「あれ、カレンじゃないか」
娘に車椅子を押してもらいながら、一緒に夫を探していると、娘の名前を呼ぶ声が背後からした。
「……なぜあなたがここに?」
「なぜって言われてもな。単に花見をしに来たんだけど……カレンもそうなんだろ?」
「えぇ、不本意ではありますが……」
男の人の声だった。
まさかカレンに男の人の知り合いがいるとは正直驚きだ。
一体どんな人なのだろうか、確かめる為に上体と首を曲げて背後に振り向いた。
するとカレンの近くに、一人の青年がいた。
赤毛の少年で、身長はそれなりに高め。
まだ若干の幼さを感じさせるが、その顔つきは大人になりつつあった。
多分カレンよりも年上の少年だ。
「カレン、お知り合いの方?」
「……えぇ、一応は」
何だか煮え切らない返事だった。
まるで私には知られたくなかったような、そんな感じだ。
「……彼氏?」
「違います」
違うのか。
てっきり恥ずかしくて隠していたのかと思っていたのだが。
「……えっと、そちらの方はカレンの……お姉さん?」
「殺しますよ」
「なんでさ!?」
……お姉さんか。
この場合は若く見られて喜ぶべき所なのだろうか。
しかしそんなに童顔なのだろうか私は。
「……こちらは私の母です」
「え、は、母? そうかそっちだったか……えーと、初めまして。俺は『衛宮士郎』っていいます。カレンとは一応顔見知りです」
エミヤシロウ……多分エミヤまでがファミリーネームだろう。
「じゃあシロウ君ね。私はクラウディアよ、娘がいつもお世話に……なってるのよね?」
「そんなわけありません。気を付けてくださいお母さん。この一見人畜無害に見えるこの男は筋金入りの女たらしです。朴念仁です、唐変木です。同級生の赤い悪魔と呼ばれる女からその妹、終いには自らの義理の妹までをその毒牙にかけ、攻略しようとする輩です。恐らく人妻も関係なくルート開拓しようとしますよこの男は」
「なんでさ」
何とも珍しい。
あの娘が形と内容はどうあれ、こうも他人に関して語るとは。
「ふふ、じゃあカレンも彼の毒牙にかかってるのかしら?」
「な、何をバカなことを……」
おや、満更でもない様子だ。
「シロウ君。見ての通り面倒くさい性格の娘だけど、どうか仲良くしてやってね」
「は、はぁ……俺なんかでよければ」
なんだかわからないがこの少年には好感が持てる。
……うーん、本当になんだろう。
何処と無く、夫と似てる……いや、正反対?
言葉に上手くできないが、彼も夫のように『何かを』持っている?
「それで衛宮士郎、何か用ですか?」
「え、いや用って程じゃない。親父と一緒に花見の場所取りを手分けして探してたらカレンを見かけたからさ。声を掛けただけだよ」
「ならとっとと消えなさい。私は忙しいのです」
「こら、カレン」
両の腕を伸ばしてカレンの頬を挟む。
「折角お友達に声をかけてもらったのにその言い方はダメよ。しかも年上の方よ、ちゃんと敬意を払いなさい」
「……ふぎゅ」
「あー、いや気にしないでください。もう慣れっこなんで……それよりカレン、お母さんの車椅子を押すの代わろうか?」
「……あなたという男は本当におかしいですね。普通人助けするにしてもいきなり過ぎではありませんか?」
「なんでさ、人を助けたり手伝ったりするのに理由なんていらないだろ」
……これはまた正義感がある少年だ。
今の時代には珍しいと思う。
そんな生き方をしているであろう彼が、ちょっと羨ましく感じた。
「ふふ、じゃあお言葉に甘えてお願いしようかしら」
「……まさか、本当に人妻ルートを?」
「だからなんでさ」
彼の口癖なのだろうか。
なんでさ、が多い。
なんでさ……なんでさ。
不思議と頭に残る言葉だ。
「ごめんなさいね。普段なら夫の役目だったり、調子が良ければ自分で歩けるのだけれども」
「気にしないでください。困った時はお互い様って言いますし……えーと、それでどこに向かえば?」
「とりあえずこのまま真っ直ぐお願い。夫を探してるのだけれど……こう、身長が高くて、もっさりとした髪型で、目が死んでるのが特徴なんだけど」
「……変だな、親父が一瞬頭に浮かんだ」
ボソリと呟く少年。
「シロウ君もお花見に来たのでしょう? ご家族の方とかしら?」
「えぇ。と言っても花見をしようと言い出したのは母や妹や家政婦……主に女性陣なんで、男の父と俺はこうして場所取りの役目を押し付けられまして」
「まぁ怖い」
まぁ、うちも似たような経緯なのだが。
「……見つけましたよ、シミ神父を」
するとカレンが夫を見つけたのか、そんな声をあげた。
「……あれは」
確かに、カレンの指差す方には見知った夫がいた。
しかし何やら様子が変だ。
というか……アレは一体何をしているのだろうか。
夫は何人かのギャラリーに囲まれながら、地面に敷かれたブルーシートの上に正座で座り、その前には……小さい台に置かれたヘルメットとハンマーを模した玩具だろうか?
