謎解きはディナーのあとでを性別逆転で   作:さくらい

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ネクタイは殿方の首にございます 2話

 思えば、アレがきっかけだったんだろうな。

 ボク、宝生麗が刑事なんていう激務に就くことになったのは。

 確かアレは高校三年生の春だったか、教科を終えて放課後、ボクは『れーさまファンクラブ』などという、ちょっとアホの子っぽい名称が付いた自身のファンクラブの会員たちと、優雅にティータイムを過ごしていた。

 どうせなら漢字と略語で、『麗様FC』とでも表記してくれれば、少しは格調高く感じられるのに。

 

「れーさまは、将来どんなお仕事をなさるのかしら」

 

 そう訊ねてきたのは、ボクと同じ高校に通っていた『れーさまファンクラブ』の会員だ。

 会員ナンバーは確か、三百……いや、四百……忘れた。

 比較的若い数字だったと思うんだけど、当時から、会員の子たち全員を把握していたわけではない。思い出せなくても仕方ないと言えよう。

 大体、『れーさまファンクラブ』の運営管理者はボクではなかった。ファンクラブ会長を名乗る、謎の女が取り仕切っていたのだ。

 会員の子たちの噂によれば、その謎の女の会員ナンバーはゼロ番だったらしい。ファンクラブ会長だというのに、その女がボクの前に姿を現したことはなかったので、未だにどんな女だったのかは謎のままだ。

 

「それは愚問というものですわ。れーさまの御父上は宝生グループの総帥なのですから、れーさまも、その跡をお継ぎになるに決まってます」

 

 そう言ったのは、隣の高校に通っていた、会員ナンバー千番だか二千番だかの女子だ。

 彼女に悪気は全く無かったのだろうが、跡を継ぐに決まってるという物言いは、少々受け入れ難かった。

 お金持ちの反抗期と取られるかもしれないが、父の敷いたレールの上を走る人生なんて真っ平御免だった。

 ただ、当時のボクに詳細な展望があったわけではない。ボクはその時なんとなく、薄ぼんやりとした憧れを口にしただけだ。

 

「正義の味方とか、良いかもしれない」

 

 もやもやした霧のように曖昧な夢だったけれど、多分この瞬間、ボクの将来が決定したのだ。日曜朝の正義の味方番組とか好きだったし。

 

「まあ、正義の味方ですか? 格好いいです! 是非わたくしの事も御守りいただきたいですわ!」

 

 隣の隣の隣の、そのまた隣の高校に通っていた女子が言った。会員ナンバーは一万とんで、え〜っと、えぇい思い出せん。

 とにかくその女子にボクは、「もちろん」と応えて微笑んだ。

 

 ボクの出身高校は、全国有数のセレブリティだけが通う超有名お金持ち高校だった。生徒は皆、なにかしらの有名企業やら有名財閥やら有名一族の令息、令嬢ばかり。

 大抵この高校の出身者はみんな、親の跡を継いだり、コネを最大限に利用して楽して生きたりしている。

 ボクも、将来は父に代わってグループを背負って立つ人間になる、なんていう風に周りは期待していたのだろうけど、ボクはその立場をトウキックで蹴飛ばした。

 全国有数のセレブだけが通う高校をトップクラスの成績で卒業したボクは、全国有数の頭脳の持ち主だけが通う超優秀な大学に、下から数えた方が早い程度の成績で入学した。

 

 大学に入ってからはサークル活動に精を出し、講義は大抵自主休講。

 因みに、ボクが所属していたサークルは、春はお花見を楽しみ、夏は沢登りやキャンプで自然に親しみ、秋は紅葉を狩って冬は雪山をスノーボードで疾走するという、とても健康的な集団だった。一年中遊び呆けていたともいう。

 そんな学生生活だったので、四回生になる頃には尻に火がつき、Siriに向かって「ヘイ、Siri! 単位の取得方法は?」なんて質問をしては「単位の取得方法に関する情報がウェブでみつかりました。真面目に勉強しろ」などと、機械文明に裏切られる日々が続いていたのだが、そこは明晰たる頭脳を持つボクだ、なんとかギリッギリで留年せずにストレートで卒業した。

 そのストレートっぷりを野球で喩えるなら、外角低めを薄皮一枚掠める程度のアウトローだ。四回生になるまでは、講義にほとんど出席しないなんていう、アウトローな大学生だったボクには相応しいかな。

