常守達がEGOISTに関する聞き込みを行っていたその頃、刑事としては霜月、そして二人の監察官、唐之杜と雑賀が、サイコハザード事件の中心にいた、サイマティックスキャン消耗症候群の人物を厚生省に呼び出し、任意で事情聴取を行っていた。あくまで任意であったが、シビュラからの出頭を勧められという形を取ったため、シビュラに従順な性質である彼らは、全員が素直に聴取に応じた。
「まさにシビュラの言いなりね。なんの異議申し立てもなく出頭してくるなんて」
「時代の申し子って感じだな」
雑賀と唐之杜は取調室の様子をモニター越しに見ていた。カメラの向こうでは、霜月がまさに連続サイコハザード一件目の人物に尋問をしようとしていた。
『繰り返し同じ質問をするかもしれませんが、落ち着いて正確に答えて下さい。あと、サイコパス保全のため、ご自身の意思に反する供述は、する必要はありません』
『刑事さん、これはサイコセラピーの進捗状況の確認でいいのですよね?』
マイクが取調室の会話を拾う。その様子は全て記録されている。
霜月は、質問をする前に、参考人から質問をされ返されたことに、内心で少し苛つきを覚えたが、彼女にとっては当然の権利でもあるので、あえてその気持ちを飲み込んだ。
『ええ、そうです。実は先日のあなたが巻き込まれたサイコハザード事件は、当初考えていた情況よりも広範囲に及んでいたため、念のために現在の情況について教えていただきたいのです』
『お名前と年齢、生年月日を教えてもらえますか?』
『朝倉まなみ、二十七歳、二○九○年八月十日です』
『現在はどんなセラピーを受けていますか?』
霜月は聴取を淡々と進めていった。当日の行動、どのような経過を辿ってあの場所にいたのか、
その様子を別室の雑賀と唐之杜が逐一観察していた。
「ふむ。嘘は言ってないようだ。もっともシビュラの言いなりになりすぎていて、彼女の自発的意思というものが薄い。バイタルサインは?」
「こっちも異常なし。でも変ねぇ、色相の変動が微弱すぎるわ。うーん……」
唐之杜はリアルタイムで表示されるバイタルサインを見つめながら、何か釈然としないものを感じているようであった。
「脈拍、呼吸、体温、血圧、サイコパス、どんな質問が来ても安定している。安定というか、変動値がすごく少ないというか」
「変動値を微分してみたら何か見えないか?」
「ちょっとまって……ダメね、微分した所で全くピークが見えてこない」
「それはそれで奇妙だな。ずっと同じで変化がない。緊張やストレスによって、少しは何かが変わるはずだが」
「やっぱりちょっとひっかかる」
唐之杜は現れるバイタルサインに、異常が無さ過ぎることに対して違和感を覚えた。これは「医師としての勘」としか言いようがないものであった。
唐之杜は自らの医師としての勘に従うことにした。即座に取り調べをしている霜月に内線を繋ぎ、用件を手短に伝えることにした。
聴取の最中だった霜月は、唐之杜からのコールが入ったため、一端途中で話を止める。そして呼び出しに応えた。
『はい、霜月です。何か問題がありましたか?』
「いいかしら、美佳ちゃん。CTスキャンとMRIの用意をしましょう」
『今すぐにですか?』
「そうよ。参考人の脳をスキャンしたいの。至急ラボまで連れてきてもらえないかしら?」
『ちょっと待ってください。一回離席します』
内線の内容から、話を参考人に聞かれるのは、まずいのだろうと思った霜月は、参考人に対し、電話をするために一度離席する旨を伝えて、一端取調室を離れた。
『それで、そんなに急ぎになる問題が、見つかったんですか?』
「問題が無いのが問題。彼女はなんらかの身体的な秘密を抱えていると思うの。お願い」
『秘密?』
「そう、それが今回の事件の重要な鍵になるかもしれないわ」
唐之杜のいつもとは違う緊迫した声色に霜月は、唐之杜の申し出には事件解決に結びつく手がかりがあるのだと察知した。
『わかりました。彼女になんて説明すれば?』
「事情聴取により色相に気になる点が見られたから、メンタルケアを施すための検査をする、って言えばいいわ。嘘は言ってないから」
『確かに。それじゃ分析室まで連行、じゃなかった、同行してもらうように言いますね』
「頼むわね」
霜月は内線を切り、取調室に戻る。霜月は参考人に対し、唐之杜が話したようにメンタルケアのための検査が必要であると伝えた。参考人は特に異議を申し立てる訳でもなく、霜月の言うとおりに検査に同意した。
あっけなく参考人の同意を得た霜月は、検査機器のある分析室まで参考人を連れて行った。
分析室に到着すると、参考人はすぐに検査室へ通され、はじめにCT検査を受けることになった。唐之杜は参考人に検査内容を説明し、インフォームドコンセントを取ってから検査に入った。
「気分が悪くなったら、いつでも言ってくださいね。少しの間、体を動かさないようにしていてください」
唐之杜はCTのコントロールルームから、参考人にマイクを通して声をかける。
「今から機械を動かしますので、機械に挟まれないように注意してください」
コントロールルームには唐之杜の他、雑賀と霜月も同席して、検査を見守っていた。そしてモニターにCTのスキャン画像が次々と送られてきた。
そのスキャン画像を見た瞬間、唐之杜の垂れ下がり気味の目が大きく見開いた。
「驚いた……これは現在の脳の状態をスキャンしたものよ……」
「コイツは……脳の萎縮じゃないな?」
それは専門家でなくても判るほどの、脳の異変であった。
「一端大きくなって縮んだ萎縮ではなく、ここだけ成長が止まっているような感じね」
「ふむ、まるで誰かの脳を移植したかのようだな」
映し出されたスキャン画像には、脳の一部がまるで縮小コピーしたかのように小さくなっているのが、映し出されていた。
それは、全く医学の素人である霜月でも、一瞥してわかる変異であった。
「こんな事があり得るんですか?」
「あり得ない。だから原因を解明しないと。おそらく連続サイコハザード事件の手がかりになるはずよ」
唐之杜の目の色が変わったのが、言葉遣いや機械を操作する仕草で誰の目にも明かであった。
「サンプルを採取したい。私のカンが正しければ、これはこの人の元々の脳ではないわ」
より詳細なデータを得るためには、生研が必要であった。容疑者でもない人物の体に、傷を付けると言う事を意味する。雑賀はそれを、唐之杜に確かめるように聞いた。
「とは言え、侵襲性の高い検査が必要になるな。患者でもない人間にそれを施すのは、倫理的問題があるぞ」
「そうね、これは少なくとも監視官権限、あるいはそれ以上の権限からの命令が必要だわね」
そう言って、唐之杜は霜月の顔を見た。霜月はややバツが悪そうな顔をしたが、目の前のスキャン画像を見て、これを放置しておけないのは明かだった。誰かが捜査の責任をとらなければならないのは、十分にわかっていた。
「……わかりました。私が局長にかけあってみます。少し時間をください」
「悪いわね美佳ちゃん」
「いえ、仕事ですから。参考人には別室で待機してもらって、その間に局長の判断をもらいます」
「無理なら参考人を帰しちゃう?」
「いえ、無理を押し通します! ここは私がやるべき事をやる場面です!」
