エターナる短編集   作:ENE

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試される大地、竜王国で現地人に転生したオリ主が英雄になってしまう話。
本文およそ1万文字。


竜王国サバイバー(原作:オーバーロード)

――拝啓、母さん。俺は今、流行りの異世界転生生活の真っ只中で頑張っています。

最初期はここが何処かも理解しておらず、ライオンだったり虎っぽかったりするよく分からない化け物達から逃げまどい、ひょんな事から戦ったりもして、気付けば割とイイ感じに暮らせているような気がします。

 

最近では数々の功績から国の貴族にもなりました。

 

俺はそれ絶対レベルの無駄遣いだから止めて下さい要りませんって固辞してたのに、あの合法ロリが皆の前で迫真の泣き真似なんかするから結局は押し切られてこのザマです。あの腐れ×××はそろそろセラブレイト辺りにガッツリ掘られるべきなのではないでしょうか。

まあ俺だってメタ的にステータスとか見れないから今の自分のクラスビルドどうなってるのか正直全然分かってないんですけど、あいつ絶対俺の事――

 

 

「騎士団長閣下! ……来ましたッ」

 

 

かかる呼びかけに瞼を閉じて、届ける相手も居ない自己満足の手紙を畳んで懐に押し込む。

腰を上げればガチャリと音が。相変わらず動き辛い、見栄えばかりの鎧装束が視界の端で煌めいていた。

砦内の小階段を昇り風の吹く場所へと身を乗り出せば、視界前方、これから戦場となる平野部の向こう側には比喩表現でなく雲霞の如き獣たちの軍勢が見える。

 

ビーストマン。

 

あれこそが、この竜王国を侵略している、敵だ。

ぱっと見ても随分と多い。毎度毎度一体何処からあれほどの数が湧いてくるのか。見た目通り、獣のようにポコポコ産んでいるのかもしれない。

 

人間種もあれほど増え易ければ数で負ける事も無いだろうに、とどうでも良い事を考えて息を吸う。

前方にはビーストマン。それよりずっと手前、この砦の真正面には竜王国が誇る最強の騎士団。

そしてその上空、俺の居座る砦を中心とした空一面には――淡く輝く赤色の群れ。

 

「死霊騎士団(・・・・・)、まずは何時も通り、奴等を人間種と同等以下にまで引きずり落ろせ!!!」

 

吸った息を、吐くと同時に大きく吠えた。

声に乗って力が奔る。俺の発した命令が、己が配下に力を与える。

スキルの発動を、未知の感覚によって確かに感じた。

俺の頭上、砦の上空、戦場を包む空全体に広がった、――万を超える幽霊(ゴースト)の軍勢を強化する。

 

『――――~~ッッッ!!!!!!!』

 

返るのは絶叫。

頼もしいと同時に悍ましい、死者達の発する鬨の声。

アストラル型のアンデッド、その最下級にあたるゴーストを始めとしてそれより上位の死霊(レイス)を足した混成集団。かつての日から今日此処に至るまで戦い続ける内に種族レベルが上昇した者等も幾らか混じり、自らを殺した憎き異形種の群れを貶めようと吠え猛る。

 

それは貴賤老若を問わぬ、あらゆる民達の成れの果てだ。

 

竜王国が誇る最強戦力、死霊騎士団の戦術の要にして俺の生み出した外道の戦力。

あらゆる生者の恐怖を煽る無数の光、赤色の幽体が虚空を駆けた。

一、十、百、千、そして万。空を埋め尽くす竜王国の英霊達。平民、子供、兵士に貴族。あらゆる立場、あらゆる出自。同じ国に生まれ、ビーストマン達の手によって殺されたという以上の共通項を持たず、憎悪と殺意、そして僅かながらの護国の意思と同族意識ゆえに俺という人間に付き従っているアンデッドの軍勢だ。

 

両軍の先頭集団がぶつかり合う。

が、その結果は一方的だ。

 

非実体型のアンデッドゆえ、魔法的な攻撃手段を持たないビーストマン達は彼等を傷付ける事が叶わず。

同時に、ゴースト達も生者たるビーストマンに有効な物理的干渉手段を持たない。

ならば何をもって一方的であると評すのか。

 

