テンノオト   作:オオミヤ

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第2話

「きゃー!見てよりん先輩!」

 

アマネは目の前のマカロンを見て甲高い声を上げる。そのマカロンはハートの形をしていて、しかも通常のマカロンより何倍も大きい。

 

「おっきいね!これ何人分だろ?」

 

「さあ、パーティーか何かで使うんじゃないですか?」

 

アマネに答えた、雫山 凛、通称りん先輩だ。1年間イギリスに留学していた彼女は、1歳上のアマネの同級生であり、親友でもある。今は放課後。以前からの約束だった、女子高生に人気のカフェにケーキを食べに来ている。

 

「それよりほら、注文しなきゃ」

 

「あ、そうだ」

 

凛に促されてアマネは好物であるモンブランを注文する。凛は甘さ控えめ、ビターチョコレートのショートケーキだ。

各々頼んだケーキと飲み物をトレイに乗せ、荷物を置いてある席に着く。

 

「じゃあ、食べましょうか」

 

「うん!」

 

アマネは手を合わせ、いただきます、と言いモンブランの3分の1程をフォークで取ると、口を大きく開けてモンブランの塊を放り込んだ。

 

「美味しい!」

 

「もう、はしたないですよ。ほら頰にクリームが付いてる」

 

凛はやれやれ、と言うようにウエットティッシュでアマネの頰を拭く。

 

「ん、ありがと」

 

「はいはい」

 

凛はケーキのフィルムをフォークを使いくるくると剥がす。そのフィルムをケーキの向こう側に寝かせて置くと、ショートケーキの尖っている方を、親指第一関節ほどの大きさで掬い、上品に口に運んだ。その妙に色っぽい仕草にアマネはついつい見惚れてしまう。

 

「‥‥‥何ですか?」

 

その視線に気づいたのか、凛ははにかみながら怪訝な表情を浮かべる。

 

「相変わらずいかがわしいなぁって思って」

 

「何ですかそれ、もう、失礼ですよ?」

 

この雫山 凛という少女は、アマネと1歳しか違わないとは思わないほど所作が洗練されて、かつ妖艶な甘い雰囲気を持っている。何度か家に呼ばれたこともあるが、それはもう立派な武家屋敷だった。ちなみに普段着は着物だ。

 

「いやぁ、なんだか恥ずかしくなってきたな。私ももっと上品に食べよっかな」

 

「アマネさんはそのままでいいんですよ。私は癖みたいなもの何ですから。アマネさんが急にそんな風になってしまったら、私が世話を焼けなくなっちゃうので」

 

「そ、そう?りん先輩がそう言うなら、いっかな‥‥‥」

 

「そうですよ」

 

アマネはそのまま4口ほどでモンブランを食べ終わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまますっかり話し込んで、気づけば夕方になっていた。夏の夕陽の赤銅色が体に当たる。沈んで行く太陽をアマネは目を狭めながら見つめた。

 

「さ、ではそろそろ行きましょうか」

 

「え?う、うん」

 

不意に声をかけられ、慌てて返事をする。

 

「今日はうちに泊まっていくんでしょう?早く帰らないと、暗くなってしまいますよ」

 

「そうだね。あ、家にお泊りセット取りに行かなきゃ」

 

「大丈夫ですよ、この前使っていた歯ブラシ残ってますから。歯磨き粉もあまり辛くないのを選んで来ました」

 

「パジャマは?」

 

「たまには浴衣でもいいんじゃないですか?」

 

「ほんとに!?ありがとう!」

 

笑顔でお礼を言うアマネを見て、凛は微笑む。

 

「じゃあ行きましょうか。車呼びますか?」

 

「ええ、いいよそんな、悪いよ」

 

「そうですか?まあアマネさんが言うなら」

 

お会計を済ませて店を出る。陽は沈み、空は暗くなり始めていた。街灯がつき始め、ヘッドライトで照らす車の群れが通りを走っている。

夕焼けの突き刺すような光が、瞼の奥に焼き付いている。 その暖かさを全身で受けて、アマネはなんとなく感傷的になってしまい、なんとなく黙った。

凛はそんな様子がおかしいアマネを気遣っているのか、何も言わずに隣で歩いている。肩にかかるくらいの、少し青色が混じっている黒髪が彼女の歩調に合わせて緩く揺れていた。