霜月は、唐之杜にそう強く断言した。元々シビュラの正当性を、証明することが求められていた事件である。強気に出ないといけない場面であると霜月は考えていた。
「私が禾生局長に、この件に関する許可を直接かけあっててきます」
霜月はこの件を局長に直談判し、その場で許可を得るつもりでいた。そう決めたが早いか、検査が終わったら参考人を待機させておくように唐之杜と雑賀に伝え、分析室をあとにした。
「あーらら、頼もしくなっちゃって」
「いっぱしの刑事になっているじゃないか。刑事課の女神さまのおかげかな?」
「今おだてても何も出ないわよ」
霜月が戻ってくるまでの間、参考人はMRIによって精密な脳の検査がされ、色相も最高レベルの精度で測定がなされた。
そして生研で問題になるような脳の腫れや、常用している薬剤に出血性の副作用が無いことなどを確認し、検査の準備を整えていった。
*
一通り、参考人の非侵襲性の検査を終えた頃、霜月が分析室に戻ってきた。
「許可が下りました。局長命令です」
「ありがとう美佳ちゃん。参考人には私から説明するわね」
そう言って唐之杜は別室で待機していた参考人の元へ向かう。
唐之杜は参考人に対し、メンタルケアのための検査を行っていたところ、重大な変異が見られたこと、その原因を確かめるためには、脊髄から髄液のサンプルを採取する必要があることなど、丁寧な説明をした。そして参考人が質問をする。
「じ、時間はどれくらかかるんです?」
「局所麻酔をかけたあと、十五分ほどかけて髄液を採取します。そのあと念のため二、三時間ベッドで安静してもらって、問題が無ければそのまま普段の生活に戻っていいです」
「それじゃ入院する必要はないんですね? よかったぁ。サイコセラピーよりも短そう」
「検査は安心して、私達に任せてください」
唐之杜はそうやさしく話しかけると、処置台に参考人を寝かせた。医療ドローンが局所麻酔をかけ、脊髄から髄液を採取する。その様子を、静かに唐之杜は見守っていた。
問題なくサンプルが採取されると、唐之杜は参考人を別室のベッドへと案内し、安静にするように言って部屋を出た。かわりに看護のために、看護ドローンが一体、参考人の部屋へと入る。
分析室に戻ってきた唐之杜は、霜月に意見をすることにした。事件解決の手がかりは、おそらくこの脳の異変だろう。早急に掘り下げるべきであった。唐之杜は霜月に、捜査の日程を聞いた。
「他の参考人聴取の予定は?」
「今日は残りあと三人、他の三人は明日聴取の予定です」
「今日中に残り全員を調べたいわ。残りの参考人に出頭要請を出せないかしら」
「そんなに急ぎで?」
「正直、事情聴取ではろくな証言が取れないと思うわ。それよりも全員の脳の状態を確かめたいの。こんな大チャンス逃す手はないわ」
時間が経てば、参考人に問題が生じるかもしれない。そう考えると調べられるなら、予定を繰り上げてでもやるべきであった。
「美佳ちゃんは、残りの参考人の聴取、予定を早めてやってもらえないかしら?」
霜月はしばらく考えた後、答えを出した。
「わかりました。捜査に必要なことなんですね?」
「もちろんよ」
「結構大変ですが、一応形式どおりの聴取をしてそれから検査という流れでいいですか」
「それでやってちょうだい。大仕事よ」
唐之杜からそう意見具申された霜月は、さっそく参考人にアポイントを取るため、いったん一係のオフィスへと戻っていった。
分析室では、唐之杜が急いで参考人の人数分、生研の検査をオーダーしていた。必要な器具と医薬品、医療ドローンを手配する。唐之杜はそれらを入力するため、端末をせわしなく動かしていた。
それを見ていた雑賀は、唐之杜に声をかける。
「採取した髄液をどうするんだ?」
「髄液からDNAを分離して、メタゲノム解析をするつもりよ。私の医者としてのカンが正しければ、驚く結果が出るはずよ」
「ならさっそく手配しよう」
雑賀は採取されたサンプルを、次世代シーケンサー(NGS)を用いたDNA解析へと提出するため、その手続きをはじめた。
こうして分析室は、にわかに活況を帯びていったのであった。
手続きを進めている間に、次の参考人が出頭してきた。霜月が連絡をして予定を早めて出頭するように伝えたのである。事情聴取は霜月に任せて、一通り形式的な聴取を終えた後に、分析室へ参考人を連れてくるように伝えてあった。
そして、聴取を終えた参考人が分析室に来た。一人目と同様に、CTとMRIによる脳のスキャンをはじめた。
映し出されたのは、やはり脳の一部が縮小コピーされたような画像であった。
「これは、金脈を掘り当てたわね」
「一人目と場所が違うな?」
雑賀は脳が縮小している部分が、一人目と異なった場所であることに気が付いた。
「何らかの理由があって、こんな事になっているのよ。やっぱり、全員のサンプルを集めるべきね」
それを見ていた霜月は、十分に急を要する事態であると認識し、残りの参考人の出頭を早めるよう、手配をする事にした。
「やはり急がないといけないみたいですね。素人目にも、この事態の原因を早めに解析した方がいいと言うことが、わかりますし。参考人とは、私が交渉します」
「悪いわね、美佳ちゃん。負担ばっかりかけちゃって」
「いえ、やっと私の出番が増えた所なので、頑張りますよ。先輩にばかりに、いい思いはさせませんて」
「あら? 言うじゃない」
そう言って唐之杜は笑った。最近の霜月は常守の補佐役からすっかり脱して、一人で事件を解決するまでに成長している。そろそろ自分中にある霜月の評価も、常守と同等にするべきだと考えた方が良さそうだった。
霜月の手配もあって、その後の参考人の調査と検査を、全て同日に済ませることが出来た。
唐之杜は、最後の聴取を終えて分析室に来ていた霜月に、声をかける。
「美佳ちゃんお疲れ、今日はもう上がっていいわよ」
「そうさせてもらいます。流石に七人はキツいですよ」
霜月の顔は、明らかに疲労の色を示していた。そばかすがある頬の上に、目の隈がはっきりと現れていた。
「美人が台無しになるから、ほらさっさと帰った。データの整理は私がやっておくから」
そう言って唐之杜は、霜月を分析室から追い出すように退出させた。そして、あらためて今日撮影された参考人のCTとMRIの画像を並べてみた。
並び終えた画像を見た雑賀は、驚きの表情を隠せなかった。そして全てを察した。
「コイツは驚いたな……」
「ええ、この結果を次の捜査本部の会議でみんなに話しましょう」
唐之杜は分析官として、この結果を速やかに捜査本部で発表するつもりだった。
「今夜は資料作りで徹夜かしらねぇ……」
「私も手伝うから、君は切りのいいところで切り上げればいいさ」
「あらそう? じゃあお願いしちゃおうかしら」
「NGSの解析は私が担当しよう。少し現場を離れていたが、それくらいはできるよ」
唐之杜はそんな軽口を叩きつつも、端末を操作する手を休めず、今日の結果を取りまとめていた。
そして分析室の夜はふけていった――
*
後日、捜査本部の合同会議が開かれた。常守達はEGOISTに関する手がかりを、霜月と唐之杜達は事情聴取、そしてその結果参考人の脳を調べた事、雛河と三係の一員は映像解析の結果を、それぞれ発表する事になっていた。
まずは、唐之杜が合同会議の口火を切った。
