その世界は”最悪”   作:杜甫kuresu

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「あのな、余計なことばっかり言うな。Karはお年頃なAIなんだぞ、ズケズケぶった切ると余計に怖気づく」
『そんな事ばっか周りが言うからアイツはやり方に気づいてないんだろ、お前らは何でもかんでもまどろっこしい』
「ぐっ…………何正論ぶったこと言ってんだお前…………」
『回りくどい恋愛だか何だかが俺たちには縁がねえからな、妙な引きぐせもねえ』
「言葉通り異文化の視点だな…………」


シンプル・イズ・ベスト

『だから、要するにケガしたやつのお守りか?』

【その乱暴な言い方は正しい、今回の作戦はそういうものだ】

 

 モニター越しにモノクルが光る。エディはヴェノムが勝手に返答するのに内心ヒヤヒヤだ。

――朝っぱらからハードだな、全く。

 

 指揮官に呼ばれて朝早くから戦術司令室に来たのだが、始まったのは此処――――グリフィンの「本部」の代行官との有り難いお話だ。

 彼女はヘリアントス。金の鋭い瞳と銀灰のくせっ毛が特徴的な女性だが、制服らしい赤いそれをがっちりと着込んでいる感じからエディは直感的に「モテない」と断定したりした。失礼極まりないが、それは滲んでいるのだ。

 

『その情報は大事なのか』

【ヴェノム。貴方にこちらの価値観は肌に合わないだろうが、情報戦というものは現代では最優先とするべき事柄だ。武器よりも何よりもまず情報が――――――】

『分かりにくい、簡単に言え』

 

 つっけんどんにも聞こえるヴェノムの物言いに指揮官まで顔を強張らせている。恐れ知らずとはこういうものを言う。

 しかしヘリアンは特段怒っている様子はない。むしろ

 

【すまない、では簡単に言おう。情報が関わるなら頑張ってくれ、もっと暴れられるぞ】

『俺にメリットが有るわけだ、じゃあやるぞ』

【そうしてもらえると助かる】

 

――アンタ、大物なんじゃないか?

 エディの正直な感想だ。ヘリアンはその失礼とかを超えた態度に対してあっさりとした返答を寄越す、意外と融通の利く上司だと感嘆ものだ。

 

 だがエディは昔の職場を思い出すと、大きな溜息をついてしまう。

 

『どうしたエディ、腹が減ったか』

「違う。ヘリアンみたいな上司が居れば、俺は人の頭食うやつと同棲してないって思ってな」

『いい同居人だろ?』

「考えうる最悪の同居人だ」

 

 またつまらないことばかり、と呆れた調子でエディから興味を逸らすとヘリアンとの会話を続ける。

 

『で? そのお守りするやつと食っていいやつはどう見分ける』

 

 エディも同じ様な呆れた様子で横槍を入れる。

 

「俺が見れば分かる、お前と違って敵か味方ぐらい見分けつくからな」

『食えるか食えないか以外なんてどうでもいいだろ』

「俺達は美女には色目を使うし、性格悪そうなやつには靴の裏にガムを引っ付けるもんなんだよ。ちなみに美女はアン、ガムの生贄はカールトン・ドレイクな」

 

 分かりやすい、とヴェノムが大口を開けてニヤつく。

 妙な意気投合をする二人を他所に、指揮官とヘリアンで何やら話し合いが勝手に続いていた。

 

「ヘリアンさんは彼らを警戒しないんですか? 俺は正直、かなり私的な理由で信用してるんですけど」

【二人共意見は明確だ。ヴェノムは「食事」、エディ・ブロックは「穏便に」。そもそも、変に事を荒立てた所で此方が損害を受けるだけだろう】

「なるほど、それは俺も同意見です」

 

 

 

 

 

 

 

「さて、という訳で仕事だ仕事。俺は記者だった頃に戻りたいがな…………」

『前を向けエディ、俺たちの飯が待ってる』

 

 誰が食うかよ、とエディが軽くはたくとヴェノムはせせら笑う。

 硝煙臭い街の跡地、報告によると周辺300メートルの時点で結構な数の鉄血が居るらしい。ヴェノムは最初こそ喉を鳴らして上機嫌だったが、その大体が機械パーツまみれの通常型だと聞くと途端に機嫌を悪くした。

 

 横で二人のやり取りを聞いていた一〇〇式が変な顔をする。

 

「また食べる気なんですか…………?」

『鉄血はクセは有るが悪くない。何より食った方が速いぞ?』

「一応言っとくが俺はこんな阿呆なことは考えてない。優しさが一〇〇式にこれっぽっちでも有るって言うなら、ぜひともコイツが食い出す前に蜂の巣にしてくれると助かる。正直つらい」

