ゴッドファーザーに憧れた男達   作:Don・Corleone

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 投稿が大変遅れてしまい申し訳ありません。

 漸く生活が落ち着いてきたのでこれから定期的に投稿していきたいと思います。


案件五 晒し者

 

 楠見謙吾が出て行くとテニスコートには彼のしごきにより疲弊して大の字になった戸塚彩加と女子部員二人が残された。彼が出て行ってしばらくすると葉山隼人と三浦優美子とその取り巻き連中がテニスコートに現れた。

 

「あー。テニスやってんじゃん。 テニス! 」

 

三浦優美子の大声が響き渡るとラリー練習をしていた女子部員二人はその手を止めて、大の字になっていた戸塚彩加はその体を起こした。

 

彼女はコートに空きがあることを確認すると疲労困憊している戸塚彩加を無視して女子部員二人に目を向ける。

 

「ねー、あんた達。あーしらもここで遊んでいい? 」

 

「えっと、私達真面目に練習してるんでー。それはちょっと困るって感じなんですよー」

 

彼女達の返答は三浦優美子にとって予想外のものであっただろう。なにせ彼女は下の学年にも名が通っている有名な女性だ。本来なら後輩の立場からすると彼女からの頼みというものは大変断りづらいはずである。

 

そんな相手に彼女達が全く物怖じすることなく要求をこうもあっさり拒否することが出来るようになったのはやはり楠見健吾の影響が大きいだろう。

 

あの男に比べれば身勝手と思われても仕方のない三浦優美子ですら好人物も同然であり、対処も容易というものである。

 

「三浦先輩、悪いことは言いません。楠見先輩が戻って来る前に此処を出た方がいいですよ」

 

これは彼女達の心からの思いである。彼女達と楠見謙吾の付き合いは僅か二週間に過ぎないが彼の人となりというものを少しは把握したつもりでいる。彼は自分の行為を邪魔されるのを何よりも嫌う男である。そんな彼がこの場に戻れば三浦優美子や葉山隼人やその取り巻きに何か良からぬことが起こるのは想像に難くない。

 

「は? 楠見? 何であいつが関係あんの? 」

 

「楠見先輩は私達にテニスを教えてくれているんです」

 

三浦優美子が何か言おうとしたところで件の楠見謙吾がやって来た。関わると碌なことが起きないともっぱらの評判である彼を見て三浦優美子の取り巻き連中は思わず道を開けてしまうが唯一人だけ彼の進路を遮る者がいた。

 

それは三浦優美子と同じリーダー格を務める葉山隼人であった。髪を金髪に染めていて派手な生徒ではあるが三浦優美子のように自分の仲間以外には刺々しいということはなく誰にでも友好的に接しようとする男である。

楠見謙吾と同じく眉目秀麗、成績優秀、運動神経抜群であるが学校一の嫌われ者のである彼とは違い、葉山隼人は彼と全く真逆の男である。端的に言えば学校の人気者というやつである。尤も普通は楠見謙吾程の能力を持っているのならば葉山隼人のように人気者となるのが当然であり、彼のような天下の嫌われ者となるのは相当稀な例と言えるだろう。

 

「やあ、楠見君」

 

葉山隼人は楠見謙吾に声を掛けたが彼はこれを軽く無視した。

 

「戸塚、これを飲んで日陰で休んでいろ」

 

楠見謙吾はペットボトルのお茶を戸塚彩加に投げ渡し、女子部員達に目を向ける。

 

「どうした? 俺はまだやめていいとは一言も言っていない。続けろ」

 

全く目が笑っていない笑顔でそう言う彼に背筋を震わせた彼女達は三浦優美子の存在を気にしながらも練習を再開した。彼は渦中の一人であった三浦優美子が存在しないかのように振る舞い、彼女達の練習を注意深く観察している。

 

たまったものじゃないのは三浦優美子である。楠見謙吾に自分の取り巻き連中の前で無視されるというのは彼女の沽券に関わる問題である。当然黙ってはいるわけにはいかない。

 

「ちょっと、あんた 」

 

三浦優美子が楠見謙吾の肩を掴むと、彼は振り返って顔をしかめる。

 

「手を離せ。化粧臭くて頭痛がしそうだ」

 

