PSYCHO-PASS VS 楪いのり   作:石神三保

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第三話

 ――「さて、みんなそろそろできたかしら?」

 

 唐之杜が楪いのりの情報を過去のデータベースからかき集めている間に、他の刑事課のメンバーは、全員首を捻りながら『楪いのり』の似顔絵を描いていた。そしてその苦悶の表情を続けている時間が終わったことを唐之杜が告げたのだった。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!もう一回描き直します!」

 

 終始眉間に皺を寄せながら、似顔絵を描いていたのが常守である。

 

「いいのよ。こういうのは、第一印象が大事なんだから。描き直したら、頭の中で情報を合成したものが出てきちゃうでしょ?」

 そう言うと唐之杜は常守からタブレット端末をひったくった。

 

「あっちょっと!」

 

 思わず常守は素っ頓狂な声を出てしまった。そんな常守に構うことなく、唐之杜は常守の「作品」をいの一番に鑑賞した。

 

「常守監視官の作品は、と。って何これ?」

 

 唐之杜は良く整えられた眉を歪ませた後、タブレット端末を他のメンバーに見えるようにひっくり返した。

 

 その刹那、ラボにいた常守以外の表情が一斉に緩む。自分たちが捜査に必要な作業を、苦悶の表情でせっせとこなしていたのを忘れたかのように、辺りの緊張感が緩む。そして遂に宜野座が吹き出してしまった。

 

「ぶあははは!!!常守なんだその似顔絵は!!」

 

「笑ったらいけないですって」

 

 須郷が笑う宜野座に対してそう言って、肩に手をポンと置く。自身も半笑いになっていて、笑い出さないように堪えているようであった。

 

「前衛的……」

 

 雛河が鼻笑い混じりで、常守の作品をそう評した。

 

「!!!!!!」

 

 六合塚に至っては何も言葉を発していないが、その代わりに俯き必死になって笑いを堪えていて、肩がプルプルと震えていた。

 

 各々が常守の絵の出来の感想に、苦しんでいるのを見ていた唐之杜が、ある物を思い出した。

 

「あーあれ、なんだっけ。レモネードキャンディーちゃん?だっけ」

 

「やめてください……」

 

『レモネードキャンディーちゃん』それは常守がリアルタイムチャットで用いているアバターだ。へちゃむくれで潰れまんじゅうの様なキャラクターだった。常守自身はそのキャラクターが、かなり気に入っているようであったが。

 

「ブフーーーッッ」

 

 その一言で六合塚が遂に吹き出してしまった。写実性からはかけ離れた常守の絵は、粘土の人形を縦に潰したような、人物のパーツがそれぞれ非常にアンバランスで不格好になっていた。それだけで面白いのに、常守の愛用している、正直に言って不細工なアバターの名前を出され、潰れた『楪いのり』が常守の声で喋るのを想像してしまったのだ。

 

「レモネーッ!ブホッ!ゴホッ!」

 

「あら、弥生のツボに入っちゃったわ。むせるほど笑わなくてもいいでしょうに」

 

「もう、だから描きたくなかったんですよ……」

 

 そう言うと、常守は唐之杜からタブレット端末をひったくり返し、胸の前で画面を隠すように抱え、顔を真っ赤にしながら唇を尖らせた。唐之杜はひったくり返すような意地悪はせず、素直にタブレット端末を引き渡した。

 

「それじゃあ、全員の力作を私に見せてくれないかしら?」

 

 流石に一々反応を楽しんでいたら、時間ばかり取られてしまうと唐之杜は考えた。各自のタブレットを一斉に机の上に出すように言う。

 

 唐之杜は各々が出した似顔絵を、机の周りをぐるりとまわりながら観察する。

 

「宜野座君は、こう何と言うか普通ね。原始的な絵だけどこっちの方がまだマシだわね」

 

 宜野座の絵は原始的、と言うのか凡庸というのか、絵を描くことに馴染みのない人間が描いた絵そのものであった。

 

「せ、せんせい、霜月監視官の絵が一番上手いと思う……」

 

 机の上に並べられた絵を見比べていた雛河が、霜月のタブレット端末を指さして言った。デザイナーとしての審美眼が、この中で一番よく描けていると思った絵として、霜月の絵を選び出したのだ。

 

「霜月さん上手い。意外な才能……」

 

 常守は持っていたタブレット端末をひっくり返し、自分の絵を隠しながら、霜月の絵の才能に感心していた。

 

「神絵師霜月……」

 

 雛河はそう評した。

 

「神絵師言うな。こんなもの、基礎教養の範疇でしょう」

 

