そこはいつも人が死ぬ。
共に過ごした友人が。
幸せを分かちあっていた家族が。
自分を思ってくれる兄弟が。
支えあった姉妹が。
隣にいた恋人が。
鳴りやまない銃弾に、鼓膜を震わせる爆弾。鼻を刺激する腐った死体の臭い。
この世の地獄と言われるその戦争地帯に足を踏み入れて三か月、七歳で日本を飛び出してから約二年半。
未だにこの世界の全てをこの目に焼き付けることはできていない。
日本にいる家族にかかっているであろう迷惑に心の中で謝罪する。
けれど、どうか安心してください。というのはかなり無理があるだろうけど、僕は生きています。
ちょっとだけ人よりも早くもった夢を、ちょっとだけ人よりも早く叶えている最中です。
「世界の全てをこの目に焼き付ける」
そんなバカげた夢を追いかけてここにいるわけです。
世界はどこもかしこも綺麗でした。
そして、どこもかしこも、汚れていました。
「裏の世界」という、世界の汚い部分。何度も目にして耳にして経験しました。
人が人を支配し、飼い慣らし、老若男女構わず奴隷として売られていました。
この旅は危険なことばかりで、生傷の耐えない毎日です。
けれどそれでも、僕はこの旅に出たことを後悔はしていません。
まだ叶えてる途中だけど、見つけられたんです。
この世界でやりたいこと。旅を終えた後の、次の夢。
死が身近にあるこんな場所でも、諦めず戦い抜く人がいました。
皆に未来を示す存在がいました。
皆を照らす存在がいました。
日本で言うところの、アイドルが。
父さん、母さん、姉さん、利嘉.....
僕、アイドル目指します。
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拝啓 姉さんへ
取り敢えず、焦らないで最後までこの手紙を読んで欲しい。
僕はこれから旅に出ます。
長い長い旅に出ます。いつ終わるのかもわかりません。
無事に帰ることができるかもわかりません。
この小さな身体で、短い足で、細い腕で、旅をします。
何故かと言うと
僕にはずっと夢がありました。
『この世界の全てを目に焼きつける』
という夢が。
一緒に産まれてきてから七年間ずっと一緒に育ってきた姉さんなら知ってる通り、僕はやると決めたことは何があっても倒れるまでやり続けます。
もう二度と、家の玄関を跨ぐことが出来なくなるかもしれません。
その覚悟を決めて僕は旅に出ます。
僕と姉さん二人の誕生日をめちゃくちゃにしてごめんなさい。
ずっと前から、家を出るのはこの日にしようと決めていました。
姉さん。こんな馬鹿な弟よりも、利嘉を可愛がってあげてね。
知ってるよ。利嘉が姉さんより少しだけ僕の方になついていたことにちょっとだけ嫉妬してたこと。
僕がいなくなっても、姉妹仲良く喧嘩して、仲直りして、仲睦まじいままでいてください。
いつでもどこでも愛しています。
千嘉より 敬具
P.S
ギャルに憧れるのはどうかと思います。
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「はぁ」
また、いつものようにこの手紙を読んでため息を吐く。
自分の部屋のベッドの上でうつ伏せになって少し古びた手紙を読む。
日課になってしまったこの行為をかれこれ、もう十年は続けている。
十年前から、家出して行方不明になったアタシの双子の弟、城ヶ崎千嘉が最後に残した手紙。お母さんとお父さん、莉嘉にも同じような内容の手紙が書かれている。
「生きてるよね、千嘉」
十年前からなんの連絡もない弟は、生きているのか死んでいるのか、どこに居て何をしてるのかもわからない。
警察も初めの数年は必死に探してくれてはいたけど、『死亡宣言』が認められるようになった三年前に、掌を返すように手を引いた。
パパとママはもう諦めていた。
二人とも『死亡宣言』は出していないけど、千嘉はもう死んだんだ、って言い続けてる。
ねぇ、千嘉。今、どこにいるの?
あんたの夢は、アタシ達家族よりも、大切なの?
瞳から零れて頬を流れる涙をあえて拭うことはせず手紙を折り目通りに畳んでから、枕に顔をうずめる。
最初は応援したい気持ちはもちろんあった。けど月日が経つうちに、何の連絡もない現実に、不安感が募っていった。今となっては早く帰ってきてほしいと願うばかり。
十年前、この手紙を読んで初めて、アタシは千嘉の夢を知った。
七歳でその夢を追いかけて旅に出た弟は、いったいどんな気持ちだったんだろう。何も知らない。誰も知らない。未知の土地で、危険な旅を、死ぬ覚悟を持った当時私と同じ七歳の双子の弟は、どんな気持ちだったのかな?
「お姉ちゃーん、起きてるぅ?」
なんてことを考えてると、ノックも無しに莉嘉が部屋に入って来る。
「ッ!? な、なに、どうしたの?」
急なことに驚きつつ、バレないように目を擦る振りをして涙を拭う。
「あれ? お姉ちゃん、今なにかしてた?」
「き、ききき、気のせいじゃない?」
「ん〜、そっか。...お姉ちゃん、それ、また?」
あ〜、もう少しで誤魔化せそうだったのに!
なんでこの手紙隠さなかったの!
アタシのバカー!
