テンノオト   作:オオミヤ

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第4話

宮中、自室にて。

 

「うー‥‥‥」

 

ソラは目の前の惨状に頭を悩ませていた。無惨に散った兵、圧倒的な戦力差、そして今にも殺されようとしている王。

 

「ほら、姫様の番ですよ」

 

「ちょ、ちょっと待って。あともうちょっとで活路が見えるから‥‥‥」

 

「でももう選択肢ないじゃ無いですか?どうやったって私の勝ちですよ」

 

ソラはあぐらをかき頭を抱える。その姿を見て、対戦相手の少女は呆れた顔をする。

 

「もう、姫様。またそんな風に足を‥‥‥」

 

「も、もう1戦だけ、もう1戦やろう!」

 

「そう言いだして何回目なんですか?」

 

「う‥‥‥」

 

何も言い返せないソラを尻目に、少女はいそいそと次の勝負のために板状に駒を並べ始めた。それを見たソラは目を輝かせる。

 

「やってくれるの?ありがとう、タマ!」

 

「ええ、とことんおつきあいしますよ」

 

そう言ってタマと呼ばれた少女は優しく微笑んだ。

2人がやっていたのは『カナン』と呼ばれる、チェスにオセロの要素を混ぜ合わせたものだ。駒の動きの大体はチェスによく似ているが、自分の駒が相手の駒に挟まると、駒が相手方に寝返ってしまう。このタイミングと相手の駒を使った戦略が肝だ。

 

「でも、私が言うのも変な話だけど、君はこんなところにいていいの?」

 

「ええ、今私たち仕事無いですから」

 

「そうなのか」

 

カツンカツンと駒を盤に置く小気味良い音がソラの広い部屋に響く。因みに、今仕事がないというのは真っ赤な嘘で、本当はこの裏でアマネの誘拐作戦が進行中だ。もっとも、それをソラは知らないのだが。

 

「あれからどう、みんなは?無理してないかな」

 

「全員貴女を心配しているんですよ?本来なら御所への侵入などあり得ぬこと、しかもニンゲンの侵入が全く分からなかったなんて」

 

「でも、そうだとしても見つけて殺すなんて‥‥‥!」

 

「姫様、もう二度とあんなこと言わないでください。一國の姫が、ニンゲンを擁護するなどいけないことです」

 

「でも、私は彼女に助けてもらったんだ」

 

「それでもです。ニンゲンは敵なんですから。‥‥‥そもそもなんであの夜は抜け出したりしたんですか?私としてはそっちの方がまだ怒り足りないんですけど」

 

タマはぷくりと頬を可愛らしく膨らませる。

 

「なんとなく夜風に当たりたくなったから。でも、おかしいんだ。いつのまにか意識がなくなったっていうか‥‥‥」

 

「それでもです!これからは本当に、本当に夜間の外出は禁止ですからね!」

 

「はい‥‥‥」

 

怒られたソラは弱々しくうなだれる。その姿を見ながら、タマが駒を強く打った。

 

「はい、姫様ですよ」

 

「うん‥‥‥え!?ちょっと、ええ‥‥‥」

 

盤面は容赦なくソラの完敗。なすすべもなかった。

 

 

 

 

 

目の前に茶の入ったコップが置かれる。タマが淹れてくれたものだ。澄んだ茶色から湯気が上がっている。

「ありがとう」

 

「いえいえ」

 

礼を言って一口飲んだ。気持ちのいい暖かさが喉を通る。

 

「やはりタマの淹れてくれたお茶が一番美味しいよ」

 

「そう言ってもらえるとは光栄です」

 

「そういえば、他のみんなはどうしてるんだ?」

 

「イロハは実家に帰省中、チェリは自室待機、フタバは‥‥‥寝てるんじゃないですか?」

 

「フタバはまたか」

 

「でもお仕事はきっちりしてくれますから。それに我ら近衛の中でも随一の実力者ですからね。このくらいのサボりは許容範囲です」

 

「許容範囲なんだ‥‥‥ところで近衛といえばマスケが見当たらないんだけど、何処にいるか知ってる?」

 

タマは一瞬ギクリと肩を震わせた。マスケは現在出征中で、宮中にどころかこの世界に居ない。それはソラには秘密にしなければならないことだ。

 

「どういう御用件です?」

 

心の動揺を悟られまいと恐る恐る切り出す。

 

「久し振りに剣の稽古をつけてもらおうと思って。昨日外の露台でお酒呑んでたから、暇なのかなって」

 

「いや、マスケさんは今外でお仕事があって‥‥‥」

 

ーーあのサボ隊長、自分の仕事もしないで!これだからフタバが真似するんだから!

