暗殺教室~君のために義を貫く~   作:緋色の焔

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イリーナがヒロイン保留の理由はこの話にあります。


2弾 転換点の時間

 建物が崩れる音と震動が止まった。

 正直、死んだと思ったがどうやらまだ生きてるらしい。

 建物が崩落したため明かりが消えて暗くなった周囲を確認すると、近くに大きな瓦礫があり、それが支えとなって出来た隙間のお陰で俺達は助かったようだ。

 

「大丈夫か、あかり」

「き、キーちゃんこそ大丈夫⁉ 怪我はッ⁉」

「脇腹以外はどこも怪我してない」

 

 俺の言葉を聞いたあかりは、ほっ、とした顔になる。

 

「良かった。取り敢えず移動しようか」

「ああ、先行け。人1人分の隙間が続いてるからな」

「うん」

 

 俺は腕に力入れて体を少し持ち上げると、体を反転させてうつ伏せになったあかりは、匍匐(ほふく)前進で瓦礫の隙間を進んでいく。

 それに続くように俺も脇腹の痛みに耐えつつ、先に進むために視線を前方に向けた瞬間、あかりのスカートの裾がヒラヒラしていてビビった。

 しかし不幸中の幸いで周囲が暗いため、スカート奥の下着は見えなかった。お陰でヒスってない。まあ、今は脇腹の痛みでそれどころじゃないかも知れないが。

 スカートの裾に驚きつつ、しばらく進んでいたら隙間が少し広くなった。横に2人並んでも余裕がありそうだったため、ヒラヒラするスカートを見ないように、あかりの横に並ぶとよく分からない薬品の匂いに混じって、あかりの体からふわっとジャスミンの花のような甘酸っぱいニオイが鼻腔をくすぐってきた。

 その香りにヒスるんじゃないかとヒヤッとしたが、やはり脇腹の痛みでそれどころじゃない。

 安堵した俺はあかりと共に瓦礫の隙間を進む。しばらくして開けた場所に出たため、視線を先に向けた俺達は揃って息を呑む。 

 

「──ッ⁉」

「……ッ……⁉」

 

 そこには2つの影があった。

 1つは()()()()()()()()()()()()()姿()()

 ここからだと少し距離があり、詳しく判断出来ないが、床に流れ出た血の量を考えれば恐らく手遅れだ。既に息絶えてるだろう。

 そしてもう1つは細身の生物である。

 大きさは人間ほどだが、その身体からは先程廊下で見た()()が生えており、どう見ても人間には見えない生物だ。仮に呼称を付けるなら『触手の怪物』が妥当だろう。

 その触手の怪物はどういうワケか、あぐりさんの血を触手で弄んでいた。

 光景から推察するにあぐりさんを殺したのは十中八九あの怪物だろう。

 黙って様子を伺っていると、(おもむろ)に怪物は触手でペンを握り紙に何かを書き残したと思えば、あっという間に瓦礫を──ゴッッッッ──と、ぶっ飛ばして地平線の彼方へと飛んでいった。

 その方向を見続けていると──

 

「お姉ちゃん……?」

 

 あかりの声に気付き、意識と視線を怪物から戻すと、瓦礫から這い出て血溜まりに沈むあぐりさんへと歩み寄っていくあかりが見えた。

 俺も瓦礫から這い出ると痛む脇腹を手で押さえて立ち上がり、あぐりさんの(もと)へ歩み寄った。

 血溜まりに伏すあぐりさんを見ると、身に纏う純白のブラウスや白衣は鮮血に染まり、腹部には何かが貫通したような大きな傷が確認出来る。

 医学には明るく無いが、この傷の具合からするとほぼ即死だっただろう。

 

「ねぇ、起きてよ。お姉ちゃん……? この後、話するんじゃ無かったの? ねぇ、お姉ちゃんッ‼」

 

 あぐりさんの許へ辿り着いたあかりは手や制服が血に染まるのを厭わず、あぐりさんの体へ(すが)り付き声を掛けるが、当然あぐりさんは一言も発さない。

 

「お姉ちゃぁぁああんッ‼」

 

 泣き叫ぶあかりを見ていられずに目を逸らすと、視線の先に怪物が残していった書き置きを見付けて内容を確認する。

 

『  関係者へ

 

  私は逃げるが

  椚ヶ丘中3ーEの担任なら

  引き受けてもいい

  後日交渉へ伺う

 

     超破壊生物より  』

 

 何となく持ち帰ってはいけないような気がしたため、それを携帯のカメラを起動して写真を撮った。

 それにしても椚ヶ丘中か、そこはあぐりさんが勤めていた学校だ。

 なぜあの怪物がそれを知っているのか、偶然か?

