脳みそ30gの勇者と旅する魔法使いのお話。

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fxで有り金溶かした夢を見たので初投稿です。


第1話

数百匹の魔物が大地を駆けていた。鼠、狼、あるいは蜥蜴。森からとどまることなく溢れ続けるその百鬼夜行がごとき大群は、一様にこちらへと向かってきていた。その姿かたちに統一性こそなかったが、それらはまるで一つの大きな意思に従っているかのようにも感じられる。

 

「ふむ」

 

ふいに隣に立つ男が呟いた。顎に手を当てて何やら考えを巡らせているように見える。

見えるが、実際のところその頭の中身は空っぽだということを私は知っている。ない頭を働かせたところで何の生産性もないのだから、そんな無駄なことをしていないでこれから迎える戦闘に備えて態勢を整えてほしい。まあ、こいつであれば「そんなことしなくても余裕だろう」なんてふざけたことを宣うのだろうが。

 

「……今後の憂いを断つとしようか」

 

思案ごっこは終わったのか、間違った慣用句を口にしてその膨大な魔力を一気に練り上げた。体内から漏れ出す魔力が銀の粒子となって宙を舞い、空気に溶けて消えていく。こればかりは一魔導士として見惚れてしまう。ともすれば嫉妬してしまうほどに。

 

「消えろ━━エクスプロージョン」

 

閃光と轟音。遅れて爆風が大気を焦がす。あまりの熱気に思わず目を閉じ、慌てて魔法障壁を展開した。立ち込める土煙が晴れるまで数分。やがて視界が開けると、そこには巨大なクレーターが存在していた。魔物は一匹たりとも残っていない。先ほどまで鬱蒼と茂っていたはずの森すらも、跡形もなく消えていた。

 

「やれやれ、森のひとつやふたつ消し去るなんて大したことないな」

 

そうこともなげに口にするのはこれを行った張本人「岡本拓郎」。神からもらった力を所かまわず振り回し、この世に混沌をもたらす傍迷惑なやつである。

 

「……す、すごいです!岡本様!こんなすごいことができるなんて。私尊敬しちゃいます」

 

果たして声は震えていなかっただろうか。いつも通りの猫なで声を出したつもりではあるのだが、さすがに今回ばかりは動揺を隠しきれなかったかもしれない。

とんでもないことをしでかしてくれたものである。実のところ「は?」と、そう言ってやりたかった。この阿呆が勢いに任せてなんの躊躇もなく消滅させた森の重要性を小一時間語って聞かせたかった。先ほどの行為をねちねちと責め続け、自ら反省の言葉を口にするまで延々と説教してやりたかった。怒りを抑えるのもこれで何度目かわからない。しかし、こいつの機嫌を損ねるわけにはいかないのだ。引きつりそうになる表情筋を抑えつつ、岡本をおだてていく。反吐が出そうだった。

 

「なあに、大したことないさ。こんなことで村人の安全を守れるなら、やらない理由なんてないだろう」

「流石です、岡本様!容姿や魔力だけでなく、心まで素晴らしいんですね!」

 

頭は素晴らしく出来が悪いが。

 

「さて、やることも終わったし村に戻るとしようか」

 

「はい!」

 

笑顔でそう返事をし、胸を押し付けながら腕に抱きつく。頭の中は今回の事後処理をどうしようかということで一杯だった。

 

 

王国の辺境に位置するシュダ村。魔王を倒す旅の途中で私と岡本はそこに立ち寄ったのだが、村付近にある森から大量の魔物が溢れてきているとの知らせを受けて(岡本が)あんなことをしたわけである。

 

「この度はこの村をお救い下さり本当にありがとうございました!」

 

頭頂部から毛のなくなった村長が地面に頭をこすりつけていた。声は心なしか震えている。まあそれも仕方のないことだろう。ここと森はそう離れていない。あんなふうに森を丸ごと消し飛ばした埒外の力を見てしまえば誰だって怖じ気づく。私だってこの世界では有数の実力者だと自負しているが、あれと同じことをするのは不可能だ。百分の一だって難しいだろう。それを片手間でやってのける岡本は本当に頭がおかしい。文字通りの意味でも。