 

 毎日毎日フルタイムで講義を受けていた大学四年目の日々ではあったが、ボクはちゃっかり講義の合間に警察官採用試験を受け、これまたちゃっかり合格していた。

 超優秀な大学の学生だったんなら、キャリアになれば良かったのに、なんて周囲の囁きも聴こえて来そうだが、ボクが目指したのは正義の味方であって警察官僚ではない。

 現場の刑事でなくては意味がないので、国家公務員試験はわざと受けなかったのさ。本当だよ。ボクが本気出せばキャリア程度簡単になれたもの。

 

 まあ、それは置いといて、そういうわけで大学を卒業して数年が経った今現在、ボクは国立署の刑事課でノンキャリアの一刑事として勤務している。

 高校時代のファンクラブの子たちが知れば、「こくりつ署の刑事なんて、れーさま凄〜い」なんて歓声が湧きそうだが、残念ながらこくりつ署ではなく、くにたち署だ。別に国立市が残念なんて言ってるわけじゃないよ。ボクは国立が大好きだからね。

 

 宝生グループのパワーを行使すれば所轄の警察署の下っ端刑事ではなく、警視庁捜査一課にも、いや、それどころか、最年少警視総監にだってなれるんだろう。

 だけど、ボクは警察官となったその日に、自分の力だけで正義の味方としての責務を果たすと誓ったので、同僚たちには、自分が宝生家の人間だということを明かすつもりはない。

 だから周りの同僚刑事たちは、ボクが着ているバーバリーのスーツを量販店で買った吊るしの安物だと思っているし、黙っていても溢れ出る気品を隠す為に、やむを得ず掛けているアルマーニの伊達眼鏡も、視力が弱いから掛けているだけの普通の眼鏡だと思っている。

 見る人が見れば、安月給の下っ端刑事にあるまじき装いだという事はバレるんだろうが、ここには見る人なんていないので安心である。

 

 さて、高校時代の淡い思い出から刑事になるまでのボクの道程についてはこれくらいでいいとして、本題に入ろう。

 今、ボクの周囲ではむくつけき同僚刑事どもが難しい顔をしてホトケ様に手を合わせている。

 ホトケ様って言っても仏壇仏像の類じゃないよ。それは、とあるホテルの一室に倒れ伏している男性の遺体だ。

 遺体のそばには、缶ビールが無造作に転がっている。

 第一発見者はホテルマンの青年。モーニングコールを頼まれていたのに、何度電話を掛けても出ないので直接起こしに来たら、遺体と遭遇することになったらしい。

 今は、ボクの三期上の先輩刑事に、別部屋で事情聴取を受けている。第一発見者を疑えってのは捜査の鉄則だけど、流石にホテルマンが犯人ってことはないだろうね。

 財布が中身も含めて丸々残されていたことから、物盗りのセンも薄いらしい。

 ただ、携帯電話の類いは発見できないとか。携帯電話狙いの泥棒なんていないだろうから、おそらくデータの中に犯人にとって都合の悪いものがあったんだろう。

 とりあえず、ボクも同僚に倣い、神妙な表情で遺体に向けて手を合わせる。

 数秒ほど目を閉じていると、この部屋のドアがガッチャーンッと大袈裟な音を立てて開いた。

 

「宝生くーん、おっまたせ〜っ!」

 

 別に待ってない。朝一番から呼び出しておいて、相変わらず呑気な人だ。

 殺人事件の現場だというのに、甘いシャネルの香りを漂わせながら入室して来たのは、遺憾な事にこの場で最も位の高い、警部階級である風祭京子だ。

 風祭警部は、現場に最も遅れて到着したというのに悪びれる様子もなく、スキップ混じりに遺体に近寄り二回礼をした後、パンパンと二回手を叩いて、もう一度礼をした。

 遺体に向かって二礼二拍一礼する刑事なんて全国を探してもこの人くらいだろう。

 

「さあさあ、宝生君、遺体の状況を説明してくれる?」

「いえ、ボクもさっき現着したばかりなので、まだ何も」

「な〜にぃ? 仕事が遅いとあたしみたいに出世できないゾ」

 

 遅れてきたくせに偉そうな人だ。こんなんでもボクより偉い立場というんだから階級制度というのも考えものである。

 風祭警部は手隙の鑑識さんを呼び、その人に状況説明を求めた。

 