特殊技術(スキル)だ。

 

ゴーストという種族依存のスキル<脆弱化の接触>を用いて、接敵と同時に対象の能力値に弱体化(デバフ)を重ねる。――万を超える数に任せて。

 

獣の爪が閃いた。

咢が閉じて幽体を噛み潰す。

振り回される四肢は風を唸らせ、怒号が戦場を埋め尽くした。

 

だけど無意味だ。敵の攻撃は、ひとつ残らずすり抜ける。

吠え猛り、暴れ回り、しかし幽体に触れられる特殊な個体なぞこの戦場には存在しない。ビーストマンという種族は、あくまでも物理的な攻防性能が優れているだけの知恵を持った獣に過ぎず。それとて所詮は脆弱な人間種と比較した場合のものであり、純物理型の天敵たる非実体型の戦力のみをぶつけてしまえばこちらの消耗は有って無いもの。

 

とはいえ。

 

「団長」

「まだだ」

 

逸る周囲を窘める。

ビーストマンの攻撃は通じない。だがそれと同時にゴースト達の攻撃もまた、敵を傷付けたわけではない。能力値(ステータス)は削れているが、ダメージ的なものは1ドット分も蓄積してはいないだろう。当たり前だが、あれだけで絶命に至らない事は散々試して知っているのだ。

 

そうとも、試している。

俺が戦場に出たのもこれが初陣というわけではない。ならば対する敵も当然、そこを学習する。

 

怒涛の弱体化攻勢を一顧だにせず、ただ真っ直ぐ、砦へ向けて突き進む者達が視界に映る。

苦鳴混じりの、咆哮が届いた。

 

ビーストマン勢の一角が、ゴースト達を纏わりつかせながらも足を止めずに、接近してくる。

敵軍の内の全てではない。統制が完全に取れていないのか、殺せもしない癖に未だゴースト相手に爪を振るっている者が半数を余裕で超えていた。それでも一部、明確に纏まった数がこちらへ向けて進軍している。

 

「弓隊、構え」

「了解! 弓隊、構えェー!!!」

 

俺が命じて、それを受けた弓隊の指揮官が復唱する。俺が言葉を発した時点でスキルが発動し、復唱する指揮官の大声を合図に弓隊の兵士達が実際の攻撃行動を開始した。

多数の弓から矢が放たれて、追い縋る数多のゴーストを速度差によって引き離しながら走るビーストマン達の、群れの頭上に向かって落ちていく。

 

手応えはあった。

が、それだけではまだまだ足りない。

 

ビーストマンは強靭だ。脆弱化した物理防御値でさえ矢の一本二本は耐えられる。相応に数を揃えた弓隊ではあるが、弓系の職業レベルを取得している兵士がどれほど居るかも俺の目からでは確認できない。あの程度では絶命に至るのに威力が足りず、個々の狙いとてどうにも甘く、一本たりとも被弾せぬまま走り続ける獣も視えた。

だから続ける。既に用意は済んでいた。

 

砦の正面、布陣した騎士団の人間兵士。その更に前方には落とし穴。

深く掘って隠しただけのソレは余りに拙く、罠として考えても実に単純且つ古典的だが、戦場の熱気で視野の狭まった獣相手ならば幾らか効果もあるだろう。直接罠に掛からずとも、その存在を感知する事で僅かなりと進軍速度が鈍れば良し。一匹でも掛かった時点で、それを目にした他の奴等の精神的動揺も見込める仕掛けだ。

 

既に居並ぶ騎士団兵士は長槍を揃えて陣を成し、今か今かと攻撃の時を待っている。

あとはそう、弱った敵を、数に任せて囲い込んで殺すだけ。

 

これは戦争であり、人の手による狩猟であって、害獣に対する駆除作業だ。

力を削り、群れの行動を掻き乱し、手傷を負わせ、罠に掛けて、心を攻めて、追い詰めて。そしてようやく手を下す。

 

何時も通り。今まで通り。

竜王国死霊騎士団の長として戦の終わりまで気を抜く事無く、此処でやるべき全てを終えた。

 