タマの心中は穏やかではない。しかしそんなことをおくびにも出さない。無意識のうちに頬をかく。

 

「そうなんだ。仕事の邪魔したらダメだし、また今度にしようかな」

 

その言葉に内心ホッとした時、扉を叩く音がした。

 

「どなたですか?」

 

タマが返事する。

 

「イロハです。ただいま戻りました」

 

「いいよ、入って」

 

ソラの返事を受けて、扉が開く。そこには、長い金髪を二つに結び、巫女服を自前で改造した特別な服を着た少女が立って居た。

 

「イロハ、帰省中じゃなかったっけ」

 

「ちょっとお父さんの様子見に行っただけですから。それより、タマ。今いい?」

 

タマはソラを見る。ソラは頷いた。

 

「すいません、少し行ってきます」

 

「うん」

 

タマはイロハと共に部屋から出て行った。

 

「姫様、どう?」

 

姫の部屋から少し離れた廊下の角で、心配そうにイロハが聞いた。

 

「うん、大丈夫そう。大分回復してきた」

 

それを聞き、イロハは一安心したようにため息をついた。

 

「マスケさんとフタバ、上手くやってるかなぁ」

 

「‥‥‥私はまだ反対だよ?いくら姫様が助かったって言っても、所詮ニンゲンだもん。どんな手を使って姫様を誑かしたか」

 

まだ怒りが燻っている様子のタマを見て、イロハは宥めるようにタマの肩に手を乗せる。

 

「それを明らかにするために連れて来るんでしょ?それに、私だっていい気分じゃないけど、姫様のお気持ちが最優先でしょ?」

 

「‥‥‥うん、分かってる。滅多に言わない姫様のわがままだもん。聞いてあげたい気持ちは私にもあるよ」

 

渋々ながらも納得した様子のタマを見て、イロハは満足そうに頷く。

 

「じゃあ次は私も居るよ。最近は私たちの仕事もないし、今日はパーッと遊んじゃおう!あとでこっそりお菓子持ってきてさ!」

 

「うん、そうだね」

 

二人は姫の部屋へと戻る。

しかしドアを開けたそこには、もぬけの殻となった部屋と開け放たれた窓が残されてた。

 

 

 

 

 

 

部屋から上手く脱出したソラは宮殿の裏からサケハシの森のウノ・コンドランが見える高台を目指していた。

 

「マスケが外で仕事とか、フタバがサボってるとか、今回に限っては嘘だ」

 

ソラはそう言われた時のタマの仕草を思い出していた。

 

「タマ、自分では気づいてないかもしれないけど、嘘ついた時右の頬をちょっとかくんだ」

 

宮殿の庭を影に混じりながら走る。

 

「絶対アマネを酷い目に合わせようとしてる。絶対止めなきゃ」

 

宮殿を巡回している兵士の目を潜り抜け、進む。ちなみに、宮殿には東西南北の四つの門があり、周りには高い石の垣根に囲まれている。だから宮殿から出るには、この四つの門のどれかを通り抜けるしかない。だが‥‥‥。

 

「私には、意味ない、よ!」

 

声に合わせて大きくジャンプする。垣根を駆け上がり、垣根を飛び越え、音を立てず着地。そのまま走り出す。

 

「早く、速く‥‥‥」

 

人が多い街の大通りを進むわけにはいかない。人目を引くため、アズマに乗るわけにもいかない。宮殿へ行くための長く大きい階段にも、多くの兵が居るため近寄るわけにはいかない。ソラは裏路地を進んだ。

 

「何してるんですか?」

 

前方から声が聞こえる。立ち止まって声の主を見る。出てきたのは近衛隊の制服を着て、髪をボーイッシュにカットした少女だ。

 