 霜月は言葉だけは謙遜しながらも、一人自信に溢れていたのだろう。腕を組み、若干文字通り胸を張って周りの反応を受けていた。その態度や言葉の力強さから、この中では、誰が見ても一番上手く絵を描けたと、そう自負しているのが周囲に丸わかりであった。

 

「さすが、桜霜学園出身者ね」

 

 笑いの収まった六合塚は、素直に感心して霜月の絵を見て言った。

 

 各々が霜月の絵に感心している中、唐之杜だけは違った視点から絵を見ていた。

 

「ふうん、みんなから見ても一番綺麗な絵なんだ。でもこの絵じゃダメね」

 

「どうしてです?」

 

 自信にみなぎっていた霜月が、不満の声を上げる。

 

「綺麗すぎるのよ。この絵を見て、綺麗以外の感想出てくるかしら?」

 

 確かに、綺麗以外の感想は出てこない。一見すると写実的で一番正確に『楪いのり』を描けていると思うが、前提知識がないと似ているかどうかもわからないし、別の誰かに見えなくもない。つまり捉え所がない絵なのだ。自分の評価を余所に、常守が感想を口にした。

 

「確かに綺麗な絵ではあるけれど、印象に残る部分が無いですね」

 

「そういうこと。似顔絵って強い偏見が出てないと、あまりいいものではないのよ」

 

 霜月以外のメンバーが考え込んだ顔をした所で、唐之杜が何故ダメなのかを言葉にして説明した。

 

 その一方で、霜月は若干不服そうな顔をしたが、そもそも似顔絵を描くことに興味はなかったし、言われたままに描いたので特にその絵に思い入れはなく、自分の絵が一番ではなかったことに対して不満は感じなかった。

 

 残るは六合塚、雛河、須郷の絵になる。六合塚の絵は何処かのアルバムジャケットのようなポップな絵柄で、雛河の物はデザイン画そのものであった。タブレットが置かれた机を一巡し、唐之杜がこれと思った一つを手に取った。

 

「この中では徹平君の絵が、似顔絵として一番良いわね。どう?これ『楪いのり』に見える?」

 

 それは絵としては拙かったが、かえってそれが印象に残る絵だった。

 

「ふむ、拙い絵だが、一番特徴を捉えているかもしれないな」

 

 宜野座は顎に手を当て、得心がいったという表情を浮かべている。

 常守は自分の絵のことはすっかり忘却の彼方に飛ばし、須郷の能力について素直に感心していた。

 

「意外な才能ですね」

 

「いえ、そんな。こんなので良いんですか?」

 

 意外な好評価を得た須郷が謙遜する。

 

「良いのよこれで。人間の脳の認識って強いバイアスがかかっているから、写実的な絵よりも特徴に引っ張られた絵の方が、より印象に残るのよ。これみんなが見ても『楪いのり』に見えるでしょう?」

 

 唐之杜は須郷の絵を描いたタブレットを指さして、どうしてこの絵が良いのかを説明した。全員が納得したような顔をしたところで、唐之杜は各人に配ったタブレットを回収した。

 

「それじゃあ、捜査資料として徹平君の絵を共有するわね」

 

 須郷が絵を描いたタブレットを操作し、刑事課一係の共有フォルダへその絵を移す。写真の代わりのこの絵を使って、捜査を行うのだ。何かしらの記録が必ず残るこの時代では、非常に古典的で珍しい捜査方法であった。似顔絵を使って人相や着衣の確認を取る、その選択肢を決して忘れていなかったのが唐之杜だ。

 

「さて、お絵かきの時間はお終い。次は『楪いのり』について情報を共有するわよ。頭を切り換えてね。一旦休憩しましょうか」

 

 唐之杜はそう告げると、ラボの隅に置いてあったティーセットを指さす。そこには唐之杜が息抜きに飲む、各種紅茶や緑茶、コーヒーが一通り揃っており、各人の好みに配慮できるような品揃えであった。

 

 一係のメンバー全員、流石に普段使わない能力を使ったために頭脳の披露があることは確かで、唐之杜の提案に異を唱える物はいなかった。唐之杜自身も胸のポケットからメンソール系の煙草を取り出し、いつもの所作で一本口にくわえ一服をつけた。頭脳労働には、適度な息抜きが必要不可欠である。デスクワークがメインの唐之杜は、そのタイミングもよくわかっていたのだ。唐之杜はラボの天井へ、自身から湧き出る紫煙をくゆらせた。

 

 *

 

 ――「さて、一息ついたかしら?」

 

 そう言うと唐之杜は自分のデスクに戻り、端末から大型多面モニターに情報を映す。そこには、唐之杜がこの30分ほどで集めた、『楪いのり』に関する情報がファイリングされていた。集まった一同の手元には、飲みかけのカップがあり、中身は全て異なっていた。それを見た唐之杜は、ここまで一係の個性が違うものかと思ったが、今は関係が無い感想なので口にはしなかった。