 もしくはあぐりさんと怪物は面識があったのか。

 

(クソッ、分からない事だらけだ)

 

 などと憤慨しながらあぐりに目を向けた時。

 

(……?)

 

 違和感を感じた。

 なんだ……?

 俺は何に違和感を……?

 

「まだ誰かいるかも知れん。重機持ってこい」

 

 瓦礫の向こうから聞こえてきた声に、思考を中断された俺は我に返ると、瓦礫の向こうへと声を掛けようとした時、ふと思った。

 果たしてこのまま声を掛けて良いのか?

 警備任務で来ていたから、別に声を掛けても良いのだが、この研究所の研究内容は先程目撃した触手の怪物や触手単体など得体が知れない部分がある。

 怪物が残した書き置きには『交渉に伺う』と書いてあったが、どこと交渉するつもりなのか分からない。

 仮にこの研究が政府主導で行われていた場合、俺達は見ていけないものを見たとして──

 法治国家の日本に於いて職務上、人を殺害しても罪に問われない……所謂(いわゆる)、『殺しの許可証(マーダー・ライセンス)』を所持している闇の公務員、公安0課や武装検事に狙われる事になるかも知れない。

 ヤツらは国内最強の()()()だ。ヒステリアモードでも恐らく対処出来ないため、狙われたら洒落にならん

 そうなる前に何か情報を持って逃げるか……と、周囲を見渡した時。書き置きの近くにひび割れたノートPCと謎の液体が入った容器を見付けた。

 

(これを持って行くか)

 

 ノートPCと容器を拾い上げてカバンに入れた俺は声を掛ける。

 

「行くぞあかり」

「グス……ウゥ……お姉ちゃん……」

 

 だがしかし、あかりはあぐりさんに縋り付いて泣くだけである。

 大好きで大切な姉──家族が亡くなれば泣くのは当然だ。

 それが分かる俺はあかりが自然に泣き止むのを待ちたいが、時間が無いのも事実。

 それがゆえに、あかりの膝裏と背に手を回した俺は横抱き(お姫様抱っこ)して抱き上げようとするが──

 

「待って、お姉ちゃんを置いていくなんて出来ない……」

 

 そう言って抱き上げられるのを抵抗した時、あぐりさんの白衣のポケットから、直径約1㎝の緋色の宝石のようなものが付いたプリンセスタイプのネックレスが血溜まりに転がり落ちた。

 それを慌てて拾い上げたあかりは大事そうに両手で包み込む。

 その様子を見ていた俺は脇腹の痛みを堪えつつあかりを抱いて立ち上がると、怪物が出ていく時に吹き飛ばした瓦礫のところから外に出た。

 血塗れのあかりを連れたままでは人通りの多い道は使えないため、人通りの少ない路地裏に視線を向けると迷わず地面を蹴った。

 

 

 

 路地裏へ入り、しばらく駆けていた俺は脇腹の痛みと、軽いとはいえ人1人抱えて走り続けていたため、体力の限界を迎えてその場に膝を突く。

 

「ハァー……ッ! ハァー……ッ! ハァー……ッ!」

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、腕に抱いたあかりが見れば、涙を流しつつ寝息を立てていた。

 

「お姉ちゃん……」

 

 その声色はとても悲しいものだ。

 そんなあかりを見ながら周囲を確認する。

 

(どこだ。ここは?)

 

 椚ヶ丘市内である事は確かだろうが、闇雲に路地裏を走り回った上に、椚ヶ丘市の土地勘が無い俺は現在地が分からないのだ。

 そのため、携帯のGPSで椚ヶ丘市の地図を表示させた俺は現在地を確認すると、研究所から約1㎞ほど離れた場所だと分かった。

 

(さて、これからどうするか?)

