スラム生まれのスラム育ちで謎能力振り回しながらブイブイ言わせていたら、滅茶眩しい槍を担いだチャイニーズにスカウトされた。
ふーん、福利厚生の充実・全寮制・衣食住完備? ――まあ、悪くないかな。みたいな?
そこから「騙されたくぁwせdrftgyふじこlp」と悪態を吐くまで僅か三日。連日でかい風呂に入って一日三食腹一杯食って柔らかいベッドで昼まで惰眠を貪る夢の生活、もうこのまま此処の子になりゅ! と腑抜け切っていた俺は今、ゲロ吐きながら訓練場を走り回っていた。
「おらおらおらおら! 威勢の良い口きいといてもう終わりか、小僧ォ!!」
ヘラクロスとかいう虫みたいな名前の巨漢が、岩のような両拳を振るって俺を追い回す。
周囲には倒れ伏す俺の同期達で死屍累々(死んでない)。今期スカウトメンバーが規定数揃ったので実力を測る、とかいう事で模擬戦闘を開始したのだが、俺以外は早々に殴り倒されてリタイアしている。はやい、……早くない?
俺の持っているような謎能力――神器に目覚めている奴も幾人か居たのだが、目の前の筋肉はそれ以上に強かった。神器持ち相手に、神器無しの身体能力ゴリ押しだけで勝ちやがったのだ。ぜったい人間じゃない。
俺も神器の炎を放ってみるが、腕の一振りで何故か爆発、消し飛ばされて掠りもしない。
何だあれ、最近の筋肉は爆発するの? ……いや、あれがアイツの神器なのか。爆発するだけ、となると凄く地味にも思えるが、それで俺の神器が無力化されているのだから笑えない。ていうか俺にも他の奴等みたいに素手で来いよ、素手でぇ!
鞭のように伸ばした炎を振り回し、相手の脚を狙うがまた爆発。
当たりさえすればしつこい油汚れもビックリの粘着力で状況打開の兆しにも為り得るのだが、当たらなければどうという事はない。
走りながらゲロを吐く。ついでに脇腹が凄く痛い。食った直後に走り回ればこうもなろう。デザートの御代わりまでして腹が一杯になっていたのに、このままでは筋肉のせいで全部吐き出して無駄になる。飢えた事の無い奴はこれだからッ、と胃液混じりの唾を吐き、再度揺らめく黒炎を灯した。
が。
「――ま、中々のもんだったぜ」
その、嬉しそうに笑う言葉と共に、俺の視界が暗転した。
□
敗北の結果、土塗れのゲロ塗れ。同期連中が異臭漂う俺を遠巻きにしてシャワー室へと向かう中、模擬戦による未知の疲労で立ち上がれないまま訓練場の隅っこを一人孤独にゴロゴロ転がる。
――騙された。
己の垂れ流した汚物に塗れて舌を打つ。
数が揃ったから戦力確認、殴り合って神器を使って、これから頑張って鍛えてくれ、と来た。
つまり、これは、鉄砲玉の勧誘だったのだ。
生まれ育ったスラムに居た頃、食うにも事欠く痩せた餓鬼共が最初だけ手厚く扱われ、やがて使い潰されていく姿を見ていた。俺は神器に目覚めたからこそ一匹狼を気取って自由気儘にコソコソ暮らしていたが、衣食住という生きるための必須要素を他人に委ねた奴等の末路くらいは知っている。
――臭くて汚くて寂しくて、何より未来が全然見えない。スラムの片隅に飽き飽きしていた。
ふくりこーせーのじゅーじつ、とか。ぜんりょーせー、とか。衣食住完備、とか。そういう豊かな生活を欲していたのも事実だが、あの輝く槍にホイホイ釣られてしまったのは良くなかった。
俺の持つ力と方向性こそ異なるが、明らかに人間の枠を超えたもの。なのに余りにも隔絶した大きな力。凄い奴だ、逆らう事なんて出来やしない、とそう思った。思ったのだが、結果がこれだ。
使い潰されるのはごめん蒙る。しかし逃げ出そうにも御飯が美味い。ジレンマだ。
実は鉄砲玉云々は単なる俺の考え過ぎで、此処【禍の団】英雄派はアットホームな職場です、という可能性も充分にある。あるのだが、今まで一人で自由に浮浪児やっていた反動か、他人の下に就くというのも据わりが悪い。
ならば出世だ。出世をするのだ。上に立てれば違和感も消えよう。
俺はもっと強くならねばならない。
似たような立場の連中を神器という名の暴力で蹴散らし住処を転々としながら日々過ごす、という今までのようなその場凌ぎ、ぬるい在り方では生きてはいけない。もっとだ、もっと強くならなければ。
今の俺にはきっと、何より力が必要なのだ。
「ちから、要る?」
要る要る。ちょー要る。ワンパンであの筋肉消し飛ばせるくらいのが欲しいなあ!