 

□

 

 

「くあ゛ーっ! 今日も今日とて酒が美味いッッ!!!」

 

晴れやかな笑顔で昼日中の飲酒を悦ぶ少女が一人。どん、と音を立てて大ぶりのグラスが執務机の天板を強く叩いた。派手に酒精の飛沫が跳ねたが、彼女は全く気にしない。

 

これこそが此処竜王国の国主たる当代の女王、ドラウディロン・オーリウクルス。

例えその華奢な右手に鷲掴みされたグラスから飛び散る水滴が各種重要書類を湿らせようと、王者たる振る舞いとは到底思えぬその有様に同じ室内にて執務を続ける同国の宰相が虫を見るような目を向けていようと、それでも彼女の笑顔を陰らせるには到底足りない。

 

それはそれとして、苦言は飛んだ。

 

「陛下、サボってないで働いて下さい」

「働いたー! 百年分は働いたぞっ! あいつを国に士官させた時点でもう引退しても良いぐらい働いたんじゃないかなぁーっ、私はー!!」

 

言われてもなお欠片も怯まず、今度はグラスから滴る水分を指先で弄びながら天板の上に落書きを始める。見た目同様、まるで子供のような、本当に駄目な大人の姿だ。

アンタが引退したら玉座が空席になるんですがそれは、などというツッコミも女王の耳には入らない。

 

「宰相も聞いただろう? また勝ったぞ、あいつ(・・・)は!」

「ええ。お陰様でそれ関係の仕事がまた増えましたね。はい、こちらが陛下の分、期限は明日です」

「グエーっ!」

 

領土を取り返せば、それはそれでやる事も増える。つい先ほど報告を受けた騎士団の勝利も、人によっては目出度き事だが宰相等の官吏にとっては仕事の増加に他ならない。

勿論、喜びに水差すような発言をする宰相とても、彼等の勝利は喜ばしい事ではあるのだが。

 

ちょっと浮かれすぎじゃないかな、なんて思うのだ。これまで長らくの苦労心労その他諸々を共有している宰相としては、はしゃぐ女王の気持ちも分かるがそれはそれとして昼間からの飲酒に関して擁護はできない。

 

「ん。まーた法国から苦情が来てるな……」

「苦情というか、まあ、それはそうでしょうねえ……」

 

人類至上を国是とするスレイン法国としては無数の異形種――竜王国死霊騎士団の要たるゴースト達の存在を認めたくないのも当然だ。

あれらの統制が取れているのは騎士団長たる青年の存在ゆえ。しかし、ビーストマン一国を相手に勝利し得る戦力とはつまり、ビーストマン以上の脅威になり得るという事だ。

 

今は良い。敵が居る。彼等の戦果は人類のためにもなっている。だが今ある戦いが終わった後までそうであるという保証が無かった。仮にあの周辺諸国最強の騎士団が他国に槍を向けた時、それに抗し得る国など一体何処にあると言うのだろうか。

 

「あいつがやるとは思わないがなぁ」

 

そう言って、女王は法国からの手紙を置いた。

彼女の言に、宰相もまた無言で頷く。かの騎士団長の祖国に対する忠義は現状、疑いようのないものであると見ていた。宰相も、女王も、同様にだ。

 

が、それはそれとして万一の事態に備えるのが彼女等の仕事なのだ。女王も法国もそこは変わらず、先を考えられぬ者に為政者を、あるいは人類の守り手を名乗る資格は無い。

 

「叙爵の際も自分には相応しくない、と固辞し続けていましたね」

「だからといって渡さない理由も無いしな。国も貴族も、あいつ以上に民を守れた試しが無い」

 

数年前、ほぼ同時期に国内の都市三つが攻め込まれた。

 

その際に、内一つの、都市防衛作戦を成功させた立役者こそが、彼だ。

三つの内二つは陥落。しかし都市の防衛を成功させた少年はそれで止まらず、そこから更に二都市を占拠し勝利の宴に沸いていたビーストマンの軍勢を奇襲、殲滅。勝利した。

 

