明日始まるのではない。
“ヨハネ・パウロ2世”
配属された「Bクラス」で勝理は物珍しげに教室内を見渡していた。
「……此処は銀行か何かか?」
そういった感想が出てきたのは目線の先の物体。丁度、黒板と相対する位置で生徒席後方から教室内生徒を一望できるように配置されている監視カメラだ。
薬品やPCの配置された特別教室ならばともかく、ただの一教室に監視カメラとは勝理も聞いたことがない事例だった。あるところにはあるのかもしれないが、少なくとも珍しいに分類されるものであることには違いない。
「入学式が終わった後で教室を回ってみるべきか。もし、全教室に配置されているというならばこれもまた意味のあることである可能性が高い」
国が金をかけてコレだけの設備を整えた学校だ。まさか生徒の不良行為を抑止するためだけのものであるなどということはあるまい。と、同クラスとなった生徒たちと話すこともなく物珍しげに教室を物色している勝理の姿が気になったのか声をかけてくる生徒が居た。
「いやあ、やっぱこんだけ凄いとかえって落ち着かないか?」
「……そうだな。敷地内にショッピングモールを用意している等、金をかけて創られた学校とは聞いていたが目の当たりにするのと見聞するのでは違う印象を受ける。ところでだ、俺は三鷹勝理というが、君の名を聞いていいだろうか?」
開口一番、人によっては馴れ馴れしいと言われるだろう距離感で話しかけて来た同級生に勝理は特に不快気な様子も無く問い返す。
「おっと、わりい。僕は柴田楓だ。スポーツ全般が得意だが特にサッカーは大、大、大得意だ! これから同じクラスよろしくな! 三鷹!」
「ああ、宜しく頼む。俺もスポーツは得手だ。今度、一緒にプレイしよう」
「おっ! いいねいいね、そうしよう! そん時はこの快速柴田マンの足を見せてやるぜ?」
「その機会を楽しみにしていよう」
人懐っこい笑みを浮かべる柴田に静かに頷いて返す勝理。物静かに類する勝理であるが、柴田が生来から持つであろう人好きする性格からか、そう相性は悪くないらしい。
「にしても凄いよなぁ、この学校。来る時、校庭とか見て来たけど、広いのなんのって。クラブだってこんだけの施設持ってる所は今まで見たこと無いぜ」
「ふむ。俺はまだそこまで見て回ってないからな……そんな凄かったか?」
「おう! テニスコートは何面もあったし、グラウンドは野球でホームラン決め手も余裕で納まるぐらいあった! まだ見てないけど聞いた話だと酸素カプセルとかがあるジムみたいな場所もあるらしいぞ」
「そうか、本当に何でも有りなんだな」
全寮制だからこそ、敷地内には必要なもの全てを用意していると聞いていたが、どうやら本当にその言葉に不足は無いらしい、とはいえ、やはり違和感は拭えない。国立にしても高校だ。下手をすれば名門大学以上設備を用意する此処は名門以上の何かがあるのに疑いは最早ない。
「やはり歩いて回るのは必須だな」
「ん? どうしたんだ?」
「何、後で俺も見て回ろうと思ってな。校舎もそうだが、敷地内にあるというショッピングモールとやらにも興味がある」
「あー、確かにそれも興味あるな。でも僕は入学式の後は、ちょっと運動部の様子を見に行きたいからなー。部活動の説明回はまだだけど僕はサッカー部入るって決めてるし、あわよくば少しぐらい練習に混ぜてもらえればいいなってな」
「構わない。どうせ、軽く見て回るだけだ。寮の方も気になるしな。何だったら後日それぞれの様子を話せば言いだろうしな」
「おっ、いいな。じゃあ後でショッピングモールのことを教えてくれよ」
「ならば、こちらは運動部に関することを聞くとしよう」
「おう、任しとけ! しっかり見学してくるぜ!」
ポン! と胸を叩く柴田に微笑で任せたという勝理。と、短い空き時間の終わりを告げるようにクラス担任らしい女性教師が入室する。その姿を見るなり、勝理らのように雑談していた生徒たちがバタバタと自分の席に戻る。
「と、先生来た。後でな! 三鷹!」
