テンノオト   作:オオミヤ

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第8話

「起きて、アマネさん。もう7時ですよ」

 

「んんー‥‥‥もうちょっと‥‥‥」

 

「ダメです。さ、もう起きて。起きないと朝ごはん食べ逃しますよ」

 

まだ目がしぱしぱする。ゆっくりと鮮明になっていく視界には、凛がこちらを覗き込んでいるのが見えた。

 

「ぉはよ‥‥‥」

 

「ほら、立って。制服とか出しておくのでその間に顔洗って来てください」

 

「せんぱいはー‥‥‥?」

 

「私もまだです。一緒に食べましょ?」

 

布団から這い出て眠い目を擦りながら洗面所に向かう。

 

「あ、おはよう」

 

「おはよー‥‥‥」

 

すれ違った東弥が挨拶をした。

 

「‥‥‥なんで、はなぶくろが‥‥‥えっなんで!?」

 

「おおっ」

 

覚醒したアマネが発した大声に東弥が心配そうに見る。

 

「な、なんだ?」

 

「なんであんたここにいるの!? ‥‥‥あ、私」

 

「‥‥‥なんなんだ」

 

ということで、昨日の話し合いの後、アマネは現在雫山家に居候させてもらっているのだ。父親である礼司はまだ家に帰れない上、今後もアマネが狙われる可能性を考慮し、しばらく一緒に暮らしたほうが護衛しやすいということだ。寝泊まりは凛の部屋。朝ごはんは組員のみんなと食べるというのがここのルールらしく、アマネもそれに従っている。

 

「完全に忘れてた‥‥‥」

 

「おい、洗面所の場所わかるか?」

 

「うん、わかるよ。ありがとう‥‥‥なんでみんな洗面所の場所わかんない扱いにするんだろ」

 

高級ホテル並みに綺麗にされている洗面所で顔を洗い、軽く髪を整える。大きな鏡に金色の蛇口となかなか落ち着かない。

 

「しかし、家に普通に男の人いるの変な感じー‥‥‥家にはほとんど一人だったからな‥‥‥」

 

見たこともないような高級洗顔料で顔を洗えるのは、今苦労している自分へのご褒美かもしれない。

 

ーーこ、これは‥‥‥!肌に泡が吸い付く! さすがサボン!

 

心なしか肌の光沢がいつもと違う気がする。凛のあの輝く肌の秘訣がわかった気がした。

 

「アマネさーん、ごはんですよ。行きましょ?」

 

「ほんと?」

 

たしかに美味しそうな匂いが漂ってくる。

凛に連れられ食堂に行く。そこには雫山邸に東弥含め、現在出入りしている組員全員、それに凛の両親が揃っていた。

 

「お、こっちだ、こっち!」

 

いかつい顔のおじさんが顔に満面の笑みを浮かべて凛たちを手招きする。

 

「もう、お父さんったら‥‥‥」

 

凛は若干引き気味だ。

 

「君がアマネちゃんか! かわいいな! 昨日は大変だったろうにその場にいなくてすまんな!」

 

2人が席に着くと、凛の父親はすぐさましゃべりだす。

 

「雫山武人。凛の父親や。よろしく」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

差し伸べられた手を握ると、あまりの厚さと大きさに手が上手く握れない。

 

「もう、お父さん、食事中に行儀悪いよ」

 

「なんだ、アマネちゃん取られて嫉妬か?」

 

「なに言ってんの? そんなわけないじゃん」

 

そう言いつつ凛の顔は少しだけ不機嫌そうだ。

 

「はい、アマネちゃん、ごはん」

 

「あ、ありがとうございます」

 

凛の母、音乃が茶碗をよそってくれる。そして次々と鮭や味噌汁、スクランブルエッグが運ばれてくる。

 

「じゃんじゃん食べてね!お代わりしてくれてもいいから!」

 

「ありがとうございます!」

 

お言葉に甘えて行儀よく、しかし勢い良く食べる。もともと朝が弱いせいであまり朝食を食べる時間が取れないが、もともとアマネはかなり食べる方だ。朝あまり食べないせいか、学食のメニューはいつも大盛りになる。

 

「おいしい!」

 

思わず叫ぶと、厨房を仕切っている音乃は嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

「ありがとう。そう言ってもらえると作りがいがあるわ。この人たちは味に慣れたのか知らないけど、最近あまり感想を言ってくれないから」

 