「持ち物等から判明した遺体の身元は三上貴也、三十二歳。市内にある慈愛九条第三総合病院の勤務医です。因みに担当は外科」

 

 慈愛九条第三総合病院といえば、国分寺市にあるかなりの大規模病院だ。そこの外科医ともなれば結構な高給取りだろうに、こんなリーズナブルなホテルに宿泊しているとは解せない。

 何かしらの事情があったのだろうか。

 

「ドクターのくせにこんな安ホテルに泊まってたのぉ? ケチくさい男ねぇ」短絡的思考回路を存分に発揮して、風祭警部が言う。

「そんな事を言うものではありませんよ警部、例えば、急患が入って深夜まで勤務したせいで電車が止まり、遠い自宅に帰るのが億劫になったから仕方なくここに泊まったとか、そういう事情があるのかもしれません」それならば、犯人が顔見知りの場合、被害者の行動を把握できた人物が怪しいという事になる。

「いえ、被害者の自宅は遠方ではなく、勤務している病院から徒歩で五分程度の距離にあるマンションです。因みにマンション名はマンション・クジョー」鑑識さんが言った。

 

 ボクの予想はハズレたようだ。というか、このホテルより自宅の方が病院に近いじゃないか。ここから病院までは車でも二十分はかかる。徒歩五分の自宅ではなくわざわざこのホテルまで泊まりに来たという事は……。

 ボクは部屋の中を見回して、被害者がここに泊まった理由に当たりをつけた。

 

「ふむふむ、宝生君はどう思う?」

「そうですね、まだ断定は出来ませんがおそらく──」

「わからないなら教えてあげるわ宝生君。被害者は誰かと一緒に宿泊する為にここに来たのよ。ベッドサイズはダブルだし、ベッドサイドテーブルには乙女的に言葉にしにくいアレがあるし」

 

 風祭警部は、誰にでも分かる事を自信満々に言う天才だった。そんな事教えてもらわなくても、ボクにもわかってたわい。大体、乙女的に言葉にしにくいアレって、ただの避妊具じゃないか。

 恥ずかしがる年齢でもあるまいに。おぼこい振りをするんじゃない。

 

「つまり犯人は、被害者の恋人の可能性が高い、と」

「もしくは、愛人かしら。あとでフロントをチェックね。ところで死因はわかってるのぉ?」

「直接の死因は、紐状のもので首を絞められた事による窒息死です。しかし、後頭部には鈍器で殴られたような傷痕もあります。凶器は多分、あのハンマーでしょう」

 

 鑑識さんは部屋の隅に転がっていたハンマーを指差した。見たところ片手持ちのハンマーだったが、それにしては多少大振りな気がする。

 ホテルの部屋に元々備え付けられていたとは思えないので、犯人が用意したものだろう。

 しかし、よく見ればところどころ錆びが浮いているので、昨日今日購入したものでは無さそうだ。販売店を巡っても、購入者の特定は難しいだろうな。

 

「また、絞殺に使用した紐状のものは、索条痕から判断しておそらくネクタイでしょうね。真偽は解剖後の検死結果が出次第報告しますが、被害者が締めていたであろうネクタイが見つかっていませんので、犯人が凶器として被害者のネクタイを使用し、その後持ち去ったものと推測できます」

 

 元からノーネクタイだった可能性もあるが、被害者がネクタイを締めていたかどうかくらいは後で防犯カメラで確認できる。

 録画映像の中の被害者がネクタイを締めていれば、凶器はそのネクタイで確定だな。

 ボクは徐ろに、うつ伏せに倒れている遺体の横に寝っ転がって、索条痕を観察した。経験の浅いボクではネクタイで絞められた痕かどうか判断がつかないが、ベテランの鑑識さんならばネクタイによる絞め痕だと見破れるらしい。

 索条痕には、被害者が首を絞められているときに犯人に抵抗してできたのであろう傷跡があった。

 絞殺被害者は、しばしば抵抗中に自身の首を爪で引っ掻いて、縦に幾筋も走る傷跡を残す。

 所謂、吉川線だ。警察学校で習ってはいたが、本物を見たのは初めてだった。

 

「宝生君よく遺体の横に寝そべったりできるね。気持ち悪くなーい?」

「観察は刑事の基本、と警察学校で習いました」

「へえ〜、んじゃ、あたしもよく観察しとくかな〜」

 

