神野区出身って…転生早々詰んでるんですけど 作:雪の轍
原作キャラが一切出てこない……
神野区が危険だと気づいてから始めたのは、母に引っ越しをしたいと駄々をこねることだった。
テレビにうつった街を指差してはここに住みたい!と母に駄々をこね、当然のように笑ってスルーされた。
まあ、あたりまえの反応だけど。
幼児があそこに行ってみたいっと言ったところで、旅行が精々で引っ越しまで考えてくれる親なんていない。
3才児が何を言ったところで、本気になんてされない。
何か具体的な理由付けができれば違うのかもしれないが、その具体的な理由が浮かばない。
悶々と悩みながらテレビを見ていると、その時流れたCMに、私は閃いた。
「おかーさん! わたし、アイドルになりたい!」
流れたCMはアイドルの歌番組の予告だった。
これなら子供の夢を叶えようと応援してくれるかもしれないし、
デビューできれば事務所のある街へと引っ越しも可能かもしれない。
我ながら良いアイディアだと思ったのだけれど……
その日、母は笑って私をカラオケに連れて行き、採点付きで歌わせた。
母曰く、私の点数越せないならアイドルなんて夢のまた夢と……
ボロ負けした。
幼児相手に大人げないと思う。
てか、母の歌が上手すぎる。
あれは無理、越せない……
しかし他に良案が浮かぶ訳でもなく、私に出来た事と言えば、めげずに引っ越しをねだることだった。
暫く経っても、わがままをやめない私に、母はどうして?と問いかける。
本当の理由を言える訳なく、私から出た咄嗟の言葉は、
「ここ、つまんなくてやなんだもん……」
だった。
母はきょとんとした後、何やら思案顔になり、私を抱き上げた。
「ちょっとお出かけしよっか」
茶目っ気たっぷりの笑顔で母はそう言った。
ーーーーーーーーーーーー
母に連れて行かれた所は、庭の草がのびっぱなしの、瓦屋根が所々はげたぼろい一軒家だった。
「ここ、なーに?」
「ここはねー、お母さんの暮らした家だよ」
「おかーさんのいえ?」
「そう。昔のだけどねー。
でも、小さい頃のお母さんはここで育ったんだよ」
母の話では、母の父、つまり私の祖父が借金を負い、家を売却することになったのだそうだ。
「二階の右側の窓、見える?」
「うん」
「あそこが私の部屋でね」
「うん」
「ちょっと狭いなって思ったから、勝手に屋根裏部屋を作ったの」
「……うん?」
「秘密基地風にしたかったから色んなギミックを仕込んだの」
「……ぎみっく?」
「そう! 今はこの家に入れないけど、いつか買い戻したら、
ちょっと母の言葉の意味がわからない。
突っ込みどころが幾つかあった気がする。
が、満面の笑みで母は私の反応を待っている。
「………わー、たのしみだなー」
「そうね! じゃあ次に行きましょうか!」
棒読みだった私の言葉には一切ふれず、母はまた歩き出した。
楽しげな母に、嫌な予感がした。
ーーーーーーーーーーーー
次に連れてこられた場所はホストクラブだった。
「「「ようこそ! 『ホスト
(いや、ようこそしちゃダメでしょ、子連れ)
「相変わらず顔面偏差値が乏しいわね」
「んなッ!? のっけから厳しーっすよ!
「あら、ほんとのことでしょ?」
親しげにホストを扱き下ろす母に、私は目を剥いた。
母が笑顔で毒を吐いている姿を初めて見たのだ。
「それにしても本日はどのようなご用件で?
娘さん連れてくるなんて初めてじゃないですか」
「ちょっとこの子に便利なパシ……優しいお兄さん達を紹介しとこうと思って」
「今、パシりって言おうとしました?」
「なんのことかしら?
さあ、結子。このうるさいのが
「あっさり流された……ッ!!