 

「なに、大したことはしていないさ。たまたまここにいたからやれることをやっただけのこと。別に礼を言われるようなことでもない」

 

本当にその通りだ。あんな大惨事を引き起こしたやつに礼を言うなんて馬鹿げている。誰が森を消し飛ばせといったのか。たかが数百匹程度の魔物が出てきただけだというのに、そんな必要はなかったはずだ。

私でも対処できる程度のハプニング、こいつなら一瞬で終わらせることができるのは間違いない。しかしこいつは何を思ったか「今後の憂いを断つ」などと意味不明なことを言って森ごと潰してしまった。しかも私が止める間もなく、である。おそらくは魔物の住処もなくしてしまえばもう二度と村が襲われることはないと考えたのだろうが、それにしたってもう少し頭を使えなかったのだろうか。

この村の主要産業は狩猟である。肉を食べ、毛皮を売り、ここの村人たちはそうして細々と生きていた。たしかに多少の田畑はあるものの、それだけで生活しろというのは死ねと言っているようなものだ。ここの暮らしはあの森に支えられていたというのに、これではもうどうしようもない。村人たちは途方に暮れることになるだろう。

 

「ただ……俺たちは旅をしているんでな、食料なんかを貰えるとありがたい」

 

礼などいらないと言っておきながら、ものの数秒でこんな言葉が口から出てくるこいつは本当にすごいと思う。ニワトリでも三歩は記憶が持つというのに、この男は本当に哺乳類なのだろうか。

 

「あ、えー、その、ですね」

 

村長は言いよどんでいた。おそらくどのように断れば角が立たないのかを必死に考えているのだろう。頑張れ。私は応援している。この村が廃村になることは免れないだろうが強く生きてくれ。ほかの村への移住がスムーズにいくよう手配くらいはしておくから。

 

「なんだ?もしかして食料がないのか?」

 

歯切れの悪い返事しかしない村長に、岡本がそう聞いた。ちょうどいい言い訳を考えていた村長にとってはまさに渡りに船である。思いっきり肯定を始めた。

 

「え、ええ!お恥ずかしい話ですがこの村には保存食もなく旅のお方にお渡しできるようなものは現状何もご用意することができません。村にあるわずかな食料もお世辞にもおいしいとは言えないような魔獣の肉ばかりですし今年は作物の実りも散々でございます。蓄えなどまったくもって存在しないのです。村を救っていただいたことには心より感謝しておりますがこればかりはどうしようもないのです。本当に申し訳ありません」

 

めちゃくちゃ早口だった。勢いでどうにかしてしまおうという魂胆が透けて見える。しかし岡本は先ほど勢いに任せた結果森をクレーターへと変貌させたので、そんな手の施しようがない事態にならないよう村長には思慮深く行動してもらいたい。

 

「そうか、では仕方がない。たとえ不味かろうとかまわないから魔獣の肉を譲ってほしい」

 

鬼だ。宮廷で一番腹黒い貴族だってこんなことは言わないだろう。まさに外道。血も涙もない。村長の顔は真っ青である。

このままではストレスで村長に残った僅かな毛根も抜けきってしまうのではないかと思ったそのとき、後ろから子供の声が聞こえた。

 

「お前の肉、ねーから!」

 

はっきりとした拒絶の言葉。それを放ったのは十歳ほどの少年だった。眉根を寄せて怒りを露わにしている。

 

「お前たちのせいで俺たちはこの村から出てかなきゃいけなくなったんだぞ!」

 

「ソーシュ!」

 

「森を返せ!」

 

「やめなさい!私の言うことが聞けないのか!」

 

どうやらソーシュというらしいその少年は、村長の制止も聞かず怒りの赴くままにこちらを非難していた。実際、正論だ。彼にはこいつを責める権利がある。生活を無茶苦茶にされたのだからこのくらいの暴言は許されてしかるべきだろう。むしろもっとやれ。