「ああ、また後で」
席は名前順で決まっているため、勝理から見て柴田はやや遠くの席に当たる。足早に戻っていく柴田の背を追っていくと、ふと―――教壇に立つ女性教師と目が合う。軽く会釈をすると向こうは口元に指を当ててウインクを返してくる……美人と言うより可愛い系の、若い女性教師の仕草はそれだけで彼女の性格を察せさせる。
厳格な名門校には少々場違い感も否めない教師であるが、それでもクラス担任を持つほどなのだから少なくとも優秀であるのは間違いないだろう。無論、教育者として。
「はーい、それじゃあ皆静粛に」
女性生徒は大きくないものの教室によく通る声で促す。入学したての緊張もあってか即座に静かになる教室。頃合を見て、女性教師はこほんと一つ咳払いをして言葉を紡ぐ。
「今日からこのBクラスを担当する星之宮知恵よ。うちの学校は三年間、卒業までクラス替えとかはないから、三年通して皆と一緒だから宜しくねー。あ、でも私は普段、保険医をしているからあんまり皆と接する機会はないかな。けど、相談事とかあったら遠慮せずに気軽に話しかけてね。恋の悩みとかは特に常時受け付けてるからね」
言動もそうだが、若く年近いこともあってか、生徒らの緊張が瞬く間に解けていく。星之宮の言葉に早速一部の女子生徒が宜しくね知恵ちゃんなどと親しげに呼んでいる。これが彼女の処世術ならば大した腕だが、恐らくは単なる性格だろう。とはいえ、生徒の心を一瞬で掴む辺り、狙いかどうかは置いておいて優秀だ。
「それじゃあ自己紹介もした所で今からプリントを配るから後ろに回していってね~。足りなかったらきちんと言うこと。入学案内と一緒に以前も送ったけれど、この学校の特別なルールについても書いてあるから入学案内をよく読まなかった人は特に要確認してね」
そうして回されてくる資料。軽く目を通すが以前貰った物と一見して変更はない。特に勝理が一番に違和感を覚えた理由……内部情報を欲しがった特殊ルールについても同じく。
「次にこれ、学生証を配ります。自分の名前のものを取っていってね。後これには、Sポイントも入っているから無くさないように。敷地内で買える、或いは利用するためのICカードを兼ねているから、簡単に言ってこの学校での皆のお財布みたいなものね。それから学生証は施設利用のためのカードも兼ねているわ。……Sポイントに関してはきちんと皆も読んでいるよね? 読んでいない生徒は今から急いで確認すること」
Sポイント。敷地内にショッピングモールだのを用意してまで在校中の外部接触を禁止するこの学校で、最も特異な特殊ルール。勝理がOBに接触してまで内部の情報を求めたのは実のところこのシステムを知るためという部分が非常に大きい。
学校から支給されるポイントで、Sポイントは星之宮の言う通りモノを売買する為のもの。紙幣貨幣を持たせないことで生徒間の諍いを軽減する狙いや過度な消費を監視する狙いがあるのだろうが。
「独自に入金するのならばまだ分かるが、学校側からの支給というのだから恐ろしい」
内部情報の徹底封鎖の何割かは少なくともこのSポイントシステムにあると勝理は見ていた。昨今、政府は先進国に後れ、電子マネーかが進んでいない現状を憂いているとは聞いていたが、学校が無償で提供する電子マネーモドキなど、如何にもマスメディアが騒ぎそうなネタだ。
「案内にも書いてあるけど、この学校にあるものは何であれ、Sポイントで購入できるわ。でも、だからってカツアゲとかしちゃダメよ? 不自然なポイントの動きは学校側もちゃんと見張っているからね。尚、ポイントは毎月の始め、一日に振り込まれるわ。もう既に君達全員、平等に10万ポイントが支給されているはずよ。因みに、ポイントは一ポイントで一円だから、言わなくても分かるわよね?」
「何?」
ふふんと、言外に「驚いたでしょー」とでも言いたげな星之宮の言葉に勝理は思わず声を洩らす。しかし、それは勝理に限った話ではなく、彼女の言葉を聞いた生徒全員が大小の程度はあれ驚き、教室はざわりと揺れる。
