まさかこんなに時間が掛かるとは……
本日4月6日は椚ヶ丘中学校の始業式兼入学式だ。
そのため、俺とあかりは椚ヶ丘中学へとバスで向かっている。
バスに揺られながら俺の隣で笑顔を浮かべる少女を盗み見ると。そこには昨日まで烏の濡羽色のようだった黒髪を、樹木を彩る若葉のような鮮やかな緑髪に染めたあかりがバスの座席に腰掛けていた。
染めた理由は雪村姉妹の共通点が髪の色という事で、そこから素性がバレるかも知れないから染めたらしい。
あかりの黒髪が好きだった俺は「考えすぎだ」と言って止めたのだが、「用心するに越した事は無い」と押し切られた。
まあ、緑髪に染めたあかりも似合ってたから良いんだけどな。決して口にしないが。
椚ヶ丘中学前のバス停でバスを降り、E組校舎──旧校舎がある山へ登る入口に歩いていくと、前方に背の低い少女・加納ユキの姿を見付けた。
「あ、加納さん!」
あかりの声を掛け、それに気付いた加納は振り返って俺達の姿を見付けると嬉しそうに笑った。
「おはよう。茅野さんに遠山君」
「……おう」
「おはよう! それと加納さん、昨日はビックリさせてゴメンね」
「いやいや、なぜA組に所属出来た茅野さんがE組に行きたいのか、昨日の内に理由を聞いてるから、気にしないでよ。てか綺麗な黒髪だったのに染めたの?」
「うん! 似合ってるかな?」
「あい!」
などとあかりと加納は朗らかに会話している。
ちなみにあかりが昨日加納に語ったE組に行きたい理由は作り話だ。久しぶりに会った幼馴染みの俺と違うクラスに行きたくない、って内容だったかな。
誰が納得するんだ? と、話を聞いた時に俺は思ったが聞かされた加納は納得しやがったよ。
もうちょっと人を疑った方が良いと思うぞ。
それと出会った当初の加納は同い年の俺達にも敬語で接してきてたが、昨日の内にタメ口で接してもらってる。
「それにしても今日から1年間、この山道を登るのか……嫌になるな」
「そう言わないの。キンジ君」
「茅野さんの言う通りだよ。それに毎日登ってたら慣れるよ」
「さすが加納さん。良い事言うね。ほら、キンジ君。早く慣れるためにも登るよ」
「……へいへい」
渋々と頷いた俺は山を登り始めた。
あかりを真ん中にして右を俺が左を加納が登る。
そうして自然豊かな森を見回しながら、簡単な整備はしてるものの全く舗装されてない山道を登っていると、『旧校舎』と書かれた門扉の無い門柱を見付けた。
その門柱の先に古い木造の建物が見える。
外観は古い上にボロいな。その証拠に屋根は補修した跡が所々見える、だがしかし壁や窓には補修した跡は見当たらない。
そんな校舎は地上階だけで2階は存在しないな。
「いつまでもここで立ち止まってても仕方無いから、そろそろ中に入るよ。キンジ君」
「あ、ああ」
あかりに促されて意識を戻すと正面玄関に入る2人が見えた。
それを見た俺も慌てて正面玄関に入り、そこにあった下駄箱で上履きに履き替えて校舎内に入った。
廊下は床板が抜け落ちて穴が空いている。そんな廊下を穴から落ちないように気を付けながら歩いていると、『3ーE』のプレートが掛かった教室を見付けた俺は教室の扉を開ける。
教室の中には女子生徒のような容姿の男子生徒が1人いた。
制服が男子用だったから分かったものの、そうでなければ見分けが付かないぐらいの女顔だ。何しろ身長は160㎝無いし、水色の髪だってセミロングである。
その女顔の美少年は教室に入ってきた俺達に気付くと口を開いた。
「あれ、君達は……」
「私達今日から転入なんだ。私は茅野カエデ、この三つ編みの子が……」
「加納ユキですぅ」
「遠山キンジだ」
「そうなんだ。僕は
「うん。よろしくね! それにしても髪……長いね」
あかりに言われた潮田は顔を背けて応じた。
「あー、短くしたいけど、色々あって切れないんだ」
色々……か。家族関係かな。だとしたら深くは聞かない方が良いだろう。
「ふーん、じゃあさ。こういうのはどうかな?」
