あべこべ・フリート(仮) 作:仙儒
花びら舞う出会いと嵐の出会い
それは、夢のようだった――――――。
桜の花びら舞う中、その人に出会った。
「はい、これ君のでしょ? 今度は飛ばされないようにちゃんと抑えるんだよ」
まるで漫画やアニメから間違えて迷い込んできてしまったような整った顔立ち。宝石のような緑色の瞳に吸い込まれそうになる感覚。女の人と違って低い声。だけど、どこか安心する響き。
幼い自分でもそれだけは理解できた。
その人はそう言いながら、風に飛ばされてしまったブルーマーメイドの帽子を私にかぶせてくれる。
私は両手で帽子の淵をぎゅっと握ると「うん」と力ない返事を返す。見とれていた…、それだけ目の前の男の人は美しく、格好良かった。
私の行動を見て、男の人は優しい声音で「いい子だ」と言って撫でてくれた後、屈んでいた体を戻すと、お母さんに向かって一礼して去っていく。
私は急に気恥ずかしいような不思議な感覚に襲われ、ぎゅっと握っていた帽子の淵を引っ張って顔を隠そうとする。
「お、何いっちょ前に赤くなってやがんだこのこの」
真冬姉さんがちょっと赤い顔で私の頬をつついてくるのを逃れるため、走って逃げる。ちゃんと帽子は両手で握ったままだ。急いで真霜姉さんの後ろに回り込む。
「きゃ、ちょっと二人とも!」
真霜姉さんもさっきの男の人に見とれていたのか熱の籠った瞳でボーっとしている。
それにしても、さっきの男の人。男子校の優等生なのか、将校服を着ていたのが気になったが、将校服の襟に鷹を思わせる紋様の上に桜と錨マークが書かれて居た。あんなマーク、見たことがない。
お母さんにそれを聞こうとしたら、何かを考えこんでいた。
「あの徽章どこかで……、ホワイトドルフィンでも無いし…」
「お母さん?」
「ああ、何でもないの。今時の男の子にしては立派だったからビックリしちゃって。何かしらましろ?」
言っている意味はその時は理解できなかった。
雷が鳴って、海が荒れている。
「明乃、速く飛び込みなさい」
「でも…何だか怖いよお母さん! お父さん!」
「大丈夫だから! ほら、速く!」
次の瞬間、船が大きく揺れる。大きな波にお父さんとお母さんが飲み込まれて行く。
「間に合った」
その声のした方を向くと男の人が立っていた。
手には紅く光る縄? のような物が握られており、その先には……、
「お父さん! お母さん!」
お父さんとお母さんが繋がれていた。
「君も!」
そう言われると同時に体が宙に浮く。そのまま抱きかかえられ、海へと落ちる。
落ちている間に、男の人が下敷きになるようにして着水。そのまま、救命ボートまで私を抱えたまま泳いでくれた。
「これでもう大丈夫だ」
そういうと、お父さんとお母さんをボートに乗せる。私は急いでお父さんとお母さんに縋り付いて呼びかけるが、返事がない。二人とも死んじゃったのかと泣き出した私に男の人は優しく撫でながら言う。
「言っただろう、もう大丈夫だって。二人とも眠ってるだけだ。胸に耳を当ててみなさい」
そう言われて、胸に耳を当てる。雷とボートが揺れる波の音の中、確かにドクン、ドクンと振動が耳に届く。安心できる音だ。二人とも生きている。それを見て離ていこうとする男の人の手を掴む。
「お兄ちゃんはどうするの?」
「俺にはまだやることが残ってるから」
「やだ! お兄ちゃんも一緒に行こうよ!」
心細かったのもあるし、何となくいなくなってしまうような気がした。男の人は困ったように頬をかくと、私の頭にホワイトドルフィン学生の艦長帽子を被せる。反射的に手を放して帽子の方を握ってしまう。
「大事なものだ。持っていてくれ」
その言葉を最後にボートから離れて行ってしまう。慌てて手を伸ばすがもう遅い。
浮遊感を感じたから目を開ければ、絶賛落下中。あれ? 俺確か長門に乗ってネウロイの巣に特攻して死んだはずなんだけど……、人使いの荒い神様だな。何? もう次の世界な訳? 俺に安息は訪れないのかよ。ってか、本当にどこだよ。ここ。神社の前みたいだけど……、何々、諏訪大社? え? ということは日本なの?
なぜ、扶桑の名を出さなかったかというと、諏訪大社の前が海なんだよね。何度か目をこすって見直してみたんだけど、何度見ても、どの角度から見ても海。
海は広いな大きいな~ってか?
大きすぎだよ! 少なくとも日本の内陸部であるはずの諏訪の前が海とか無いわ!
現実逃避していたら、上の方から帽子が飛んでいくのが見えた。
転移魔法で帽子を手元に転移させる。
多分、誰にも見られていないはず。
帽子を持ち主に返すついでに、神様に文句の一言でも言ってやろうと思い神社への階段を上がっていく。
上につくと姉妹と思われる人たちがいて、一番ちっこいのが空へと手を伸ばして泣きそうになっているのが見えて、この帽子の持ち主だろうと確信して近づく。
「はい、これ君のでしょ? 今度は飛ばされないようにちゃんと抑えるんだよ」
そういいながら膝を折り、目を合わせて言う。
帽子を被せてあげると、「うん」と頷き、両手で帽子が今度こそ飛ばないようにぎゅっと握った。ぶかぶかの帽子を被ったせいで目元まで隠れてしまうが、出ている頬が朱色に染まっていることから恥ずかしいのだと判断。人見知りする子なのかな?