三浦優美子に対してあまりにも失礼な言葉に普段は温厚な葉山隼人も流石に口を出さざるをえない。

 

「楠見君、それはいくらなんでも酷すぎないか? 優美子に対して失礼すぎる」

 

「……これは失敬、お前達が邪魔で苛ついていてな。そういうわけだからとっとと帰ってくれないか? 」

 

「まあまあ、そう言わずにさ。君達が全部のコートを使っているわけじゃないだろ? 邪魔はしないからさ俺達も此処で遊ばせてくれないか? 」

 

「お断りだ。ここはテニス部の連中が許可を得て使用している。お前達に使わせてやる理由が何一つない」

 

にべもなくそう言い放つ楠見健吾に三浦優美子が噛み付く。

 

「ケチケチしないで余ってるんならあーしらに使わせてくれてもいいでしょ? 」

 

「そんな喧嘩腰になるなよ、こっちは頼んでる立場なんだからさ。まあ、楠見君みんなで仲良くやろうよ」

 

「俺にはお前達と仲良くしてやる理由がない。だからとっとと失せろ」

 

取りつく島もないが葉山隼人は中々諦めが悪く、しつこく食い下がる。

 

「そこをなんとか頼むよ。なんでもするからさ」

 

それを聞いた彼は不気味に薄く笑う。だが、その不穏な笑みに気付く者は誰一人としていなかった。

 

「……お前も中々しつこいな。なら、こうしようじゃないか。もしお前が俺にテニスで勝てれば余ったコートは好きにすればいい」

 

無理を言っているのは葉山隼人達ではあるが、こんな無茶な条件を言う楠見謙吾も人が悪い。いくら葉山隼人の運動神経が良いとはいえ素人がテニス経験者とまともに戦って勝てるはずがない。楠見謙吾の言を聞いて葉山隼人は顔を引き攣らせる。

 

「ちょっと勘弁してくれよ。テニス部を指導しているような人に素人の俺が勝てるわけないだろ」

 

「それならハンデをつけるか? 試合はワンセットマッチでサーブは全部お前が打つ。ハンデとしてお前は予め5ゲーム取っているということにし、更にスコアも全て0-30から始める。これならどうだ? 」

 

「……随分ハンデをつけてくれるね。本当にそれでいいのか? 」

 

「一度言ったことを翻すつもりはない」

 

「じゃあ、それでお願いするよ。試合はいつやる? 」

 

葉山隼人はまんまと楠見健吾の罠にかかってしまった。ドア・イン・ザ・フェイスという初めに難度の高い条件を出して相手にそれを一旦拒否させ、それから難度の低い条件を呑ませるという基本的な交渉術である。

 

「三日後の昼休みでどうだ? 」

 

「別に明日でもいいんだけど……。楠見君がそう言うなら構わないよ」

 

「これで話はまとまったな。用は済んだんだから早く出て行け」

 

「邪魔をして悪かった。すぐに出て行くよ」

 

途中から蚊帳の外に置かれた三浦優美子はあったが葉山隼人には従順なようで大人しく出て行った。

 

葉山隼人はあまりにも楠見謙吾について知らなすぎた。もっとも彼について少しでも知っている者が少ないのだが……。もし、彼が楠見健吾についてもう少し知っていたのならこの後の悲劇は防げたのかもしれない。

 

彼は疑問に思わなかったのだろうか? 今回の勝負は一見楠見健吾にとって勝ってもなんのメリットもないように思える。あの男が善意や同情であんな勝負を受けることはない、それを受けたということは当然何らかの目的があるはずであり、勝つ自信もあるのである。

 

 

楠見健吾がテニスコートに戻る少し前のことである。比企谷八幡、材木座義輝、朽木勲は楠見健吾と合流していた。

 

「雁首揃えてどうした。冷やかしにでも来たのか? 」

 

 やはり、楠見謙吾にとって女子を相手にするのは相当骨を折ることであるようだ。友人達を前にしてもいつもの余裕というものがない。

 

「そのつもりだったんだが事情が変わってな。お前の耳に入れたいことができた」

 

「何だ? 」

 

「葉山隼人、三浦優美子、その取り巻きがテニスコートに向かって行った。何しに行ったか知らんがおそらくお前の邪魔になることだろう」

 