そう言ったあかりはポケットから輪ゴムを2本取り出すと、潮田が首の後ろで纏めていた髪を解いて自分と同じツーサイドアップに結い上げた。
「ほら、私とお揃い!」
「おお! 似合ってるよ。潮田君」
「そう、かな? 遠山君はどう思う」
恥ずかしそうに頬を朱色に染めた潮田は俺に聞いてくる。
顔が顔だけに頬を染めるとマジで女にしか見えん。
「パッと見、髪が短くなったみたいに見えるし良いんじゃないか」
「そっか。じゃあ今日からこの髪形で過ごそうかな。ありがとうね茅野さん。それから僕を呼ぶ時は『渚』って呼んでよ」
「下の名前でか、その理由も髪と一緒で『色々』か?」
「……うん」
頷いた潮田……渚の表情は少しだけ暗かった。
「そう言う事なら分かった」
「私も分かったよ。ね? 加納さん」
「あい!」
俺達3人が名前呼びする事を了承すると渚の表情は明るくなった。
「さて、早速だが渚」
「何? 遠山君」
「席って決まってるのか?」
「廊下側から縦に1列ずつ男子・女子と交互に代わるぐらいかな。少し前にクラスの皆でE組の人数が増えたら席順も一新しようって決めたしね」
そう言われて渚がカバンを置いた席を見ると、廊下側から5列目で前から2番目だ。
「そうなの? じゃあ私は渚の隣にしようっと」
あかりは廊下側から6列目の2番目の席に座った。
「じゃあ、俺はここで良いや」
「私はここにするよ」
俺と加納は互いに渚の後ろとあかりの後ろの席に腰掛けた。
その時。
「おはよう」
凛とした女声が聞こえたため、教室の扉に視線を向ければ、数年前の姉さんを彷彿とさせる美少女が立っていた。
157㎝の身長は中3当時の姉さんとそんなに変わらないが、胸は姉さんより小さいもののあかりより確実に大きい。軍艦に
毛先が波打ったセミロングで燃えるような
その少女を見ていると──
「もう、先に行かないでよ」
可愛らしい声を発して教室に入ってきたのは、これまた目も覚めるような美少女だ。
161㎝ぐらいの身長、たわわに実ったメロン玉のような大きな胸。軍艦なら弩級戦艦。
桃色のシュシュでポニーテールに結い上げた黒髪。パッチリ二重の瞼に優しげでおっとりした眼差しの黒瞳。ピンク色でふっくらとした唇。カワイイとキレイが上手く混ざったような美少女である。
もう少し年を重ねれば姉さんとは違ったタイプの、絶世の美女になりそうな気配がある。
そのポニーテールの少女が、教室内に見知らぬ男子と女子2人の姿を確認した途端、可憐なピンクの唇を開いた。
「あれ? 3人共本校舎で見た事ないから、もしかして転校生?」
「うん。そうだよ」
そう言ってあかりは先程渚にしたように自己紹介すると、俺達も続けて自己紹介する。それを黙って聞いていたポニーテールは再び唇を開いた。
「茅野カエデちゃんに加納ユキちゃん、そして遠山キンジ君だね。よろしく。私は
「
そう言ってクールな少女──速水は教室内を歩いてと俺の左隣の席に腰掛けた。
その様子を眺めてると、速水は鋭いツリ目で、キロ、と俺に視線を向けて問い掛けてきた。
「何?」
「いや、珍しい色の髪と瞳だな……と、思って」
「ああ、これ? 先祖に外国人がいるみたいでさ。それが私に隔世遺伝したんだって」
その言葉に俺は納得する。
俺にも爺ちゃん譲りの無駄に鋭い嗅覚が遺伝してるしな。
それにしても速水は大人しいというか、口数が少ないというか、佇まいから分かるようにクールな女子だ。
対して矢田は佇まいや雰囲気から穏和な女子だと分かる。
その矢田は廊下から2列目・2番目の席にカバンを置くと、あかりや加納と仲良く会話している。非社交的な俺には真似出来そうにないな。
それからしばらく席に座っていると、続々とクラスメートが登校してきた。
その度に自己紹介するもんだから精神的に疲れてきた。
それにしてもE組の女子は全員では無いが美少女ばかりである、ヒス的要注意な女子ばかりでツイてない。さすがは運の悪さに定評のある3年の遠山だ。
転校してからもそれは変わらないらしい。
「おいおい、疲れた顔してどうした遠山!」