ちらり、とわざとらしく組員たちの方を見ると、組員は一斉に「美味しいです!」「姐さんの料理は天下一です!」「もう姐さんのメシじゃねぇと行きていけねぇ!」と口々に言う。特に東弥は大声だった。

 

「あの、武人さんと音乃さんも、ぱ‥‥‥お父さんの幼馴染なんですよね」

 

「こんな若い子に名前読んでもらえるなんて‥‥‥」

 

一瞬調子に乗った武人を凛と音乃が睨みつける。

 

「なーんて冗談‥‥‥そう、礼司と鳴海とはもう何年か‥‥‥40年くらいの仲だなぁ」

 

「え? そんなに‥‥‥」

 

「もともと住んでたところが近かったし、小学校から大学まで一緒だったからなぁ、ま、腐れ縁ってやつさ」

 

「でも、音乃さんもそうだって」

 

「音乃は中学からの知り合いだ。たまたま同じクラスになって、それで仲良くなった感じだな。しっかし強い女だよ、コイツァ。なんせこんなヤクザの倅と一緒になるっつたんだがな」

 

「そうなんですか?」

 

「もともとうちの両親は駆け落ち婚なんです」

 

「え、そうなの!?」

 

凛の補足にアマネは驚く。

 

「ああ。元から婚約者がいて、でもそいつとの結婚は嫌だって言ったら勘当されて‥‥‥そんときゃ礼司も鳴海も魁斗も協力してくれてなぁ。しばらくはやーもんとは無縁の暮らしだったさ」

 

「魁斗さんって、亡くなったっていう‥‥‥」

 

「‥‥‥あいつはいい奴だった。あそこで死んでいい男じゃなかったよ。俺らがこんな組織作ったのも、あいつの弔い合戦のつもりだよ、おれぁね」

 

「お父さんは副理事で久世さんが理事長で‥‥‥」

 

「俺らは特別顧問‥‥‥ま、名前だけだよ。あとは発足当初はうちの人員のほとんどを貸してやったくらいか‥‥‥今はもう違うがな。あん時は人員不足が深刻で」

 

「いまは世界中に支部があるって聞きました。日本にも5つの師団があるって」

 

「よく増えたもんだよ。でも人員が増えて金が増えたのも、それが結局戦争のおかげなんだから、どうかと思うが‥‥‥まあその戦争止めるためになんとかやってるんだが‥‥‥」

 

武人は勢いよく朝食をかきこみ、手を合わせた。

 

「ごちそうさん! 朝から景気の悪い話してすまなかったな。しばらくの間だが、自分の家だと思って、寛いでくれ。今日も帰りは遅いが、まあ気にせず好き勝手やってくれ‥‥‥お前ら! たんまりもてなせよ!」

 

「はい!親父!」

 

組員が声を揃えた。

 

「あ、そうだ。後でアマネちゃんに紹介したい奴がいるから、夜には応接間に来てくれ」

 

「は、はい」

 

そう言い残し武人は去っていった。

 

 

 

 

 

「すごかったね。りん先輩のお父さん」

 

「今まで会ったことなかったですもんね。うちの父が忙しかったからですけど」

 

「駆け落ちかぁ‥‥‥ちょっと憧れちゃうな」

 

「女の子の憧れではありますね」

 

「どこかに私を攫ってくれる王子様はいないかしら」

 

「アマネさん‥‥‥」

 

「ま、私を攫おうとしたお姫様はいたけどね」

 

洗面所で髪を整えながら、凛に向かって茶目っ気たっぷりにウィンクする。

ドライヤーで前髪を左右から乾かし根元をラフドライ。次に後ろから少しずつ乾かし全体を整える。そうすることで髪に段ができ、黒髪でも重い印象になりにくい。あとは軽くヘアバター、ワックスを塗って馴染ませると柔らかく、“ふわり”とした感じになる。即席でも充分映える見た目だ。

 

「うし、完成」

 

鏡を見て満足げにするアマネを見て、凛が呆れたような声を出す。

 

「相変わらず髪に対する執着がすごいですね」

 

「女の美しさの8割は髪! たとえどんな状況でも、女はキレイを追求しなきゃ。これが私の人生哲学」

 

「本当に尊敬します」

 

そう言う凛はドライヤーで乾かし手櫛で整えるだけだ。

 

「もうっ!凛先輩はせっかくそんな美人で髪もキレイなのに、オシャレしないなんて勿体無いよ!」

 

「そういうのは馴染みがなくて‥‥‥最低限のことができればそれで」

 