 

 モニターに目を戻す。

 

「『楪いのり』2030年代後半に活躍したウェブアーティスト、『EGOIST』のヴォーカル。それとともに、かつて存在した反政府組織『葬儀社』の主要メンバー」

 

 全員の視線が、大型モニターに集まる。

 

「反政府組織に所属しながら、アーティスト活動をしていたというわけですか?」

 

 霜月が驚きの声を出す。現代では考えられない人物だ。

 

「そういう時代だったのよ。混沌が世界を包み込んでいた時代。私達の社会はその混沌を乗り越えて、今に至るという訳よ」

 

 霜月を一瞥した後、視線をモニターに戻して唐之杜は続けた。

 

「続けましょう。『楪いのり』本名不明、年齢不明(推定16歳)、性別は女性と推定される。住所不明、職業不明、経歴不明、生没日不明。わからないことだらけね。わからないことがわかったというべきかしら」

 

 唐之杜は両手でお手上げのポーズを見せながら、皆の方へ振り向いた。過去の『楪いのり』の情報には、閲覧制限がかかっているのも多く、また混乱期の情報であるため、有力な情報は散逸していたのだった。

 

「私の権限で調べられたのはこれくらい。みんなにもファイルを送るわね」

 

 そう言うと唐之杜は楪いのりの捜査ファイルを全員の端末へと送った。

 

「過去のミュージックビデオは、軒並み閲覧制限がかかっているわ。見る必要があるか、今の時点では判らないけれど、一応監視官には、上に閲覧の許可を取っておいてもらいたいわね」

 

「わかりました。閲覧の許諾申請は、私がやっておきます」

 

 常守は、唐之杜の申し出を素直に聞き入れる。

 

「それにしも、本当に謎なんですね。性別すら推定ですし。あと好物は「おにぎり」なんですかこれ?」

 

 常守は端末のリマインダーに、閲覧制限のかかっている資料への閲覧申請の件をメモしながら、『楪いのり』に関する情報を見ていて気になった点を口にした。

 

「さあ?動画配信で、好物についてでも聞かれて答えたんじゃない?当時のウェブ放送は、若者の間で大人気だったらしいわよ」

 

「それならEGOISTの一曲に、そんな歌詞の歌があったわね」

 

 常守の疑問に答えを出したのは六合塚だった。この話題はやはり六合塚の方が情報を持っていそうだ。そう考えた唐之杜が尋ねる。

 

 

「弥生はこの閲覧制限がかかっている動画を見て、EGOISTのことを知ったの?」

 

「もちろん動画も見たことがあるけれど、それよりもEGOISTの曲を教えて貰ったことがあるの。公認アーティスト時代に他のバンドから」

 

「ふうん、まるでミームね。と言うよりはミームそのものね」

 

『ミーム』とは、『利己的な遺伝子』を著したリチャード・ドーキンスが提唱した、音楽のように生命体を媒介せずに伝わっていく、無形の情報単位の事である。

 

「歌い継ぐ様な記録には残らない行為、記憶によって伝達する情報、かつてこういったものをミームと名付けたのよ」

 

 唐之杜がミームの意味を簡単に説明する。

 

「歌い継ぐって事なら、アーカイブに対する閲覧制限も何も関係ないわね」

 

 六合塚は頷きながら答える。

 

「もちろん、スコアやリリックを口伝えで覚えたというのもあったけれど、当時のデジタル機器を持っているマニアがいてね、完全にオフラインでプロモーションビデオを見させてもらったことがあるわ。それで顔を覚えていたの」

 

「なるほどね。ちなみにその御禁制のプロモーションビデオを持っている人物に、今でもアクセスできるのかしら?」

 

 六合塚は黙って首を振る。

 

「そりゃそうよね。閲覧制限がかかるような物を、引き出しの奥にしまっておくような人物のサイコパスが、正常値でいられるわけでもないでしょうし。嫌なことを思い出させちゃったかしら」

 

「いいえ。私はもう、あの頃の私とは決別しているから」

 

 かつて公認ミュージシャンであった時の六合塚の姿を知る者は、この中にはいない。六合塚のプライベートな情報として、ほんの僅かに知っているだけだ。

 

 唐之杜は罪滅ぼしをしようと考えたのか、ある提案をした。

 

「ミームっていうことなら弥生、ここで一曲弾いてみない?」

 

「それは……」

 

