また騙された。
これで何度目だろう。
彼はいつも平然と嘘をつく。嘘ばかりつく。むしろ嘘しかつかない。
嘘八百と言うけれど、彼がこれまで私についてきた嘘の数は確実に千を越しているはずだ。下手をすると万や億に届くかもしれない。
億は、いくら何でも盛りすぎたか。
いいや。少なくとも被害者である私の体感からすればそのくらいだという話だ。大事なのは私がそう感じるほどに、彼が生粋の嘘吐きだということである。
全くもって忌々しい。理不尽で、不条理で、そのくせ口から出る言葉は理屈っぽい。よく聞けば大抵は屁理屈なんだけど、逆に注意して耳を傾けなければ「ああ、なるほどなあ」と納得してしまう。
つまりは口が達者なのだ。よくもまあ舌が回るものだといっそ感心してしまう。滔々と屁理屈を述べ、息をするように嘘と真実を黄金比で混ぜ合わせて本当のところを分からなくする。
逆立ちしたってそんな芸当できやしない私には魔法のようにすら思える。
もちろん、分類としては黒魔法だろう。
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彼と初めて出会った時のことはよく覚えている。当時はまだ幼稚園児で物心も着くか着かないかといった年齢だったが、覚えているということはそれだけ強烈な出来事だったわけだ。
私は生来、インドアな傾向にある。それこそ園児の頃から絵本やパズルばかりやっていた。先生あたりは大人しい子だと好意的に解釈してくれていたらしいけど、なんのことはない。人付き合いが苦手で一人で遊んでいただけだ。
幼児のくせに我ながら可愛いげのない子供だったなと思う。それでいて構ってもらえない寂しさに不貞腐れているのだから、どうしようもない。
そんな私に話しかけてきた男の子がいた。もちろん前述の彼である。
「このパズルね、もう一つとき方があるよ」
興味をそそられる話だった。私は飽きもせず一つの玩具で遊んでいたけど、彼の言う別の解き方など知らなかった。
たぶん幼心にプライドもあったのだと思う。このパズルで一番遊んでいるのは自分なんだから、一番詳しいのも自分であるべきだ、という誇りを持っていた気がする。それで彼に対抗心を燃やしたと云ったところだろう。
それから私は、彼が言った解き方を見つけるべく更にパズルで遊ぶことに熱中した。ああでもない、こうでもないと幼い頭を必死に使って悩む。
彼はそんな私のことを、すぐ側で面白そうに眺めていた。
「ねえ、できないよ」
帰る時間になっても分からなかった私はついに根を上げて彼に答えを求めた。
すると彼はあっけらかんとこう言った。
「そりゃそうだよ。だって嘘だもん」
私はこの直後、生まれて初めて喧嘩をした。
引っ掻いたり髪を掴んだり、果ては噛みついたりと大喧嘩を披露したのだ。
そうして幼稚園の先生から叱られたこともぼんやり覚えている。普段は大人しいことで通っている私が喧嘩したものだから、きっと先生も大変驚いたことだろう。
この話は大きくなってからもよく雑談に上った。主には親や、当事者であった彼と一緒にいると「あの時は凄かったねえ」と言われて私が恥ずかしさで小さくなるのだ。
それで肝心の彼だけど、翌日にはケロリとして私に謝ってきた。あまりに素直に謝るので私も毒気を抜かれて許したのだった。
どちらから誘ったのか、今度は二人で例のパズルを遊んだ。一緒にあれこれと考えて、暫くして本当に新しい解き方を見つけた時の喜びは忘れられない。彼の嘘が発端なのだけど、その本人も「まさか」と言いたげに驚いていた。
ちなみに、後々聞いた彼の記憶によると、喧嘩と言うよりは私が馬乗りになってほぼ一方的に彼をとっちめていたらしい。頭に血が上っていたのか喧嘩の詳細なところまでは覚えていないが、そう言われると「悪いことをしたかな」と思ってしまう。
しかし冷静になって考えてみれば嘘つきの彼の言だ。全くもって信用に値しない。あの法螺吹きを信じるくらいなら、狼少年に百万遍付き合った方がマシである。