「もう忘れなよ。そんな人。どうせもう死んでるよ」
「っ!? 莉嘉っ!」
「だってそうじゃん! もう10年だよ! 十年もなんの連絡もなしなんておかしいじゃん! 生きてたら絶対連絡くれるはずでしょ! お兄、ちゃんは! お兄ちゃんはっ!う、うぇぇぇ〜〜ん」
そっと、泣き崩れる莉嘉を抱き締める。
手紙にあった通り、莉嘉は元々私よりも千嘉の方に少しだけ、ほんの少しだけっ!懐いていた。
莉嘉にとっての千嘉は、いつも隣にいてくれて、困っていたら助けてくれる優しいお兄ちゃんだった。もちろん私もいいお姉ちゃんだった。
千嘉が旅に出る時、最後に話したのも莉嘉だった。
千嘉が突然いなくなって、莉嘉は次第に千嘉のことを嫌い始めた。
『裏切られた』そういう心情だったんだろうと思う。
その気持ちはアタシもわからないわけじゃない。千嘉は最後に家を出る際、莉嘉に一言だけ告げ出ていったのだ。アタシ達家族にも、学校の友人にも、相談も、何も告げずに。
けれど、莉嘉が心の底では千嘉のことを未だに大好きなのだということをアタシは知っている。今まで1度も莉嘉本人が読んだことの無い、千嘉からの手紙。十年前莉嘉が捨てたそれをアタシが拾って読んだ時のことだ。そこには、莉嘉のことを思う気持ちで溢れていた。何度も何度も『ごめんね』という謝罪の文字が書かれていたり、『大好き』『大切な』といった愛を感じられる表現が多く使われていた。
いつか莉嘉本人がこの手紙を読まずに捨ててしまったことに後悔した時にでも渡そうと思い、手紙は机の鍵付きの引き出しの中に入れてある。
「ぐすっ、お兄...ちゃん」
泣き疲れたのか、アタシの腕の中で眠る莉嘉が寝言を囁く。
そんな妹を見て、アタシはとある覚悟を決める。
アタシは今アイドルをやっている。
今をときめくカリスマギャルアイドルだ。
手紙ではギャルを否定していた千嘉に抵抗して中学生時代にギャルの格好をし初めてからモデルにスカウトされて、そこから今に至る。
それに数ヶ月前、莉嘉も無事アイドルデビューを果たし、姉妹揃ってアイドルになった。
そんな物珍しさ故に、注目が集まっている今ならば、もしかすれば世界に私たちを知ってもらえるチャンスがあるんじゃないか? と私は考えた。
そして必死にアイドル活動を頑張ったおかげで、1週間後にニューヨークでのライブを開催することになった。上手く行けばカリスマギャルアイドルMIKAの名前を世界中に知らせることが出来る。
きっと、千嘉に届くくらいに。
さっきまでは不安で仕方なかったけど、決心はついた。
莉嘉を部屋までおぶって連れていき、ベッドに寝かせて毛布をかける。
スヤスヤと眠る横顔を一瞥して「おやすみ」とおでこにキスをして部屋を出る。
アタシも今日はもう寝よう。ニューヨークに向けて明日からもっと頑張らないといけない。
ベッドで横になり、今は先程とは違い仰向けに寝る。窓から見える月はまぁるい満月だった。発する光がどこかアタシたちの未来を照らしているように見えた。
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美嘉がニューヨークへ進出したその3週間後、ある一人の世界的アイドルが日本に降り立つ。
SENKA☆彡
本名不明。出身不明。年齢不明。性別不明。素顔不明。
ライブであろうと常に何かしらの仮面を付け、仮面の種類は既に1000は軽く超えている。顔を隠しているおかげでデビューしたての頃は名を騙る偽物が出現し、デビュー当時から一世を風靡し始めたSENKAに対して妨害行為を行う輩も多くいたが、SENKAはそれを実力で黙らせた。
誰にも真似出来ないダンスのクオリティに、誰もを魅了し尽くすその歌声を誰も再現できず、すぐに偽物騒動は終息した。
因みに当時どの仮面にも、恐らくオリジナルであるだろうライオンのシールを貼るようになったのも終息していった理由の一つでもある。
何もかもが不明なそのアイドル。初デビューは紛争地帯。
『ライブを開けば戦争が止まる』
という、まるでオリンピックの様な伝説を持ったアイドル。
実際、【
そんな生ける伝説アイドルが降り立った羽田空港では、深夜にも関わらず、ファンが生のSENKAを一目見ようと羽田に押し寄せ、警備員では手が足らないどころか警備員が職務を放棄してファンに加わってしまい、SWATが出る始末。
報道陣がコメントをもらおうと死に物狂いで突撃するせいで、この時のことを後にSENKAは『帰ってくる国を間違えたのかと思った』という発言を残した。
普段の数百倍は騒々しい羽田にSWATが到着した直後のことだった、人々で溢れかえり騒がしい空港内とは別に、そこから少し先の気味が悪いほどに静まり返った空港の裏手に、一つの影があった。
その影は辺りを見回した後、被っていた仮面を外し、慣れた手つきで棒付きのキャンディを咥え、静かな夜の街に消えていった。
『ただいま、日本』
異国語で呟かれたそれを、聞く者はおらず、白い影は、夜の闇に吸われて消えた。