「リリ、どいて」

 

「ダメです」

 

リリ、近衛隊の若き副長は細い路地から動こうとしない。

 

「殿下。私は、殿下をこの街から逃がさないようにと隊長から言われています」

 

「私は行かなきゃいけないの!」

 

ソラの変わらない意志を察して、リリは悲しそうな顔をする。

 

「どうしてですか、殿下。なぜそこまで奴らのことを思うのです」

 

「分からない。私はニンゲンの野蛮な姿しか見たことがなかった。でも、アマネはとても優しかった。触れられて嬉しかったんだ。だから‥‥‥」

 

「いい加減に目を覚ましてください!」

 

リリが一喝する。

 

「前までの殿下はこうじゃ無かった!」

 

「じゃあ、それは私じゃ無かったんじゃない?」

 

「ニンゲンにそんな価値はない!」

 

「私の“たましい”がアマネを護れと言っているんだ!!」

 

ソラは走り出した。走り出しから助走をつけず、いきなりトップスピードまで加速し、一気にリリを抜こうとする、目にも留まらぬ速さだ。

 

「殿下!」

 

リリはソラの胴体を掴み、そのまま上空に投げる。ソラは勢いを利用し壁を駆け上がり、家々の屋根まで登った。そしてリリを無視して先へと急ぐ。

リリは同じように屋根へと跳躍し、ソラを追いかける。

 

「殿下、お待ちください!私は貴方を傷つけたくない!」

 

「どうして殿下、なんて呼んでるの?昔はよくソラって言ってくれてたのに!」

 

「私とあなたじゃ身分が違う!」

 

「そんなの関係ない!私達、幼馴染で友達だったでしょ!」

 

「もう違います‥‥‥!」

 

リリは言い切ってしまった。口を突いて飛び出した言葉にハッとなったが、すぐに持ち直す。

 

「私はもう戦士なのです!テンが連れ去られたあの日から、私はあの惚けた私では‥‥‥!」

 

「それでふさぎこんでちゃ世話ないよ!」

 

「ではなぜ殿下はニンゲンを許せるのですか!自分の家族を攫われて、どうしてあんなことを言えるんですか!」

 

「許してない!許してないけど、でも、全部が全部周りの言う通りじゃない!」

 

「私は‥‥‥!」

 

ソラに追いついたリリは飛びついて押し倒す。

 

「うっ!」

 

まともにタックルを受けたソラはリリと共に屋根を転がる。

 

「私は、許せない‥‥‥」

 

リリは息を整えつつ、ソラを逃がさないように馬乗りになる。

 

「さぁ、帰りましょう、殿下。殿下はこの國の姫君なのです。軽はずみな行動は、謹んで下さい‥‥‥」

 

「どいてよ、リリ!」

 

「ダメです!」

 

その時、遠くの空が光り輝いた。

 

「門?なんで!?」

 

「しまった‥‥‥!」

 

作戦がソラにバレたことで、リリは歯噛みする。その隙を見逃すソラではなかった。リリの拘束を力づくで逃れ、屋根から飛び降り路地に戻る。再び走り出した。

 

「早く行かないと‥‥‥!」

 

しかし、行く先に一本の槍が降ってくる。槍は地面に深々と突き刺さり、ソラを阻む。

 

「‥‥‥殿下」

 

背後からリリの声が聞こえる。先ほどまでのグズッたような声ではない。冷たく、人を突き放すような声

 

「私は、あなたを、行かせるわけにはいかない」

 

リリの右手の周囲に透明なかすかな輝きを放つ粒が舞っている。それが集まり、一本の槍が生成され、リリの手に収まる。

 

「さあ、武器を取ってください、殿下。私は武器を持たない相手とは戦いたくありません」

 

抜き身の刀。そんな使い古された表現にまさに当てはまる。突き刺さるような明確な戦いの意思。凶暴にして冷徹な剣気に、ソラは思わず唾を飲む。

 

「‥‥‥戦わないって選択肢は?」

 

「なら、私は殿下を気絶させ、宮殿へお連れするだけです」

 

「それは嫌だな」

 