「先日のサイマティックスキャン消耗症候群患者を、参考人として事情聴取したのだけれど、その際に彼らの脳に共通する異常が見つかったの。これを見て」
プロジェクターに、先日事情聴取をした参考人の脳の画像が一覧となって現れた。会議室にどよめきが起こる。
「見てのとおり、彼らの脳は一部が他人と入れ替わっている。そういった外科手術を施された形跡があったわ」
唐之杜は、さらに続ける。
「そして、この移植された部分を合わせると、およそ一人分の脳が出来上がることがわかったのよ」
集まったメンバー全員が、驚きの表情を浮かべ、それぞれが何かを考えているようであった。その反応を見た雑賀は、錯綜する思考を一纏めにしようと考え、声を上げある言葉を言った。
「こう並べて見ると、まるで八識だな」
「八識ってなんです?」
一番前の席にいた須郷が、学校の授業で質問をするように手を上げながら、雑賀に尋ねた。
「八種類の意識作用のことだ。仏教用語だよ。眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識、末那識、阿頼耶識の八種類。まあ色々な感覚を分けると、八種類になるという概念だな」
「つまり、この入れ替わっている部分が、脳の感覚ごと別々になっているって事ですか?」
須郷が更に質問を続けた。
「ざっくりと味覚が入れ替わった、嗅覚が入れ替わったような感じだな。まあそんな感じで、感覚を感じる部分を狙って入れ替えが行われているように見える。本当のところは、これを施術した人間から、聞き出さないといけないがね」
そう言って雑賀は、持論を簡単に説明した。
「続けてもいいかしら?」
須郷と雑賀の質疑終わった後、唐之杜は参考人の脳の説明を再開した。
「これが本当に、他人の脳を移植されたものかどうか確認するために、髄液を採取したわ」
「よくそんな背骨に針を入れるような検査を、上が認めましたね」
三係の波多野が、嫌味っぽく茶々を入れた。それに答えたのは霜月だった。
「サイコセラピーの名の下に行えば侵襲性の高い検査も容易に認められる。精神の安定こそここの社会で最も重んじられることだから。その話は、ここではよしなさい」
霜月はそう一喝して話を元に戻そうとした。それを見た唐之杜は解説を続ける。
「続けるわよ、髄液からミクログリア細胞を採取して、DNAを抽出、NGSで解析した結果、二種類の人間のゲノムが検出された」
今まで黙って座っていた常守が。声を出した。
「それってつまり」
「つまり参考人には正真正銘、他人の脳が埋め込まれているってこと。NGSのリードの深度の比率は、入れ替えられた脳の比率と一致する。そして二種類のゲノムのうち片方は全く同一。結論を言えば、誰か一人の脳が分解されて、サイマティックスキャン消耗症候群患者の脳に、移植されているってこと」
宜野座はその説明を聞いて、思ったことを口にする。
「それじゃ出所は一カ所しかないってことか」
「そう、この施術ができると場所は、元を正せば一つしか考えられないわ」
常守が尋ねる。
「それはどこですか?」
「血液脳関門研究所よ」
唐之杜が短く答えると、会議室にざわめきが起こった。まさに楪いのりの事件に関して、捜査の対象にしようと考えていた研究所だからだ。事件の繋がりが見えてきた。
「どうして、最初の洗い出しで血液脳関門研究所が、ひっかからなかったのかしら?」
六合塚が、素朴な疑問を口にする。
「彼らはそれぞれ別のクリニックで治療を受けていたのよ。実のところそれらのクリニックは一つのグループ会社で、一つの会社が別名義でクリニックを開いている様な物だった。出資元まで遡らなかったのが見落とした原因。その出資元が血液脳関門研究所と同じ東金財団と帝都ネットワークグループ、とここまで言えば、おおよそ関連は掴めたも同然でしょう」
それを聞いた常守は、懸念を口にする。
「しかし捜査に入ろうにも、具体的な容疑が無い……」
ここにいた一同が感じていた、歯がゆさだった。場の空気が沈む。それを察した唐之杜がいったん話を切る。
「分析室からはこれくらい、あとは映像解析の結果と、聞き込みの結果ね」
唐之杜はそう言って、いったん壇上から下がり、映像解析を行っていた雛河達に司会をバトンタッチした。
壇上に上がった雛河はおどおどとしながら、一言を放った。
「映像解析の結果……ですが……何もわかりませんでした……」
「はあ? 何を言ってるの? 何もわからなかったじゃないでしょう!」
霜月が思わず声を荒げて叫んだ。それでは捜査が手詰まりになってしまう、そんな苛立ちが思わず声となって出たのだ。
「な、何かを見落としているとは思っているのですが……それが何か掴めなくて……」
「三係の応援も、全く役に立ってなかったって言うの?」
そう言った霜月に対し、三係の堂本が抗弁する
「そうは言うがな、霜月監視官、記録された物を全部洗い出すだけでも、四人じゃ足りないぐらいだ。もっと人を増やすかなんかしてくれ」
霜月は、キッと堂本を睨みつける。そのやりとりを見ていた常守が、二人の間に入った。
「まあ落ち着いて。私達聞き込み班は仕事が終わったから。映像解析のサポートに入れるわ。それでいいでしょう?」
「……それならいいですけど」
霜月は常守の提案を渋々と受け入れた。映像解析も重要であったが、聞き込みや参考人の方から情報が得られる可能性が高いこともわかった。重点はそちらに置いた方が、事件解決に繋がる、そう考え納得したのだ。
「次は、私の番ね。EGOISTの歌について、聞き込みを行った結果を報告します」
常守がそう言って、雛河と変わって壇上に立とうとした、その時であった。会議室に自動音声のアナウンスが流れた。
[[エリアストレス上昇警報、江東区新木場一丁目血液脳関門研究所、規定値超過サイコパスを確認、当直監視官は執行官を伴い現場に急行して下さい。繰り返します、エリアストレス上昇警報……]]
「なんだと!」
「なんてタイミングだ!」
「よりにもよって!」
各々が驚きの声を上げる。そしてすぐさま、常守が指揮を出す。
「会議は中止です! 刑事課一係は現場へ急行します!」
急ぎ指示を出す常守を見て、波多野は肩のストレッチをしながら、半ば会議終わった開放感から、独り言を言った。
「俺らは留守番か」
常守は、捜査に協力してもらっている三係にも指示を出す。
「三係のみなさんは、引き続き映像解析の方をお願いします」
「へーい、いってらっしゃい」
芳賀が、半分ふざけながらそれに答えた。
こうして慌ただしく一係は現場へと急行するため、会議室を飛び出していった。
一係が抜けて静かになった会議室で、残された唐之杜が誰に向けたでもない言葉を言う。
「グッドタイミングとしか言い様がないわね」
*
現場へと急行する一係は、セダンタイプのPCに監視官、常守、霜月、巌永が搭乗し、執行官らは護送車に搭乗、現場へと向かっていた。
「今回は巌永さんにもドミネーターを使ってもらいます。コールサインはシェパード3。それで指示に従ってください」
「わかりました。使い方は訓練してきましたから」
「それでは、頼みます。美佳ちゃんも彼女のサポートをお願い」
「わかりました先輩」
「現場で何が起こっているのかわからない、今までの例から考えると大混乱に巻き込まれるかもしれないので、気を引き締めていきましょう」
