奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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誤字修正。244様、kuzuchi様いつもありがとうございます!


第百十六話 クランクアップ

『ライダー、ジャンプ!』

 

 両足を揃えて跳び上がり、空中で回転する仮面ライダー1号。その反動を利用して態勢を整え、必殺の一撃を叫ぶ。

 

『ライダー、キィィイック!』

『ぐわぁあああ!』

 

 撃ち抜かれた敵は雄叫びをあげて爆発。爆風に揺らめくマフラーを写しながらカメラは少しずつ上空へと向いていき、一瞬だけ光る何かを写して画面は暗く消えていく。

 

 

 

「カーット! お疲れ様でした!」

 

 監督がそう叫ぶと、場を歓声が包み込んだ。その場で隣り合った人物と握手を交わすスタッフ達の中、出番こそすでに終わっていたが俺も撮影仲間の一人として呼ばれていた為、駆け足で監督の元へと走る。

 

「監督、お疲れ様でした!」

「おお、一郎君か! ありがとう、君と昭夫君のお陰で凄い映画を撮ることが出来た!」

 

 俺の差し出した右手を両手で握り返し、監督は涙を目に浮かべながらそう言った。表現したくても出来ない事が、魔法を使えば出来る。その事に凄く喜んでくれていたが、涙ながらにそう言われると嬉しいような気恥ずかしいような気持ちだ。

 まぁそれはそれとして確保成功だ。

 

「全員傾注! 今から監督の胴上げを行うぞ〜!」

「え、ちょっ、一郎君!?」

 

 話を通していたスタントマンの方々や俳優陣がバタバタと集まってくる中、逃げようとする監督を右腕で拘束する。話を聞いていなかった初代様も苦笑いを浮かべながらこちらへと歩み寄ってくる。貴方も対象なんだがなぁ。

 

 

 胴上げを終えたあとは貸し切った会場へ移動し、クランクアップを祝っての打ち上げが始まった。俺と昭夫君はお酒は飲めないからと監督直々にビール瓶を持ってお酌係を任命されたので、そこらで好きに飲み始めたスタッフや俳優陣にビールを注ぎながら挨拶をして回る。

 

「おお、一郎に昭夫か! 今回はありがとう」

「初代様、ささ。一杯どうぞ」

「先生、俺の方も」

 

 二人同時にコップにビールを注ぎあっと言う間に溢れかえるビールに、おいこら! と初代様が笑いながら俺たちを叱る。辺りの連中がその様子を見てまた笑いだし、あちらこちらで乾杯の音頭が繰り返される。バカ騒ぎは貸しきった会場の時間一杯まで繰り返され、素面だった俺と昭夫君は皆の介抱の為にこっそりアンチドーテを使って回る羽目になった。あれ二日酔いにも効くんだよなぁ。

 元気になったおっさんどもは二次会だぁと気合を入れて夜の東京へ繰り出して行き、俺たちと同年代の若手俳優陣はおっさんどもの嵐が去った後に青梅線に乗って帰っていった。

 

「いやー、疲れたなぁ」

「結局、ろくに飯食え、ませんでしたね」

「なら、俺が今からラーメンを奢ってやろう」

 

 二人して駅のホームから出てきてさて、さて帰るかどうするかとぼやいていた時。唐突に後ろから声が掛かったので振り返ると、おっさん達と夜の街に繰り出していったはずの初代様がそこに立っていた。地獄大使役の人に捕まってた筈なんだが抜け出したのだろうか。

 

「いや、彼には丁寧に断ったよ。撮影中に何度か機会もあったからな……試写会の時は抜けられそうに無いが」

 

 苦笑して初代様はくいくい、と指で合図をして歩き出す。このあたりでラーメンと言ったらヤマギシ下のあの店の事だ。この数ヶ月の撮影の間、撮影陣の胃袋をがっちり掴んだあの店は俳優たちのツブヤイター等に良く登場する上に駅から近いこともあってすっかり人気スポットになっている。だが、流石に夕飯時には遅すぎるこの位の時間だとすんなり入ることが出来た。

 

 店内に入ってすぐ頼むのはチャーシューメンセット大盛り。学生も満足させるボリュームと言われているが俺には少し物足りない為、替え玉用の食券を2、3枚用意しておく。昭夫君はつつましくチャーハンセットの大盛りだ。遠慮など一切しない俺たちに初代様は笑って塩ラーメンセットの大盛りを頼む。

 

「魔力のお陰か知らんが、70近くでこんなに食べられるようになるとは思わんかったよ」

「本当に改造されてないんですよね? 土星のCMに出てたときより明らかに若くなってるって評判ですけど」

「土星さん四郎か。良く知ってるな……生まれる前だろう?」

 

 いや、今でもあのCM集は面白いっすよ初代様。昭夫君と二人、初代様を囲むように座りラーメンを待つ間にこの撮影の思い出話に花を咲かせ、数分。出てきたラーメンを男3名、無言ですすりはじめる。うぅむ、美味い。

 

「今回の撮影、無理を言ってすまなかったな」

「いや、お世話になってますし楽しかったですよ」

「んぐっ。俺、僕も、良い経験になりました」

 

 ある程度食べ終わった頃。スープを飲んでいた初代様が唐突にそう切り出した。撮影の参加自体は確かに唐突で逃げたかったが、楽しいと思ったのは事実だ。それに新しいキャラを1から演じるというのは初めての経験だったから余計に。役者が自分のキャラに関わる思い出を強く持つという気持ちも理解できた気がする。

 

「役者の道に進む気は、やはり無いんだな」

「……お誘い頂けるのは、嬉しいんですが。俺は冒険者ですから」

「僕も、冒険者としての自分を捨て、捨てることは、出来ません」

「それでいい。役者としての俺はお前達を惜しいと思うが、ここ1年で俺にも冒険者としての俺が出来上がった。その俺が言うんだ。お前たちは、冒険者としてあるべきだ、とな」

 

 そう言って初代様は俺と昭夫君の肩を抱いた。

 

「機会がある時にまた一緒に演ろう。今回は俺の我が侭に付き合ってくれて、ありがとう」

「……こちらこそ、ありがとう、ございました」

「先生、ありがとうございます」

 

 にっこりと笑う初代様の言葉に、俺と昭夫君は頭を下げた。初代様は「じゃぁ、また会おう!」と言って立ち上がり、そのまま店を後にする。

 俺と昭夫君は数分ほどその場で頭を下げたまま佇み、そして少し冷めてしまったラーメンを全部腹に収める。少しだけ寂しさを感じてながら、俺と昭夫君は部屋に戻った。

 

 

 

「よう、一郎! 実は次の復讐者たちにお前の師匠役で出ることになってな。またよろしく頼むぞ!」

「あ、はい」

 

 次の日に部屋をノックされたので出ると、満面の笑みを浮かべてそう語る初代様の姿があった。そういえば貴方、研修のために協会のマンションに部屋を用意して貰ってるんですよね。

 寂しさが全部吹き飛んだが、まぁ。うん。これはこれで良かったのだろう。


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