 

 場所が判明してもこの場──路地裏に留まるのは危険だ。

 銃刀法改正で日本でもアメリカのように誰でも銃を所持出来るのだ。

 中にはヤクザや不良のように、銃検を通さず違法に銃を所持してるヤツらだっているんだ。アイツらは人通りが少ない路地裏を好む。

 仮にヤツらと遭遇して襲われたとしてもヤンキー程度なら問題無く対処出来る、しかしそれは怪我していない状態の時に限る。脇腹が痛む今の状態で、尚且(なおか)つ眠ったあかりを守りながらは少々厳しい。

 遭遇しない内に移動しようと思ったが、血塗れのあかりを連れては公共交通機関は使えない。学校に連絡して迎えに来てもらうにも、0課や武検に狙われるかも知れない現段階で、学校を巻き込むのはあまり得策じゃない。

 だとすればあと頼れるのは身内──家族だけだな。

 取り敢えず、巣鴨の実家に暮らす祖父母に頼るのは止めよう。椚ヶ丘から巣鴨までは片道約50㎞ぐらい距離があるし、なぜ動くのか分からんぐらいボロい爺ちゃんの初代(ダルマ)セリカが走行中に故障しても困る。

 ならば武偵の兄さんに頼るか。武偵は職務上、普通自動車運転免許を低年齢──15歳から取得出来る。高校2年生で17歳の兄さんは既に免許を取得済みなのである。

 そのため、兄さんに連絡しようとしたが……任務中だったらと考えてしまい思い止まる。俺より倍以上強いから連絡しても問題無い気がするが、一応念のため連絡するのは止めよう。

 

(他に頼れる人は……)

 

 少し考えるとすぐに1人の姿が思い浮かんだ。

 住んでる場所も椚ヶ丘市内だし、ちょうど良い。

 ただ、あの人も兄さんと同様に武偵だ。ゆえに任務中の可能性がある、しかし犯罪者と正面戦闘する強襲(アサルト)武偵(DA)の兄さんと違い、あの人は色仕掛け(ハニートラップ)を駆使する諜報(レザド)武偵(DA)だ。

 連絡しても別に良いだろう。犯罪者と正面戦闘するプロ武偵じゃないし、以前任務中に連絡した時も大丈夫だったからな。

 そう結論付けた俺は携帯で連絡する……プルルルル……数秒のコール音が聴こえた後。

 

『はぁい、どうしたのキンジ?』

 

 透き通るような凛とした綺麗な声が聞こえてきた。

 

「今どこだ?」

『今? 家よ。さっきまでお風呂に入ってたの』

「なら良いんだ。またあとでな」

 

 伝えるだけ伝えた俺は通話を切ると、近くに住むあの人の家に向かうため、脇腹の痛みを堪えつつあかりを抱えて立ち上がり、ゆっくりと歩を進めていく。

 GPSで地図を確認しながら大通りに出ないよう、路地裏ばかりを歩くこと約15分、やって来たのは20階建てのオートロック式タワーマンション──『椚ハイム』だ。

 約60mの高さがあるマンションに入り、エントランスへ続くドア前で止まると、カメラを見ながらテンキーで部屋番号を入力して呼出ボタンを押した。

 それとほぼ同時にドアが開いた。

 そのドアをくぐり、高級感溢れるエントランスを抜け、最上階直通のエレベーターに乗ると操作パネルに目を向けた。『B1』『1』『20』3つのボタンを見た俺はそのボタンの中から迷わず最上階を表す『20』のボタンを押した。

 扉が閉まり、徐々に上昇するエレベーター内で僅かに変わる気圧に耳抜きをしながら、約30秒ほどで最上階に辿り着いた。

 椚ハイムの最上階には2部屋しかしないため、扉の数は2つだけだ。

 エレベーターから降りて廊下を歩くと、左右に長く伸びた廊下があり、俺はそこを右に曲がって2001号室のインターホンを押した。

 ……ピンポーン……音が鳴り、部屋の中からガチャガチャと鍵を開錠する音が聞こえて、バンッ! 玄関の扉が勢いよく開かれた。

 

「いらっしゃいキンジ! 歓迎するわ!」

 

 満面の笑みで扉を開いたのは、風呂上がりでバスローブを纏ったスラブ系外国人のお姉さんである。

 外見は20代後半に見えるが実際は去年20歳になったばかりで、身長170㎝と女性にしては高く、ウェーブがかった髪は薄く発光してるかのような美しいハニーゴールド。切れ長な目付きで睫毛は長く瞳は澄んでいて綺麗な藍玉色(アクアマリン)。鼻筋はスラッとしており、形の良いピンクの唇は瑞々しくて艶美だ。

