友人の渋谷さんと淡々と高校生活を送るお話 作:どうだ私は頭がおかしいだろ
「きゃああああ!」
……まあ、待ってほしい。本当に待ってくれ。
俺はけしてジャンプのラッキースケベ先輩の後釜なんて狙ってないんだ。というかすでに跡継ぎの霊付きチートラッキースケベがいるだろう。だからもう後身育成とかしなくていいんだよ。あんたは楽しくハーレム囲んで末長く爆発してくれ。
そんなわけで俺はまたもや転びそうになった女性を助けて、豊満なお尻を触っているわけだ。
どういうわけだよ……。
しかも今回は洒落にならない。なぜなら相手が他校生だからだ。
もしこれが同じ高校の女子生徒であれば、こんなラッキースケベなんて『なんだ紅葉か』と渾身の右ストレート1発と蔑みの瞳でご褒美をくれる。
だが、それはいわゆる内輪ネタのようなもので、外に出てしまえば通らない。
まとめると、マジて捕まるかもしれん、めっちゃヤベェーである。人気ない路地で助かった。人がいたら1発で通報されてる。
俺は、蹴られても殴られても叩かれても罵られても、相手が女性であれば受け入れることができる変態だ。しかし、どんな変態でも公権力には敵わない。捕まるのだけはあかん。ただでさえ光明見えない人生が完全に終わる。
どうする? 奢る、賄賂、脅迫……金ない、度胸ないの俺には到底無理な話だ。
……それにしてもすごい弾力だな、このお尻。
「あ、あの~。くすぐったいので離してもらえますか~?」
「すいません、まじですいません、今すぐ切腹します」
「わわ!? せ、切腹なんて駄目ですよぉ! 死んじゃいますよ!」
お願いだから一度死なせて。こんな煩悩に正直な身体には、一度痛い目見させた方がいいと思うの。
俺が額をコンクリートに押し付けていると、遠慮気味な声が聞こえた。
「ほ、本当に私気にしてません。だから、顔を上げてください!」
「本当に怒ってない?」
「はい、大丈夫です」
じょ、浄化される! 何の裏もない純粋な言葉に、俺は心の中でそんなジェスチャーをした。
そこまで言うなら本当に怒ってないのだろう。とある花屋の
優しいなぁ。俺は九死に一生を得た気持ちだった。
そうなると、いつまでも土下座しているのは彼女に気を使わせる。
俺は顔を上げる……と。
「あの、よかったらこれ使ってください」
そう言って白い清潔そうなハンカチを差し出してくる。……ん? これでどうしろと?
あ、ふーん。
「なるほど。お前の汚い顔面なんて見たくないから、これで隠せこのゴミ屑が! ……ってことだな?」
「ち、違います! そんなひどいこと言いませんよ! 私のせいで顔が汚れてしまったので、拭いてくださいって意味です!」
「またまた~」
「本当です!」
「え? まじで?」
「マジです」
マジか……。
俺は戸惑っている。なぜなら、今までこんな状況になったら殴られるか罵倒されるかの二択だったが、心配されるのは初めてだからだ。
まぁ、使ってくれと言うのなら、お言葉に甘えよう。
俺はハンカチを受け取って、埃がついた顔を拭った。いい香りだ、ボー○ドかな?
「ありがとう。これは洗って返す。……でも、俺はあなたの電話番号を知らない。ああ、どうすれば!」
わざとらしいオーバーアクションをとった後、ちらりと女の子を見る。
女の子はキョトンとして何かを考えた後、ふわりと笑った。かわいい。
「あ、なら電話番号交換しますか?」
「………………………違う」
「ど、どうかしたんですか?」
「違うんだああああ!」
「ひぃっ!」
壁を殴ると、女の子は悲鳴を上げて俺から距離を取った。彼女から見たら、俺はいきなり奇声をあげながら暴力行為を行うただの変態にしか見えないだろう。
しかし、今の俺はそれどころではない。アイデンティティクライシス真っ只中だからだ。
どこの世界にこんなキモくて冴えない男子高校生に心配してハンカチを差し出してくれる女子高生がいる?
どこの世界にこんな不審者面の怪しい野郎に気安く電話番号を教えてくれる女の子がいる?