 

 意見の食い違う二人を見合わせて一〇〇式は当惑する、横に居たトンプソンが肩を叩く。

 

「まあ要するに全部ぶっ倒してくれるんだろ? 単純明快は長所だ、なあ?」

『そうだ。お前は話が分かる奴だな、良いぞ』

 

 言った側から飛んできた銃弾にヴェノムが身体で壁を作るとせき止める。

――もうアッチはやる気満々らしいな。

 

 声も合わせずに変態したヴェノムが飛び跳ねる。どうやら銃弾の方向が正確に見えているのだろう、横の崩れかけのビルの壁に四肢をめり込ませて構えると吠える。

 

『わかったぞ、えーっと。エディ、こっちはどの方角だ。分からん』

「三時の方向から複数だ! これぐらい覚えろ、Karにも聞こえてるか!?」

 

 ヘッドセット越しにエディが叫ぶとKarが簡潔に「Ja」とだけ答える。ドイツ語で「はい」、の意味だそうだ。

 

「オッケーだってさ、じゃあ行くか」

『食えなさそうならぶっ壊す』

「食えそうでもぶっ壊せ、食うな」

 

 エディの合いの手など届かず、弾丸のようにヴェノムが一直線に敵に飛ぶ。

 あまりの速さにエディも情けない声を出すが、すぐさまゴムのように横の建物にへばりついた触手で勢いを殺して着地する。眼の前の四足歩行をする機械を片手で掴んだ。

 

 長い舌で軽く表面を舐めると、目を細めて舌を引っ込めた。その姿にグリフィンの掲げる大義名分など何処にもなく、純粋な欲だけが濁った悍ましい眼を輝かせる。

 

『これは…………無理だな。つまらねえ!』

 

 群れていた別の四足歩行――――Prowlerに向かって投げ飛ばすと暴れ始めた。

 それを確認した一〇〇式達が少し違う方角に走っていくのを彼らは見向きもしない。

 

――これで時間稼げば良いんだっけか。

 エディが確認する通り、今回の仕事は時間稼ぎだ。理由は単純で、「救援に向かうにも悪目立ちする」から。

 一応補助及び監視として狙撃手を務めるKarを見張りに付けた以上、彼らの動きに制限はない。

 

『コイツラ全部ムリだ、ぶっ壊す』

 

 そう言うと激しい弾幕など無視して中央に突っ切ったかと思うと、這っているProwlerを掬うように両腕で一気になぎ倒す。

 逃げるにも鈍足なのでまるで勝負にならない。異様に伸ばした触手で瞬く間に周囲のProwlerを絡め取ってしまうと、ボールのように一つに固めて右手に繋ぐ。

 

 ガタガタと擦れる音や時折火花の散る音がするのも無視して塊を眺める。

 

「名案だな、振り回しとけばぶっ壊せるぞ」

『ライオットのアレを真似した』

 

 そう言いながら飛んできたScoutに塊を横振りに投げつける。近場の三体が一気に爆発するとヴェノムは体ごと捻り、塊に身を任せて飛び上がる。

 

 ビルの残骸が多く有るおかげで所々に触手を引っ掛けては、塊だけで薙ぎ倒して次の群れに走る。彼らがビルを掴む毎に壁が軋み、時折落ちては急降下で通りざまの鉄血を擦り潰して行軍する。

 飽きたのか、一旦降りてくると塊を身体で呑み込んでしまう。中でエディが叫んだ。

 

「うわ痛! トゲトゲしてるじゃねえかよ!」

『だからこれでぶっ壊す』

 

 好機と見て寄ってたかる鉄血達に鉄屑の乱射が始まる。

 ヴェノムの身体から鉄片が爆発するように飛び散り、辺りに居た鉄血を分別も付けずに破砕していく。無造作に飛んでくる歪な弾丸を避けきることは敵わない。

 

 ひとしきり鉄片を出し終えたのか、ヴェノムが気持ち悪そうに体をならすとまた壁に飛びついた。

 

『次』

「ではB-3に移って鉄血を襲撃してくださるかしら。人形も居ますよ」

 

 人形という言葉を聞くなり舌なめずりしてヴェノムがはしゃぐ。

 

『つまり食えるんだな。エディ、早く指示しろ』

「分かってる! えっと、取り敢えずあっちのビルのちょうど向こう側へに行って、そのまま一直線に向かえ!」

 

 大体トンプソン達の進んだ方向と平行だ。ヴェノムが壁を蹴り砕きながらビルに飛び移ると、四足歩行で指をめり込ませながら壁を真横に走り抜ける。

 

