キレイなアサガオ   作:よっしゅん

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誕生日

 

 

 

 

 

 あ、これはダメだ。

 朝目覚めて、すぐにそう思った。

 

「———あぅ」

 

 身体が上手く動かない。

 思考も上手く働かない。

 まるでサウナの中にいるような全身の蒸し暑さが、非常に不快に感じた。

 

 これは要するにあれだ。

 体調を崩したというやつだ。

 俗に言う風邪を引いた、とも言うのだろう。

 この感覚は幾度となく味わってきたので、すぐに結論が出せた。

 しかし病弱な自分にとって、ただの風邪でも相当な苦痛になる。

 

「———き、れい、さん」

 

 枯れ果て、か細い声で夫の名前を何回か呼んだ。

 時計を見れば朝の6時前、娘は学校の部活の朝練で居ないが、まだ夫は家にいるはずだ。

 

 程なくして、声に気が付いた夫が部屋に入ってきた。

 

「———呼んだか?」

 

 私の様子を見て、何処と無く嬉しそうな様子だった。

 

「そこの、薬———」

 

「あぁ、わかっているとも。今回はどれほどのものだ? 医師も呼ぶか?」

 

「だい、じょうぶ。たぶん、ただの風邪」

 

「そんな死に掛けの顔でよくも『大丈夫』などと言えたものだ」

 

 綺礼さんの介助を受けながら、薬を飲み、汗で汚れた体を拭いてもらい、着替えを済ませる。

 

「ありが、とう。きれいさん」

 

「気にするな。だが暫くはベッド生活だ、無理をしては本当に死ぬぞ?」

 

「……でも、そっちの方が綺礼さんは『嬉しい』んでしょう?」

 

「フッ———」

 

 夫は軽く笑うだけだった。

 

「それより、ここ数日夜更かしをしていたようだが?」

 

「———な、なんのことかしら」

 

「まぁ、認めないというのなら別に構わない。だが、自分から体調を崩す要因を作っておいて、その後始末を他人にやらせている現状をどう捉えているのかが気になっただけだ」

 

「うぐぅ……」

 

 確かに、確かにその通りだ。

 今回の体調不良の原因は、最近睡眠時間を削っている事が関係しているのかもしれない。

 

「…………」

 

 ジッ、と夫は穴でも開いてしまうと思うくらい私を見つめている。

 多分、私の言い訳を待っているのだろう。

 

「———そ、その……」

 

 その視線が妙に気恥ずかしく感じさせ、私の口は勝手に動き出した。

 

「……た、誕生日が———」

 

「———誕生日?」

 

「きれいさんの、誕生日が近いから……素敵なプレゼントをって。でも何を送れば良いか悩んで……その、夜更かししました」

 

 まるで親に悪戯がバレて怒られている子どものようだ。

 当日まで秘密にしたくて、サプライズをしたくて、本人に悟らせないよう夜中にこっそり本だったりなんだったりを見ながら、悩んでいた。

 だというのに、まさかこのタイミングで暴露する羽目になるとは……

 

「うぅ……そんな目で見ないできれいさん」

 

 恥ずかしい。

 ここ数年で一番恥ずかしい。

 

「……お前という女は本当に———」

 

「え、何か言った?」

 

「———いや、何も。そういう事なら聞かなかった事にするとしよう」

 

 夫はそう言って、部屋を後にした。

 

「……きれいさん?」

 

 そのときの夫の後ろ姿が、やけに印象的だった———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男にとって、己の妻として選んだ女は聖人だった。

 初めて会った時からそう思わせるほど、一体何が女をそうあれと突き動かしているのか、男には理解できなかった。

 

 男は歪んでいた。

 そして女もまた、歪んでいるのであろう。

 女は男の歪みを受け入れた。

 男もその女の歪みを受け入れた。

 正直に言って、男と女の在り方が正反対なものでありながら、互いに受け入れる事が出来たというのは奇跡に近いのかもしれない。

 実際男は一度全てを諦めた。

 しかし女の存在が、男をこの世に踏み止まらせた。

 

「何を言い出すかと思えば……誕生日とはな」

 

 男は笑った。

 男は女を愛する事は未だに出来ていないというのに、女は必死に男を愛そうとしている。

 それが何故だか、男に快を感じさせる。

 

「お前を選んで正解だったのかもしれんな———クラウディア」

 

 男は女の名を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局夫へのプレゼントは無難に、手編みのマフラーにした。

 そろそろ冬が近いので、あった方が良いかなと思った。

 

「他に欲しいものとかないかしら?」

 

「そうだな……では偶には外食でもするとしよう」

 

「———まさかとは思うけど、その外食先はこの世全ての辛味を提供するあのお店だったりする?」

 

「あぁ、泰山だ。そして喜ばしい事に、先日から家族サイズの麻婆豆腐というものがメニューに加わっていた」

 

「———ねぇ綺礼さん。私辛いのは……」

 

「お前にも是非味わって欲しい。カレンも母親と同じ食事を食せると知ったら喜ぶだろう」

 

「…………食べます」

 

 

 

 




とりあえず今回の話で最終話とさせていただきます。
本当に単なる短編で、思い付きだけで構成されたこの小説を読んでくださり、評価や感想をしてくださった読者の方々に感謝いたします。
気が向いたらもしかしたら続きを書く……かも?
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