サイレンを鳴らしながら、首都高を十五分ほど車で走って血液脳関門研究所ヘと辿り着いた。
門の手前で車を停車させ、一斉に降車する。外はエリアストレス警報が出ているとは思えないほど静かであった。
「何か妙な胸騒ぎがする。皆さんドミネーターの認証をすぐ行ってください」
ドミネーター運搬用のドローンの貨物庫が開き、一係の全員が自分のドミネーターを手に取った。須郷と宜野座には強襲型ドミネーターが渡される。ドミネーターはすぐに認証シークエンスに入り、それぞれの生体データを認証し機動状態になった。
「これから研究所に突入します。中で何が起こっているのか全く分からない状態です。全員お互いのサポート忘れずに。二班に分かれましょう」
「裏手からは私が行きます」
「コールサインはいつものとおりで。巌永さんがシェパード3。シェパード3は私と一緒に来てください」
「了解です」
組み合わせはシェパード1常守、シェパード3巌永、ハウンド3須郷、ハウンド4雛河で一班。シェパード2霜月、ハウンド1宜野座、ハウンド2六合塚が二班、となり二組で挟み撃ちにする作戦であった。
「それでは突入開始」
常守が静かに口火を切った。霜月達が研究所の裏手に回った頃を見計らって、常守達の班は正面玄関から突入を開始した。
「あんたら誰だ!」
常守達に気付いた、研究所の警備員が叫ぶ。
「入ってくるな!」
そして両手を大きく開き、大の字になって常守の行く手を阻もうとした。
「厚生省刑事課です! この研究所でエリアストレスが上昇しています! 中を調べさせていただきます!」
「今入ったらダメだ!」
そう叫び、警備員は警棒を取りだし、常守に向かって構えた。
《犯罪係数101.5ノンリーサルパラライザー》
雛河が警備員に向けたドミネーターは、乾いた指向性音声で犯罪係数を伝えた。そして雛河は静かにドミネーターの引き金を引く。
「ぐああああああ!!!!」
青白い光線と共に、警備員が悲鳴を上げてもんどり打って倒れた。
雛河の後ろで、パラライザーの命中を確認した須郷は常守に呼びかけた。
「先を急ぎましょう」
急ぎ足で常守は、倒れた警備員の横を通り過ぎていった。他のメンバーもそれに続く。
そして研究所のロビーから研究室へ分かれる廊下に到達したその時、常守は何かに気付いた。そしてドミネーターを構え、一つの研究室の扉を開けた。
扉を開くと中に研究所の所員が何人かいて、一様に驚きの表情を浮かべていた。
《犯罪係数102.8ノンリーサルパラライザー》
《犯罪係数110.7ノンリーサルパラライザー》
常守と巌永のドミネーターが、中にいた犯罪係数を読み上げる。ドミネーターを向けられた研究員は体が硬直し、動けなくなっていた。
その隙に、他の所員にもドミネーターを向けた。読み上げられた数字はいずれも100を超えて、執行対象者となっていた。
「これは、ここの所員にサイコハザードが起こっているって事?」
「どうやらそうみたいですね」
常守と巌永が、背中合わせにコンタクトを取る。
「うっ……撃たないでくれ!」
動きが固まっていた所員の一人が、手を上げながら言った。
「ここの管理者はどこだ!」
須郷がその研究員に問いかけた。
「そ、その廊下の奥だ……」
「執行は取りやめます! そこへ案内してください!」
それを聞いた常守は、その研究員を案内役にする事にし、執行は行わなかった。ドミネーターに引き金がついているのは、執行の最終的な決断を刑事に任せると言う意味でもある。執行を取りやめた方が、捜査がスムーズに進む場面も多いからだ。今がその時であった。
「あ、あの、刑事さん、あの歌を止められませんか?」
「歌?」
常守はその言葉で、嫌な予感が起きた。またしても歌。常守の耳は何かを捕らえた。
「そう言えばなにか聞こえるような……」
須郷が、耳を澄ませる様な仕草をし、音のする方向を探ろうとしていた。雛河もその真似をする。
「確かに……すごく遠くから聞こえるような気がする……」
雛河は耳に手を当て、音のする方向を探る。
「ぼ、僕にも聞こえる……遠くの音」
常守も音のする方向を探していたが、どの方向から聞こえてくるのかわからなかった。
「そうね……どこから聞こえてくるのかわからない遠い音……」
「……私にはさっぱり」
巌永には聞こえていないようだった。
その様子を見て、手を上げたままになっていた所員が常守に話す。
「あ、あの歌を止めてくれなければ、私達は色相がクリアにならない」
「それは後にしてください! 今はここの責任者の居場所が重要です!」
「わ、わかりました……案内します……」
常守達は所員に方向を聴きながら、研究所の奥へと進んでいく。階段を二階上がり踊り場で待機した。
そして須郷は慎重に曲がり角から、奥の部屋の様子を見た。
「この奥の部屋には何がある?!」
「そこは手術室で……民間用の犯罪係数が測定できるサイマティックスキャナーが……ある……」
「民間用だと?」
「ちゃ、ちゃんと厚生省からの認可が下りている……だから問題ない!」
常守は、興奮気味の研究員を窘める。
「今はその話はやめましょう。研究用に機能を制限したスキャナーがあることは聞いているわ」
そうしている間に、須郷は目視で人影がないことを確認し、廊下に出て手術室の扉へ向かって強襲型ドミネーターを向け、部屋の中をスキャンした。
「強襲型ドミネーターの遠隔スキャンで、手前の前室に五名、奥の手術室に五名人物を確認、うち九名の犯罪係数が100オーバーで執行対象です」
「執行対象が多いわね。二班が合流してから、突入しましょう」
ここで常守は霜月と無線で交信した。
「シェパード2、状況は?」
『こちらシェパード2、執行対象者を3名執行、現在責任者がいると思われる、手術室に向かっています』
「シェパード2こちらは手術室前に到着。合流した後、突入を開始します」
『シェパード2了解』
通信を終えてから、数分後に霜月達が到着した。全員がドミネーターを構え、突入の準備を終えた。
「突入します!」
常守の号令のあと、六合塚が扉の取っ手に手をかける。
「扉を開けるわよ!」
まずは手術室の前室にいた五人の執行を開始した。
「うわっ」
「こいつら!」
一係に気付いた研究員らが、常守達に向かってくる。その五人をまとめて、宜野座が強襲型ドミネーターで執行する。全員同時にパラライザー命中し、五人が一気に床に倒れた。
そして手術室の扉を蹴破ると同時に、歌が流れ込んできた。
「楪……いのり……」
常守は三度目となるその少女の顔を、はっきりと確認した。反射的に楪いのりへ、ドミネーターを向けた。
「ダメ!」
常守の腕を掴んで、それを止めたのは巌永だった。
「どうして!?」
その一瞬、常守が目を離した隙に楪いのりは消えていた。
「き、消えた……?」
またしても、楪いのりは忽然と姿を消し、代わりに一人の少女が残されていた。
その少女に、常守はその顔に見覚えがあった。忘れようがない。
「あなたは……茅間芽衣さん?」
名前を尋ねると「うん」と少女は頷いた。
それを確認した常守は、手術室にいた男に言う。
「これはどういう事情か、聞かせて貰います。それからサイコハザード事件の証拠として、この研究所の資料を押収、家宅捜索も入れます。これからは、刑事課の指示に従ってください」