ずっと感じている違和感。なにか大事なことが欠落している。このままこの欠落を抱えて生きてはいけないように感じる。夜になり空を見上げると、必ず胸が締め付けられる。森を歩き、空を駆け‥‥‥黒い大空に吸い込まれそうになるたび、体験したこともないような感覚がアマネを襲う。

夕暮れの中、アマネは自分のローファーを見ながら歩く。コンクリートの道路をコツコツと音を鳴らしながら歩く。車の走る音がする。ローファーがコンクリートを叩く音がする。自分の息遣い、自分の鼓動、周りの音が混じり合う。いつしか頭がクラクラしてくる。なにか、なにか‥‥‥。

 

「アマネさん、危ない!」

 

急に手を横に引かれる。そのまま凛の方に寄せられる。すぐ横を自転車が通り過ぎていった。あのままの状態なら、自転車に当たってしまっていたかもしれないのは明白だった。

 

「あ、ごめん‥‥‥」

 

「もう、気をつけてくださいね?」

 

アマネは申し訳ない気持ちになった。本当にごめん、ともう一度謝る。

 

「何か、あったんでしょう?」

 

「‥‥‥え?」

 

凛の心配そうな声、そして何よりも自分の心のうちを見透かされたような気がして、ハッと目を見た。

 

「何で‥‥‥」

 

「分かりますよ、そりゃあ。貴方分かりやすいから」

 

「そ、そうかな‥‥‥」

 

「そうですよ。‥‥‥大丈夫ですか?」

 

その言葉には、言いたくないことなら言わなくていい、と凛の優しい気遣いが隠れていた。

 

「うん、大丈夫。大丈夫だよ。気にしないで」

 

「‥‥‥分かりました。じゃあ、うちに急ぎましょうか」

 

そう言って凛はアマネの手を握った。

 

「ちょっ‥‥‥」

 

「ほら、さっきみたいなことがあったら危ないですから」

 

アマネの手を握る凛の手はとても暖かくて柔らかい。握り返した。手を通して、凛の熱が体に移ってくるようだ。

 

「ありがと‥‥‥」

 

アマネは凛の手を強く握り、ぶんぶんと振った。

 

「ちょっとやめて、痛い痛い‥‥‥」

 

凛は笑いながら抵抗をしてくる。そのまま家に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

凛の家に着くと、大きな門の前にスーツを来た強面の男が2人立っている。

 

「お帰りなさいませ、お嬢!」

 

「うん、ただいま」

 

2人の男は凛が視界に入るや否や頭を下げた。

 

「ご学友様も、よくぞいらっしゃいました」

 

アマネにも丁寧に頭を下げる。

 

「はい、今晩もお世話になります」

 

はじめの頃はこの対応にも慣れなかったが、何回も家に来ていると流石に慣れたものだ。

男たちが押すと、重そうな木製の門が厳しい音を立てながら開く。

 

「さ、お通りください。ちょうど姐さんが料理をお作りになっているそうで。お部屋まで持って行かれるそうです」

 

「本当?今日はお母さん帰ってるんだ」

 

「はい。お嬢がお帰りになる3時間ほど前です」

 

「ありがとう。じゃあ行きましょうか」

 

「うん!」

 

凛について行き、雫山邸の門を通る。

門から本邸まではおよそ50メートルほどあり、その間は石畳の橋や、曲がりくねった松の木、奥に見える竹林や、鯉が悠々と泳ぎ回る池など、“いかにも”な雰囲気を醸し出している。奥にある本邸は数多くの部屋が渡り廊下でつながっており、中庭には枯山水や紅葉、梅、桜など様々な物で彩られている。凛の部屋はその中でも一番奥にあり、門から入ってだいたいたどり着くまで五分はかかる。

 

「相変わらずおっきな家だねぇ」

 

「それ毎回言ってますよ。まず厨房に行ってもいいですか?お母さんに挨拶したいので」

 

「うん。私もご挨拶しなきゃ」

 

「ふふ、あんまり硬くならなくても大丈夫ですよ」

 

厨房は本邸のちょうど中心にある最も大きな部屋にある。凛の母親は仕事で世界中を飛び回っていて、一週間に3日いればいい方だが、帰れば必ず料理をしているほどの料理好きで、その腕前は組員の中でも大好評らしい。ちなみにタイミングが合わなかったのか、アマネは凛の両親には会ったことがない。

 

「お母さん?凛です」

 

「はーい!」

 