「そう」
そうだよ。
謎の声に対して振り向けば、其処に居たのはドレスの少女。
ド、どれ、す……?
裸同然の上半身で、両の乳首には張り付けられた罰印の黒テープ、のようなもの。下半身は下着、であるらしい真っ白なドロワーズの一つのみ。両腕や背面だけが真っ当に衣服で覆われていた。余りにも奇抜なその格好、女の子らしくて良く似合う筈のピンクのリボンが、逆に浮いて見えるような体たらく。
……虐待、かな???
考えてはみたが、幼い身体には傷の一つも見えず。何故彼女がそのような服を着ているのか、スラム育ちの俺には全くさっぱり分からない。都会の流行とか、そういうものではない事を祈る。
「蛇」
へび?
地面に転がったままの俺に向けて突き出された少女の手には、図鑑で見たイソギンチャク並にニョロニョロした無数の元気な黒い蛇。それをそのまま俺の口に、くち、口ぃ!? あ、ちょっ、まっ。あ、あ、あああ、あ、ああああああああ゛。
あっ。
「あっ」
あつ、い。
ぜんしんの、はじけとぶ、おと、が――。
■
「オーフィス?」
英雄派構成員用の食堂、その一角。
小さく呟く曹操の視線の先には、彼女一人以外には誰も居ないテーブルに着いて、食べる必要の無い食事をとる無限の龍神オーフィスの姿があった。
僅かに、視線を眇めて呼吸を止める。
が、すぐに常の表情を取り戻した曹操は、薄く笑みさえ浮かべて穏やかに、龍神の傍らへと歩み寄った。
「やあ、オーフィス」
呼び掛ければ、色の無い視線が向けられる。返答自体は、何も無い。
本来は遥か対極にある虚無と無限とを等価値にし得る彼の龍神にとって、如何に最強の神滅具を手にしていようと曹操如きでは興味を惹くにも不足が過ぎる。だから、そのどうでも良さそうな態度自体に思うところは一切無い。
笑みを浮かべる曹操の視線が、彼女の白い首元へと向けられた。
それは黒い、蛇だった。
赤い宝石のような瞳を有する、体長一メートルを超えてはいても二メートルには届かないだろう、蛇が一匹。金に近しい色の模様が黒い鱗を這い回り、決して安価な雑種ではない事が品のある外見からも窺えた。
オーフィスの美しい黒髪の陰に隠れるように。彼女の細首に長い胴部を巻き付けて、くるくる鳴いては餌の配給を催促している。
それに対して小さな握り拳でフォークを掴んだオーフィスが、ざくざくと肉料理を雑に刻んで蛇の口へと寄せては食わせる。
曹操をして、未だ見た事の無い光景だった。
「オーフィス。その、それ……その生き物は、何だろうか?」
「ペット」
ソレを何と称せば良いものか。言葉に悩みながら訊ねた曹操に対する返答は短く、簡潔だった。
ペット。
無限の龍神が、ペットを飼ったらしい。その事実に、曹操の思考が僅かに止まった。
くるくるきゅるきゅると蛇が鳴く。先程とは全く調子の違う鳴き声に、飼い主であるオーフィスはざくりとフォークで突き刺した苺を差し出し様子を窺う。しばらく不満そうに身を捩っていた黒蛇だが、結局先の鳴き声に何の意味があったのか。ぱくりと苺を一飲みしてから、御機嫌そうに鳴き出した。
それを見たオーフィスもまた幾度か頷くと、残った食事を自身で咀嚼して食べ尽くす。
「……一応気には、しておくか」
無限を冠する怪物に対して、手を出す愚など冒せない。
食堂を離れて行く小さな背中を見送りながら、一人残された曹操が、冷たい視線で呟いた。
――その日、活きの良い新入りが一人失踪したが、個人的に目をかけていた英雄派幹部ヘラクレス以外は彼を捜しもせず、やがてそんな些事は忘れ去られた。
ヒロインと出会って人間を辞める原作ムーブ(強弁)。
以下設定。
オリ主
某国スラム街生まれのナイスガイ。
数多有るヴリトラ系神器の内一つを宿した純人間、だった(過去形)。
力を高める『蛇』を過剰摂取した結果、許容限界を超えてパーン(比喩表現)したがオーフィスの匠の技によって復活。もはや自前の魂と大幅にダウン・サイジングした脳味噌以外に人間の部分は一切無い。
人間だった頃の1000倍くらい強くなったのでオーフィス的には成功したと思っている(無垢)。