は浮遊する力の調節だな」

 

 そう言って真一さんがキャンセルの魔法を唱えると、エアコントロールとフロートの両方が解け、絨毯と真一さんが地面に落ちる。真一さんは軽やかに着地したが、一々高い場所から落ちてたら土台も上に乗っているモノも壊れかねんな。

 

「一郎、悪いが俺は暫くこの技術の運用について研究を重ねたい。お前のアイデアのお陰で空気抵抗という最大の障害を除去する事が出来そうだからな」

「あー、了解です。恭二は暫く俺が見ますね」

「ああ……ちょっと、俺も心の整理をつけたいんだ。すぐに戻れるよう努力する」

 

 ぽりぽりと頬をかく真一さんに俺は黙って頷いた。バンシーに続きサソリでも、死を待つしかなかった状況というのは堪えたのだろう。グラヴィティを食らった恭二と俺以外のメンバーは、暫く32層への挑戦は出来ないと思っている。バンシーの時は不屈にすら思えた一花ですら、サソリでのアンチグラヴィティ習得について言い出さないのだから。

 黙って部屋を出る俺に、真一さんは一言「頼む」とだけ声をかけた。無言で頷き、俺は部屋を出る。

 あの人は必ず戻ってくる。なんせ俺たちの兄貴分なのだから。




フロート:文字通り浮遊の魔法。人類の乗り物の歴史を変えかねない可能性を秘めている。

アンチグラヴィティ:読んで字のごとく。アンチマジックのように過剰重力による拘束からの離脱に使用される。発展系の魔法はフロート。この魔法を逆転させると……?

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