ハラショー!   作:尺一啓司

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頑張ります。


ハラショーその1

手術用のベッドや、手術に使うようないくつもの器具が並べられたトレー。用途不明、大中様々な機械群。それを照らすのであろう、今は消灯しているライト。細長い二つの電灯が、それらと清潔感のある一室を照らし出していた。

その真ん中にあるベッドの上に、穏やかな寝息を立てる少女の姿があった。

ショートボブの白髪に、ピンク色のメッシュが入った得意な髪型。長い睫毛に、白過ぎるほどに白い肌。齢は十六、七であろうか、幼さ、あどけなさが残っていながらも人形のように整った目鼻立ちは、温かさの他に冷たい美しさを感じさせた。その姿は、まるで、童話に語られる『眠り姫』を思い起こさせる。

 

「検査終了、健康状態良好。結果から言えば、AMS適正はかなりのもの。シミュレーションの結果も好成績と来た。このような逸材、我が社には勿体ない程だな」

「だが、我々テクノクラートがリンクスに欠いているのは、我々自身が最も危惧していたことだ。ド・スも貢献はしてくれているが、如何せん、偏りがある。それに、あの男には先がない」

 

そんな、眠りにつく少女を見下ろす形で、白衣に身を包んだ二人の中年男が、何事かを話し合っていた。少なくとも、彼らの雰囲気は柔らかく、ともすればこの少女を救った医者とも思われるかもしれないが、実態は違う。

 

「我らの大成の為にも、この少女には、このリンクスにはせいぜい尽くしてもらわなければな」

「ああ、違いない」

 

彼らは、この少女に待ち受ける過酷な未来を作りだした諸悪の根源と言えよう。企業テクノクラートの社員である彼らは、社員であると同時にエンジニア、研究者という救い難い生き物だ。人間の命などは、とうの昔にすり潰すことを覚えている。その温かな雰囲気は、得たものの価値が高かったが故の僥倖を噛み締めた満足感のようなものだろう。

そんな時、少女の薄く青みを帯びた空色の眼が唐突に開かれる。いや、二人からしてみれば、手元の装置によって、そろそろ眠りから覚めることは予知していたことであるのだが。

 

「お目覚めか、ニーナ・A(アンドレーエヴナ)・レシャノフ」

「⋯⋯? 私の⋯⋯こと⋯⋯?」

 

未だに頭が回っていないのか、少女は寝惚けた眼で確認を取る。その確認すらも、本人は何も考えていないのかもしれないが。それでも、疑問に思えるだけの知能があることは、二人からすれば更に僥倖なことであった。

この時代、国家解体戦争から続くリンクス戦争までの壮絶な争いで引き起こされた、深刻な大気汚染の影響により、生まれた子供達に程度の大小に差はあれど障害が起きていようと珍しい話ではない。そもそも、人類の過半数が、『クレイドル』と呼ばれる居住用航空機のより空で暮らしているわけだが、それでも汚染された地上に残った人々だっている。それが、彼らの選択にしろそうでないにしろ、この世界で生き抜くことを余儀なくされている。そして、そんな肥溜めのような世界で暮らす彼らの中から子供を見繕ってきた方が、企業としてもやりやすい部分があるのは否定出来まい。

 

「唐突だが、君は、我々テクノクラート所属のリンクスとして働くこととなった。詳細は追って報告する」

「⋯⋯はい?」

 

理解が追いついていないらしい少女の、素っ頓狂な声が漏れた。

 

 

 

――――――

 

 

どういうことだ、何が起きている。どうして、俺はこんな所で寝かされているんだ?心做しか、身体の調子も変だ。まさか、意識の無い間に拉致されて何かされたのか?

捲し立てるように、頭の中で思考が渦を巻く。こんな詮無きことを延々と考え続けるよりも、まずは状況確認だ。簡単なものから行こう。

俺の名前は⋯⋯なんだったか。

⋯⋯は?

いや待て、俺の名前は⋯⋯。駄目だ、思い出せん。いや、待てよ?そもそも、だ。

私の名前は、ニーナ・A・レシャノフ。俺の名前は?いや待て、誰だよニーナ。完全に女の名前じゃないか。俺は男⋯⋯なのか?いや、きっとそうだ。第一、女である私が俺なんて言うのはおかしい。だから、俺と言っている私は男なんだ。

あれ?おかしいな。いや、おかしくはない。俺は正常だ。さっき受け答えした時、声がかなり高かったように感じたが、それも気の所為に違いない。

 

「⋯⋯」

「⋯⋯ふむ、現状を受け入れている最中と見える。ならば、後は君の先輩に引き継いで我々は退散するとしよう。それでは、健闘を期待している」

 

先程の白衣を着た中年男が何か言ってくるが、何も耳に入りはしない。いや、脳が理解しようとしない。今はそれどころではないのだ。

そんな折、悶々と静かに唸り続ける俺の耳に、特殊な喋り方の渋い声が聞こえてきた。一瞬、ヤのつく自由業かと思った⋯⋯。

 