当時はその多大過ぎる戦果の報告に対し、誤報か狂言の類である、と切って捨ててしまったほどの事態。

無論それらは多数の協力と相応の時間をかけた上でのものであり、神の奇蹟に等しい伝説のような何かの存在とは全く異なる。だが、疑いようのない快勝だ。これまで敗北し続けてきたビーストマンに対する明確な戦果は、竜王国の民心を上向かせるには十分以上の輝きだった。それこそ鮮烈過ぎる、ほどに。

 

強力なタレントを持っているだけの、ただの平民が。国の危難を一時的にとはいえ排してみせた。

 

当時にして既に千を超えるアンデッドの軍勢を従える、都市防衛、及び奪還の立役者。死者を従える様は恐ろしくあったし、集団としての力はもはや国を揺るがすに足るほどだ。

当人の言うところによれば死者の側からの合意を要するとはいえ、時を追うほどに彼の従えるゴーストの数は増えていく。誰もに分かるほど派手な戦果を挙げた事で、彼に救国の希望を見出した者達が声を上げ、その麾下に加わろうと集まり始めた。

 

もはや只人とは到底呼べまい。彼は国の英雄であり、恐るべき戦力を擁する人類にとっての新たな脅威であり、追い詰められ続けた民衆にとっての光であった。

 

ゆえに。

――なんとしても、抱え込まねばならなかった。

国のため、民のため、未来のため、この国が滅びぬためにこそ。絶対に。何としてもだ。

 

結果として勧誘自体は拍子抜けするほど簡単だったのであらゆる懸念が無駄に終わったが。そこはそれ、公権力に対して異様に弱い、元現代日本人のサガである事を誰も知らない。

 

「実際問題、歯向かわれたらどうするおつもりですか?」

「どうって……どうしよ」

 

彼が反旗を翻すのなら、竜王国は斃れるだろう。

単純に、擁する戦力が段違いなのだ。戦えば負ける。民の側からしても、自分達を守れなかった国と守ってくれた彼ならばどちらを取るか、国に対する支持が勝るとはどうにも思えぬ。

少なくとも女王自身は、為政者としての己が不甲斐無さを自覚していた。

 

雑に放られた法国からの手紙に少女の視線がつと向かう。

なるほど、彼と彼に従う死者の軍勢は確かに危険だ。しかしだからと言って、切り捨てるなど出来はしない。

 

ぐしゃり、と小さなその手が質の良い紙を握り潰した。

 

「……だって、やらなかったら国が滅ぶじゃないか。毒だと分かっていても食べないと死ぬんだぞ? 大人しく死ね、なんて言えるのは部外者だけだろう」

「いっそ陛下が御結婚なされますか?」

「それでどうにかなるならな!」

 

独り言のような愚痴を、くしゃくしゃになった手紙に向ける。宰相の言葉はさて、冗談なのかどうなのか。

半ば押し付ける形で与えられた爵位に喜ぶでもなく、今も変わらず日々戦場にて戦い続ける件の青年。彼が現女王の夫、王婿の立場に満足するならそれで良し。しかしそれ以上を求められたとして、何を与えれば良いのだろうか。この国に、それを用意できるのだろうか。

 

大き過ぎる戦力に対して先々の可能性を危惧するのは理解できる。ドラウディロンもまた女王として、無いと思っていてさえ備える事を考えていた。貴族の地位とて、褒美と言うより彼を国に縛り付けるための枷なのだ。

 

だけど、そう言う法国だって竜王国を救ってはくれなかったじゃないか。

 

長らくビーストマンによる一方的な侵略を受け続け、逆境を跳ね除ける手段なんて何処にも見えず。

それを、変えてくれたのは死した国民達の霊魂と、異形と化した彼等を従える一人の男だ。

竜王国の東側、比較的国境線に近い位置にあった村の出である彼が、生まれ持った異能によって構築したゴーストの集団を率いる事で、やがて救国の英雄と称されるほどの功績を成した。

成功ばかりの王道ではない。むしろほんの数年前まで、彼には非難と忌避の視線ばかりが集まっていた。

嫌悪が極まり、命を狙われてさえいたそうだ。

 