なぜ私は罪悪感に任せて謝ってしまったのだろう、と今さらになって後悔している。
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小学校では彼に振り回されっぱなしだった。
たらい回しなんて言葉では表しきれないほどに私は方々へ連れ回された。回りすぎてグルグルと目眩を起こしかねないほどである。
こっちに面白い物があるからと呼び出され、あっちでヘンテコなことをやってるから飛び入りしようと引き摺られる。それはもう、あっちへこっちへと散々に付き合わさせられた。
前述の通りインドアな私からすれば迷惑千万な所業だが、大人になってから思い返せば笑い話に化けているのだから分からないものだ。彼に連れて行かれた先で出会った友達の何人かはその後もずっと交流があったわけだし、その点では彼に感謝するのも吝かではない。
印象深いのは、やはり自転車の話だろう。
小学校二年生だったか、三年生だったか。そのくらいの歳で私は自転車に乗り始めた。たしか、誕生日プレゼントとして母が買ってくれたんだっけ。うちは決して裕福な家庭ではなかったから、何かを貰えるというだけでも凄く嬉しかった。だから私なんかでも、一つ外へ出ようという気になったのだ。
もちろん最初は補助輪が無くては走れず、命綱とも呼べるそれを外した途端に転ぶはめになる。私の運動神経は元より悪い。膝を擦りむいて痛かったし、上手くいかないことに腹も立ったが、私は自主的に練習を続けた。
それは折角母から貰った物だから、という思いもあったが、もっと言うなら彼への対抗心故であった。
自転車を持っているという話をしたら、彼も近々親に買ってもらう約束なのだと言ってきたのだ。
一大事である。もしも彼がすぐに補助輪無しで乗れるようになれば、先達としての面目が丸潰れだ。
特に彼の場合は、私より先に乗れるようになれば得意満面でこちらを冷やかすに違いない。その憎たらしい顔を思い浮かべるだけで、私の内に負けず嫌いの意地がメラメラと燃えた。
「補助輪とれた?」
「ううん。まだ」
そんなやり取りを私たちは毎回行っていた。
私は追い越されていないか不安で、彼に補助輪がとれたかどうか確認するのが習慣化していたのだ。「まだ」と彼が答える度に安心しては、その翌日には同じことを聞いた。
きっかけは何だったか、彼と私は放課後になると一緒に練習するようになっていた。近所の川沿いにある遊歩道まで自転車を押して歩き、そこがもっぱらの練習場所であった。
大抵の人はやったことがあるだろう。相手の自転車の後ろを持ち、平衡感覚が掴めるまで支えるのだ。私たちはこれを二人で代わり番こにやった。
問題なのは彼が補助になった時である。
「放さないで。絶対放さないでよ」
「分かった分かった」
フラフラとハンドルを操る私が何回も念押しする。しかしある程度スピードが出始めたところで不安になって後ろを見ると、彼は当たり前のように手を放して鼻くそをほじっているのだ。なんて奴。
もちろん私はスッ転び、顔面に泥を被った。腹いせに彼の顔にも泥を塗りたくってやったりした。
「後ろを向くから転ぶんだ。スピードは出てたんだから、あとは自信を持って漕げばいいんだよ」
たしか、彼はそんなことを言った。
私は憮然として彼を睨んだ。
「そっちだってまだ乗れてないクセして」
彼は誤魔化すように苦笑いしながら「まあ頑張ろう」と言った。そうして日が暮れるまで私と練習を続けた。
暫くすればコツを掴み始めて、私はついに補助輪無しでも走れるようになった。
初めて安定してペダルを漕げたのは一人きりで練習していた時だったので、私は鬼の首を獲ったような気分になり、このことを早く彼に自慢したくて仕方がなかった。
しかし母の買い物について行った際、私がふと見かけたのは、スイスイと自転車を乗りこなしている彼の姿だった。
もちろん補助輪は無かった。遠目ではあったが、立ち漕ぎまでして私よりも遥かに上手だったのだ。
私は屈辱に震えた。