もしいるとすれば、それは2次元か美人局だ夢見んな。
何を言っているのか分からないかも知れない。
お前はバカかと、リアクション芸人の元抱かれなくない男ナンバーワンの言葉が浮かんできた。
バカでいい。むしろバカでこそ俺だ。女の子に冷たく見下ろされてなじられ、殴られ、最後にご褒美ですと言って笑うのが俺のはずだ。
しかし今、罠の可能性など微塵も感じさせない彼女の純粋な笑顔にときめいている。
どうしてだ。どうして冷たい瞳ではなくて、暖かな瞳に喜びを感じる。
俺の覚悟はそんなものだったのか。
いや待て。本当に俺に問題があるのか?
なんせ1週間に1回のペースで胸や尻を揉みまくっているが、一応危ないところを助けているわけで、感謝されることも時々あった。
だが、その時はちょっと欲求不満になって、その日の夜いきり立った犬が暴れだしたぐらいだ。
要するに不満だった。
逆説的に今は満足しているということだ。
なぜ、状況は同じはずだ。答えは1つしかない。そう……。
「……すいません」
「は、はい!」
ビクビクと怯えている姿に、興奮して血を吐きそうになった。しかし、輸血が必要になりそうなのでギリギリで飲み干した。
「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「し、島村卯月ですけどぉ……」
「それでは島村卯月改めウヅキエル様!」
「う、ウヅキエル……? 様!? わ、私様なんてつけられるような人間じゃありませんよぉ!」
「なるほど下界ではあくまで正体を隠しているのか。なら、島村様とお呼びしよう」
「うぇぇ……。普通に呼び捨てでいいんですけど」
「駄目です。死にます、俺が」
「何でですかぁ!?」
涙目になってつっこむ島村様。ギャラクシーかわいい。
「僕の名前は銀杏紅葉。このご恩は忘れず、一生かけてお返しします」
「重いですよぉ!?」
「呼ばれれば一瞬で現れます。着替え中だろうと、入浴中だろうと!」
「変態さんですぅ!」
「お褒めにあずかり光栄です」
「褒めてないです!」
ああ、気持ちいい。ドMじゃないけど、かわいい女の子にドン引きされるのは最高だぜ。島村様だとさらにいい。
はっ。時計を確認すると渋谷との待ち合わせの時間に遅れていた。
一分で有罪、十分で処刑、それ以上で犬の餌代。……マズい。
先程まで絶頂に達していたテンションが、急速直下した。
「……島村様。用事があるのでここらで失礼します。このハンカチは、クリーニングに出してから返します」
「あはは、洗濯でいいんですげぉ……」
「駄目です」
俺はきっぱりと言って、身体を翻す。死地に赴こうと歩を進めると。
「あ、あの! 返すって、連絡もとらずにどうやって返すつもりなんですか?」
「俺の情報網を駆使して、家を見つけ出してポストにお礼の手紙と一緒にいれて起きます」
「ストーカーみたいですね」
自分で言っておいて、死ぬほど気持ち悪かった。
「……やっぱり交換お願いします」
「はいどうぞ」
紅葉は、天使ウヅキエルの電話番号を手にいれた。
◇
「遅かったね紅葉」
待ち合わせ場所の公園に到着すると、アマツマガツチよろしくの暴風オーラを出して仁王立ちしていた。心なしか黒く長い髪は、後ろから扇風機を当てているのかのように逆立っている。
あらまぁ、激おこぷんぷんまるですわ。かわいく言ってみたけど、超こわい。
「ねぇ紅葉。選んでいいよ? かめはめ波、ギア4、螺旋玉、釘パンチ、黒魔術……さあ、選んで?」
「個人的には月牙天衝が好みです」
「ふーん、そんなに死にたいんだ?」
「いやいやいや、そのラインナップで瀕死ですみそうなの1つもありませんから」
「まあ、いいや。そんなに私の最後の月牙天衝を受けたいんだ?」
「いや、別に俺天に立とうとか思ってないし。むしろ地に伏して踏まれるのが好きだから」
「最後に言い残したいことはある?」
ああ。もう死ぬのは決定事項なのね。一応必死に早歩きして、10分遅れで来たってのによ……。自業自得? 確かに。
まあ、死ぬなら、これだけは言っておきたいよね。
「渋谷。……天使は本当にいるんだな」
「『無月』!」
ちょっと川の向こうに去年死んだひいじいちゃんが見えたけど、ギリギリ生き残った。
必死に石投げて来るなと言ってくれたじいちゃん。俺が来たら天国がヤバいはさすがに傷ついたけど、一応感謝しとく。ありがとう。