 すれ違う男全員が思わず振り返るほどの美貌を誇る彼女は、絶世の美女と呼んでも相違無く、その蠱惑的で美術品を想わせるプロポーションはグラビアモデルが裸足で逃げ出すほど美しく整っており、扇情的で雪も欺く白い肌の身体に纏うバスローブの胸元からは、スイカ並みに大きく、マシュマロみたいに柔らかそうな胸の谷間が窺える。

 そんな魔性の色気を漂わせる彼女の名は遠山(とおやま)イリーナ。血の繋がらない俺の義姉(あね)だ。

 元々はセルビアで産まれ育った『イリーナ・イェラビッチ』という名の少女だったが、ユーゴスラビア紛争の煽りを受けて勃発した民族紛争で金品を略奪に民兵が来てしまい、それを察した両親は誕生日で12歳になったばかりの姉さんを護るため咄嗟に別の部屋へと隠したが、両親は問答無用で民兵に殺されてしまった。

 両親が殺される光景を目の前で目撃した姉さんは見付かれば殺されると思い、民兵が去って行くまで隠れた部屋の中で必死に息を殺していたが、その努力も虚しく見付かってしまい殺されそうになった瞬間、ちょうど仕事でセルビアに居合わせた父さんに命を救われたのだ。

 そのあと父さんは()()()()()()()()()()()()()が、姉さんは戦争孤児になったため、難民キャンプに行く事になったのだが、色々な紆余曲折があって姉さんは遠山家の養女になった。

 それが今から9年前の事である。

 

「ちょっ……どうしたのよこれッ⁉」

 

 笑顔だった姉さんは俺の腕の中で眠る血塗れのあかりを見ると、形の良い眉を寄せて驚いた。

 

「あかりの血じゃないから安心してくれ」

「そ、そう言われても安心出来るワケないじゃない」

「そうだろうな。取り敢えずいつまでも部屋の前でいるワケにもいかないから、部屋の中に入っても良いか?」

「え、ええ」

 

 戸惑いつつも体をずらしてくれた姉さんの横を通り、5LDKと1人で住むには広すぎる部屋へと入る。

 室内は女性の部屋特有の甘酸っぱくて芳醇な香りに溢れた空間だ。良いニオイすぎて吐きそうになったが、それをすんでのところで堪えた俺は靴を脱いで玄関に上がるとスリッパを履く。

 廊下を歩き、リビング・ダイニングの扉を開けて、驚くほど広い部屋の中に入る。真っ先に目に入ったのは大きい窓と広いバルコニー、そしてそこから一望出来る椚ヶ丘市の夜景(ナイトビュー)だ。

 次に部屋の左側にあるダイニングを見ると食器棚、食卓、椅子がある。右側のリビングにはオーディオ機器、液晶テレビ、ガラステーブル、ポールハンガー、10人ぐらい座れそうな特注ソファ──カウチソファとコーナーソファを合わせたような感じだ──があった。

 その豪奢なソファにあかりを寝かせると、俺も腰を下ろした。

 そうして落ち着いた俺は、研究所で拾ったヒビ割れたノートPCと謎の液体が入った容器を、カバンから出してガラステーブルの上に置いた。

 すると後ろから姉さんが問い掛けてきた。

 

「一体何があったの……?」

「……あぐりさんが死んだ」

「え……? うそ……? なんで……?」

「知らない。だが、事実だ。この目で見たからな」

 

 俺の答えを聞いた姉さんはあかりに視線を向ける。

 

「だからなのね。あかりがこんなに悲しそうな顔をしてるのは……」

「……ああ」

「取り敢えず分かったわ。それじゃあ詳しい事は明日聞くとして、今日はもう休みなさい。ひどい顔してるわよキンジ」

 

 そう言って姉さんが俺の肩を手で押した衝撃で脇腹に痛みが走ったが、心配させないように素知らぬ顔でそのままソファに倒れる。

 すると姉さんは俺に向けて可愛くウィンクを送りながら唇を開いた。

 

「あかりの事は私に任せて……ね?」

「……分かった。そうさせて貰う」

「ええ」

 

 ソファに寝転がり瞼を瞑って微睡んでいると、姉さんの手が俺の頭を優しく撫でるのを感じながら心地よい眠りへと落ちていった。

 

 

 




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