裏切られたとも思ったし、今まで馬鹿にされていたのかとも考えてしまい、どうにも彼が恨めしく思えて仕方がなかった。
それから頑として彼とは口を利かず、彼がいくら話しかけてこようと、うんともすんとも言わなかった。溜飲が下がり、再び一緒に遊べるようになるまでは暫く時間がかかった。
当時は彼に騙されていたということばかりが鼻について怒っていたが、今となると違う解釈が浮かんでくる。
彼はもう自転車に乗れていたというのに、私の練習に付き合っていたのだ。上達しない私を馬鹿にはしなかったし、邪険にすることもなかった。
ひょっとしたら私のためを思ってくれていたのかしら。そんな考えを巡らせる。私に気負わせないためにそうしていたのかなあ、と。
買い被りすぎだろうか。まだ小学生だったのだし、そこまで気が回るのかは怪しい。
けど彼ならそう考えていたとしても不思議ではないと思えるのだから、私もだいぶ絆されている。
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自転車に乗り始めてから光陰矢のごとく年月が経ち、中学生となった私はママチャリに乗って自転車通学をするようになっていた。
この頃は思春期真っ盛りということもあって、どうも異性との距離感が図りにくい。誰それが告白しただとか付き合っているだとかという噂をよく耳にする。
私もそれで変に意識して、小さい頃のように彼と話そうとしなくなっていた。話せなくなった、と表現する方が適切かもしれない。中学生の私はきっと「一人でいたかった」などと格好つけて、認めようとしないだろうけど。
しかしそれは私だけの話で、彼は相変わらず飄々とした態度でこちらに関わってくる。
登下校では後ろからスーっと私に追い付いてきて横に並ぶ。学校でも小さい頃とまったく同じように話しかけてくるし、クラスが別々であってもわざわざ私の教室まで来るのである。廊下で出会そうものなら私はあからさまなしかめ面を作って見せて、彼はそんな私に心底愉快そうに笑う。私の抵抗はなしの礫であった。
そうして明らかに法螺だと分かる戯言から、「え、それマジで?」と言いたくなるような作り話まで、彼は多彩な弁舌を振るった。もちろん九割方を嘘が占めており、その内の半数くらいに私はまんまと引っ掛かった。
成長して彼の才能がますます開花したと見るべきか、私がまるで成長していないと見るべきか。一つ確かなことは、私は一度として彼を見返してやることが出来なかったという悔やむべき事実である。
私の嘘などすぐに看破され、挙げ句利用されて逆にこっちが騙される。憎たらしく、いっそ清々しいほどに彼は弁が立ち、私は連敗を喫した。
そんなやり取りが嫌いだった、と言えば嘘になる。
表では彼と距離を置こうとする一方で、心の内では構ってもらえることを快く思っていた。
当時は未熟なために自分の本心に気付く余裕なんて無かったし、今はそのことを彼に告げるのも癪なので「嬉しかった」などとは口が裂けても言ってやらない。こんな恥ずかしい本音は墓場へ持って行くに限る。
彼があんまりにも私に構うものだから、いつの頃からか私たちが男女として付き合っているという噂まで流れ出した。
思春期のおませな学生において、恋バナとは垂涎のご馳走である。私たちを囃し立てる声はいくら否定してやっても枚挙に暇がない。好奇心なるものが誘爆しているようなその様は、同い年の私としても呆れるものがあった。
「なあ、お前ら付き合ってるんだろ?」
二人で話していると、そんなことをよく言われた。
すると彼はこう答えた。
「いや全然。これっぽっちも」
恥ずかしがる風でもなく、真顔でそう答えるのだ。いつ何時、誰にどう聞かれようと、決まった文句で否定する。
私はそれがどうも腑に落ちなかった。「いや、なんでそこは真面目なのよ」と彼が嘘をつかないことを気に入らなかった。普段から私をからかってるくせに、こういう時だけ本当のことを言うのは何事かと、私は釈然としなかったのである。
ああ、いや、正直に語ろう。
ちょっとは嘘でも「付き合ってる」くらい言ってくれても良かったじゃない。