 六合塚は躊躇う。サイコパスを汚染するかも知れない音楽を奏でることに、抵抗があったからだ。そして案の定、霜月が抗議の声を出そうとしたが、それに先んじて唐之杜が全員を安心させるような笑顔を向けた。

 

「そんなに心配しないで、みんなの色相は常にモニターしているから。ヤバそうだったら私が止めるわよ」

 

 唐之杜は六合塚にウインクを送る。

 

「それなら……」

 

 霜月は出しかけた言葉を引っ込める。それは、霜月がこの事件に対して、特別な興味を持ち始めていた兆しであった。今まで取り扱ってきた事件の解決法と、かなり異なっている点に、好奇心が惹かれつつあったのだ。

 

 絶対に抗議されると思っていた六合塚は、意外そうな顔をした後、黙って唐之杜を見つめた。

 

 それで六合塚の許可を得たと考えたのか、唐之杜はラボの隅に固められている荷物の山の中から、ギターケースを取り出してきた。

 

「はいこれ。弥生が私の部屋に置いていったやつ。邪魔だったから、こっちに持ってきて保管してたのよ」

 

 六合塚は、半ば戸惑いながらそれを受け取る。本当に弾いても良いものなのだろうか。

 

「これは……まあいいわ。一曲だけね」

 

 半ば渋々と、半ば生き生きとギターケースを受け取る。誰かに歌を聴かせるなど、久しくしていなかった。

 

「元公認アーティストの腕前を見せてちょうだい」

 

 唐之杜は、六合塚をそう言っておだてた。自分もおだてられるのが好きだったからだ。

 

「そうね、大人しめのバラードが良いかしら」

 

 ギターケースにはアコースティックギターが入っていた。アコースティックギターのネックを掴み取り出す。膝にギターのボディを置き、ペグを回しながらポロロンとチューニングをする。演奏するたびに音階がズレてしまう、そんな原始的な楽器がこんな時代には珍しくもあった。

 

 チューニングが終わり、一同がアーティスト六合塚弥生の奏でる音に息を呑んで耳を澄ます。

 

「曲名は確か……エウテルペ」

 

 六合塚が曲を奏で始めた――

 

 

 

 ――雛河は黙って手を叩く。ディ・モールト。そんな言葉を口にしていたかもしれない。

 

「う、上手い……」

 

 霜月は六合塚の歌の巧さに舌を巻いた。これがかつてシビュラによって音楽に適性あり、と判定された人の歌なのかと。

 

「綺麗な楽曲ですね」

 

 常守は奏でられた旋律が、思っていたよりも美しく、穏やかなものであったことに感心した。双眸が大きく開いており、素直に感心していたのが表情に良く表れていた。

 

「この曲を聴く限りは、なぜ閲覧制限がかかっているのか判らないですね」

 

 率直な疑問を須郷が言った。

 

「歌詞もこの事件を暗示するみたいだな」

 

 意外とロマンチックなことを言ったのが、宜野座だった。

 

「まあ上手いことエンディングテーマが流れたと言うことで、今日のブリーフィングはこんなものかしら。意外と長くなったわね」

 

 唐之杜は今ここで話し合うべき事は終わったと感じ、この会議を締めくくるように促す。

 

 緊張が緩んだのか宜野座が唐之杜に絡む。

 

「誰のせいだと思ってる」

 

「宜野座くんねぇ、細かいこと気にすると皺が増える歳よ私達」

 

 目尻のあたりをトントンと指さし、唐之杜は宜野座の悪態を軽く受け流す。

 

「弥生もご苦労様。この会議を締めくくる良いエンディングテーマになったわ」

 

「それほどでも」

 

 六合塚をそう言ってねぎらった。六合塚も久しぶりに大衆に歌を聴かせられたことに、満足感を覚えていたようだった。

 

「それでは、分析官との話はここまでにしましょう」

 

 常守がそう言ってこのブリーフィングを終わらせた。最後に確認のために要点をまとめる。

 

「事件の手掛かりは、やはり『楪いのり』ですね。その正体に迫れるよう、サイマティックスキャン消耗症候群の人達の証言に期待しましょう」

 

 全員異論は無かった。そして各々が深々と座っていたソファから立ち上がり、ラボラトリーから撤収する準備を始める。

 

「それでは一旦オフィスに戻って、各人調書の作成をしてください」

 

 常守は立ち上がりながら、指示を出した。そして自身の行動を知らせる。

 

「私は、雑賀教授の分析官復帰の件と、『楪いのり』に関する資料の閲覧許可を申請するために、公安局局長へ上申をするために、局長室へ直接出頭します」

 

 常守が言い終わると、それぞれがラボラトリーから退出していった。その姿を見送りながら、唐之杜は彼らの後ろでひらひらと手を振っていた。

 

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