そして台の向かい側には、男性が一人夫と同じように正座で座っている。
「え……親父?」
と、シロウ君が言う。
その視線の先には例の男性が。
つまりあの男性がシロウ君の父親なのだろうか……?
「すげぇなあの二人、俺こんな高度なジャンケン初めて見たよ」
「というか速すぎる。何か残像とか見えなかったか?」
耳を澄ませばそんなギャラリーの声が。
一体全体何をしているのか。
声をかけるべきか悩んでいると、二人に動きがあった。
「「叩いてかぶってジャンケンポン!」」
そんな掛け声と共に、両者はジャンケンをした。
夫がパーで、男性がチョキ。
男性は素早く台に置かれたハンマーの玩具に、夫はヘルメットに手を伸ばした。
「
「フッ!」
ピコンと。
男性の振り下ろしたハンマーが夫のかぶったヘルメットに当たる。
というか速い。
速すぎて互いに物を持った瞬間から今の状況まで何が起こったかよく見えなかった。
「……まさか、この速さにもついてくるとは」
「簡単な事だ。倍速で動くと分かったならば、そう弁えた上で間合いを見計らうだけのこと」
言っている意味は理解できないが、何やら高度な駆け引きがされているのかもしれない。
「えっと、綺礼さん……?」
「ん? あぁお前か。少し待て、後一回こちらが勝てばこの戦いは終わる」
「えーと、親父?」
「ん? あぁ士郎かい? ちょっと待っててくれ、後一回このハンマーを奴の頭に叩きつけられればこちらの勝ちなんだ」
そうではなく、この状況を説明して欲しい。
そう伝えると、夫は簡潔に述べた。
何でも良い花見の席を見つけ、そこを場所取りしようとしたら丁度目の前の男とエンカウント。
あちらの狙いもこちらと同じだった為、どちらがこの花見の席を陣取るに相応しいか決める為勝負をする事にしたらしい。
……ちょうど他の花見客が持っていた小道具を使って。
「では次で終わらせるとしよう、衛宮切嗣とやら」
「言峰綺礼……どうやらそちらにも引けない事情があるみたいだが、それは僕も同じだ。次で決める……!」
「それでキリツグったらね、まるで子どものようにはしゃいじゃって、もう可愛かったわ」
「ふふ、アイリさんが羨ましい。うちの夫は私にぜーんぜんそういう姿見せてくれないんだもの」
————結局男二人の戦いはいつまでも続いた。
なので議論の末、『衛宮家と言峰家が一緒に花見をすれば良い』という結論が出た。
ちなみに、未だに勝負を続けている男二人はもう気がすむまでほっとくことにした。
やはり花見をしに来て正解だった。
こうして気が合いそうな
……夫も、まぁ楽しんでいるのかもしれない、多分。
別に前半、後半分ける必要なかったなと終わってから気づく今日この頃。