大人になり、客観的に昔の自分を見つめられるようになったからこそ気付いた本音だが、思い返す度に穴を掘って埋まってしまいたくなる。
なんたる純情。なんたる天の邪鬼。我ながら思春期を拗らせていた。
そんな私の心境を彼がどこまで知っていたかは、今でさえ判然としない。聞く勇気も無く、バレてなかったらいいなあ、と常々思っている。
まあ、きっとバレてるんだろうけど。
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高校は全く違うところへ別れたために、ようやく彼とも疎遠になるかと思われた。ちょっとした解放感と、不安と、寂しさ。そんな感情が混ざりあって自分でもよく分からない心境に陥ったりした。受験前などは極端にナーバスになって、彼だけでなく母親にもきつく当たったりしてしまったことがある。
しかし結局のところ、私たちの縁はつつがなく続いた。
少し考えてみれば当然で、生活圏が同じだから出掛ける先々で頻繁に顔を会わせる。そうでなくてもお互いの家が歩いて数分という近距離にあるので、彼は事あるごとに、もしくは何も無くとも遊びにやって来た。
白けるほどに以前と代わり映えのしない日常が継続され、悩み通した私が馬鹿みたいだった。対して彼は、悩みなど無いかのように私の部屋で寛ぐのだからまいってしまう。なんだか一人相撲を取らされているようで不満だった。
不満だったので枕を投げつけてみたこともある。
そうしたら即刻投げ返されて、フカフカの安眠枕が私の顔面を打つ。こっちも更にムキになってまた投げて、投げられて、シーツなんかも持ち出して。いつの間にか修学旅行定番として数えられる合戦のような様相を呈するのだった。
「くらえオラアッ!」
数十回の応酬があり、私が渾身の一撃をお見舞いする。
「おぶっ…………よし、分かった、分かった。停戦しよう」
ようやく彼は観念した様子で両手を上げた。
「ぜえ…………ぜえ…………停戦? 降伏の間違いじゃなくて?」
「疲労困憊で何言ってんだよ。仲良くしようぜ。この第十七次枕大戦の停戦協定を結んでくれると言うなら、賠償金としてアイスクリームを奢ってやる」
甘味に目がない私だったが、そんなことで釣られるほど甘ちゃんではない。
アイスクリームという魅惑の単語に靡きかけるも、相手が彼なのだからと思い止まった。
「えー、絶対嘘だあ」
「本当だよ。ハーゲンダッツだよ」
「ハーゲンダッツ? マジで?」
やっぱり釣られた。
「マジだって。期間限定でリッチバニラのティラミス仕立てとかいうのが出たらしいから、それ買ってやるよ」
「リッチかあ。そうかあ。それはヤバイなあ」
「ヤバいだろう。今ならラムレーズンもおまけしちゃう」
「うーん。分かった。停戦しようか」
「よしよし。平和が一番だな」
私はアイスの誘惑に駆られて、さっさと出掛ける準備をしようとした。あわよくば三つ目もねだるつもりだった。
そうして油断しきった私の後頭部に、彼の投げた枕が激突した。
「ぐえぶっ」
「馬鹿かお前。嘘に決まってるだろ」
「あんたさあ…………あんたさあ!」
「ちなみに新商品の話も嘘だ」
「ぶっ殺してやる! 私のティラミス仕立てを返せ!」
そうやってドタバタ騒ぐものだから、母のお叱りをよく受けた。もちろんその時は彼も一緒になって正座させられる。
何ともまあ、色気の無いことである。高校生にもなってこんな阿呆なことばかりやっていた。中学生の時よりも恥じらいが薄れていたので、ややアグレッシブ気味だったのは認めざるを得ない。この頃には男女がどうの恋愛がこうのなどというのも、あまり気にならなくなっていたのだ。
ただ、もしかすると私は、こうやって遊びたくて彼に喧嘩を売っていたのかもしれない。
そんな無意識、気を許しているんだと明言しているみたいでちょっとムカつくけど。
▼
大学は図らずも同じ地元の学校に入学した。