俺に話し掛けてきたのは、後ろの席に座る
名前の通り
「別に何でもない」
「なら良いんだけどよ。それにしても遠山。あの2人は本当に中学3年なのか?」
そう言って杉野はあかりと加納に視線を向ける。
「それはあの3人を見てから言えよ」
俺は黒髪ショートのボーイッシュな
何しろあの3人の身長は147㎝、149㎝、149㎝と全員がアンダー150だからな。あかりや加納より高いが、それでも中3女子の平均身長を下回っている。
「あー……そういや元からE組にも身長の低い女子がいたな」
「それに渚の身長も男子にしては低い方だぞ」
「確かに。顔も女みたいだしな」
「恐らく女装しても違和感は無いだろう」
杉野とそんな会話をしていると前に座っていた渚は、クルッ、と振り返って口を開いた。
「2人共! さっきから好き勝手言わないでよ⁉」
「いやいや、その顔と身長で怒っても怖くないよー」
そう渚に言ったのは
ちなみに岡野と倉橋と中村、そして黒髪ロングの
「そもそも渚って、将来はタイかモロッコに行って工事するんでしょ?」
「工事って道だよね⁉ 道の事だよね⁉ 中村さん!」
渚の言葉に中村はフッと笑みを浮かべて視線を逸らした。
そんな中村を見ながら、ふと、あかりはどうしたかと思い見てみれば、矢田や倉橋など女子力の塊達と楽しそうに会話していた。
加納にも視線を向ければ同じメガネ女子の奥田と会話中だ。
同じ転校生なのに俺が一番会話出来ていない。
最初はチャラい
そんなつまらない俺に何度も話し掛けてきたのは杉野ぐらいだ。コミュ力の高い杉野が会話の中心にいてくれたお陰で、不良3人組に前原と岡島の計5人を除いた男子とは何とか話せたと思う。対して女子とはそんな話せてないけど。
てか、椚ヶ丘中みたいな進学校にも不良っているんだな。そもそも入試にはどうやって受かったんだ?
などと考えていると、頭頂部から触角のような髪を二房跳ねさした男子委員長の
「おーい! そろそろ始業式だから移動するぞ!」
その言葉と共に「もうそんな時間かよ……」とか「もうちょっと話したいのにー!」、と言いながらもE組の皆は席を立って教室を出ていく。
「ほら、遠山も早く移動しないと遅れるぞ」
と、杉野に言われて席を立った時思い出した。
昨日教頭から聞いたがE組は式典や全校集会がある際、他のクラスより先に整列して待たなければならないという独自ルールがあったな。
「……昨日呼び出されてE組の事を聞いたが、E組って大変だな」
「ああ、何せE組は通称『エンドのE組』って呼ばれてるからな」
エンドって……終わりかよ。
何とも末期的で自嘲的なネーミングなのだろう。
そんな事を考えながら教室を出て、十数分前に登ったばかりの山道を下りていると、隣にあかりがやって来た。
そして周りの皆に聞こえないように声を潜めて、
「どう、友達出来た?」
と、訊いてきた。
「どうだろう? そう言うあ……カエデはどうなんだ?」
いつものように『あかり』と言おうとしたら、ギロ! 睨まれたため慌てて『カエデ』と言い直して逆に問い掛けた。
「私? 私は矢田さんや倉橋さんや岡野さんと仲良くなれそう……矢田さんに関しては目を瞑らなきゃいけないけど」
ああ、お前は幼児体形て矢田はグラマラスな体形と似ても似つかないからな。
そんな事を思っていたら、ゾクッと隣から殺気を感じてゆっくり振り向くと、笑顔なのに目は全く笑ってないあかりがいた。
「ねぇ、なんか失礼な事考えてなぁい?」
「滅相もございません‼」
慌てて俺は首をブンブンと横に振って否定する。
「なら良いんだ」
そう言うと、殺気を霧散させて傍目には分からない程度に構えていた体を解いて歩き出した。
あっぶねぇ……‼ 昔からあかりは胸に関してだけは超人的な勘の鋭さをしてたんだった。ゆえに考えるだけでも危険なのである。
恐怖で血の気が若干引いて、顔を青くさせながらも、他のクラスより先に整列しなければいけないため、あかりと共に山道を下りていく。
次回あの男が登場!