 

「……すみません」

 

村長は一言断りを入れると、今にも私たちにとびかかってきそうなソーシュを取り押さえた。当然ソーシュは抵抗していたが、さすがに大人と子供では体格が違う。やがていくら暴れても無駄だということを悟ると、少ない語彙から引っ張り出してきたあらん限りの罵詈雑言を叫びながらどこかへと引きずられていった。

子供のやることとはいえ、あそこまでいくと天晴れというほかない。よくぞそこまでこいつを罵倒してくれたという思いが湧いてくる。私のストレスも少しばかり軽減されたような気がした。残念なのは当の岡本に堪えた様子がないということだが。

 

「なぜあの子はあんなに怒っていたんだろうな」

 

遠ざかっていく叫びを聞きながら、岡本が首をひねっていた。どうやら怒りの理由が理解できなかったらしい。私もお前が理解できない理由がわからない。もはや脳が腐りきっているんじゃないだろうか。一度頭蓋を砕いて確認してみたほうがいいかもしれない。

 

「言ってくれれば森くらいすぐに元に戻すというのに」

 

「……は?」

 

岡本がなんでもないように口にしたその一言は、私を動揺させるに十分な威力を持っていた。思わず声が漏れてしまったが、そんなことがどうでもよくなるくらいの衝撃発言だった。

 

「戻せるのですか!?」

 

「時間遡行魔法を使えば簡単なことだ。別にそんなに驚くようなことでもないだろう?」

 

あまりに予想外なその答えに、数秒思考が停止した。

時間遡行魔法は確かに存在する。しかしながら、その魔力消費は尋常でない。凡人がやろうとすればまず間違いなく魔力枯渇で死に至る。私も以前に一度だけ使ったことがあるのだが、あの時は死ぬかと思った。5日以上かけて目一杯魔力を溜め込んだ貯蔵器まで用意していたというのに、ほんの数十秒過去に戻っただけで3日ほど満足に魔法を使うことができなくなってしまったのだ。

森を消滅させてからそろそろ一時間が経とうとしているが、それでもなお簡単だと言い切るこいつの自信は相当のものである。もしなんの根拠もないただの戯れ言であれば馬鹿に出来るというのに、確かにこいつならば可能だろうと思わされてしまうのが少しばかり悔しい。

 

「流石です、岡本様!そんなすごいことが出来るなんて、私憧れちゃいます!」

 

実際、その尋常ならざる魔力量だけは尊敬に値する。もう少し頭の方もまともであれば素直に称賛できるのだが。しかし仮にそうなった場合にこんな台詞を本心から言うのであろうことを考えると、やっぱりこいつは馬鹿でよかったかもしれないと思った。

 

「さて、それでは早速やるとしようか」

 

そう言うが早いか、岡本は魔法の展開を始めた。幾重にも重なった魔法陣が私と岡本を取り囲む。どうやら私も時間遡行に付き合わせるつもりらしい。

 

「時よ戻れ━━タイム・リワインド」

 

こいつはいちいち格好つけないと気がすまないのだろうか。そんなことを思いつつ、私の意識は一瞬途切れた。

 

 

数百匹の魔物が大地を駆けていた。鼠、狼、あるいは蜥蜴。森からとどまることなく溢れ続けるその百鬼夜行がごとき大群は、一様にこちらへと向かってきていた。

少し頭がくらくらしたが、数秒後、そういえば戻ってきたのだったと思い出す。

隣を見れば、疲れたような顔をした岡本が地面に座り込んでいた。多分私と同じような症状に苛まれているのだろう。以前私が時間遡行したときもこんな感じになった覚えがある。未来の記憶が一気に流れ込んだことによるこの頭痛は、過去に戻るという都合上避けようのない副作用だ。これだから時間遡行は嫌なのである。

私が一向に引く気配を見せない頭痛に苛まれていると、岡本が袖を引っ張ってきた。

 

「なんですか?」

 