彼と一緒にスーツ姿で並んで、記念写真を撮ったのはなんだか照れ臭かった。子供の頃の身長はさして変わらなかったのに、いつの間にか彼は私より頭一つ分大きくなっていて、そのお陰でスーツも割りと似合っていた。
軽口を言い合ってそんな感想を誤魔化しつつも、これからも変わらず一緒の時間が続いていくんだな、と小さな幸せを感じていた。
そう。間違いなく、幸せな時間だったのだ。
それから間も無くのことだ。私の母が急病で倒れたのは。
夕飯を作っていたら突然苦しそうな呻き声を上げて、糸が切れた人形のように昏倒してしまった。揺さぶって呼び掛けてもみるみるうちに顔色が悪くなるばかりで、私は半狂乱に陥った。
慌てた私が電話をかけたのは、119番ではなく彼だった。
「お母さんが、お母さんが…………!」
ちゃんとした説明も状況の把握も出来ず、うわ言を繰り返していた記憶がある。
しかし大方を察した彼は、電話口で詳しく聞き出そうとはせず、すぐに私の家に駆け付けてくれた。初めて見た、彼の切羽詰まったような真面目な顔。それが私にはヒーローのようにも見えた。
そこからは、あまり覚えていない。
気付いたときには母の葬式に参列していた。
救急車の手配や葬儀の段取り、その他の諸々もほとんど彼が手を回してくれたらしい。自分の母親のことなのに、私は何の役にも立てないでいた。
現実味が無かった。これからも母とは一緒だと思っていた。
母子家庭で、ずっと二人で暮らしてきたお母さん。私が好き嫌いをしても毎日弁当を作ってくれたお母さん。仕事が忙しいのに、合間を縫って運動会に来てくれたお母さん。コツコツお金を貯めて、自転車をプレゼントしてくれたお母さん。
お母さんは火にくべられて、灰になった骨だけが還ってきた。
突発性の心臓病だったとか聞いたけど、その時はまるで頭に入ってこなかった。茫然自失としている私に色々な人が弔辞を述べたけど、そんなことにはまるで興味が湧かなかった。理解が追い付かなくて、追い付いて欲しくなくて、涙の一滴さえも出ない。
もう何もかもが色褪せて、どうでもよく思えた。
ただ彼だけが、何も言わなかった。何も言わずに私の肩に手を置いた。
そうしたら、何故だか分からないけど、自然と涙が溢れてきた。ついさっきまで五感全部が無くなったような気分だったのに、涙も嗚咽も止まらなくなって、私は堰を切ったように泣きじゃくった。
「おばさんは天国に行ったんだと思うよ」
暫くして、私が治まってきた時、彼はそんなことを言った。
すぐに嘘だと分かった。長い付き合いだ。彼がそういった宗教的なことを何一つ信じていないことくらい、よく知っている。私を慰めるために、思ってもいないあからさまな嘘を口にしたのだ。
「馬鹿じゃない。天国なんてあるわけないじゃん」
私は無性に腹が立って、突き放すように言った。
安易に慰められたことが嫌だったのだ。彼らしくないとも思った。だから気を遣ってもらったくせに、私は思わず今までにないような敵意を言葉に込めてしまった。
しかし、彼はただ苦笑するだけだった。
「いいんだよ。あった方が嬉しいだろ」
何が『いい』のかは分からない。そんなことはどうでもいい、と言ったのか。或いは、親孝行が出来なかったと嘆いていた私に「もういい」と言ってくれたのか。そのあたりは未だによく分かっていない。
でもその言葉が、口調が、どこまでも温かくて私の心にすっと染み込んだ。
確かに嬉しい。死んでも尚、お母さんが幸せだったらどんなに嬉しいか。そしてお母さんが幸せであったなら私だって救われるし、嬉しく思う。
悲しみの底に沈んでいた私を引き揚げてくれたのは、今まで散々私を振り回してきた彼の詭弁だったのだ。
「俺はお前を一生大切にするよ。だから安心して生きるといい」
そんなありきたりで、けれど真っ直ぐな言葉を彼から聞けるとは思わなかった。火葬場で喪服を来ている状況じゃ似合わない台詞だったけど、私には十分すぎた。
一つ確信があったのだ。
嘘ばかりつく彼だけど、これだけは決して嘘じゃないと。嘘にしないよう力を尽くしてくれるのだろうと、そんな予感がした。