酷く不機嫌な顔をしていた楠見健吾はうって変わって比企谷八幡の言葉を聞いて邪悪な笑みを浮かべる。

 

「それをわざわざ俺に伝えるということは俺が連中を好きにしても構わないということか? 」

 

女子部員とのコミュニケーションで彼は相当ストレスを溜めていたらしく、良い解消先を見つけたという顔をしている。葉山隼人達の方に非があるとはいえこれから起こることを考えると気の毒に思わざるを得ない比企谷八幡であった。楠見謙吾をけしかけた彼にそんなことを思う権利はないのかもしれないが……。

 

「お前が連中を好きにしたら無理をして今までコツコツと上げてきた好感度が全て無駄になると見越した方がいいだろう。木之本桜ちゃんに嫌われてもいいのか? 」

 

「……誰に何と思われようとあるがままに振る舞う。一番大事なことを俺は忘れていた。たとえ桜たんであろうとそれは例外ではない。柄に合わない好感度稼ぎはもう終いだ」

 

材木座義輝の揶揄いに楠見健吾は平然とそう答える。結局彼が自分の好感度を気にして行動したのはわずか二週間であった。彼がこの世で最も愛する女性である木之本桜をけしかけても結果はこの通りである。結局、彼は己を変えることはなかった、そういう意味で彼は1つ壁を超えたのかもしれない。

 

「丁度いい機会だ、ついでに依頼も片付けたらどうだ? 」

 

朽木勲の発言に全員の注目が集まる。

「依頼? 」

 

「連中に恥をかかせてくれって奴さ」

 

二年生で大きな注目を集めるグループといえば、一つは彼ら四人でもう一つは葉山隼人と三浦優美子を中心としたグループである。

 

彼ら四人は二年生だけでなく他の学年にすら大きな影響が及んでいるが彼らを羨む者は少ないだろう。なにせ彼らに好意を持っている者は少なくないがそれよりも恐怖や怨みを抱えている者の方が圧倒的に多い。殆どの人間は高い能力がありながらそのような立ち位置にわざわざ居座っている彼らを理解しがたい存在だと考えている。

 

 一方、葉山隼人と三浦優美子のグループを羨む者は多いだろう。学年の人気者二人が所属していて華やかだ、自分もそうなりたいと思っている者は多い。しかし、同時に彼らはそのような立場にいるが故に嫉妬を買いやすいのもまた事実である。彼らを邪魔に感じる者も少なくない。中には映画研究部に依頼を持ち込む愚か者もいる。

 

 軽いものは朽木勲が言うように葉山グループに恥を掻かせてくれというもの、酷いものだと彼らに大怪我をさせてくれというものまである。

 

「恥をかかせるか……。任せておけ、そういうのは大得意だ」

 

楠見健吾は満面の笑みでそう言うとテニスコートに向かって行く。

 

この日の放課後、映画研究部部室には配下達が全員集合していた。彼らは直立不動の姿勢をとって比企谷八幡の言葉を待つ。

 

「……耳の早い者はもう知っているかもしれないが楠見と葉山隼人が三日後にテニスで勝負をすることになった」

 

彼らの間に少しざわめきが起こった。というのも、これまで映画研究部と葉山隼人と三浦優美子のグループの接触はほぼ皆無だった。勿論、葉山グループに関する依頼は映画研究部に数多く持ち込まれてきたが比企谷八幡達がそれを引き受けることは今までなかった。そんな状況下でこれである、あのグループが何かをしでかしたと彼らが考えるのも当然であった。実はたいしたことをしていないのだが……。楠見謙吾のサンドバッグとして選ばれたというのが実際のところである。

 

「この勝負で以前ここに持ち込まれた葉山隼人に恥をかかせて欲しいという依頼を片付ける。この勝負を見届ける人数が多ければ多いほど彼に与えるダメージは大きい。お前達にやってもらいたいことは勝負の宣伝と運営だ。人を掻き集められるだけ掻き集めろ。そして今回の件は1年が中心となって行ってもらう。2年、3年は一年を助けてやってくれ。詳細は任せる、では解散」

 

比企谷八幡の言葉が終わると集められた配下達は一礼してすぐに部屋を出て行った。どうやらこれからサイゼリヤで作戦会議をするらしい。どんなに馬鹿馬鹿しいことでも本気でやるという幹部達の姿勢は配下にもしっかりと受け継がれていた。