てか、うるさいって他に説明の使用があるでしょうが!」
「
「いや! やらないですから!」
「やってくれるわよ」
「……や、やらな「やってくれるわよ」」
「………はい」
おい、腰が引けてるぞ
母よりいくつか年下そうではあるが、派手な赤髪と高そうな黒スーツ。
このホストクラブもソファーからテーブルまで全て高そうな光沢を放っていた。
ぼろいアパート暮らしの私達とは住む世界が違って見える。
接点など無さそうなのに、一体どこで知り合ったのか……
考え込もうとした私の顔を覗きこみながら母は言う。
「顔は残念だけど、みんな良い人達だから、街の中で困ったことがあったらすぐ頼りなさい。必ず貴方を助けてくれるわ」
母の透き通った目が私を見つめている。
ホストには大金を巻き上げる怖いイメージがあったが、母はここの人達を信頼しているようだった。
「……うん、わかった」
頷く私の頭を、母は満面の笑みで撫でた。
「そりゃ、もちろん助けますけどね……いつも一言余計なんだから」
小声でボソボソと文句を言う巧朗は、顔こそ派手なメイクをしているが、母の滅茶苦茶な物言いに怒らない所を見ると、確かに人が良さそうだ。
「……たくろー、これからよろしくね?」
「既に呼び捨て!? こんなチビちゃんから!? …………でも可愛いから許す!!」
巧朗とよろしくの握手を交わすと、母は次に行きましょうかと私に話しかける。
「巧朗の他にも、右から端に馬2号~8号までたくさんいるから、好きなの選んでいいからね」
「「「え、俺らもっすか!?」」」
先程私に向けた時と同じ満面の笑みでホスト達を威圧する母に、私は心に決めたことがある。
母は絶対に怒らせない
怒らせたら最後、神野区の事件より先に詰んでしまう気がした。
余談であるが、巧朗との握手は、私の手が小さいから掴めたのは巧朗の指先3本だった。
それがツボに入ったのか巧朗はしきりに可愛いと言って、私達が店を出るまでずっと悶えていた。
若干、気持ち悪かった。
ーーーーーーーーーーー
次に向かった先は、『ホストKAMINO』の斜め向かいのお店、クラブだった。
店の名前は『
ネオンできらびやかというよりは、シックで大人な印象で、店の名前の天の川をモチーフにした看板と装飾が綺麗だ。
真新しそうな『ホストKAMINO』と違い、結構古いお店なのか、所々壁の色がくすんで見える。
「こんにちはー!皆元気にしてる?」
裏口へ周りインターホンを押した母は、元気な挨拶と笑顔で手を振っている。
カチャリと鍵の外れる音がし、母に抱かれて一緒に中に入ると、バックヤードから顔をのぞかせた金髪のお姉さんがいた。
「わぁ! やっぱり
ママ!
彼女が声をかけた先から、着物の女性……着物を来たマウントゴリラ(おそらくメス)が出て来た。
このお店のママは個性がゴリラなんだろうか……
またゴリラの後ろからここのホステスと思われる綺麗なお姉さん達がわらわらと出て来て、あっという間に私と母を囲んでしまった。
「ちっちゃ!可愛いっ!!月子姐さんのお子さんですよね!?」
「ねえねえこっち見て~!」
「うわぁ!ほっぺもぷにぷにだよ~!可愛い~!」
「抱っこ!私も抱っこしたい!」
「うるさいわよあんた達!
てか、その中途半端なメイクで出てくんじゃないよ!
開店準備終わってないってわかってんの!?」
「「「は~い」」」
ママの一喝で私達の周りに集まったホステス達は、あっという間にバックヤードへ戻って行った。
正直、助かった。
爛々と輝く目にさらされて、ちょっと怖かったのだ。
あと、勝手にほっぺつつくなし!
ネイル痛いんだからね!
「まったく……あんたも来るなら連絡入れなさいよ」
「ごめんね、ママ。
でも、思い立ったが吉日って言うでしょ?」
「あんたのその行動力に振り回されるこっちの身にもなりなさいよ……で、何の用なの? 子供見せに来ただけ?」
「んー、それもあるんだけど、ママさえ良ければ、そろそろ復帰しようかなって」
「え?」
(え? )
私とママは同じくきょとんとした顔でお母さんを見る。
(…………お母さん、元ホステスだったの? ……あ、だからホストの巧朗と知り合いなの?)
「復帰って……あんた独り身でしょ?
働いている間、この子どうすんのよ?」
「大丈夫!
この子ももうトイレ一人でできるようになったし!
