篭手に宿ったドラゴンが、最強種たる覇気に満ちた声音で言い放つ。
『驚けよ小娘。私の力を使えば、なんと! ――クッキーを焼く量が二倍になる』
「何を言っているのか分からない」
『なんだと……!?』
なんだと、じゃない。
何故心底から驚いたような声で聞き返されるのだろうか。こいつは何か、常識というモノが欠けている。そう口に出して罵った。
Dragon flightの方が良かったのか……? などと訝しげな声で呟く自称ドラゴンは、彼女の言葉を聞いてもいない。ぶつぶつ煩いホワイトチョコレート色の篭手を見下ろしながら、その当代所有者たる少女はレモン色のマカロンをもそもそ齧って溜息を吐くのだった。
『良いか小娘。ババアには気を付けろ。奴等は何処にでも居て、何処にも居ない』
「ふーん」
『猫は良い。子猫が居れば、より多くのクッキーが焼けるからな』
「へー」
少女が甘い香りのする篭手を自在に取り出せるようになってから早数日。
今日も今日とて意味の分からない独白が延々続く。
彼女の右手に宿っている自称ドラゴンは非常に御喋りで、授業中だろうと入浴中だろうと一切構わず話しかけてくる。後者に関しては、セクハラだ、と文句を言えば「安心しろ、私はクッキーにしか欲情しない」と来た。逆に不安になる台詞である。きもい。
『ところで貴様はクッキーを焼かないのか? 何故焼かない? 体調でも悪いのか?』
「焼いた事が無い」
『……??? 何だそれは。異界の言語か?』
言葉は通じている筈なのに意思の疎通に齟齬が出る。クッキーに狂ったとあるドラゴンとの日常は少女にとって煩わしいだけのものであり、しかしそれ以上にはなり得ない、ちょっと不思議で無意味なだけのものだった。
――だった。
過去形である。
□
その日、兵藤一誠は運命と出会った。
「このっ! 人間風情がッ!! 死ね! 死ね! 死ねえ!」
「語彙が貧弱過ぎる……」
『言ってやるな小娘。所詮クッキーを愛せぬ輩なぞあの程度よ』
生まれて初めて出来た恋人、であった筈の天野夕麻。
そんな彼女が突如黒い翼を生やして己の死を望んで笑う、正気を疑うような異常事態。輝く光の槍が一誠を狙い、宙を駆けようとしたその刹那――。
彼の鼻腔を擽ったのは、芳しい焼き菓子の匂い。
学校で。家で。専門店で。フライパンで。レンジで。オーブンで。何時か何処かで嗅いだようなとても良い香りが、死を目前とした兵藤一誠を包み込む。
気が付けば、目の前には右前腕に銀の篭手を装着した一人の少女が立っていた。
恋人、だった筈の少女が投げ放つ光の槍を軽く手首の捻り一つで叩き落とし、音も無く踏み込み翼を生やした彼女の細首を掴み取る。
一瞬。攻防とも呼べぬ秒の遣り取りだけで、生物の急所を掌握した。
「っぐ、この! ふ、ハッ、馬鹿め、この距離で私の――がぼっ」
首を掴まれようと意味は無い。至近距離で再度光の槍を生み出し、身の程知らずな闖入者の胴に大穴を開けてやろうと嘲笑った、次の瞬間。
堕天使の口内から、大量のクッキーが溢れ出した。
は? と一誠の口から間の抜けた声が短く漏れる。
意味が分からない。
しかし目に映るのは、先程まで笑っていた彼女の口から色取り取りのクッキーが転び出る様。もりもりと溢れては、まるで焼きたてのような香りと共に公園の石畳へと落ちていく。かつりこつりと音が鳴る。
プレーンクッキー。マドレーヌ。チェッカークッキー。フロランタン。幾つも幾つも、一誠の知るものから知らぬものまで、実に節操無く焼き菓子の類が。――羽を生やした天野夕麻の口から湧いてくる。
『そうか、そうだったのか……。クッキーを、焼く必要など無かったのだ』
天より降り注ぐ赤い夕日を跳ね返し、艶かしいほどに強く輝く銀の篭手。ホワイトチョコレートみたいだな、と一誠が現実逃避しながら考える。
神器『龍の手』。知る者が見ればそう呼ぶだろう篭手から発せられる誰かの声が、感動に打ち震えながらも言葉を続けた。
『私は既に、自在にクッキーを生み出す、あのババア共と同じ境地に至っていたのだな……』
「ちょっと何言ってるか分からない」
ソプラノの女声が水を差したが、謎の声の主も、呆然と座り込む一誠も、口から無限にクッキーを生み出し続ける天野夕麻も、誰一人として彼女の言葉を聞いていない。
「聞けよアホドラゴン」
小さな悪態。零れ落ち、山をなすクッキーで踝辺りまで埋まり始めていたが、食べ物への気遣いなど一切無く、篭手の少女が足元のそれらを蹴散らした。それに対して謎の声が物申すが、聞く耳持たずにクッキーの山を蹴り崩す。
やがて大きく腹が膨れるほどクッキーを詰め込まれた天野夕麻が白目を剥いて気絶して、状況を理解出来ないまま見守り続けた一誠の元へと篭手を身に着けた少女が近寄って来た。
あ、この子結構かわいいな、と場違いにも考える青少年。
「えっと、君、大丈夫?」
尻餅をついたままの一誠の目の前に立ち、前屈みの体勢で訊ねる少女。
その、豊かな胸部が彼女の動きに従いゆさりと揺れた。
――揺れた。
「
「え?」
思わず口を衝いて出た賞賛の声に、豊満な果実を抱く少女が首を傾げて聞き返す。
傾げる動きで、再度小さく実りが揺れた。もはや彼の視線は彼女の双子山に釘付けである。
やがて彼の視線が己の身体のどの辺りに固定されているのかに気付くまで、少女は少年に対して気遣う言葉を投げ掛け続けるのであった。
――この日、兵藤一誠は
これはいずれ史上最高のクッキー職人になる史上最弱の赤龍帝、兵藤一誠の始まり。
短くも濃密な、彼が本当の意味で失恋するまでの物語である。
篭手の中の人
ブラウザゲームCookie Clickerに登場するクッキードラゴン。
成長段階23番目、ホワイトチョコ色。神器『龍の手』は彼の鱗と同色で、甘い匂いがする。
クッキーを規定量捧げると『覇龍』に至り、『覇龍』によって強化された生産能力でそれ以上のクッキーを生み出す夢の永久機関。潜在能力だけなら神滅具級である(ただしクッキー限定)。
クッキーに対し『半減』と『減少』を行い得る白龍皇アルビオンを世界の癌であると考え、一方的に敵視している。
少女
素でサイラオーグ並に強い最強系オリ主。最近ダイエット中なのでクッキーは食べない。
後に異世界『C×C』との交信を果たし、両世界間における最終戦争ババアポカリプスの引き金を引いてしまう運命の乙女。無限に湧き出すババア達との最後の戦いに赴くが、以後消息不明。
そのバストは豊満であった。