その言葉に観念したように、男は頭を垂れた。
*
研究所には、既に多くの鑑識ドローンが到着していた。資料の押収も進んでいる。常守は茅間芽衣を保護し、刑事課の車に乗せた。
「悪いけど美佳ちゃん、この子を連れて厚生省のオフィスまで帰ってくれるかしら。私はまだしばらく、こちらで現場の指揮をするから」
「了解しました。先輩、くれぐれも無茶をしないでくださいよ」
「わかってるわ」
常守は霜月に茅間芽衣の身柄を預けると現場に残って、現場検証の指揮を執った。
霜月は芽衣を車の助手席に乗せて、シートベルトをかけた。
「少し我慢してね。すぐに車を降りられるから」
芽衣は黙って頷く。それを見た霜月は、助手席のドアを閉めると反対側に周り、運転席に着く。ナビのホームボタンを押し、厚生省の庁舎までの道順をインプットした。そして自動運転で車が走り出す。
「気分が悪くなったら言ってね」
「うん」
芽衣は助手席で不安げな顔を浮かべていた。次に霜月が芽衣の顔を確認したときには、助手席に座ったまま眠っていた。
「疲れているんでしょうね」
その時はただ疲れて眠っているだけなのだろうと、霜月は考えていた。身体検査もあるので、分析室のベッドで休ませてあげよう、ただそれだけを考えていた。寝顔は穏やかで、普通の子供と何ら変わらない。こんな子が、生まれたときから矯正施設に入らなければならない、先天性潜在犯とは、とても思えなかった。
*
霜月は厚生省の庁舎に戻ると、芽衣を抱き抱えて分析室の検査室にあるベッドまで運んできた。芽衣をベッドに寝かしつけると、霜月は自身のドミネーターを取りだし、犯罪係数を測定した。
《犯罪係数12.8。執行対象ではありません。トリガーをロックします》
ドミネーターは指向性音声で、犯罪係数を伝えてきた。
「どういうこと? 矯正施設の資料からは、常に100を超える犯罪係数が測定されていたはずなのに」
霜月は実際の測定値との違いの原因がわからず、しばらく考え込んでいた。
すると、芽衣が目を覚ます。
「ここは……」
「ここは厚生省刑事課の分析室。ここは安全だから大丈夫よ。安心して」
霜月は声のトーンを抑え、なるべく安心できるようゆっくりと話した。芽衣が覚醒したことを確認した霜月は、検査室の扉を開け、唐之杜に話を持ちかける。
「なぁに? 美佳ちゃん」
「彼女の事情聴取を、ここでやりたいと考えています。記録をお願いできますか」
「いいわよ。ついでにあの子の身体検査もしちゃいましょう」
「お願いします」
霜月は検査室に戻ると、ベッドサイドにパイプ椅子を置き、そこに座って寝ている茅間芽衣に質問をしていった
「名前を教えてくれる?」
霜月の声は穏やかで、相手の年齢に配慮しているのが窺える。
「茅間芽衣です」
「歳はいくつ?」
「十歳」
非常に簡単な質問からはじめた。
「ねえ、お姉ちゃんのお名前は?」
「私?」
「私は、霜月美佳」
「みか? じゃあみかんおねぇちゃんだ」
「えっ、みかんお姉ちゃんって……」
霜月は唐突に渾名を付けられたことに戸惑いを覚えた。だがこれは子供が親しみを込めるため、よくやることである。霜月はその渾名を受け入れた。
「いいわ。みかんお姉ちゃんと呼ばせてあげる」
霜月は笑いながらそう言った。
こうして霜月と芽衣は打ち解け、言葉を交わすようになった。
*
その様子を唐之杜と雑賀が、分析室のモニター越しに見守っていた。
「どう思うね?」
「そうねぇ、この子がサイコハザードの中心にいたとすると、やはりサイマティックスキャン消耗症候群なのかもしれないわね。犯罪心理学的に、何か特徴とか感じなかった?」
「この程度の聴取のやりとりではなあ、断言できるものはないな」
「そうよねぇ……」
唐之杜も、参考人が未成年では、事件解決に結びつく証言が出るとは思えなかった。
「この子の身体も調べてみなくては、いけないわね」
ちょうど検査室のベッドの上には、簡易検査のためのスキャナーがあり、それを使って、芽衣の脳を簡易スキャンする事ができる。CTやMRI程の精度ではではないにしろ、脳の状態を調べることが可能だった。
唐之杜はその簡易スキャナーでスキャンし、送られてきた脳の画像を見た。それを見た瞬間、唐之杜は驚愕した。
「ああ、なんてこと! この子の脳は人間の脳ではないわ!」
「なんだ……こりゃ……」
雑賀が見ても完全に異常な状態だった。
「機械的な……何かね」
唐之杜はすぐに立ち上がり、検査室へ向かった。
「美佳ちゃん、急いで血液脳関門研究所の押収した資料をちょうだい。それと、血液脳関門研究所の所長の事情聴取をすぐに手配して」
「何かあったんですか?」
「何かあったなんてもんじゃないわよ。こっち来て」
そう言って唐之杜は、分析室まで霜月の手を引っ張って連れてきた。本能的に、霜月の腕を掴んでいたのである。
霜月はモニターに映された画像を見て、唐之杜と同じく驚愕の表情をした。
「なんですか……これ……これがあの子の脳だって言うんですか!」
「そうよ。あの研究所で行われていた研究の結果だと思うわ。だから押収した資料の解析が、大至急必要になったの。美佳ちゃんはすぐに事情聴取を。これは大仕事よ」
「すぐに手配します!」
霜月はそう言うと、一度検査室に戻って芽衣に断りを入れ、そして一目散に一係のオフィスへと走って行った。
*
霜月はサイコハザードの重要参考人として、血液脳関門研究所の細谷介延の出頭を求めていた。細谷は素直に出頭し、霜月の取り調べを受けることになった。
聴取には雑賀も同席した。年齢名前生年月日住所など、一通りの質問を終えた後、霜月は本題に入ろうとした。
「あの子は……」
質問の前に細谷が口を開いた。
「あの子に何をしていたんです?」
「彼女は先天的潜在犯という貴重なサンプル、いや稀少な患者だった」
霜月は「サンプル」とまるで人を物のように言った細谷に強い苛立ちを覚えた。
「潜在犯とは何を持ってして決定づけられるのか、それを解明するためには重要な症例だ」
「それで、なぜ彼女がこんな状態なっているんですか」
「あの子……芽衣の脳を、領域ごとにサイマティックスキャン消耗症候群の脳に移植をして、移植前後の色相に変化があるかを確認した。移植してサイマティックスキャン消耗症候群の脳の色相が濁って、芽衣の色相がクリアになればその領域が、潜在犯を決定している領域と言えるわけだ」
細谷は研究所で行われていた、研究の内容について語りはじめた。
「そして芽衣には移植して失われてしまった部分に、最新の量子メモリーをベースにした人工脳を移植する」
「それで、次々と移植を繰り返し、芽衣ちゃんの大脳は、完全に量子メモリーに置き換わってしまったわけですね」
ここで雑賀が会話に割って入った。
「全身サイボーグ化とは、真逆の事をしていたというわけだ。潜在犯の脳の機能解析のために」
血液脳関門研究所の行っていた研究を、簡単に説明すればそういう事である。
「説明してもらえますか?」
霜月は雑賀の意見を聞いた。
「ノックアウト方式で、機能を推定する方法だ。機能する部分をだんだんと削っていき、残された機能から取り除いた部分の役割を推定する方法というわけだ」
雑賀は更に続ける。
「例えば遺伝子操作の分野では、過去にゲノム編集などで活発に行われた。成長を抑制する遺伝子をノックアウトすると成長がどこまでも続く、とまあそんな感じの技術だ。ハイパーオーツが、まさにその結晶とも言える」