なんなら個性で見てられるし!」
突如、母がかざした掌からポコンと音をさせ、出てきた三日月型の何か。
まるでクリスマスツリーに飾るオーナメントのようだ。
その三日月には顔の絵が書いてあり、ふよふよと私の周りを浮いていた。
「おかーさん、これなーに? 」
「これはお母さんの個性だよ。このお月様が見てるものを、お母さんも見ることが出来るの」
「おかーさんの、こせい……」
個性の名前は『月』。
掌サイズの月(形は月の満ち欠けによって変わる)を出すことができ、
月が見たものをリアルタイムで共有できるそうだ。
(……あ、そういえば時々部屋の隅にふよふよ浮いてたかも……?)
その時、母はご飯の支度をしていたり、洗濯物を干したりと、短くない時間、私から目を離していた。
動き盛りの3才相手に、肝の座った母だなと思ったが、そうではなかったらしい。
母は来週からの職場復帰が決まり、ママに頭を下げて外に出た。
母の暮らした家。
母の知り合い。
母の職場。
全てが神野区に根付いていた。
……なんとなく
なんとなく、母の言いたいことがわかった気がして、
少し胸が苦しくなった。
自然と母の服を掴む手が強くなる。
そんな私の頭を母は優しく撫でた。
「おかーさん、あのね……」
「さ! 日が暮れる前に次に行こうか!」
「……うん」
母はそれからも私を抱いて神野区を歩いて回った。
いつもコロッケをおまけしてくれる肉屋さんや、
鮮度の良い魚を揃えている魚屋さん、
猫の集まる路地裏なんてものも教えてくれた。
猫達は母のおかげで人慣れしてるのか、私にも普通に触れさせてくれた。
最高に可愛かった。
他にも時期が来れば私も通うことになる小学校だったり、
母が幼少期に遊んだ川原。
川原は既に大きな用水路に変わっていたが、そこでは昔、女子グループと男子グループによる仁義なき陣取り合戦があったらしい。
何してんのよ、ちっちゃいころの母。
最後に連れて来られたのは、一本の大きな木の下だった。
「おかーさん、ここはー?」
既に日も暮れ、あちこち回って疲れ始めていた私は、眠気に襲われていた。
「ここはね、春になると綺麗な桜が咲くのよ」
「さくら?」
「そう、綺麗な桃色の花が、この木いっぱいに咲いて、花びらがひらひらと舞って、とても素敵なの」
こんなビル街に一本だけ桜の木が残っているのは、不思議な光景だった。
今は葉っぱ一つもついていない桜の木を、母が愛しそうに見上げていた。
「お母さんね、この桜の木が大好きなの
小さい頃からずっと見続けてきたから」
この先の言葉を、聞いてはいけない気がした。
けれど、耳をふさげば母を傷つける気がして、
私は暖かな母の腕に顔を埋め、次の言葉を待つ。
「お母さん、ずっと育ってきたこの街が、
ーー
ああ、言われてしまった。
「春になったら、桜の花を一緒に見に来ようね」
「……うん」
「綺麗なものや、面白いもの、これからたくさん教えてあげる。だから、嫌なんて言わないで」
「結子も神野区を好きになってくれたら嬉しいな」
「……うん……おかーさん、あんなこといってごめんね」
母は首を振って、いいのよと私の頭をまた撫で、帰ろっかと母はゆっくりと歩き出す。
歩く度に揺ゆれる腕の中で、私は次第に眠気に負けて、目を閉じていった。
ーーーーーーーーーーーー
私は母が大好きだ。
今日、初めて知ったことも多かったけど、それでも好きなことに変わりはない。
だから、母を危ないこの街から逃がしたかった。
一緒に逃げ出したかった。
でも、母がこの街を好きだと知ってしまったから……
私はもう、神野区から逃げることはできないだろう。
その日見た夢は、帰り際の風景の続き、たくさんの星が輝く神野の夜の街並みだった。
星川 月子(ほしかわ つきこ)
主人公のお母さん。
個性『月』
未婚の母
元ホステス
神対応の接客技術を持つ
近々復帰予定
生粋の神野区生まれの神野区育ち
接客 巧朗(せっきゃく たくろう)
元は凄腕のセールスマン。
月子に触発されホストの道へ。
最高の接客技術を身に付けるべく、日々精進している。
星川親子には頭が上がらない。
剛田 強美(ごうだ つよみ)
クラブ『MilkyWay』のママ
個性『ゴリラ』
神野区にあるクラブを経営している。
経営手腕も本当の腕っぷしも強い。
悪戯おやじには鉄拳制裁がモットー。
月子に振り回されながらも、面倒見が良いママの中のママ。