「惜しいなぁ、今‥‥‥は時間ないか。次時間あるときには絶対私がいじるからね!」

 

「もう好きにしてください」

 

洗面所から出て、カバンを担ぐ。そろそろ家からでなければ遅刻してしまう。

 

「ふつうに学校行くなんて変な感じ」

 

「まだ学生なんですから、学生の本分を忘れちゃいけませんよ」

 

「はーい。‥‥‥あれ?」

 

見ると、廊下の奥の方からのそのそと歩いてくる少女が見える。

 

「米李ちゃん!」

 

米李、と呼ばれたボサボサのプリン頭の少女は、いかにも今起きてきました、というように目をこすっている。

 

「‥‥‥え?アマネちゃん?なんで‥‥‥」

 

のそのそとこちらに近づいてくる。それをアマネは抱きしめた。

 

「米李ちゃんー!久しぶり!今までどこいってたの?」

 

「友達の家‥‥‥一緒にゲーム作ってたから。アマネちゃん、いつからいたの‥‥‥?」

 

「昨日の2時くらいにここに来たんだけど‥‥‥そっか、米李ちゃんの部屋って2階にあるもんね。もう寝てると思って明日挨拶しよっかなって思ったんだ」

 

抱きしめられた米李は少し照れ臭そうにしている。

屋永米李。彼女は凛の義理の妹だ。その昔、門の前に捨てられた赤子を凛の両親が引き取って育てたらしい。一般的な日本の学校システムに適応できなかった彼女は、現在学校に通っていない、いわゆる不登校だ。それと同時に彼女は学校教育が追いつかないほど天才で、すでに秘密裏にだが超有名大学を卒業したことになっている。ありきたりな設定のようにも聞こえるかもしれないが、本当なのだ。

そして今はサークルの友人とともに同人ゲームを製作し、同人ゲーム界始まって以来の記録的ヒットを達成したらしい。

ちなみになぜプリン頭なのかは、『ぐれたかったから』らしい。そんな容姿をしていても、流石にこの家の娘らしく、礼儀作法はしっかりしている。少し人見知りなだけなのだ。

 

「本当? またやらせてよ」

 

「1番にやらせてあげるよ。楽しみにしててね」

 

現在彼女はお小遣い稼ぎの名目で、友人と一緒に同人ゲームを製作している。制作した同人ゲームは莫大なヒットを上げ、ぼうだいな利益を生み出しているという。

 

「米李‥‥‥?」

 

「ひっ‥‥‥」

 

アマネの後ろから地の底から這い出たような恐ろしい声が聞こえる。アマネの腕の中で米李は縮こまる。

 

「昨日は何時に寝たの?」

 

「‥‥‥」

 

「めー、いー‥‥‥?」

 

「ご、5時‥‥‥」

 

目をそらしながらの答えに凛は深いため息をつき、目を釣り上げた。

 

「規則正しい生活をしなさいと何度言ったら分かるの!? まさかお友達の家でも徹夜したんじゃないでしょうね!」

 

「マっ‥‥‥マっ‥‥‥」

 

怖いと『マっ‥‥‥』鳴く生き物だ。

 

「健全な精神は健全な生活からっていつも言ってるでしょう?いくらもう学校に行かなくてもいいって言っても‥‥‥」

 

「ま、まぁまぁ。先輩、おちついて、ね?米李ちゃんも今日は早く寝るよね、ね?」

 

米李はブンブンと首が取れそうなくらい縦に降る。

 

「‥‥‥絶対ですよ。見回りに行きますからね」

 

「じゃ、じゃあ今日は一緒にどこかに行こっか。米李ちゃんも遊びに行って疲れたら寝るだろうし」

 

それを聞いた米李の顔が明るくなる。

 

「‥‥‥そうですね。じゃあ今日は気晴らしにどこかに‥‥‥女子らしくショッピングでも行きましょう」

 

「やった!」

 

アマネはガッツポーズする。

 

「でも、日が暮れる前には帰りますよ。アマネさんは一応うら若き女子なんですから」

 

「それをいうなら先輩もでしょ‥‥‥って、やばいよ、先輩!」

 

何気なくケータイを見れば、もうすぐに家をでなければ遅刻してしまう時間になっていた。

 

「もうそんな時間ですか?」

 

「うん、行かなきゃまずいよ。ごめんね、米李ちゃん、また後で!」

 

そう言って、アマネと凛は学校へ急いだ。

 

「‥‥‥」

 