 ちょうど反対まで来るなり、ヴェノムが腕をしならせて遠くのビルにへばりつける。

 凄まじい勢いで身体が引き寄せられていった。

 

「おい俺はジェットコースターで吐く男だぞ、やめろ!」

『速いのは良いことじゃねえか!』

 

 まるで大砲でも撃ったような着地音でビルの壁がメチャクチャになる。そのまま自由落下をすると近場のRipperを腹から掴んでニヤリと笑った。

 

 人形という不完全なAIでも理解できる明確な「恐怖」。Ripperはふるふると首を振って震えるが、ヴェノムは観察すると舌で頬を舐める。

 

『よう。良い飯食ってるか?』

 

 エディが溜息。

 

「まあ、多分答えは」

『興味ないけどなっ!』

 

 大口を開けて呑み込むと、バリボリと頭を噛み砕いた。エディが呻く。

 

『食えば分かる。お前は良い飯食ってないな』

 

 遠くからJeagerの狙撃が飛んでくるが、ヴェノムは身体で呑み込んでしまうと明後日の方向に居たVespidに撃ち返す。脳天に突き刺さった弾丸に機能停止。

 

 ヴェノムが悦んだようにケタケタ口を開く。

 

『当て方が分かってきたぞ』

「まーたシンビオート様が無敵に近づいてるよ、その調子で俺の身体から出ていって元気にやってくれ」

『お前より良い乗り物は中々無い、諦めろ』

「マジかよ…………」

 

 ヴェノムが乱暴な動作で走ると、近場の鉄血を持っては放り投げる。

 弾丸を向けられると振り向いて飛びかかって食い千切る。グレネードなんて使おうものなら伸ばした腕で引っ張り上げて鈍器代わりに振り回すだけ。

 

 百は超える玉石混交の鉄血がまるで蜘蛛の子を散らすように逃げる。

 

 ストッピングパワーも、射速レートも、取り回しも、生産性すら『最悪』の前には無力。

 スコープ越しに眺めていたKarも、その反則としか言えない戦闘力に内心怖気立ちながら見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「うわ、酷えなあ…………こっちまでぶっ壊してる音がするぞ」

 

 トンプソンがわざとらしく身震いしてみながら走る。薄暗いビルの地下駐車場跡地を通っていく。

 彼女達の救援作業は「囮」の随分な暴れようのおかげで順調そのものだった。救援に向かうような、そうでもないような奇妙なルートを取らせているのも有って一〇〇式達とどちらを狙うべきか鉄血はわからないのだ。

 

 とはいえヴェノムに助ける云々の観念がないのは、二人共よく分かっていることだが。

 

「敵だったらと思うとゾッとします…………」

「でも味方だ」

「――――――そうですね」

 

 一応味方と認識するようにはなったのか、少し複雑な表情で頷くと一〇〇式達は走る。

 もうすぐ救援信号の位置だ。

 

――後数百メートル。

 そこで事は起きた。

 

 

 

 

 

 同時に凄まじい量の銃の構える音。

 

「えっ――――――」

 

 ぞろぞろと出てくる鉄血に一〇〇式達が呆気にとられていると、柱の陰から妙な女が出てくる。

 やたらと癖の激しい巻き毛の束を二つ垂らした、真っ黒な装束の女。口元のガスマスクは見るだけで相手への拒絶感を醸し出していて、周りに浮いた時代の違いすら感じるビットの群れが値踏みするようにあちこちを飛び回る。

 

 銃弾は放たれない。静かに一〇〇式達は銃を置いて手を上げる。

 

「物分りが良い、というのはそれだけで美徳でしてよ」

 

 上ずった悦楽混じりの女の声に、トンプソンが舌打ちした後尋ねた。

 

「お前が今回のヴィランかよ」

「まあそうです、名前は語りませんよ? そんな事をすれば、後で面倒なことが起きますものね?」

 

――馬鹿じゃあねえか。

 トンプソンが咥えていたココアシガレットを吐き捨てる。

 

 女はビットで「何時でも殺せる」と脅しながら手を上げた二人の体中を不躾に観察すると、少し経って口を開く。

 

「では簡潔に。アレは何ですか、教えなければ貴方達は粉々ですが」

「言ってろ、通信は筒ぬ――――――じゃねえな。ジャミングとは念入りな奴め」

「質問に答えなさい。今すぐ殺しても良いのですよ、わたくしは」

 