アマネたちが厨房に入ると、何人かの女性のお手伝いさんとともに、凛の母親が長い髪の毛を一本に括り、割烹着を来て食材と格闘していた。18歳の娘の母親とは思えないほど若々しく美しい顔立ちは、凛とよく似ている。

 

「凛、お帰り」

 

「ただいま」

 

笑いながら凛に挨拶をすると、それに気づいた女中たちも「お帰りなさいませ」と口々に言う。

 

「アマネちゃん、いらっしゃい。凛から聞いてるわ。ゆっくり寛いでいってね」

 

「はい!お願いします」

 

凛の母親はそうだ、と手を合わせた。

 

「アマネちゃんの好物も晩ご飯に入れましょうか。確か炊き込みご飯が好きだったわよね」

 

「え、何で知って‥‥‥」

 

「凛がよく話すから。アマネちゃんの話は止まらないのよね」

 

「も、もう、お母さん」

 

凛が恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

「ちょっとー、りん先輩有る事無い事言ってないでしょーねー」

 

「そ、それは‥‥‥まちまちですよ、まちまち。さ、私の部屋に行きましょう?制服のままじゃ堅っ苦しいですし。ね?」

 

「もう、ごまかしてさー」

凛はそそくさと厨房を出て行った。

 

「ありがとうね。うちの子と仲良くしてくれて」

 

凛が出て行くのを見計らって、凛の母親はアマネに笑いかけた。

アマネは慌てて返事をする。

 

「いえ、そんな。仲良くさせてもらっているのはこっちなので、こちらこそです!」

 

「これからも娘をよろしくお願いします」

そう言って、凛の母は深々と頭を下げた。

「こっ、こちらこそです!」

 

アマネも頭を下げる。

 

「ふふ、引き止めちゃってごめんなさいね?早く行ってあげて?」

 

「ありがとうございます、失礼します!」

 

アマネも厨房を去って行った。

凛の母は女中たちにしばらく電話するから鍋を見ていて頂戴、と言い残し、厨房から中庭にでた。

携帯電話を取り出し、電話をかける。たった3回ほどの呼び出しで繋がった。

 

『もしもし、音乃か?』

 

「礼司。娘さんと会ったわ」

 

電話の向こうの人物が、息を飲んだのが分かった。

 

『‥‥‥どうだった?』

 

「取り敢えず何も異常はないみたい。引き続き監視は続けるわ」

 

『ああ、有り難う。‥‥‥すまないな、こんな役回りを引き受けさせて。凛ちゃんにも』

 

「‥‥‥そうね。でも、必要なことなんでしょ?凛もきっと分かってるわ。そんなことより、たまには家に帰ってあげなさいよ。あの子強いから大丈夫だとは思うけど、内心寂しがっているわ」

 

『わ、分かってはいるんだが‥‥‥』

 

音乃は呆れたように溜息をつく。

 

「不器用な父親ヅラはいい加減にしなさい。仮にも親でしょ?しっかりしなさいよ。ぜっっったいに明日、帰りなさい。良い?」

 

『あ、ああ。分かってるよ。ちょうど仕事も終わりそうなんだ』

 

「わかれば良いのよ。じゃあ切るわね?ご飯用意しなくちゃ行けないから」

 

『ああ。恩に切る。武人にもよろしく伝えといてくれ』

 

「そっちも鳴海に無理しないでって言っておいて?」

 

『うん。じゃあ、また』

 

通話が切れ、ツー、ツー、という無機質な音が鳴る。

 

「まさか、ね‥‥‥」

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、着物ってやっぱり慣れないや」

 

「でもこの時期には涼しいでしょ?」

 

「そうだね」

 

アマネは凛の部屋で部屋着の着物に着替え、凛のベッドでゴロゴロしながら携帯電話をいじっていた。

 

「まだ料理は来ないだろうから、先にお風呂に入りますか?」

 

「いいね。りん先輩ん家のお風呂すっごく広いから興奮するよね」

 

「そうですか?私はもう慣れちゃいました」

 

「私みたいな庶民は一生有り付けないよなぁ」

 

雫山邸にあるのは、豪華旅館に勝るとも劣らない大浴場だ。それこそ大の大人が20人入っても余裕があるほどに広く、またその効能は美肌効果、疲労回復、リラックスと女子に優しい。しかもしっかり男女に分かれているのも良いポイントだ。

 

「うちは男衆が多いですからね。真夜中の若い者のうるささときたら‥‥‥」

 