遺骸を贄とし、死者の魂を魔物へと変じて獣を殺す。まさしくそれは、死霊術師の忌むべき技だ。

 

友が、家族が、同胞が、死して後、ビーストマンへの憎悪に猛るアンデッドと化して従属するのだ。

恐ろしかろう。人を喰らう異形と並べて、どちらを支持するかと問われれば、当然どちらも忌避される。何もおかしな事などない。それを変えたのは嫌悪する余裕も無くすほどに追い詰められた末の劣勢と、彼を嫌っていた筈の民達の目さえも眩まんばかりの圧倒的過ぎる戦果であった。

 

勝利。勝利。勝利!! ――それが全てだ。この残酷な世界では特にそう。

 

かつては侮蔑と恐怖、否定ばかりだった彼への評価は、やがて畏怖と崇敬へとその色を変えた。

アンデッドを従える物狂いの少年は、同国の民達による泥と罵声を浴び続けながらも、遂にはそれら全てを覆したのだ。他者からの評価も、追い詰められつつあった竜王国の苦境さえ。

 

「――うむ、もしそうなったら私の魅力でめろめろにしてやろう」

「つる、ぺた、すとーん、のその身体でですか? 彼が特殊な趣味を持っていたら良いですね、陛下」

「いやいやいや、私はまだあと一回変身を残しているからな?! こっちが仮だぞ!?」

 

未だ全てが元通りとはいかないが、英雄の登場によって竜王国の未来には光が差した。

だと言うのに悩みは尽きず、今日もまた、女王陛下とその腹心たる宰相閣下は身を粉にしつつも見た目だけは割と楽しそうに働いている。

 

彼等の心労が絶える日は……割と遠い。

 

 

□

 

 

――拝啓、母さん。俺は今、オバロ世界の竜王国というクソみたいな労働環境で働いています。

 

クソみたいと言っても別に待遇が悪いとかそんな事は全く無いのですが、俺のタレントの都合上、原則的に町から遠く離れた野営環境で寝泊まりせねばならず、叙爵の際に頂いた王都の立派な邸宅にだって最初の数日以降全く寄り付く暇がありません。

そんな現状でさえ、負のエネルギーの連鎖反応によって新しく強力なアンデッドが湧いていやしないか、毎朝毎夕定期チェックが欠かせないという悲しい有様。偶には戦場跡とか国内の放棄区画以外の、ちゃんとした場所で寝泊まりしたいのですが諦めるほか無さそうです。

 

仕方ないですよね。他国での俺のあだ名、『死の螺旋』ですもんね。

 

いや俺としても正直ここまで軍団規模が膨れ上がると思わなかったし? そもそもビーストマン特有のえげつない数の暴力に対抗するにはタレントの使用頻度を加減している余裕なんて全く無くて、だから何時か来る平和のためにそろそろ俺――

 

「――む、邪魔をしたか?」

 

書き綴る事に没頭していた意識が覚めて、かかる声の方へと視線を向ける。

見えたのは相変わらずのハゲ頭と、年齢にそぐわぬ老けた容貌。可能な限り目立たぬようにと誂えたらしい、灰色のローブで全身隠した逆に怪しいそのファッション。

 

カジット・デイル・バダンテール

俺にとっては一応の、師匠に当たる男が其処に居た。

 

「いえいえ。どうせ、送る相手の居ない手紙ですよ」

 

多少早口で言葉を並べ、手元の紙束を畳んで仕舞う。対するハゲは俺の説明にそうかと頷き、しかしなんだか空気が重い。

先の台詞の、言い方が少し悪かったのかもしれない。この拗らせたマザコンである師匠殿の目の前で、もう二度と会えない(前世の)母への手紙なんて持ち出すべきではなかったのだ。

 

ゴホン、とわざとらしくも咳をして、師匠に向き合い口を開いた。

 

「それでは、今日も宜しくお願いします」

「む。……うむ」

 

歯切れは悪いが同意は得られた。あとはもう、時間をかければ空気も晴れよう。

さて。

 

実は俺は、死霊術師である。

 