だから私も誠意を持って答えたいと思った。これまで誤魔化したり後回しにして押し込めてきた気持ちを、全て嘘偽りなく、彼への返事として声に出した。
大学を卒業した後、私たちは家族になった。
彼は約束通り、私を大切にしてくれたのだった。
▼
「しかしまあ、最後の最後に約束を破ってくるところは、あんたらしいよねぇ」
私は苦笑混じりに言った。
私たちがいるのは県立病院にある個室の一つだ。六畳ほどの広さの部屋にはベッドと小さな棚があり、物の少なさと壁や床の白さが相まって、いかにも病室らしい無機質な印象である。ただ一つ、棚の上に花瓶があり、刺してある一輪の花が彩りを添えていた。
今この場には、私の他には彼と、白衣を着たお医者さんしかいない。
ずいぶんと短い蜜月だったと思う。籍を入れて一年か。まだまだ新婚と言える時期で、したいことも山ほどあったのに、そのほとんどは果たせず仕舞いだ。子供だって授かれなかった。
いや、結果的に子供はいなくて良かったと言うべきなのかもしれない。無事に産めるかどうか分からなかったし、仮に産めたとしても片親では可哀想だ。
出来るなら彼と私の、二人の愛情をかけて目一杯可愛がって育てたかったものだけど、それは叶わぬ理想となってしまった。
「泣かないって言ったのになあ」
笑顔で見送ると言ったのに、結局泣いてしまった。顔をくしゃくしゃにして鼻水まで垂らして、みっともなく泣き続ける。
白いシーツに染みを作る涙は、彼から流れたものだ。
ベッドに覆い被さるようにして俯いている彼の傍らで、私は横になっている。顔には白い布が被せてあって、指先はピクリとも動かない。緑色の心電図は先ほどから真横の線を描き続けている。
母と同じく、心臓の病気で死んでしまうとは因果なものである。私の場合は段々と心肺機能が衰えていき、緩やかに衰弱する形で最期を迎えた。
私を担当していた医師の話によると遺伝的なものらしい。信じたくは無かったし、辛くて悲しくもあったけど、その説明はすとんと腑に落ちた。ああ、私もなのか、と心の底ではそんな風に思っていた。
無論それは私だけで、彼はまるで納得していないようだったけど。
しかし自分の死に様を俯瞰して見ているというのは、かなり変な気分だ。
まさか、死んでからも意識が残るだなんて、誰が思うだろう。少なくとも数刻前の私なら鼻で笑っている。
フワフワと浮かんでいるようで、それでいてしっかりと地に足が着いているようでもあり、なんとも形容しがたい感覚である。今の私は中途半端な状態にあるということか。しかしどうやっても自分の体に戻れない。やはり死というのは巻き戻せないもののようだ。
悲しんでいる彼には悪いが、心はひたすらに凪いでいて万能感に近いものさえ感じる。この分なら、天国という場所の存在も容易く信じられる。
これから私がそこへ行くのなら、彼が言っていたように亡くなった母も健在で、もう一度会えるのかもしれない。それはなんて幸せなことなのだろう。
死んでも魂はあるのだと知った今、出来れば彼とも早く再開したいとは思うが、それは流石に野暮な望みだと分かっている。
私が亡くなる直前、彼は私の手を握りしめながら言った。
「大丈夫だ。心配するな。俺はちゃんと幸せになる。幸せになれるよう生きるから」
真剣な顔でそんなことを言う彼がどことなく可笑しくて、私は頬を緩めた。
「そう。じゃあ約束ね。私のことは気にせずに、ちゃんと良い相手を見つけて、その人と一緒に充実した人生を送るって」
この状態で私だけを見て、などとは言いづらい。もちろんそうした独占欲が消えた訳ではないけど、やっぱり彼が幸せになる方が良い。だから私は遺言としてそう呟いた。
私の心理を読み解くことにかけては随一の能力を誇る彼である。この瞬間の、私の考えもお見通しだったのだろう。逆に私を安心させるように、何度も頷いてみせた。
「分かった。約束だ。未練は捨てるし、持たないように努力するよ。だからお前もちゃんと迷わず天国行くんだぞ。方向音痴なんだからさ」
「一言多くない?」