ソラの周りに青く輝く粒子が舞い、それらが身体に集まり、武器と化した。

ソラの腰には長剣が下され、背中には装飾を施された弓矢が装備される。ソラは抜剣し、剣を振る。剣身には紋様が刻まれ、淡く光っている。

 

「‥‥‥手加減、しないで」

 

ソラが剣を構え、リリを睨みつける。二人の間に灼けつくような緊張感が生まれた。一歩踏み出すのも躊躇われる中、先に仕掛けたのはソラだった。

 

「やぁっ!」

 

一瞬で近づき、強く踏み込む。地鳴りが響き、剣が振り下ろされる。その勢いで舗装された地面が破壊された。リリはそれを紙一重で避けた。もし少しでも遅れていたら、確実に地面とともにえぐれ、絶命していただろう。

ソラはリリを視界から離さず、そのまま横に剣を振り抜く。強烈な一撃をリリはそれを柄で受け止め、さらにジリジリと力を加えながら接近する。

 

「くっ‥‥‥」

 

振りほどきたくても振りほどけないソラは、わざと力を緩めバランスを崩し、足を引っ掛けリリを転ばそうとする。しかし、それを読んでいたリリはソラの胴体を蹴った。

 

「あぐっ」

 

さらに石打で追い討ちを掛けようとするが、剣で払われる。なんとか踏み止まったソラは距離を詰め、突きを繰り出す。リリは攻撃をいなす。ソラはわざと足を強くふみ鳴らし、さらに距離を詰めようとする。先ほどの一撃がまだ意識に残っていたリリは一瞬身体が強張った。瞬間、ソラの姿が視界から消える。

 

「‥‥‥!」

 

リリが消えた姿を探す、その隙すら与えなかった。ソラは屈み、リリの視界から外れていたのだ。下から剣を振り上げる。リリは勢いに押され、槍で受け止めたが、かすかによろける。それを見逃すソラではなかった。

 

「はっ!」

 

ソラは今度こそ距離を詰め、猛攻を仕掛ける。突き、払い、フェイントを織り交ぜ、少しずつリリを押していく。ついに壁際まで追い詰めた。しかしリリは飛び上がり、壁を蹴り上げ、逆にソラを壁際に追い詰める形に逆転した。

 

「‥‥‥くそ」

 

リリは槍を突き刺そうと構える。槍の一撃が放たれる寸前、ソラは剣を投げた。

思いがけない攻撃にリリは防御を余儀なくされる。ソラは壁を蹴り上がり、再び屋根まで上がった。

 

「何を‥‥‥?」

 

ソラが顔を出す。その手には弓が構えられていた。矢が番られる。矢が鋭く一瞬光った。矢が放たれた。

察したリリは間一髪で転がり避ける。先ほどまでリリがいた場所には矢が深く刺さり、地面が爆発したように破壊されていた。ソラは次々と矢を放つ。リリは矢を刃で受け止めるが、衝撃が伝わり吹き飛ばされる。刃が少し欠けてしまった。

 

「くっ‥‥‥」

 

槍を消して作りかえたいが、間髪入れずに襲ってくる矢の暴力がその隙を与えない。

リリは物陰に入り、防御しつつ、槍に力を込めると、槍が光り輝いた。満を持してリリは射線へ躍り出た。リリの周囲には薄く膜が見張られている。膜は矢を弾く。リリは前進する。

ソラは歯噛みした。こうなったら止められない。リリのあの光る膜は短時間しか保たないが、一切の攻撃を通さない無敵の防護だ。ソラも渾身の力を矢に込め、放つ。膜と衝突し、地が揺れた。凄まじい轟音が鳴り響く。粉塵が巻き上がり、リリの姿が見えなくなる。

 

「どこ‥‥‥!?」

 

必死に周囲を探すが、気配がしない。瞬間、背後からさっきが放たれる。

 

「動かないで」

 

後ろに鋭い感覚。槍が突きつけられている。

 

「リリっ‥‥‥!」

 

振り向こうとすると、首に鈍い衝撃が走った。身体の力が急激に抜け、地面が近づく。

 

「ぁ‥‥‥」

 

遠くなっていく景色の中、ソラが最後に見たのは、どこか悲しそうに自分を見下ろすリリの姿だった。

 

「‥‥‥ソラ」

 

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