 風祭警部は間延びした口調でそう言うと、ボクの身体の上を跨いで被害者の肩に手を掛け、どっこいせと遺体を傾けた。うつ伏せで見えなかった死に顔がボクの目の前に露わになる。

 

「ちょっと警部! 何してるんですかっ!」

「だから観察よ。どうせもう現場写真は撮り終わってるし、このあと遺体は運び出されるんだから、ちょっとくらい動かしても問題無い無い」

 

 そんなもんなのだろうか、鑑識の人も怒ってないのでいいのか。傍若無人な風祭警部に何を言っても無駄、と諦めているだけかもしれないが。

 

「あっ、こいつシャツのボタン第一ボタンまで締めてる。神経質なヤツと見た」

「別に第一ボタンまで締めてるからって神経質とは限らないのでは?」

 

 ボクだって第一ボタンまできっちり締めているが、別に神経質というわけではない。まあ確かに、国立署刑事課に生息している第一ボタンを締めない連中は、どう考えても神経が太いヤツばかりなので、そういう連中に比べたら被害者は神経質なタイプなのかもしれないけど。

 

「あ〜、重いわ。観察終了」

 

 風祭警部は遺体に掛けていた手を急に離した。

 遺体はその額をごつんと床に打ちつけて、またうつ伏せに戻った。何してるんだこの女。

 ベテランの鑑識さんはその行いを注意するように、ゴホン、と空咳をした。

 

「警部、とりあえずどいてもらえますか」

「はいはーい」

 

 ボクの身体を跨いでいた警部をどかせ、立ち上がる。犯行状況に関する鑑識さんの見解を聞きたい。

 

「犯行の状況を詳しく御説明願えますか?」

 

 ボクの質問に、鑑識さんはひとつ頷いてから口を開いた。

 

「被害者はあちらにある二人がけのテーブルの、ドアに近い側の椅子に座っていたのでしょう。ドア側の椅子からは被害者の指紋が検出されました。また、逆に窓側の椅子からは、犯人のものらしき手袋痕が出ています」

 

 手袋痕は文字通り、手袋を着けた手で触れた痕跡だ。犯人は手袋をしていたのか。

 用意周到、とまではいえないかな。今時指紋を残すような馬鹿な殺人犯はいない。

 勿論、衝動的な殺人の場合はその限りではないので、今回は計画的犯行の可能性が高いというわけだ。

 凶器のハンマーまで用意しているし。

 

「椅子に血痕が付着していることから、犯人はまず、椅子に座っている被害者を背後からハンマーで殴ったものとみられます。殴られた被害者は半ば昏倒しながらドアの方へ這いずり、逃げ出そうとしました。そして、犯人はまたしても背後から、被害者の首を絞めたと思われます」

 

 成る程、遺体は椅子から少し離れている。殴られて朦朧としている意識の中で、必死になって逃げ出そうとしたのだろう。

 あの大振りのハンマーを使って後頭部を襲えば、非力な女性でも大の男を昏倒させるのは難しくない。

 また、絞殺についても背後からということであれば、ほとんど抵抗は受けなかっただろう。

 鑑識さんの説明で状況は大体掴めた。

 

「死亡推定時刻は午前一時前後、幅をもたせて零時から二時頃とみて欲しいですが、これも解剖後に詳細な報告をします」

 

 鑑識さんの言葉をちゃんと理解しているのかいないのか、風祭警部は退屈そうに、ふぅん、と零した。

 ボクはきっちり手帳にメモしたけれど、警部はペンを取る素振りすら見せなかった。あとで訊いてきても教えてやらないぞ。

 

「じゃ、宝生君、フロントに行こっか。チェックインの時に名前残してたり、防犯カメラに映ってたりしたら楽なんだけどなぁ」

 

 風祭警部は軽い調子で呟きながら部屋を出て行った。ボクもそのあとに続く。

 この事件は計画的犯行なのだから、そんなに簡単に犯人が痕跡を残している筈がない。

 しかし、防犯カメラについては、犯人もその設置場所の全てを把握出来ていないかもしれない。とりあえず、防犯カメラの映像には期待するとしよう。

 ボクは、エレベーターへと向かって意気揚々と歩く風祭警部の後ろを付いて行きながら、この客室の入り口が見渡せる廊下に、防犯カメラがひとつでもあれば話は早いのに、と思った。

 でもまあ、こんな所に防犯カメラなんか無いだろうことは、当然ボクにもわかっているのだった。

 

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