「そんで、案内せぇっちゅうから来てやっちゃが、あんたが、わしの後輩っちゅうやつか?」

「⋯⋯」

 

現れたのは、渋めのくたびれた中年男性であった。もう一度言おう、中年男性である。どれだけ、中年男性(おじさま)と縁があるのだろうか。

そんなことを考えていると、渋めの中年は、返事をしない俺に疑問に思ったのか思案顔になる。そして、しばらくの沈黙が続いた後に、彼は合点が行ったのか口を開く。

 

「⋯⋯嬢ちゃん、怖がる必要は無い。誰もが、最初は怖いもんじゃけえのう」

「⋯⋯ありがとう、ございます」

 

おっとびっくり。まさか、俺の意思に反して、勝手に話す機能があるぞ。というか、十中八九、違和感の正体はこれだな。

俺が、このニーナ・A・レシャノフさんの中に居候しちまってるってわけだ。なんともまあ、訳の分からないことだが、これくらいしか説明の仕方がない。

 

「わしは、ド・ス。何とでも呼ぶがええ」

「⋯⋯それじゃあ、おじさんで」

「⋯⋯それでええ。なら、わしは、嬢ちゃんのことはニーナって呼ぶけんのぉ」

 

そう言うと、ド・スさんはなんとなく微妙な顔をした。まあ、おじさんだしなぁ。

閑話休題。この人や、さっきの人の話からするに、ド・スさんが、俺ことニーナ・A・レシャノフさんの何らかの先輩に当たるのだろう。長いな、ニーナさんと呼ぼう。

それにしても、何だろう、テクノクラートもそうだが、ド・スさんの名前?にも、どことなく聞き覚えがある。今思い出せるのは、『斜陽企業』と『ロケット』、そして『とっつき』の三語。一体なんのことだろうか。

思い出せそうで思い出せない。苦しいが、今はそんなことを考えている暇はなさそうだ。

 

「取り敢えず、ニーナの部屋に案内しちゃる。驚いて腰抜かすんじゃないど。わしら、リンクスに与えられる部屋はかなり豪華なもんよ。感謝せにゃならんのう。ようしてもらっちょる分、働きで返すのが、基本っちゅうもんじゃ」

「頑張ります?」

 

こっちの知らない単語が出ても、向こうは知ってるものと考えているらしい。それくらい常識なのだろう。おそらく、これから先もその類のものはスルーされるに違いない。暇な時間が出来たら、そこら辺も調べたいものだ。俺に身体の操作権限があるのかは知らないが。

ド・スさんの後について、先程の手術室のようなところを出ると、急に寒さが襲ってきた。

いや、本当に寒いな。震えが止まらない。

そんな俺の事を察してくれたのか、ド・スさんが、来ていた上着を肩からかけてくれた。

 

「⋯⋯これ着い。そげな格好じゃ、部屋に着く前に身体がめげる」

「ありがとうございます⋯⋯くしゅっ」

 

急いで着ると、上着自体の耐寒性と人肌の温かさで、直ぐに震えが治まる。なるほど。これくらい厚手のものを着ないと、満足に廊下も歩けないのか。本当にどこなんだここ。

適当に現在地を推測しながらしばらく歩くと、ド・スさんが唐突に立ち止まる。その視線の先には、壁にくっつくようにしてひとつの四角い扉があった。外から中は見えない。

 

「ここじゃ。入るとええ」

「⋯⋯お邪魔します⋯⋯」

 

遠慮がちに扉を開けると、そこには思ったよりも殺風景な部屋が広がっていた。

簡素なベッドに、ちょっとした机と椅子。まだ作動していない空調や、水気のない洗面台。なんとも殺風景である。

 

「まあ、依頼こなして、金稼ぐようになったら、部屋も改装してくとええ。まだ、ニーナはシミュレーションしかやったことないじゃろ?」

「ええ⋯⋯まあ。ネクストの操作は、やはりというか難しいですね⋯⋯」

 

あれ?ねくすと?しみゅれーしょん?何を言ってる?⋯⋯もしかして、ニーナさんと俺の記憶って共有されない?

うっそだぁ。嘘だぁ⋯⋯。前途多難過ぎる。

俺が、ひとつの真実に気が付き、前途多難さに茫然自失、呆れ果てていると、唐突に警報が響き始める。見れば、ド・スさんの表情も、先程のくたびれたものから、真剣そのものに変わっている。どうしたのだろうか。

 

「ニーナ、悪いけんど、早速出撃じゃ。やれるな?」

「⋯⋯はい!」

 

ニーナさんは、ド・スさんの問い掛けに力強く頷くと、彼を追って走り出してしまう。どうしよう、着いてけない。出撃って何?俺、散々考えてただけで、まだなんの心の準備も出来てないよ?

そんな俺を置いて、ニーナさんの走る速度は、さらに上がっていくのであった。

 




急展開だなぁ⋯もう少し頑張らねば?
主人公の機体構成は次話にでも。
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