雑賀はハイパーオーツという身近にある物を例えに利用して、霜月の理解を促すようにした。そして、細谷に質問をする。
「それで、その研究は上手く行ったのかね?」
「結果は……ご覧のとおりだ。芽衣の色相はクリアになった。しかしサイマティックスキャン消耗症候群の色相もクリアなまま。潜在犯の根源となっている領域は、何処かへ消え去ってしまったのだ」
「こりゃ、あれだな。魂の場所はどこにあるかって、そういう話だ」
「そうだ、我々は色相、犯罪係数、潜在犯と名前を付け変えているが、本当は魂を探していたのかもしれない。だから失敗したんだ」
雑賀は「魂」という非科学的な言葉を使って、血液脳関門研究所が何を探っていたのかを、抽象化した概念として浮き彫りにした。
「だが驚いたことに、芽衣は大脳が量子メモリーと置き換わっても、人格はまるで以前と変わらなかった。何かによって魂が留められているかのように」
「そして、濁った色相だけが消し飛んだと?」
「そうだ。だが困った問題も見つかった。彼女の意識はシビュラシステムの存在下でないと存在し得ない。いわばシビュラによって形づけられた魂と言うべきか、そういう状態だ」
「では電波暗室のような場所では、彼女は意識を保つことが出来ないと?」
「ああ。でもそれだけではない。もっと不可解なことが起こった。あいつが現れた」
霜月は、細谷のその曖昧な答えを聞き直す。
「あいつ?」
「あいつだよ、あのふわふわとした妖精のような少女だ」
「それは、私達が突入した時にいた、あの少女のこと?」
霜月には心あたりがある。一係が追っている楪いのりだ。
「そうだ。そして、あいつを見た全員の色相が濁った。サイコハザードが起こったんだよ」
「どう言う事ですか? あなた方は以前からサイコハザードと、少女の関係を知っていたと言う事ですか?」
霜月が問い詰める。
「そういう事だ」
「なぜそれを厚生省に報告しなかったんですか!」
「厚生省が介入して、研究が阻害される懸念があったからだ。だがそれ以前に、厚生省は我々の研究に多大な期待を持っていたのも確かだ。積極的な資金投入がなされ、研究結果もサイバネティクスの発展に大いに役に立っている。彼らも強く出てこなかったのは、その成果を、ふいにしたくなかっただろうと思う」
「そんな勝手な理屈!」
声を荒げる霜月をなだめるように、雑賀が会話に入る。
「まあ落ち着け、霜月監視官。聞きたいのは、その妖精みたいな少女が現れた状況だ。どういう条件でそれが起こったんだね?」
「後の解析でわかったことだが、必要なのは芽衣の脳、サイバネティクスが施されネットワークと接続している神経、シビュラシステムによる犯罪係数の測定、それと」
やや言葉を選んでいるのだろうか。しばらく考えてから答えた。
「歌だ」
「歌ですって?」
「そうだ。これが今でも一番の謎だ。ただ関係があるかどうかわからないが、ある歌をサイバネティクスが施された神経細胞に通すと、その神経細胞が活性化するということだ。ほとんどオカルトめいているが、機械と神経を繋ぐため、ウイルスによって変異させた神経細胞が、何らかの副作用を生じているのだと考えている」
細谷は、自分が持っている情報をさらに語り続けた。
「シビュラのネットワークを通じて、何かが芽衣の脳に送り込まれ、それが付近にあるホログラムやネットワークに接続された機器にダウンロードされる。そして、あの姿を現すと私は考えている」
それを聞いた雑賀は、何かに満足したような表情になった。
「なるほどな。正直話してくれて助かったよ。まあ謎も多いが、前よりは推論する材料が増えた。私も考えてみるよ」
*
雑賀は細谷の取り調べを終えたあと、分析室へと戻っていった。分析室では唐之杜と雛河が、押収された資料の解析と、まだ解析が終わっていない映像解析を引き続き行っていた。
「収穫は?」
「収穫は大いにあったよ。楪いのりの出現条件がわかった」
「本当ですか? それは」
丁度押収した資料の解析結果を聞くために、常守も分析室に来ていた。
「彼が言うには、条件として必要なのは茅間芽衣の脳、ネットワークに接続可能なサイバネティクス神経、シビュラシステムによる犯罪係数の測定、それと歌だそうだ」
「歌ですか?」
「おそらく、EGOISTの歌のことだろう。どういう経緯でそうなったのかは聞き出せなかったが、サイコハザードの現場で歌が聞こえたというのは、そういう理由なのだろう」
「あっ、そうだ。ちょっと待ってください」
「私、すっかり共有するのを忘れてました」
常守は自分の端末のローカルストレージに保存してあった、EGOISTのPVを再生した。本来であれば一係で共有するべき資料であったが、事件が立て続きに起こったこともあり、共有し忘れていた。
「あれ? 所々映っていない」
録画された映像を再生してみると、時々投影されたPV映像がぬけ、背景だけになる。
「そうか!」
雛河が声を上げる。
「映像に残らなかったのは周りが明るすぎたからだ……」
「どういうこと?」
「被写体に対してシャッタースピードが速すぎて……映像をカメラのCCDが捕らえる前にシャッターが切られてしまう……それが連続して起こっていたんだ……」
雛河のその言葉を聞いて、唐之杜は何かを思い出したようだった。
「なるほど。ヘリのローターを撮影すると止まって見えたり、逆回転が起こっているように見えたりするあれね」
「点滅している物を、明るい背景の所で撮影すると……消えている間にシャッターが切られてしまう……」
「でも全てのカメラで写らないのはどうして?」
「それは……」
雛河が答えに窮していると、それに変わって雑賀が答えた。
「それは、おそらく何者かの意思によって、シャッタースピードが操作されていたと言う事だろう。つまりハッキングだ」
「音声は?」
さらに常守は聞き返す。
「おそらく指向性の音声や、インプラントイヤホンなどを通じて、外部に漏れないようにしていたのだろう」
「そうか、だからあの時、最初に楪いのりと遭遇したとき、どこから歌が聞こえて来たのかわからなかったんだ」
常守は顎に手を当て、蒲田でのサイコハザード事件の玄蕃を思い出していた。
「多分だが、ドミネーターの指向性スピーカーがハッキングされていたんだろうな」
「それでは、なぜシビュラは気付かなかったのでしょう?」
「常守監視官には言ったが、それをエラーと認識できなかった、というのが真実じゃないかな。ゲーデルの不完全性定理だよ」
雑賀は、常守に矯正施設で話した事を思い出すように言った。
考え込む常守に対して、唐之杜はある提案をする。
「ねえ、それよりもどうやったのか、本人に聞いてみれば?」
「本人?」
「だって、楪いのりの出現条件は、芽衣ちゃんの脳、ネットワークに、犯罪係数の測定、それに朱ちゃんのそれ」
「あっ」
常守は気付いた。全てのカードを手にしていることに。EGOISTのPVが図らずとも最後のカードとなっていたのだ。
「芽衣ちゃんはまだ検査室に残っているし、条件が揃っているじゃない。ホログラム投影装置もあるわよ。これに楪いのりを呼び出しましょう」
「とんでもないことを言い出すな、君は」
雑賀が呆れるように言った。