小動物ぽくて可愛いね。
和んでいると、視線を感じた。
視線を感じた方を向くと三人がこちらを見ていた。
考えてみれば前の世界と違い昨今、ろりこんだかぽりごんだかがはやっているのかもしれない。
ならば、怪しまれない(もう手遅れかもしれないが)うちに、退散しよう。こういう時には慌てたらアウトだ。あくまでも自然体で。
神社ならば参拝者だと思われるだろうし、一応、警察に連絡しないでねと言う意味も込めて一番年上そうな女性に一礼して本殿の方へと足を進める。
ここまで来たのだから、神社に賽銭を入れて手を合わせる。無論、文句を念じるのを忘れない。
さて、ニプーハ・ニフィラと五回念じ終わったので、この世界の情報を集めることにする。
少なくとも扶桑のように昭和では無い筈だ。建物も近代的なものが最初に見えたし。しかし、なぜ諏訪の前まで海が広がっているんだ? ジャスティスを使って衛星をハッキングしようとしたが、うんともすんとも……、信じがたいが人工衛星そのものが無いとジャスティスから告げられる。
うせやろ…、だってこんなに近代的なんだぜ?
一応コンピューターはあるらしく、国の中枢にアクセスして情報を得る。
この世界、日本は地盤沈下により国土の半分が海に沈んでいることがわかった。そこである記憶が頭に引っかかる。俺はこの世界を知っている。革新に満ちた物がよぎるが、それが何なのかがわからない。こう、喉の辺りまで出かかっているんだが…、痒いところに手が届かない感じ。もう少し、もう少しで思い出せそうなんだ。
そう思っている時、不意に声が響いた。頭に直接語り掛けるようなこの感覚は念話か!
…けて、助けて!!!
頭が割れるような痛みが襲い、目の前が一瞬にして暗転する。
次に目を開いた時、嵐の真っただ中。沈みそうな船に逃げ惑う人々。次々に救命道具を身に着けて海へと飛び込んでいく。
が、どう見ても救命ボートが足りていない。くそ、救助隊は何をしていると内心毒づきながらエリアサーチを使い逃げ遅れた人がいないか探す。
その間にも刻一刻と船の傾斜は大きくなっていく。嵐も強さを増していく。
一番傾斜が酷いところで避難誘導している場所で、年端もいかない子供がごねていた。救命胴衣を身に着けている。こういう時は酷かもしれないが、話して言い聞かせるよりも、持ち上げて海に放り込んだ方が効率がいい。その時を見計らったかのように、船は大きく揺れ、高波が襲う。その高波から子供を庇うようにして大人二人が救命ボートとは反対側に流されていく。幾ら大人でもこの荒波にさらわれて助かるわけがない。
とっさにストラグル・バインドで俺と大人二人を繋ぎとめる。
そのまま、子供を抱きかかえて海へ飛び込む。
救命ボートに子供を放り込んで、バインドで繋ぎ止めていた二人も救命ボートに乗せる。二人のバイタルは…
正常だ。もう心配ないだろう。一息つきたいところではあるが、こう言う時間との戦いのときは動けるものが動かないと助けられる命の数は急激に減少する。
だが、子供…少女はパニック状態になっていた。前の世界のウィッチたちの顔が重なって動けなくなってしまう。しかも、無意識なのか俺の手も握っている。落ち着かせようとするが、どんな言葉をかけても少女の耳には届かない。致し方無く、無理やり大人二人の胸に少女を押し付ける。心音を聞けば落ち着くと何かで見たか、聞いたかした記憶があったから。その判断が功を奏したのか少女は落ち着きを取り戻した。しかし、俺の手は離してはくれない。無理矢理振り払ったら少女が救命ボートから落ちかねない。それだけ強い力で俺の手を握りしめていた。火事場の馬鹿力とも言う。どうしたものか? 時は待ってはくれない。離してくれるかはかけだが、試してみる価値はあるか…、反対の手で軍帽を取り、少女に被せる。作戦は成功したようで俺の手を離して軍帽の方に手をかけた。そのわずかな隙をついてその場を離脱する。
それから少し、救助活動をしていたら救助隊が到着し、助けに来た女性たちにジャスティスから送られてくる情報を基に、現場の指揮を執たる形になった。
最初こそ驚いた反応をしていた女性たちだが、ブライトさん並みの指示だししていたら準則に対応してくれた。流石はプロと言うところか。嵐のピークが過ぎ、東の空が赤らみ始めたころ、救助活動は終了した。
そのどさくさに紛れて転移魔法で転移しようとした際、大きな爆発音が聞こえたと思ったらまた、意識が暗転した。その瞬間、思い出した。ここってもしかして――――――ハイスクール・フリートの世界じゃね? と。
こうして、天候不良による救難信号キャッチの遅れに、これまた天候不良によるブルーマーメイドの現場到着が大幅に遅れるという最悪に最悪が重なった事故はたった一人の行方不明者だけで済み、ブルーマーメイドが監督不行き届きで世間からバッシングされることは無かった。
この話には続きがあり、行方不明になった人物の身元詳細が一切見つからなかった。わかったのは将校服を着た”少年から青年”くらいの人物であり、余りにも的確過ぎた指揮能力から、実は事故にあった船の船玉なのではないかとブルーマーメイド内では噂になった。