とはいえ実態としては名ばかりで、習得魔法も第一位階が関の山。普段従えているゴースト連中だってタレントによって死人を異形種に変えただけ。アンデッドに対する使役能力なんて全く無い(・・)。無いのだ。本当に無い。誰だよ俺のこと死霊の主とか呼んだ奴。

 

彼等が俺という半手動異形種製造機に従う理由はこの世界で五指に入る超強力なタレントによるもの――などではなくて、ゴースト達にとっての直接の死因である敵性種族ビーストマンに向ける憎悪ゆえ。祖国に対する情も無いではないが、およそ自我というものを喪失しがちな最下級アンデッドの身の上では護国の意思一つで従順に振る舞い続けるには到底足りない。

 

なにしろ数が数だ。

既にして総数、万を超えている異形の軍勢。国民が死ねば死ぬほど増えていくのだ。それら全てに国の為の意思を保ち続けろなどと命じたところで叶いはしない。当然だろう。アンデッド、死者であるという事はつまり、国は彼等の命と尊厳を守ってくれなかったという何よりの証明。守らないが、守れ。なんて恥知らずにもほどがある。そんな道理は通らない。

俺に、死者さえ従うカリスマなんてものは無く。このタレントにも、アンデッド化する以上の力が無い。

 

――ビーストマンを国から追い出し、己が憎悪を曲がりなりにも晴らした末に死者の群れは何をするのか?

 

ようやく平和が見えてきたこの時代に、今更ながら、重大過ぎる問題が浮上してくる。

かつてタレントに縋ったのは、生きるためだ。死にたくなかった。死者に問い掛け、戦う意思を受けたが故の変生だ。しかし今となっては数が増え過ぎて持て余す。勝手な話だがそれが事実だ。

 

アンデッドの集まる場所では更なるアンデッドが生まれてくる。死霊騎士団の在る所、それはつまり強大なアンデッドを生み出す螺旋の渦の中心地だ。時折湧き出す敵性アンデッドへの対処は欠かしていないが、何時か処理能力を超えてしまうだろうと恐れてもいる。

 

まだ、ビーストマンを撃退しきっていない。

竜王国には、万を超えるアストラル型アンデッドを処分し切るだけの力が無い。

そもそもの話、未だ死者の軍勢から目に見える範囲で反逆者が出ていない事の方が異常であった。

 

凡人が降って湧いた力で調子に乗った結果がこれである。それに対する言い訳だけなら幾らだって思い付くのだが、あいつらが暴走した時の事を考えるだけで吐き気が止まない。

 

ゆえにこれは、そのための努力。そのためのズーラーノーン12高弟への師事である。

 

カジット師匠と出会ったのは、実は数年前に起きた都市防衛戦の少し前だ。

つまるところ、俺という危険人物と最も早く接触したのは今世で生まれ育った竜王国の者ではなくて、近隣の国家群から危険視されている犯罪的カルト集団所属の幹部級構成員だったのである。

……字面で見直すと実にヤバイ。人に知られたらその時点で首が飛びそう。

 

俺もマズイとは思うのだ。しかしゴースト連中に対する先の懸念を放置して安眠できるほど図太くもない。なので色々なものを見ない振りしつつ十全な使役能力を得るためにネクロマンサーの修行中なのだが、こういう先送りする姿勢が一番駄目なのではないかと思い悩む俺――の、頭を師匠が叩いて正気に戻した。

イタイ! と思わず叫んだが、対する師匠は鼻を鳴らして口を開く。

 

「こちらに来ればつまらぬ身の振り方なぞ考えるまでも無いだろうに」

 

こちらというのはつまり、ズーラーノーンにおいでよ! という意味なのだろう。

師匠曰く、今なら即時、幹部待遇で迎えるそうだ。太っ腹なのか、あるいは俺のタレントと今現在抱えているアンデッドの総数がそれだけ価値有るものなのか。

 

だけど返す答えは決まっているのだ。もう何年も面倒を見てくれているカジット師匠には本当に申し訳なく思うし、己にとって虫の良過ぎる考えであるから、相手が件の秘密結社とはいえ筋の通らぬ事とも思うが。