どうにかこうにか笑顔をつくり、できる限り柔らかく問いかける。ああ、頭が痛くてイライラもしてるのに、こんな男に優しく接することのできる私はなんと素晴らしい人格者なのだろう。クソが。

 

「ああ、その、だな」

 

自分からアクションを起こしておいて何故言い淀む。普段のこいつならこちらの心情を慮ることなどしないだろうに。もしかして時間遡行の影響で記憶喪失にでもなったのだろうか。だとしたら最高だ。もう二度とふざけた真似ができないよう教育してやることができる。

 

そんな風にどうでもいい思考を巡らせていた私であったが、続く一言に自分の耳を疑った。

 

「もう魔力がない」

 

岡本が意味不明なことを言い出したのである。

 

「え?」

 

ちょっとなにいってるかわからなかった。

 

「もう魔力がないんだ」

 

確かに魔力を探ってみても、感じ取れるのはほんの搾りかすのような残滓だけである。しかしおかしい。時間遡行には多大な魔力が必要なのは事実だが、それにしたってあの底無しの魔力が尽きるほどのものではないはずだ。追加で私にも術式をかけたとはいえ、少なくとも普段のこいつの魔力量であればあの程度物の数にも入らない。

とすると、私の知らないところで何か魔法を使っていたということだろうか。しかし岡本の魔力をほとんど持っていくような規模の魔法行使など眠っていてもわかるはずだ。そう考えると、やはり何故こうなったのかわからないが……一つだけ心当たりがなくもない。

正直、あり得ない話だと思う。というか、あり得てほしくない。もしこの推測が間違っていなかったのなら、岡本は比喩抜きで本当に幼稚園児以下の思考能力しかないことになってしまう。

魔物の群れが押し寄せてくる直前に感じた魔力の奔流。村に紛れ込んでいた魔王の手先が魔物を呼び寄せる魔導兵器でも使ったのだろうと思っていたが、もしあれが岡本の手によるものだったとしたら。

 

「岡本様……もしかして、今日は時間遡行と魔物の殲滅以外にも何か魔法を使われました?」

 

「いや、魔法は使ってない」

 

ああ、よかった。流石に杞憂だったようだ。

 

「やっぱりそうですよね。おかしなことをお聞きしてすみません。岡本様の魔力がいつもより少ないような気がしたのがちょっと気になってしまって」

 

「ああ、魔道具の修復に大分魔力を使ってしまったからな」

 

ちょっと待ってほしい。修復するだけでこいつの魔力がほとんど無くなるような魔道具がこの世に存在するなどあり得ないと思うのだが。

 

「……岡本様の魔力はほとんどそれに使われたということですか?」

 

「そうだが?」

 

「それって一体どんなものなのでしょうか」

 

「魔物寄せの魔道具だ」

 

は?

 

「もしかして、もしかしてなんですが、それの修復に魔力のほとんどを費やしたのですか?」

 

「そうだが?」

 

やばいこいつ幼稚園児以下だ。

 

「最近込められた魔力が薄れてきているのをどうにかできないかと頼まれてな。しかしどのくらいの加減でやれば良いかわからなかったからとりあえず全力でやった。まあ品質が悪かったのか途中で暴走して壊れてしまったがな」

 

「そうですかー」

 

多分、棒読みだったと思う。笑顔を保てていたかも怪しい。何か感情を表そうとした瞬間、自分のなかに生まれた激情が爆発してしまいそうで怖かった。最早取り繕うのも限界だったのである。

 

「そういうわけで俺は今魔力切れだから、ここは頼んだぞ。俺は先に村に戻ってるからな」

 

それだけ言い残すと、岡本はのんびり歩きながら去っていった。

 

「あはは……」

 

思わず乾いた笑いが漏れていた。ストレスがマッハでやばい。もうやだ。

しかし不幸中の幸いというべきか、目の前には沢山のサンドバッグが並んでいる。こいつらを全員殺せば、少しは腹の虫も収まるだろうか。

 

「もうみんな死んじゃえばいいのに」

 

この後めちゃくちゃ殺戮した。




らーめんたべたい


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