 通信途絶に苦い顔をしたトンプソンは女を睨め付ける。

――ビット持ちか。しかもこの調子だと今頃私達が順調に向かっている「ように見える」ダミー信号をアッチに送られてるな。

 

 地下なのも有ってKarの救援は望めない。状況は絶望的だ、それを知っているからこそ女は強気にもう一度問う。

 その時。小さく、とても小さく何かが()()()()がした。トンプソンがそれが聞こえた途端、少し目を丸くする。

 

「さあ、早く」

「いやあねえ? グリフィンと人間は裏切れない、私達の最大の特徴で欠点だから無理だな」

 

 トンプソンがケラケラ強がるように笑い飛ばす。女がそれを不愉快そうに一瞥すると、次は横に居た一〇〇式に視線を向けた。

――どうすれば。

 思わずトンプソンに視線をやってしまうが、彼女はいつもどおり不敵に笑っている。一〇〇式の望む返事は得られそうになかった。

 

 だが少し違和感は有る。トンプソンは幾ら何でも余裕な素振りが自然過ぎる、強がっている感じではなかったのだ。付き合いも長いのだからそれくらい、ある程度は分かる。

 

 思案を催促で途切れさせられた。

 

「あなたも何も話さない、と?」

「当たり前でしょう、お前達に命乞いできるほど恥も外聞もないAIとして作られてない」

「なるほど、一理ありますね」

 

 女が手を挙げると、一斉に銃が構え直された。

 思わず一〇〇式が目を瞑る。幾ら強がろうと彼女だって死は怖い、例えAIでも自分を喪う恐怖を克服できる事などあり得ないのだ。

 

 吐き捨てるように不機嫌を示す。

 

「正解であり、最低でしたわ。死ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――いいや、最悪だろうな」

 

 トンプソンが叫ぶ。

 

「頼んだぞ、ヴェノムッ!」

【任されたぜ】

 

 二つの声が絡み合った歪な音が地下駐車場を響く。

 女が事態に気づいて振り向いたがもう遅い。其処には舌なめずりをする大口の化物、黒い巨躯を今か今かと奮わせて走りださんとする「ヤツラ」が居た。

 

 急いで女は指示を出したが遅すぎる。その手に握られた首なしの屍体を見るだけで鉄血達が慄いてしまった。

 ヴェノムが屍体を片方捨てると、女を指さして舌を頻りに動かす。

 

『一応ソイツらは仲間だからな、売られたケンカは買ってやる』

「そうそう。という訳で世界最悪の死に方をさせてやるから、精々苦しんでくれ」

 

 凄まじい速度で屍体が女に投げつけられる。咄嗟に避ければもう戦闘は開始だ。

 

 恐れども乱れない鉄血達の一斉射。しかしヤツラにそんなものは通用しない、けろりとした顔で身体に波紋を立てる銃弾を見つめると、大口を開いて近場に飛びかかる。

 

『痛くも痒くもねえ!』

 

 振り回しながら鉄血達の四肢を殴り砕くと縦横無尽に駆け回る。

 

 段々と戦うだけの冷静さを取り戻してきた鉄血だったが、追い打ちをかけるように一〇〇式達がスモーキンググレネードを投げつける。途端に白く包まれる視界に、数の多い鉄血達は変に味方を撃てないと撃ちあぐねだした。

 鉄血は優秀だ。優秀だからこそ、数の利が無ければ勝てないことも分かっているのだ。

 

『弾はウマくねえ、撃ってこないなら最高だ!』

 

 ヴェノムに敵味方など無い。一〇〇式達も分かっているから距離を取る、よって彼らには着実な有利が其処に在った。

 一体、二体、三体と削られていく戦力に苦虫を噛み潰したような顔をしながら女が呟く。

 

「お前達は一体、何者――――――っ!?」

 

 瞬く間に女の目の前に現れた巨躯。心底愉快そうに嗤うような大口から顔が半分裂けていったかと思うと、男が答えた。

 

「俺たち? 多分、世界最悪のヒーローってやつさ」

 

 重みの乗せられた乱暴な殴打を受け、女が弾き飛ばされていった。




ヴェノムに寄せるなら細かい世界観要らないし、ドルフロに寄せるとシンビオートは明確化出来ない。だから最低限のあらすじの世界観説明にとどめています。ドルフロは細かいので、知らない人は是非。

ヴェノムのお気に入り登録件数が多すぎに見えるかもしれませんが、劇中でも本当にされたくないことをされたり、武器を構えられなければ基本お気に入り登録してました。作者には有難いタイプ。
多分マジで嫌なことが有って、それに引っかからなければ基本「お前はココが良い!」ってなるタイプ。良いやつすぎるぞ?

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