この異世界の、竜王国という国に生まれて十数年。転生者特有のお客様気分なんてとっくの昔に失せている。

 

だから、すみません、と短く一言。頭も下げる。それしかなかった。仕方ない。

そうするとまた、目の前の男は鼻を鳴らすのだ。呆れるように、怒ったように。

 

「まあ良い。お前の近くに居れば儂の目的も、やがて労せずして叶うだろうよ」

 

気が変わって勧誘がうまく行けば、それはそれで組織に対する多大な貢献として儂に対する評価も上がる。などと嘯くハゲた男の、盛大なツンデレに軽く苦笑して口元を隠した。笑ったのがバレたら、また叩かれるだろうから。

 

いや一応警戒心は忘れず持っておいた方が良いとは思うので、和んでいる場合ではないのだけど。

それはそれとして、やがて訪れるだろう未来への備え、多数のアンデッドを従えるための職業レベル取得を目指して、俺は今日も今日とて仮の身分として騎士団所属の雇われ魔法詠唱者という事になっているカジット師匠から、タメになる教えを授かるのであった。

 

 

□

 

 

――此処は【オーバーロード】の世界である。

 

「ドラウディロン・オーリウクルス女王陛下、御入来!!!」

 

かつて強大無比なる竜王達が闊歩していた場所であり、地球という名の星とは異なる大地。

異界より呼び込まれたマレビト、プレイヤー達の手によって既存のあらゆる法則が歪められ、だというのに相も変わらず人間に亜人と異形の全てがただひたすらに殺し合う、混沌無比なる残酷な世界。

 

「みなのもの、おもてをあげよっ」

「女王陛下のお言葉です。皆様方、どうぞこちらを」

 

どれだけの数を殺しても、敵が尽きるという事は無い。

平穏を勝ち取ったように思えても、すぐにまた新たな神(・)が降臨すると知っていた。

 

それでも足掻いてしまったのは、結局のところ俺が狭い視野でしか物事を図れない凡人であるという証明だろう。

賢しらに、ものを知った風に振る舞ったところでその実、目の前の事ばかりに囚われている。

不安がある。恐怖もある。ビーストマン達を国から押し出し切ってなお、未だ悩みは増すばかり。死者の軍勢に関する懸念なんて最たるものだが、本番はそこから、更に先だ。

 

「続いて、此度の戦における論功行賞を行います」

 

もうすぐ、ナザリックがやって来る。

 

「えと。えっと、みなのものっ、ごくろうであった! わたしも女王として、はながたかいっ」

 

運命を味方につけた、最悪の魔王がこの世界に現れる。

 

起こり得る面倒事の全てをあの主人公サマに押し付けるつもりで逃げてさえいれば、こうして思い悩む事も無かっただろうに。俺というちっぽけな人間はそれさえ出来ずに足掻いた挙句、色んなものを持て余している。

 

「ひいては、褒美をとらす! まず、は、りゅ、りゅー……? んんっ、りゅうっ」

 

ああ。

まったく。

 

「竜王国死霊騎士団団長――サトゥルヌス・ルシエンテス!」

 

本当に、この世界は生き辛い。




キャラ設定が先行した挙句、ナザリック勢の扱いに困ったのでここで打ち切りです。
以下、設定めも。長めです。

名前:サトゥルヌス・ルシエンテス
種族:人間種
分類:現地出身(転生者)
異名:死の螺旋 死霊の主 竜王国最強戦力
役職:竜王国死霊騎士団団長
住居:竜王国放棄区画 戦場 竜王国首都(一度しか行った事が無い)
属性:善
カルマ値:?
種族レベル:人間種のため種族レベル無し
職業レベル:
 ネクロマンサー(ジーニアス) 3.Lv
 ローグ 1.Lv
 サージェント 2.Lv
 コマンダー 5.Lv
 ジェネラル 3.Lv
 ノーブル(一般) 1.Lv
種族 Lv.なし 職業 Lv.15 合計 Lv.15/15 (MAX)