米李は首を傾げている。アマネに関し、なんとなく引っかかるものがあるからだ。とりあえず部屋に戻って、PCを開いてみる。そこには、即刻確認と書かれたメールが未開封のまま放置されていた。さらに班長からしつこくメールが来ている。米李は青ざめた。

 

「マーーーッ!」

 

 

 

 

 

 

「なんとか、間に合ったぁー‥‥‥」

 

校門の前で息を整える。髪の毛を崩さない程度に全力で走ったのがこたえた。

 

「結構余裕でしたね」

 

「まあ着いてみれば、ね‥‥‥」

 

「言ってるうちに始業まであと10分ですよ」

 

そう言いながら近づいてくる男子生徒がいる。

 

「はるとくん! 今日当番だっけ」

 

「ええ。先輩、これ以上そんな校則違反ギリギリの髪してきたらまた呼び出されますよ」

 

アマネに忠告しているのは、明杜春人。高校2年で、アマネたちの後輩にあたる。風紀委員会に所属している春人は、1週間に1回、こうして校門の前に立ち生徒の遅刻欠席や身だしなみのチェックをつけている。

 

「ごめんごめん、これも受験勉強の息抜きだよ。見逃して、ね、ね?」

 

わざとらしく春人に擦り寄る。春人は顔をしかめる。

 

「はいはい、俺に色仕掛けは通じませんよ。さあ入った入った」

 

「ちぇー。行こっ、りん先輩。またね、はるとくん」

 

「はい」

 

凛は春人を見つめている。

 

「どしたの? 先輩、はるとくんに何かようだった?」

 

「いえいえ、ほら、早く行きましょう?」

 

下駄箱につき、靴を履き替える。

 

「でもね、はるとくんだって休日じゃピアス空けてるし、メッシュだって入れてるんだから」

 

「休日に一緒に出かけたんですか?」

 

「ちがうよぉ。たまたま会っただけ。でもその時にすっごいかわいい子がいてね? クール系なんだけど、はるとくんと全然似てなくて。その子彼女?って聞いたら顔真っ赤にしてお兄ちゃんのスネ蹴っちゃってさ。可愛かったなぁー」

 

「妹さんいたんですね。会ってみたいです」

 

「その時に気づいちゃったんだけど、あの2人同じペンダントつけてて。仲よさそうで羨ましかったな。ほら、私一人っ子だから」

 

「そうですか? 兄弟姉妹がいるとタイヘンなんですよ」

 

「米李ちゃん、タイヘンなの?」

 

「ええ。ちっちゃい頃は泣き虫だったし‥‥‥まあ、今もですけど。頭がいいのに子供っぽいし。そこがいいところですけどね。‥‥‥でも最近はお姉ちゃん離れしてきて少し寂しいです」

 

「先輩がイギリスに留学してる頃は大変だっただろうな」

 

「1週間どこに行くにも付いてきましたよ」

 

「かわいいな。私も妹欲しいなー」

 

「アマネさんがお姉ちゃん‥‥‥」

 

凛はすこし考え、ニヤニヤし始めた。

 

「な、なによ」

 

「いやあ、アマネさんがお姉ちゃんって‥‥‥ふふ、ちょっと似合わなくて‥‥‥。アマネさんが妹って感じだから」

 

笑いをこらえきれず吹き出している。

 

「も、もう! 先輩なんか知らない!」

 

「ああ、ごめんごめん、許してください」

 

「やーだねっ」

 

そうこうしているうちに3年生の自分たちの教室に着く。それと同時に始業のチャイムが鳴った。

 

「もう席に着かなくちゃ」

 

「そうですね」

 

席に着きしばらくすると、教室の扉が開き、担任の先生が入ってくる。

 

「きりーつ。きょーつけ。れーい」

 

「おはよーございまーす」

 

「はい、おはよう」

 

先生はにっこり笑って返事をする。国立一、26歳。まだ若いながら、分かりやすい授業と物腰の柔らかさと、どことなく逆らえない迫力が同居していることから生徒からの人気が高い先生だ。担当は国語。

 

「今日は特に配るものはないけど、そろそろ進路調査書の締め切りだから、まだ提出してない人は急ぐように。今日は時間割変更なし。以上」

 

「きりーつ‥‥‥」

 

朝礼が終わった。1限目は英語なので移動授業となる。荷物をまとめ、早速凛と一緒に授業が行われる教室に行く。

 

「今日アマネさんが当てられてましたけど、予習やってきました?」

 

「‥‥‥やっべ」

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