「あら、一番手っ取り早いじゃないの」
「わかりました。やってみましょう。責任は私が取ります」
常守は決心した。もう楪いのりに振り回される段階ではない。自分たちから打って出る番なのだと。
「芽衣ちゃんと話してきます」
そう言って常守は検査室に入り、芽衣と話をした。捜査に協力して欲しいと。
しばらく検査室で話をしていた後、常守は芽衣を連れて分析室まで戻ってきた。
*
「やるんですか本当に……」
雛河がおそるおそる常守に聞く。
「ホログラムの専門家に見ていて欲しいから」
「それじゃやりますよ……」
雛河はドミネーターを向け、芽衣の犯罪係数を測定した。その刹那、ホログラム投影装置に大量のデータが送り込まれ、立体的な像を結んだ。
「ほ、本当に出た……」
「会話できるのかしら?」
唐之杜はそのホログラムが、十分に会話ができるのか確かめたいと思っていた。
「教えて! あなたは誰! 目的はなんなの!」
常守がホログラムの楪いのりに語りかける。
「私は楪いのり……助けの声を聞いてここに来たわ……」
「助ける? ほう、ずいぶんと抽象的な言葉を選ぶじゃないか。助けるとはなんだ? 肉体的か? 精神的か?」
雑賀は何かを感じたようだ。これはプログラムによって作られた物ではないと。
「助けて欲しいって誰が言ったの?」
「ボイドよ……彼女のボイドが助けを求めていた……」
「ボイド?」
雑賀がその言葉に反応する。そして何か得心したようだった。
「なるほど。ボイドか。案外、的を射ているのかもしれないな」
「ボイドの共鳴を聞いてあげて……」
楪いのりは消え入りそうな声で繰り返しそう言った。
常守がさらに語りかけようと、言葉を選んでいるその時であった。
巌永が、分析室に会話を割るように入ってきた。
「何をやっているんですか!」
巌永が叫んだ。
全員が巌永を見る。おそらく、この刹那の出来事であったのだろう。振り返ると楪いのりは消えていた。
「なんで……」
思わず常守は二の句が継げなかった。まだ聞きたいことは沢山あったのだ。
そんな常守に構わず、巌永は自分が分析室まで来た理由を述べた。
「茅間芽衣の身柄は、統計情報部で預かることになりました。彼女のサイコパスについて、詳細な解析が必要と判断されたからです」
元々巌永は、統計情報部から犯罪係数と、判定された実際の状況を確認するため、刑事課に派遣されたのである。彼女の本来の仕事に戻ったのだ。
「公安局局長からも命令が出ているはずです。確認を」
巌永は常守に文書の確認を迫った。常守が自身の端末を動かすと、刑事課局長禾生壌宗からの命令書が送られてきていた。
「本当だ。そんな急に」
「彼女の安全は、統計情報部で保証します。引き渡しを」
常守は悩んだ。事件解決の重要なカードを失ってしまう。しかし、今は彼女を都合よく利用していたにすぎない。ここは巌永の言うことを聞くしかなかった。
「わかりました。芽衣ちゃん、あのお姉さんについていって」
「お姉ちゃん……」
「ごめんね。後ですぐ、おうちに帰れるようにするから。良い子で待っててね」
こうして常守は、茅間芽衣の身柄を巌永に引き渡した。
*
巌永が退出した後、一係全員を分析室に呼び出し、事情聴取と家宅捜索の分析の結果、それから楪いのりの情報を一係の間で共有することになった。
呼び出しに応じて、一係の全員が分析室に集まって来た。
「巌永さんは?」
六合塚は巌永が存在しないことに気付く。常守は細部を省いて説明する。
「彼女は今回の件で、統計情報部に呼び出されました。だから、彼女は抜きではじめましょう。みんな資料は読みましたか?」
「ええ、茅間芽衣の脳がほとんど量子メモリーに置き換わっているなんて、にわかに信じられないですね」
須郷は資料を読み、その異常性に眉をひそめた。
「どう見ても普通の子供にしか見えなかったな」
宜野座は率直な印象を口にした。
一同が資料を読み込みはじめると。雑賀が解説をはじめた
「血液脳関門研究所で行われていた研究は、潜在犯に対してサイバネティクスを用いた外科手術的に治療を試みる、そういう研究だった」
雑賀が、要点をまとめそう言った。更に解説を続ける。
「彼らが今回開発していたのは、量子メモリーと神経細胞の接続方法だ。量子メモリーと神経細胞の接続には、弱毒化したアポカリプスウイルス(APV)が利用されている。神経細胞にAPVを感染させ、APVが起こす細胞変性効果によって、機械と細胞を接続する。APVによる機械と神経接続方法は、彼らの特許であり、一番の売り物だ。これによってインプラントや、様々な義手、義足、義眼、人工臓器、そういったサイバネティック・オーガニズムとの接続技術が飛躍的に向上した」
雑賀は、茅間芽衣に使われていた技術の説明をし、それが一般的にも普及している技術であると付け加えた。
「すいません、アポカリプスウイルスって何ですか?」
常守は、その聞き慣れない言葉を質問した。
それに答えたのは、唐之杜の方であった。
「Apocalyspse Virus、略してAPV。オンコウイルス、いわゆるがんウイルスよ。感染するとガンを引き起こすわ。大崩壊時代に流行して、多くの死者が出た。けれども今使っているウイルスは、その毒性を弱めている。感染しても、ガンを引き起こさないから安心して」
常守は、ウイルスのことはよくわからなかったが、唐之杜が太鼓判を押すのだから、きっと安全なものなのだろうと、考えた。雑賀は、その質疑が終わった所で話を再開する。
「話を続けよう。血液脳関門研究所と名乗りながら、その実態は、脳そのものの義体化の研究をしていた、という訳だ。潜在犯として不遇な一生を続けるか、脳を義体化させて体だけ社会で生かすか、いずれかを選択せよという研究だ」
その言葉に対し、須郷は率直な疑問をぶつけてみた。
「そんな手間暇をかけてまで、潜在犯を治療する必要があるんですか? 我々のように有用性が認められれば、社会参加ができるようになっているのに」
「人材が少ないんだよ。だから有効活用しようとする。人間をまるで交換可能な機械か何かと思い違いをしている傲慢さを感じるが、問題の解決方法の一つであるとも言える」
六合塚は言葉を失う。
「そんな……」
その反応を見ながら、雑賀は解説を続けた。
「さて、問題はこのAPVを用いてサイバネティクス手術を受けた人間が、楪いのりの歌を聴くことによって色相を悪化させると言う事だ。彼らの研究では、歌によって何らかの作用が起こり、神経細胞が活性化される事が確認されている。これが色相悪化の原因となっているようだ」
霜月が質問する。
「それってAPVを使った事のある人は、全員サイコハザードを引き起こす可能性が有るって言う事ですか」
「そういう事だ。だがAPVによる施術を施された人の数は知れない。ありとあらゆるサイボーグ技術に応用されているからだ。彼らを全員集めて、一人一人治療を施し直すなどは不可能といって良いだろう」
次は常守が今回の事件の最大の謎について質問をした。
「それでは楪いのりとは、どういう存在なんでしょう?」