最後まで軽口の絶えない彼に呆れる。けどこれも私を思ってのことだと知っているから、ちっとも嫌ではない。
「あとね、泣かないで。湿っぽいのは嫌だから」
「おいよく見ろ。俺のどこが泣いてるって?」
「ふふっ、今にも泣きそうよ」
「馬鹿言え。これくらいで泣くかよ。余裕だっての」
「そう…………それなら、安心、だね…………………」
まったく。あれだけ啖呵切ったのに、私が逝った途端すぐにボロボロ泣き始めてしまった。医者が隣にいるというのに何度も私の名前を呼んで、聞いてるこっちの方が恥ずかしい。
彼の慟哭が落ち着いてきたところで、私を葬儀に出す準備をするために看護婦が病室に入ってくる。
これから彼に話しかけられないのは寂しいし、触れないのも物悲しいけど、まあ見守れるのなら悪くはないかと思う。これからは彼が幸せになっていく過程を見ていこう。それはきっと、私にとっても幸せなことなのだ。
バイバイ。またね。
まだ涙の止まらない彼へ、届くはずもない別れを告げた。
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▼
「呆れたわ。最後の最後まで嘘つくなんてね。何が未練を捨てるよ。爺になってまで未練たらたらじゃないの」
「うるさい。不可抗力だ」
「何が不可抗力よ。良い感じになった相手ならいたってのに、いつも頑なに断っちゃってさ。いつまで独身でいるんだ、ってご両親も嘆いてたじゃない」
「違う。良い感じになんかなってない。それはお前の幻覚だ」
「幽霊に幻覚なんてあんの?」
「むしろ俺は今見えてるお前の姿が幻覚だって思いたいよ。なんなの? 何でまだこんなとこ居んの」
「そりゃあれよ。不可抗力よ」
「何が不可抗力だ。迷わないどころか、上へ行く気もさらさら無いじゃんか。完全にお前の意思じゃん。よくもまあ何十年も俺にしがみついてたな、おい。約束破るってレベルじゃないぞ」
「うるさいわね。じゃあお互い様でいいでしょ。どっちも別れ際の言葉は嘘にしちゃったんだし」
「…………」
「…………」
「そうだな。お互い様だ」
「うん。それじゃあ行こっか。私がいつまでも残ってたせいでさ、まだお母さんに会えてないんだよね」
「会えると良いけど…………どうだろうな」
「どうって、何が?」
「いや、天国があるなら地獄もあるだろ。もしも地獄に行かされた場合、会えるかどうか分からなくないか」
「私が地獄行きって言いたいの?」
「仏教にあるだろ。親不孝をした人間は地獄行きだって。お前は死んでから何十年も親ほったらかしで俺に憑いてたんだし、その判定されても仕方ないんじゃないの」
「え、ウソ。マジで? 私マジで地獄行き?」
「仏教は厳しいからなあ。そもそもずっと現世に残ってた時点でアウトだろ」
「ええ~。それさあ理不尽過ぎない」
「ちなみにその線でいくと俺は潔白だし、天国行きだろうから、また離れ離れだな」
「マジかあ。どうしよう…………ねえホントどうしよう。もういっそこのまま留まっちゃう? 浮幽霊っちゃう?」
「浮幽霊を動詞として使うな」
「この際だから永遠に亡霊ライフエンジョイするべきじゃない? 私さ、フェリーで世界一周旅行するのとか夢だったのよね。ほら、幽霊ならお金かかんないし完璧だよ」
「…………あー、なんか本気にしたようで、スマン。今の嘘だから」
「は?」
「全部でっち上げ。当たり前だろ。俺、宗教のことなんか全然知らないし」
「」
「じゃあ一足先に行ってるわ。お前も迷わずに来いよ」
「え、いや、ちょっと待って。待ちなって。なんですぐ嘘つくの? さっきまでそんな雰囲気じゃなかったじゃん。マジで覚悟固め始めてたんだけど。これもう物理的にあんたを地獄送りにしてもいい案件じゃ…………おい、待て。逃げるなこら!」
また騙された。
これで何度目だろう。
これから何度、こんなことがあるのだろう。
▼
おしまい
嘘つきキャラって書くの難しいですね。これじゃただの構いたがりにしか思えませんけど、まあめでたしめでたしで終わったのでどうか許してください。何でもしますから。