 

 

 映画研究部の配下達は様々な方法で楠見謙吾と葉山隼人にテニスの件を宣伝した。1つ目はLI○EやT○itterといったSNSを使った口コミ作戦である。彼らは映画研究部の部員ではない。各々が興味ある部活や委員会などに参加している。彼らは周りの人間に映画研究部の関係者と知られることなく、それぞれのコミュニティに所属しているわけである。広く散った彼らの情報伝達能力は中々のものだ。2つ目はポスターやチラシを作成し、それを貼付・配布するというものである。ポスターは学校中あらゆるところに貼られ、チラシは生徒の机全てに置かれた。

 

彼らの涙ぐましい努力の結果か翌日には楠見健吾と葉山隼人のテニス勝負の件は学校中に知れ渡り、生徒感の話題はそのことで持ちきりだった。

 

 

 そしてとうとう勝負の日がやってきた。校庭の端に位置するテニスコートだがそこには人がひしめき合っていた。しかしその中でスペースが大きく取られている場所がある。そこにいたのは比企谷八幡と朽木勲であった。彼らは一番いい場所をたった二人で独占していた。そして、彼らの向こう側にはマイクが設置されている机があり、そこには材木座義輝と戸塚彩加が座っていた。どうやら実況まで行うらしい。

 

 さて、そうこうするうちに定刻になったらしく材木座義輝がマイクのスイッチを入れる。

 

「諸君、長らく待たせたな。本日の葉山隼人対楠見謙吾のテニス対決が間もなく始まる。実況を務める材木座義輝だ。そして解説にはテニス部員である戸塚彩加に来てもらっている。今日はよろしく頼む」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 ノリノリの材木座義輝に対し戸塚彩加はかなり緊張している。

 

「さて、両選手の準備も整ったようだ。早速入場してもらおう。まずは葉山隼の入場だ」

 

 Ozzy・OsbourneのCrazy Torainと共にサッカー部のユニフォームを纏った葉山隼人が現れるとギャラリーからは大きな歓声が上がる。

 

「HA・YA・TO! フゥ! HA・YA・TO! フゥ! 」

 

 こんなコールまで始まる始末だ。しかし、流石と言うべきか彼はこんな状況に怯むことなくコートの中央に歩みだす。

 

「次は楠見謙吾の入場だ」

 

 ここで比企谷八幡と朽木勲は少し不安げな顔を見せる。

 

「アイツの入場曲は一体なんなんだ? 」

 

「CCさくらの曲かもな」

 

 楠見謙吾が入場すると会場は先程とは打って変わって静寂が広まった。いや、正確には丹下桜のCatch You Catch Meが大音量で流れているため静かではないのだが観客の反応はまったくない。

 

 その理由の一つとしては彼へのイメージとかけ離れたパンチの効いたアニソンが大音量で流れたことだろう。他の理由としては彼の格好にある。葉山隼人の装いは前述のユニフォームとテニスシューズそしてテニス部の友人から借りたのだろうきちんとしたラケットを手にしている。これに対し楠見謙吾は柔道着の下にタンクトップに裸足そして見るからにボロボロのラケットだ。完全に葉山隼人を舐めきっているのが伝わってくる。

 

「……予想通りだったな」

 

「ああ……」

 

 彼の相手をな舐めきった格好、そしてそれに対する葉山隼人の怒り、この時点で勝負は決まっていたのだろう。……いや決まりきっていた結果がより強固になったと言うべきかもしれない。楠見健吾と葉山隼人との悲惨な試合内容はここでは割愛する。

 

 

 大勢集まった観客は試合前と違い酷く暗い顔で静かに教室に戻っていった。それもあの試合内容では無理も無いことだろう。会場にはQueenのWe Are The Championsが流れているが今回の件では勝利者は誰もいないかもしれない。葉山隼人は勿論そうだが楠見謙吾もこれ以上下がるとは思われなかった評判を更に下げ、それに伴い映画研究部の面々の悪評は更に高まった。もっともそれを気にする彼らとは思えないが……。

 

 こうして映画研究部好感度上昇計画は大失敗に終わった。

 

 

 




 
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