奥多摩個人迷宮+   作:ぱちぱち

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今週最後の投稿。
また来週もよろしくお願いします!

誤字修正。244様、ハクオロ様、アンヘル☆様、kuzuchi様いつもありがとうございます!


第百十八話 スパイディ・イン・ニューヨーク

 その日、ニューヨークは平日の昼間とは思えない程の静けさだった。道を行く車は思い思いの場所に止まり、運転手は皆車から降りてカメラを構えて上空を睨みつけていた。これは今朝方、ニューヨーク市長から緊急放送という名目で全市民へ放送がなされ、この時間この通り沿いにいる車両は決して動いてはいけないと言われた為だ。その放送はつい先ほどまで全市内で流れ続け、その放送で指定されていた通りの路肩にはニューヨーク市警中の車を集めたのかパトカーが数十台も並んで、数kmに渡り交通規制を敷いて通行する車を監視している。

 この奇妙な状況に、ニューヨーク市民の脳裏に一昨年の冬のある日の出来事が過ぎる。時間があるもの、ないもの、なければ作れば良いと開き直るものまで、様々なニューヨーカー達が自分と仕事に都合をつけて、とある通り沿いにある種の期待と予感を胸に秘めてひしめき合う。この一角だけがまるで大きな祭りの会場であるかのような人口密度の中、不思議と誰も口を開くものは居ない。聞こえてくる音は近隣で立つ人間の息遣いと、時折時間を数えて読み上げる誰かの声だけだった。

 突然、全ての信号が赤に変わる。

 

『時間だ』

 

 その言葉を言ったのは誰だったのか。カメラを構えて上空を睨みつける男だったかもしれないし、路肩に車を止めている警察官だったかもしれない。ただ、誰かがその言葉を発した瞬間に、彼は来た。

 文字通り、空を舞って。

 

『ハーイ、皆! ただいま、ニューヨーク!』

 

 拡声器も何も使った様子はないのに不思議と響いたその声を聴いた瞬間、割れるような歓声が爆発するように通りに響き渡った。『スパイディ!』と呼ぶ声もあれば、『おかえりMS!』と彼を迎える声も聞こえる。一つ言えることは、この場に居る全ての人間が彼を歓迎していて、彼はそれを楽しんでいた。彼はゆっくりとウェブを使って空を舞い、低空に来たときに手を上げた男性の手をハイタッチしてまた上空に上がる。

 奇声のような喜びの雄たけびをあげる男性の声と、彼をもみくちゃにして祝うニューヨーカー達の姿をチラリと見て、彼は目の端にある物を発見。ウェブを切り、滑空するように途中でアクロバティックを見せて歩道に降り立った。

 まさか彼が降りてくるなんて思って居なかった彼らは動揺しながらも道を空け、その様子に手を上げて謝罪する彼の後ろについていく。

 

 【タコス&チーズ】と書かれた店舗の前に立った彼は、驚きで目をまん丸と開いた初老の店長を尻目にメニューを眺める。

 

『どれも美味しそうだね。おじさん、お勧めはどれ?』

『あ、ああ。うちのお勧めはライスをタコスと一緒に包んだタコライススティックだよ。食べやすいし、ぼろぼろと落ちないんだ』

『飛んでても落ちないかな?』

『わしは飛んだ事がないからわからんなぁ』

 

 店長の答えにそりゃそうだ、と彼が笑ってタコライススティックを頼み、一本を齧って『うんまぁい!』と叫んだ。腕につけたブレスレットから10ドル札を取り出した彼はお釣りを渡そうとする店長に首を振ってレジ脇の募金箱を指差す。

 

『とっても美味しかったよ、ありがとう』

 

 じゃね、と手を上げて再び空へと帰っていった彼を見送り、店長は上空を見上げたまま、腰を抜かしたようにその場に座り込む。暫くすると交通規制は解け、信号も赤から青に戻ったが誰もその場を動こうとせずに上空を見上げ続けていた。彼らは同じく正気に帰った警官隊に促されるまでその場に佇み、正気を取り戻した後はタコス屋の前で長蛇の列と化すことになる。ニューヨークに新しい名所が誕生した事を察した警官隊は市警本部に連絡を入れ、周囲の交通規制を渋滞解消の為に行い始める。勿論、彼らもタコス屋に並んだのは言うまでもないだろう。

 

 

 

『という感じでやりましたけど大丈夫ですか?』

『もちろん、事故は起きなかったよ!』

『そちらではないんですが』

 

 数ヶ月ぶりに会ったスタンさんは相も変らぬテンションの高さで俺を出迎えてくれた。まぁ分かると思うが先ほどの光景は彼とニューヨーク市長が組んだ結果である。ニューヨーク市長、前回のアレで支持率が10%位上がったと喜んでいたらしく、結構な頻度でスタンさんに彼は来ないのか。来るんなら全力で便宜図るぜ! とプッシュしていたらしい。

 

『僕としてもいい宣伝になるしありがたかったけどさ!』

『あー。予告編もう作ったんですっけ』

 

 今回、俺がケイティに着いて来たのは元からあった用事を片付けるためだ。スタンさんから復讐者の打ち合わせと顔見せの為に一度ニューヨークに来てくれと頼まれていたので、ある意味渡りに船のタイミングだったな。ただ、すでに作ったという予告編、俺の立ち絵とか奥多摩の映像しかないんだが大丈夫なんだろうか。

 

『大丈夫。こいつでミスリードを狙うんだ。まさか皆復讐者の話だとは思わないだろう』

『えっと、それってバレないんですか?』

『スポンサーは責任者にしか知らせてないし、復讐者たちの俳優にも黙っててもらってる。あと、うちでこの内容を知っているのは僕とジェームズだけだから問題ないよ。途中まではマジック・スパイディとして撮影するしね』

 

 この人の遊び心凄いわ。全米を騙すつもりだ。スタンさんはワクワクといった感情を一切隠さずに上機嫌で話し続ける。この後は市長と面会をした後、撮影スタッフや俳優陣と顔を合わせることになるらしい。初代様と初めて会った時と同じようなプレッシャーを感じながら、俺は淹れてもらったコーヒーを一口含んだ。

 

 

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