何せ、突然10万円を好きに使っていいとばかりにポンと渡されたのだ。中には無邪気に喜ぶ生徒もいるが、多くは疑惑の目で手元のカードを見た。
「この学校は実力主義。ポイントの支給は入学を果たした時点での君達の価値と可能性、そのことに対する評価みたいなものだから好きに使ってね~。注意事項として溜めても卒業後に換金するってことは出来ないからそのつもりでね」
以上、説明終わり! と締める星之宮に未だ戸惑い晴れない生徒ら。少なくともただの高校生には10万と言う数字は重く映るし、好きに使っていいなどと突然言われてもまず疑惑が先行する。
「―――星之宮先生、質問を宜しいでしょうか?」
「うん? いいわよ~。分からないことがあったならそれを解消するのが教師の役目だからじゃんじゃん質問してね。あ、でもこの後、私も一旦集まらなきゃいけないから手短にね~、一之瀬さん」
すると、そんな生徒たちを代弁するように一人の生徒が手を挙げる。挙手した生徒、一之瀬という女子生徒の疑問を星之宮は受け付けた。
「なんでも買えると言いましたが、それはモノに限らずということでしょうか? それから貯められるポイントの上限額はあったりするのでしょうか?」
「貯められるポイントの上限は特に無いわよ~。何十万円だろうが、何百万円であろうがね。貯められるかをともかくとして上限は設けられていないわ。それからもう一つの質問に関してだけれど、命みたいな余程の無理難題じゃなければ、買えるものに制限は無いわよー。あ、それから後で卒業後に現金で請求ってこともないから気にしている人は安心してね」
星之宮の冗談も交えた返しに生徒たちも多くがホッと息を吐く。だが、質問をした生徒も含め、一部生徒はその切り返しに考え込むような仕草を取っていた。それは勝理も例外ではない。
“なんでも、制限はない……か”
他に惑わされて見落としそうになるが、星之宮は確かにそういった。明言こそ避けたものの、暗にモノ以外も買えると、そしてそのモノ以外もなんでも、制限はないに含まれるならば……ポイントが生徒の評価だというならば……己の評価さえ、ポイントで売買できるのではないか?
やはりこの学校には生徒に明言されない何かがあるのは間違いない。そしてそのシステム自体が、優秀な生徒を育てるように出来ている。ならば、そこには優秀たる生徒を育てるための法則が関与しているはず。例えば、ここまで、まるで考えれば気付くような、疑問を抱くようなことが散乱している。ポイントもそうだが、過度な監視システム、余りに充実した施設。
普通の高校生と比べれば抱くだろう、過度な待遇に関する疑問。その疑問が意図的に抱かせられるように、この学校は出来ている。
「ともあれ、ただの名門校でないことは十分に理解できるな」
一言一句注意深く、見極める必要があるだろう。この学校を。
………
……………
………………。
星之宮が教室を後にすると先ほど星之宮から齎された情報に浮き足立つクラス内。当然だ、ポイントに関する情報は事前に知っていたとはいえ、まさか初日からいきなり十万円など誰も予想できないことだ。皆、思い思いに同級生と語る話題は大多数がポイントに関するものだった。
「……論より証拠。まずは試してみるか」
勝理は渡されたばかりの生徒証を手に席を立つ。まだ入学式まで少々時間がある。試しに教室に来るまでに見かけた自動販売機でも利用してみて……。
教室を後にしようと勝理が一歩踏み出した丁度その時だった。パンパンと二回、柏手を打つようにして響き渡る音。勝理を含め、生徒らが反射的に目を向けるとそこには薄ピンク色をした髪を持つ女子生徒がいた。一之瀬と、そう呼ばれていた星之宮に質問をしていた生徒である。
「ちゅーもーくっと、お話中突然ゴメンね皆。これから入学式な訳だけど、皆で自己紹介しない? てっきりホームルームで行なわれるかなって思ったけど。先生は時間が無かったのかそんなことも無かったし、丁度、今は全員が揃ってるでしょ? 自己紹介するに丁度いい機会だと私は思うんだけど……どうかな? 皆?」