「ははは‥‥‥」

 

大所帯らしい悩みだ。

大浴場は雫山邸の一番奥にある。そのため遠く、行くのに少々面倒だ。

 

「‥‥‥ん?」

 

アマネは廊下で歩いている一人の人影を見つけた。どことなく見覚えのあるようで、記憶に引っかかるものがある。

 

「あ、東弥さんじゃないですか」

 

凛に呼ばれると、その東弥は振り向いた。

 

「あ!」

 

「‥‥‥げ」

 

アマネは思わず声をあげ、東弥はあからさまに嫌そうな顔をした。

 

「はなぶくろ!」

 

「かたい!はなぶくろってかいてかたいって読むんだよ!花袋!」

 

「どうしてこんなところにいるのさ」

 

「警備だよ、ここら辺にしゅ」

 

「あーーーーー!」

 

東弥の言葉を凛は遮った。

 

「アマネさん、ちょっと先行ってて下さい。ちょっとこいつと話があるので」

 

「え?なんで‥‥‥」

 

「すいません。お願いします。あとで何か奢るので!」

 

「えー?まあ良いけど‥‥‥」

 

アマネは大浴場に向かった。

アマネが充分に遠ざかったと判断すると、凛は東弥に向き直った。

 

「東弥さん、指令を破る気ですか?」

 

「指令って‥‥‥あ!」

 

「もう、本当にバカなんだから」

 

「ていうか、それ出された時、俺寝込んでたんすけど‥‥‥」

 

「関係ない。それに、あまりアマネさんを巻き込まないで下さい。彼女は私の大切な人なので」

 

「でも、あいつは‥‥‥」

 

「ただの事故、でしょ?」

 

「‥‥‥はい。ただの事故です」

 

「じゃあ引き続き警備をお願いします。くれぐれもアマネさんに近づけないで下さい」

 

「分かってます」

 

 

 

 

 

 

 

 

アマネは湯の中で足をだらしなく伸ばす。

 

「ああー、良い湯だー」

 

「もう、だらしないですよ」

 

後ろから声が聞こえる。振り向けば裸体をタオルで隠した凛が浴場に入っている。

 

「りん先輩。話終わったの?」

 

「はい。アマネさん、東弥さんと会ったことあるんですか?」

 

凛は体に湯をかけながらアマネに問う

 

「うん。‥‥‥あれ」

 

奇妙な感覚。デジャブのような。気持ち悪い感覚が身体中を駆け巡る。

 

「会ったこと‥‥‥あるっけ」

 

「きっと見間違いですよ。どこにでもいそうな顔してるから」

 

「でも、向こうも私のこと」

 

「東弥さん、美人さんは苦手なんですよ」

 

「へっ?ちょ、ちょっとぉ。お世辞言ったって何も出ないよ?」

 

「お世辞じゃないですって」

 

そう言いながら凛は湯船に浸かる。

 

「‥‥‥ほんっとに先輩ってエロいね」

 

「ちょっと何言ってるんですか。もう」

 

二人とも無言になる。湯は熱過ぎずぬる過ぎず、実に丁度いい温度を保っているため快適だが、いかんせん長く入っているためのぼせそうだ。

 

「身体洗おっかな」

 

「いってらっしゃい」

 

アマネは湯船から上がり、シャワーの設置されている洗い場に座った。

長い髪を丁寧に時間をかけて洗う。髪は神様、というのは母親から教わった言葉だ。髪の毛には神様が宿っているのよ。そう言いながら母親は優しく髪を撫でてくれた。

丁度頭の石鹸を落とすため、シャワーを頭からかけている時だった。

かすかな硬い足音と地響きがなったとき、アマネは特に気も止めなかった。古い家の家鳴りか何かと楽観視した。

 

「ーーーーー、て!ーーーーー」

 

 

誰かの大声が聞こえる。シャワーのせいで聞き辛い。

一回石鹸を洗い落とし、顔を拭って振り返る。

 

「何、先輩ーーー」

 

目を疑った。

 

「ーーーアマネさん、いいですか?目をそらさず、ゆっくり後ずさって下さい。外に待機しているものがいるので、そのものの指示に従って、急いでここを離れて下さい」

 