「これは私の推論だ。量子メモリーによって拡大され、連結された意識、クオリアというものが、その正体だろうと私は考える。コンピューターというのは、基本「0」と言う記号と「1」と言う記号の羅列だ。これは人間が便宜上付けている記号であって、+-で表してもいい。量子コンピューターが、いくら重ね合わせで0と1を同時に計算出来るとは言え、基本それは変わらない。その0と1でもない状態、コンピューターの計算に上には存在しない状態がある。数学的には定義がされていない状態、この状態をコンピューター側では観測できない、虚無とも言える。だから楪いのりが使った、ボイドと言う言葉が、うまく当てはまる。当人がどう言うつもりで言ったのかはわからんが、確かに心の核心部分という物は、観測の外にあるのかもしれない。血液脳関門研究所の悪魔的な実験が、奇しくもそれを証明してしまった」
唐之杜が感心したようにこう言った。
「なるほど。幽霊を探し当ててしまったって事ね」
「そうだな、楪いのりの周辺で起こる不可解な事件は、まさに幽霊の仕業と表現するのが、一番しっくりくる」
雑賀は、唐之杜の言った幽霊という言葉を拾った。それに対し少し反論も加え解説を続けた。
「だが、これは現実で起こっている現象だ。幽霊なんて安易な物じゃない。量子メモリーを加えたシビュラのアップデートがされたにより、シビュラの中に異なるクオリアが生まれたのだろう。犯罪係数の測定によってシビュラシステムに接続、そこで人格(クオリア)が形成される。ネットワークに閉じ込められた人格から押し出されたのが、おそらく楪いのりだ。それがホログラムとして実像を結び、我々の前へ姿を現した、というのが私の推論だよ」
その説明に根本的な謎があることに、宜野座は気付いた。
「ホロだって言うのなら、常守監視官をぶちのめしたのは、ありゃなんだったんだ」
その疑問に対して、答えたのは唐之杜だった
「それは多分これね。厚生省の備品にある格闘訓練用の女性型ドローンが、一体修理に出しているわ。それがまだ返却されていない。業者側はとっくの昔に修理を終えて返却したはずだと言っているけど、厚生省側にはその記録が無い。だから返却の際、どこかで楪いのりに奪われたのだと思うわ」
唐之杜の報告を聞いて、須郷はため息交じりに言う。
「よりにもよって、身内からだとは……すぐにその機体のIDを追跡しています。現在も稼働中ならどこかで掴めるはずです」
須郷は常守に対して目線を送り、返答を求めた。
「では、その探索を須郷さん、お願いします」
一つの答えが導き出されそうなことに対して、六合塚が自信を納得させるように言う。
「でも、これでようやく楪いのりと量子メモリー、それと事件が繋がったわね」
そんな周囲の反応を見ながら、雑賀は更に話を進めた。
「話を戻そうか。シビュラに生じた新しいクオリア、その自身のクオリアの問題は自身では解決できない。唯物論的にしか機能することができないシビュラが、根源的に抱える問題だ。より完璧なろうとすればなろうとするほど、その問題は顕在化してくる」
雑賀が語っているのはゲーデルの不完全性定理であると、常守は気が付いた。
「逆に言えば問題の解決に、シビュラの埒外にあるシステムが、必要とされるということだ。自分では解決できない問題が発生して、それを解決してもらおうと、シビュラが我々を動かしているのであれば、全てが矛盾無く説明できる」
雑賀の一連の説明を受けて、六合塚がその印象について語った。
「シビュラが解決できない問題なんて物は、シビュラからしてみたら名前の無い怪物のような物ね」
そして雑賀は、この問題についての解決策を示す。
「この問題を片付けるためには、シビュラの埒外にあって外科的手術を行うのが一番の事態の解決方法だと提案するよ」
「外科的手術といいますと?」
須郷がその意味を尋ねる。
「楪いのりの出現条件、茅間芽衣、量子メモリーネットワーク、犯罪係数の測定、そして歌。このうちどれを取り除くのが一番手っ取り早いと思うかね」
霜月が絶句しながら、ある結論に到達する。
「まさか……」
霜月と同じ考えに至ったのだろう、宜野座がその解決方法を語った。
「おそらく茅間芽衣の脳、そして茅間芽衣自身をこの世から消す。それが一番手っ取り早い方法だろう。そう決断が下されるまで、さほど時間はかからないのではないか?」
須郷は、残された選択肢の一つを選び出して問う。
「歌を禁止するのは?」
「それは、私達の聞き込みから、相当社会に浸透している可能性が考えられます。ミームとして」
常守がそう反論する。それを聞いた唐之杜は、何かに気付いた。
「そうだミーム、どうしてそれに気が付かなかったんだろう。自分で言っておきながら、完全に失念してたわ」
唐之杜はデスクに戻り、急いで端末を操作した。
「街頭マイクからノイズ除いて特定の音階を割り出して……なんて事……こんなにも広まっていたなんて」
唐之杜が分析した結果は、すぐに分析室の大型モニターに映し出された。
「これが今現在の情況。今まさに誰かが、EGOISTの歌を歌っている」
宜野座はその画面を見て、改めて自分の至った考えを口にする。
「残された方法は茅間芽衣か、ネットワークの破壊二つというわけだ。どうする常守監視官?」
「私はこのことを局長に報告してきます。答えは一つ。美佳ちゃんの考えは?」
「私の答えも先輩と同じだと思いますよ。問題を抱えたシステムなど存在してはいけません。システム全体の綻びを産みますし、なによりも子供の命を犠牲にして成り立つ社会が正しいわけがない」
「決まりね。ネットワークの問題を解決する。最良の選択。皆さんそれでいいですか?」
一係の全員が頷いて同意する。
「では、量子メモリーセンターノナリアについて調べてもらえますか?」
「それなら今すぐここでできるわね。ちょっと待ってて」
そう言って、唐之杜は再び端末を操作しはじめた。
「ちょっと気になる情報を見つけたわ。ノナリアが本格的に稼働する一週間前にノナタワーから機材が運び出されているわね」
「映像は残っていますか?」
「待っててね。あったわ。ノナタワーとノナリアの監視カメラの映像が」
「では行きと帰り、運搬車のタイヤの沈み込みから中身が推定できますか?」
「このタイプの車のサスペンションのデータから、元々の積んでいた物それから運び出した物のおおよその質量が推定出来ると思うわよ。登録されているデータからは荷台以外は特に特別な改造を施してないみたいだし。あと車の振動のパターンから、中身の密度とかもおおよそであれば推定できそうね」
唐之杜は分析AIに映像を流し込み、分析をはじめた。
「中身はそうねえ密度から水、それも少し比重の重い水、例えば塩水みたいなものが考えられるわね。あるいは細胞培養に使う培養液とか。でも妙ねぇ……ノナタワーから運び出されたのはデータサーバーだったって話しだったけど、ずいぶんと違う結果になっちゃったわね」
「まあ映像から解析したものできちんと測定した物でもないし、この場合は推定結果が間違っている可能性の方が高いかしらね。もう一度やり直してみるわ」
常守にはそれで十分だった。そして自分の心の奥底にあった、ある疑問が解決し、全ての疑問の鍵が開いた音を感じていた。
「ああ、結構です。結論は変わらないですから」
常守にはその中身が何であるのか、すぐに思い浮かんだ物がある。あれだ。あれが運び出されたのだ。
常守は決断を下す。
「私はこれから局長に意見をするため、局長執務室まで行ってきます」