多くが初対面だろう生徒らを前に自己紹介を提案する一之瀬。質問をするために手を挙げたことといい、注目をされるような行動を平気で取れる辺り活発的な性格をしているのだろうか、ともあれ、勝理から見ても大した度胸だった。
一之瀬の提案は特に嫌がられる様子も無く、大半の生徒は賛成と軽く声を上げるが、一部の、人見知りに属するだろう生徒の何人かが隠れ忍ぶようにひっそりと教室を抜けようとしている。
まあ、無理もない。多くの生徒に注目されながらの自己紹介の場は人馴れしていないと嫌なものだ。そうでなくとも面倒と取る生徒だって少なからずいるだろう。だが、それより先に一之瀬が行動した。
「じゃあ言いだしっぺの私から。私は一之瀬帆波、宜しくね。皆とは初対面だけど、これから仲良くなれたら嬉しいです……言い出して置いてだけど、なんか、緊張するね、これ。……こほん、先生じゃないけど困ったことがあったら何でも相談してね。これからは同じクラスメイトだし、三年間一緒に勉強する仲間だから。私に出来ることだったら皆の力になりたいと思うの。改めて、よろしく!」
ハキハキと終始、笑顔を絶やさず、自分の緊張すら話題にして次の生徒の不安が軽くなる空気を作る。退出者を止めるより早く自己紹介を行ったのは一人でも声を掛けられる同級生を作って置くという彼らへの配慮か。
そしてその悉くを意図せず自然にやってのけるのだから生来高い求心力を保有しているのだろう。明るい雰囲気も相まって、一瞬でクラス内の支持を集める。
「じゃあ、窓側から自己紹介をしていこう。あ、嫌だったら大丈夫だからね? 無理にとは言わないし、仲良くなるにしても自分のペースがあるだろうから。それじゃあ、窓側の人からお願いできる?」
一番を引き受けたのが一之瀬だったからか、続く二番目はやり易くなる。さらには自己紹介を嫌がる生徒のこともただ庇うのではなく、論理を置いて、納得と理解を示せるように誘導する。人のことを本当の意味で気にかけているがゆえに出来る行動だ。
なんであれ、この一幕で自然と誰もが、彼女がこのクラスのリーダー的存在という扱いになったことだろう。
「……特に拒む理由もなし。柴田も残っているみたいだし、俺も自己紹介をしていくか」
一之瀬が作り出した空気のお蔭か、自然に教室を抜けていく生徒と自己紹介をする生徒とを見比べ、後者に付くことを選ぶ勝理。
人見知りと言う性質でもないし、知り合いも残っていることだ。此処は自己紹介をしておいた方が、後々、便利だろう。そのまま、他の生徒の自己紹介を傾聴すること数分。勝理の番が回ってくる。
「じゃあ、次は君の番ね。大丈夫?」
「問題ない。俺は三鷹勝理だ。趣味は読書と勉強だが、身体を動かすのも嫌いではない。さっき紹介していた柴田とは一応、共にサッカーをする約束もしたことだし、機会があれば他の皆も是非誘ってくれ。三年間宜しく頼む」
「改めてヨロシクな三鷹!」
「私もよろしくねー三鷹くん。私はちょっと運動が苦手だけど、機会があったら私も混ぜて欲しいな」
「了解した、一之瀬。ああ、その時は是非」
既に言葉を交わしていた柴田と一人一人の自己紹介に声をかけている一之瀬の言葉でパチパチと送られる拍手。運動系の何人かは俺も混ざろー、などと調子よく声をかけてくる。概ね好印象のようだ。
「……こういう自己紹介をすると改めて始まったという実感を得るな」
思わずそんな一言を口にする、勝理。我ながら似合わない感想だと思いつつ、続く自己紹介に耳を傾ける。
春麗らかな学生生活初日、まだ未知の部分が多くある新たな高校生活だが、それでも今は一先ず、学生らしくいこうと決め、入学式の時間になるまで教室で友好を温めることを勝理は優先するのだった。
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