 タレント:【幽霊作成】
種族変更アイテムならぬ、種族変更タレント。
死者に対して種族レベル『幽霊(ゴースト) 1.Lv』を付与し、一度だけ復活させる(死者のみ)。
蘇生魔法同様、対象の合意が必要。その際、不要となった遺体は消滅(嫌われていた理由その1)。復活するのは結果としてそうなるだけで、本質的には「死人が化けて出てくる」タレント。
生前のレベルに種族レベル1を加算。レベル上限に達していた場合、限界突破させる。以後、対象は経験値を積む事でアストラル型アンデッドとしての成長進化が可能になる。
竜王国首脳陣は死者の使役も込みのタレントだと勘違いしているが、種族レベルを付与する以上の力は無い。
なおオリ主自身が死んだ場合、タレントを使用し幽霊として自力復活出来る。

 オリ主
わが子を食らうサトゥルヌス。自ら生み出した死者の軍勢に脅えている。家名の由来は画家の名前。鈴木悟(・)を意識した名付けでもある。
精神的に凡人。怖がるし喜ぶし英雄願望だってあるが視野は狭く、基本、やってから後悔するタイプ。
クライムくんを基準値とした才能と悲運。ただしジーニアスと原作知識の分だけオリ主優位。
天性の死霊術師であるが根本的にタレント頼りで、魔法と特殊技術の類は後追いで学び始めた。が、レベル上限に達しているため死者の軍勢を統べる域に達する事は無い。
竜王国のように追い詰められた環境でなければ人類圏に受け入れられる事の無いタレント持ち。本来はズーラーノーンに流れ着くべき逸材だったが、既に才能が枯れている(でも人間やめたら上限も伸びる)。
指揮系の職業レベルを所持しているが、スキルはともかく知識は半端。オリ主は軍師ではない。
ローグの職業レベルは生まれ育った村がビーストマンによって滅ぼされて孤児となって以降、タレントを自覚するまでは窃盗をはじめとする幾つかの犯罪行為に手を染める事で飢えを凌いでいたため。
貴族になって早数年、ノーブル(一般)の職業レベルを取得する。女王陛下、才能限界間際で痛恨のオウンゴール。
異名として『死の螺旋』を冠したのは法国及びズーラーノーン。周辺国家からはガチでビビられている。要約:「こっち来んな」。
カジット師匠からの好感度は割と高め、12高弟である彼がズーラーノーンからの余計な干渉を堰き止めてくれている。

 死霊騎士団
死霊騎士団には幽霊等のデバフ専門部隊と、生者によるトドメ用の突撃部隊とがある。
魔法詠唱者は、軍事費で国庫を圧迫し続けている竜王国では教育に割く余裕が無いため、育たない。
死霊騎士団の入団規則には死後を売り渡す契約事項が記されている。死んでも戦う、人を捨ててさえ獣を殺す、国を守るための最精鋭。基本的にビーストマンを殺したくてたまらないガンギマリ集団。
亡国寸前の国内事情や英雄に対する崇拝と憧憬が極まった結果、一部の意識は既に宗教の域にある。オリ主は幽霊達の暴走よりもこっちを気にするべき。
覇王エンリ率いるゴブリン軍団とぶつかった場合、レベル差で圧殺される。

 その他
オリ主自身に人類や竜王国に牙をむくほどの野心は無く、タレント産の幽霊達も別にビーストマンぶっ殺したいだけなので、オリ主が指揮官系スキルで統制しつつカルマ善を保つなら敢えて暴走する理由が無い。立場上、これを心配するのは至極当然の事ではあるが、実はみんな考え過ぎ。ただし死の螺旋の発動に対する注意は必須。
上記の理由によりネクロマンサーの職業レベルは実質不要。ローグで1レベルを消費、ノーブルで更に1。ジーニアス1は避けられないとしても、結果としてオリ主はクラスビルドの構築に際して4レベル分の振り分けを失敗している。非プレイヤーの限界。

ナザリックが来なければドラウディロン女王陛下とロリ結婚して幸せになれた(過去形)。
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総合評価:23650/評価:8.98/完結:48話/更新日時:2019年11月12日(火) 20:00 小説情報


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