凛は『何か』と対峙している。凛はどこから取り出したのか、リボルバー銃を標的に向かって構え、見たこともない制服を着ている。

その『何か』は、この世のものとは思えなかった。大人の男と変わらないよう二足歩行の体躯。真っ白な、かつ滑らかな、そして固そうな肌。ヨダレを垂らしながら、その凶悪な牙がむき出しになっている口。身体を支えている二本の足と二本の手には三本の指、鋭い爪。爬虫類によく似た頭には、無機質な目が静かにこちらを見ていた。

 

「聞こえなかったのか」

 

東弥の声も聞こえる。日本刀を構えている。

 

「行けっていってるんだ。早く!」

 

怒鳴られた反動か、身体がびくりと動き出した。急いで浴場の出入り口に向かう。後ろから大きな足音が聞こえる。あの怪物が追って来ている。

 

「止まれって言ってんだよ!」

 

東弥は怪物の目の前に躍り出ると、刀を振った。怪物は強靭な腕でそれを止める。

 

「お嬢!背中狙って下さい!」

 

東弥は鍔ぜりあっていた力を一瞬だけ緩めた。怪物はバランスを崩す。東弥は怪物を蹴り飛ばした。

 

「お嬢!」

 

「分かってます!」

 

凛は銃の引き金を引く。放たれた弾丸は怪物の皮膚を貫通した。怪物は大きく震えたあと、跪く。東弥はそれに近づき、刀を渾身の力で振り下ろした。鮮血が飛び散り、浴場の床を赤く染めていく。

 

「やっぱな。このタイプは背中が薄いって相場は決まってんだよ」

 

東弥は振り向き、アマネを確認した。丁度浴場から出て行くところが見えた。

 

「よし、なんとか間に合ったな。あとは‥‥‥」

 

「東弥さん!」

 

凛の声が届くよりも早く、東弥の視界に怪物の爪がぶれたように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、なんなの‥‥‥?」

 

浴場から出たアマネは、裸のまま外に飛び出した。大した距離しか走っていないのに、全身が汗でびっしょりだ。

 

「ご学友様!こっちです!」

 

声がする方を向くと、門のところで警備をしていた黒服がいた。

 

「これを。今から安全な場所までお連れしますので」

 

バスローブを渡される。

 

「あ、あれは・・・」

 

「説明はあとです!急がなければ‥‥‥」

 

黒服はアマネを担ぎ上げ、廊下を走っていく。

 

「東弥さん!」

 

浴場の方から叫び声が聞こえる。

 

「まさか‥‥‥」

 

黒服が青ざめる。廊下の壁に銃弾が飛んでくる。

 

「止まって!」

 

怪物が迫ってくるのがはっきりと見えた。それを止めるため、凛が銃を構え撃っている。銃弾はたしかに怪物に当たっているが、怪物は止まらない。

 

「くそお!」

 

黒服は振り向き、拳銃を懐から取り出し応戦する。しかし効かないようで、あっけなく腕の一振りで吹き飛ばされてしまった。

 

「いや、いやぁ‥‥‥」

 

へたり込んだアマネはなんとか逃れようと後ずさるが、恐怖で動けない。

 

「止まってってば!」

 

怪物の向こう側から必死の形相で凛が走ってくるのが見える。しかし、怪物は既にアマネの目の前、その腕を振り抜けばアマネの命を奪える距離まで迫っていた。

 

ーーパパ‥‥‥!

 

アマネは死を覚悟した。

怪物が顔を近づけてくる。凛が銃を構えながらこっちに向かってくる。アマネは来るべき一撃に身を強張らせ、硬く目を瞑った。

 

「ワレラガ、ヒメサマガ、オ‥‥‥」

 

そのまま押し倒される。しかし怪物に生気はなく、そこにあるのはしかばねだった。

 

「な、なに‥‥‥」

 

身体の震えが止まらない。歯がかみ合わず、カチカチと鳴る。

 

「アマネさん!」

 

凛が近づいてくる。

 

「り‥‥‥ん、せんぱ‥‥‥」

 

「アマネさん、アマネさん!よかった、よかった‥‥‥!」

 

凛は感極まり、アマネを抱きしめる。凛の暖かさを裸の身体が全身に伝える。アマネは弱々しく凛の背に手を回す。

 

「りん、せんぱい‥‥‥」

 

一気に身体中を安心感と虚脱感が包みこむ。瞼が重い。次第に意識を手放しながら、アマネの脳裏には、ある言葉がずっと反芻していた。

 

ーーワレラガ、ヒメサマ‥‥‥。

 

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